謝想
一人で居ることはつらい。
しかし、これは罰だと思っている。
大切な人を守れなかった、これは罰なのだと。
そして、目的のために人を利用している罰なのだと…。
「決勝の相手どこだって??」
「新顔のチームよ。格闘スタイルも見た感じ自己流な部分が多いわ」
「ふーん」
ホテルの広間のソファーに大きく足を開いて座り、天井を眺めていた京は勢いよく立ち上がると嬉しそう
に言った。
「さーて、今年は何が起きるかねぇ?」
「なにか起きるの?」
ちづるはわざと笑顔でしらじらしく聞き返す。
「はっ、しらけるぜ」
ちづるの答えに一気に興ざめした京は、エレベーターに向かう。
「ま、勝つのは俺たちさ」
扉が閉まる直前、自信たっぷりの顔でそう言うと、そのまま自室へと戻っていった。
「あなたは戻らないの?」
同じようにソファーに腰を掛けている八神に声を掛ける。ミーティングの間も彼はずっと無言だった。相
変わらず、何を考えてるのか分からない男だ。
「…明日から決勝までは自宅待機よ。私ももう休むわ。おやすみなさい」
二台あるエレベーターのうち一台は京が乗っていったために6階に止まったままだ。ちづるはもう一台の
方に乗り、6階へのボタンを押して苦笑した。
みんな、同じ階に部屋があるのだ。
<一緒に戻ればいいのにね>
無意識のうちにバラバラに行動しようとする。
同じ運命を背負いながら決して相容れることのない存在。
なぜこんなにも苦しいのだろう。
胸が締め付けられる。
分かり合いたいのに、それが出来ない。
こんな気持ちになるのは自分だけだろうか。
<きっとそう…>
自分だけだ。
無理矢理同じチームを組ませておいて、彼らに好かれようなんて甘いにも程がある。それに最初は自分も
彼らのことを憎んでさえ居たのだ。
「でもせめて、一度くらいはお礼を言っておきたいものだわ」
ポーンという音とともに扉が開く。
無知は罪。
ちづるは彼らのことを無知だと思った。
その場の感情だけで生きている救いようのないガキだと思っていた。
何も知らず安穏と暮らすくだらない人間だと判断し、こんな奴らなら、少しくらい苦しめることになろう
とも構わない。そう考えた。
そして世界を救う大義名分の元にチームを組み、オロチという人ならざるものとの戦いに巻き込んだ。ど
ちらにしろ宿命により避けられない戦いだ、いつかは関わることになっていただろう。しかし、それは各々
の意志によってだ。ちづるの意志によってではない。
ちづるはあの手この手を使って巧みに二人を戦いに加わらせた。
彼らに話した内容に嘘はない。
そう、話したことに嘘はない。
<話してないことはあるけどね>
今年でチームを組むのは二度目になる。
一緒に行動するうちに分かってきたのだ。
――この二人はそんなに馬鹿じゃない――
知っていたのだ、見えていたのだ。自分たちの宿命が。
それでも「関係ない」とそっぽ向いてしまえるほど彼らの方が自分より強かっただけなのだ。
多分、今回は去年以上に苦しい戦いになるだろう。
だけれど、2人を死なせはしない。守って見せる。それくらいの罪滅ぼしはしておきたい。そのためには命
も捨てるつもりでいる。今度の敵にはそれくらいの覚悟が必要だろう。
「!」
コツコツと足音が聞こえ、ちづるはベッドから飛び起きた。
「八神っ!」
ドアから飛び出ると思った通り、庵が部屋の前を通りすぎるすぎるところだった。
「なんだ?」
訝しげに聞き返す。
「あの、えっと…」
思わず呼び止めては見たものの、何を言おうとしたのか自分でもわからない。
数秒沈黙が続くと、庵は無言のままで踵を返し、歩き出してしまった。
「あ、ま、待って!」
「だからなんだ」
再び足を止め、面倒くさそうに言う庵にちづるは満面の笑みで答えた。
「ありがとう!」
「…気でも違ったか?」
庵の冷静な反応にちづるは顔を真っ赤にする。
何を言っているのだろう、私は…。
それでも、一度出た言葉は止まらない。
「無理やり戦いに巻き込んで悪いと思っていたの。嫌がっていた彼方達を…」
「ふざけるな」
とたんに不機嫌な顔になった庵にちづるはきょとんとする。
「何を勘違いしているのかは知らないが俺は今、自分の意思でここにいる。うぬぼれるのもいい加減にしろ。
貴様、自分にこの俺を動かすほどの力があるとでも思っているのか?」
そして、背を向けもう一言。
「…草薙だとて、同じはずだ」
その言葉を聞いてこみ上げてきた笑いを、ちづるはとめる事が出来なかった。
「ふふ、ふふふふふ」
「?」
何を笑うのか、庵には理解できなかったが、狂人は相手にしない事だと足早に立ち去る。後ろからもう一
度「ありがとうね!」という声が聞こえたが無視をした。
ちづるは庵の後姿を見送り部屋に入ると、ベッドに倒れこんだ。
「あははははは!」
笑いはまだ止まらない。しまいには涙まで出てきた。
なんて男達なのだろう。
一生懸命自分を飾って見せ掛けだけで生きている自分がおかしくてたまらない。
本当は彼らなど必要無いと思い込もうとしていた自分が情けない。そうしなければ耐えられなかったのだ
。すべてが要らない、必要無いものだと思い込まなければ独りでいることに耐えることができなかったのだ。
そして、いざ必要とした時に失うのが怖くてたまらないのだ。
ちょっとでも気を抜いたら泣いてしまいそうで、ヒステリーにわめきちらしそうで、無意識の内に常に感
情を殺すようになっていた。
わかってはいたが反発していたその自分を認めることで、少しだけ心が軽くなった気がする。
こんな気持ちに慣れたのも、彼らのおかげだろうか。
小さい頃に自分には姉だけと誓った。
どんなに分かり合いたいと思っても自分が二人を受け入れる事は無い。きっとどこかで拒絶しつづける。や
はり、必要無いものとして接するだろう。
<それでも…>
いつのまにか笑いは止まり、仰向けのまま無言で天井を見詰めていた。
「礼を言わなくちゃね。草薙にも」
━━また照れるといけないから、今度は電話で…━━
少しは強くなりたいものだと、小さく、溜め息をついた。
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