ある雪の日


ある雪の日


カーテンを開けるとそこは別世界で。
白銀の景色が目にも心にも凍みた。
この世の雑音もすべてその白い結晶に吸い込まれ、彼女は泣きたくなった。


コンコン
部屋のドアが控えめにノックをされ、庵はコタツから重い腰を上げた。
この音は知っている、歩く台風の彼女のものだ。
ラフなシャツに半纏という、とてもバンドのファンには見せられないような格好のままドアを開けると、凍りつく冷たい風が吹き込んで きた。
「おはよ」
後ろに積もる雪よりも白い顔のちづるに庵は一瞬動きを止めた。
「おはようじゃないだろう!」
すぐに腕をとり、部屋に上がらせる。
案の定、その手は氷のほうに冷たかった。
コタツに半ば強引に座らせると、外気で冷えたコートを脱がせ、代わりに自分が着ていた半纏を羽織らせる。
庵のやさしさがぬくもりとなってちづるに伝わってきた。
「なにか急ぎの用でもあったのか?」
台所で湯を沸かしながら早朝訪問のわけを聞く。
時間は午前9時過ぎではあったが、彼女の部屋から自分のところまで片道2時間程かかるはずだった。
「会いたかった、じゃダメ?」
言われた言葉に返答につまる。
「冗談よ、ただ、ひとりでいたくなかったの」
顔には表さずとも、庵の困惑がわかってちづるはくすくすと笑った。
ヤカンから出る蒸気の音がまた、耳に心地良い。
「そうか」
それ以上深く聞くことはせず、入れた緑茶をちづるに渡すと向かい側に座り、BGM代わりにテレビをつけると紙になにやら書き始めた。
どうやらそれを書いている途中でちづるがたずねてきたらしい。
「ねぇ、それなぁに?」
「新曲を、そろそろな」
顔をあげずに答える庵は、すでに目の前のことに没頭しているようだった。
ちづるはずり落ちつつある半纏をきちんと着ると立ち上がり、お茶を持ってそろそろと庵の隣へ移動した。
手元を覗き込んでみるが、書いているのは歌詞ではなく曲のほうで音符の羅列を見てもよくわからない。
そんなちづるに気づいた庵は、無言でわしわしとちづるの頭を乱暴に撫でる。
たぶん、おとなしくしていろということなのだろう。
テレビの音、あたたかいコタツと半纏。そして隣にいるだけでも安心できる大切な存在。
すべてがちづるを幸せにし、落ち着かせる。
ひとりでないというだけで、こんなにも世界が違う。
窓の外を見ると、止んでいた雪がまた降っていた。
あぁ、でもここはこんなに暖かい。


しばらくして、庵に寄りかかったままちづるが小さな寝息をたて始めた。
それに気づいた庵は近くにあったざぶとんを二つ折りにして枕代わりにすると、ちづるをゆっくり横に寝かせ、決してほかの誰にも見せ ない笑顔で今度は優しく彼女の頭を撫でた。