3人の間柄
「やぁ、ペペロン、いらっしゃい」
会話のための穴の開いた分厚いガラス越しに、ゴトーは笑顔でペペロンを迎えた。
刑務所という場所柄、囚人専用の服を着て素顔のままだ。
「頼まれたもの、刑務官のひとに預けておいたよ」
「ありがとう」
ゴトーは何気に快適な刑務所ライフを過ごしていた。
今のゴトーはこれまで必ず身につけていた、生まれつきの見た目や魅力を緩和する着ぐるみを着ていないため、性別関係なく男を
も魅了する。
そのためここにいるすべての人間にあれこれ世話を焼かせたり貢物をさせたり、希望を叶えさせたりと結構やりたい放題だった。
「なんだか、今日は随分と嬉しそうだね?」
顔の大半を隠していても長い付き合いだ、ペペロンの機嫌はすぐにわかる。
「うん、あのね、アトリエにロゼおにいさんが来たんだ」
「ロゼくんが?」
隣のアトリエにいた、いつも憮然とした顔の青髪の青年を思い出す。
卒業間際までほとんど接点の無かった彼が、なぜペペロンたちのアトリエへ来たのだろう。
それに彼は、リリアという主人に仕えていたはずだ。
「おねえさんを守るために、仕事をやめてうちにきたんだ」
「嬉しいよね、あるものを捨ててまで来てくれるのって」と、ペペロンはまるで自分のことのように照れながら言う。
「風吹き高原でのふたりを見ていて、なんとなくそうなるんじゃないかなとは思ってたんだけど」
ウルリカの身に迫る危険を察知して、ずっと見守っていた。
彼女を傷つけるものには容赦をしない、けれど、彼女を幸せにしてくれるものならなんでも歓迎する。
「そうか、よかったね」
ウルリカはゴトーにとっても大切な存在だし、ペペロンは無二の親友だ。
二人が笑顔ならば、やはりゴトーも嬉しい。
「うん! あ、でも今日はもう帰らないと……」
ペペロンは勢い良くうなずいた後、ちょっと困ったように頬をかいた。
「え? そうなのかい?」
いつもなら長い時間いろいろ話していくし、今回は新しい同居人が増えたことでもっといろいろ報告することもあるだろう。
「ちょっと、出かけに気になることがあったんだ。大丈夫だとは思うけど」
「そうか、構わないよ。続きは次回の楽しみにとっておこう」
彼が気にするのはいつもウルリカのことだ。
女性はみな幸せであるべきという信条のゴトーにとっても彼女になにかあるのであれば気になる。
「ごめんよ、次は早めに来るから」
「あぁ、また今度」
席を立ち、早足で出て行くペペロンをガラス越しに見送りながら、彼にも幸せになってほしいと、ゴトーは強く願った。
「爆弾を笑顔で作るのはやめないか?」
機嫌よく爆弾製作に取り組むウルリカを横目で見つつ、ロゼが注意する。
「楽しいんだもん。いいじゃない」
「楽しんで作るようなものじゃないだろ」
「おねえさん、女の子としてそれはどうかと思うよ……」
ゴリゴリと鉱石を大き目の乳鉢で砕きながらペペロンも同意した。
「だって、この爆弾であいつらみたいな悪党を叩きのめす日がいつ来るかと思うとすっごくわくわくするのよ!!」
昨日ひと段落した一連の事件が、ウルリカの闘争心に火をつけたらしい。
朝からさっそく「対人用のアイテム作るわよ!!」と意気込み、ロゼとペペロンの二人は無理やりそれを手伝わされていた。
「それは俺たちの役目だと思うんだが」
ため息混じりに言っても思い込んだら一直線のウルリカには通じない。
「もうあんな失敗は二度と犯さないわ。うりゅは私が守るし、そうね、あんたたちも私が守ってあげよっか?」
ロゼはフラスコとアルコールランプを使い塩のもとを作りながら、いっそこのまま焦がしてダメにしてしまったほうがいいのではないかという
思いがよぎる。
「ま、それは冗談にしても」
たとえ単純明快な思考回路しか持っていなくとも、ウルリカだって考えるときは真面目に考えるのだ。
「本当に反省したのよ。甘えと信頼は違うって。自分とうりゅの身を守る最大限の努力を、私はすべきなの」
ロゼが奴隷馬車らしきものがあるということを話してくれなかったのは自分を信頼していなかったからではない、庇護者として見ていた
からだとウルリカは思った。
彼の言う強さとは剣の腕だけではなくそういう人としての成長や、いろいろな問題を抱え込むことの出来る懐の大きさも入っているのだろう。
なら、それに協力すると言った自分は、その目標の妨げにならないために寄り添いながらも重荷にならずにいられるようするべきだ。
そこで爆弾というのは安直過ぎる気もしたが一番手っ取り早い。
とりあえずこれで身を固め、時間のかかる体術や魔法の修練、情報網の入手などをやっていこうと思っている。
「うー? うりゅも、うりゅぃかだいじ」
今までに無くシリアスなウルリカの言葉と共にシンと一瞬静まり返ったアトリエに、うりゅの無邪気な一言が響く。
すると、途端に真剣だったウルリカの表情がデレた。
「も〜〜、うりゅってば優しいんだから〜〜〜!! 私もうりゅのこと大好きよ! めちゃくちゃ大切!!
大丈夫、これからはもうあんな悪党どもに指一本触らせないからね〜〜〜〜!」
うりゅを掴まえ抱きしめると、思い切り笑顔で頬ずりをする。
「ま、こんなもんだよね」
「そうだな」
すっかり戻った日常の光景に、取り残された二人はため息をつくと、黙々と作業を続けた。
「じゃあちょっと出かけてくる」
夕食も済み自由時間になると、ロゼはコートを手に取りドアに手をかける。
「はーい」
「いってらっしゃーい」
「うー」
三者三様の見送りの言葉を聞きながら、夜の街へ踏み出した。
「よお、最近よく来るな。そんなに俺のことが好きか?」
踊る子馬亭へ着くと、寝るときと仕事のとき以外はいつもいるジェイクが嬉しそうに出迎えた。
夜の酒場はのんべぇたちの熱気で溢れている。
酒の匂いに酔いそうになりながら、ロゼは言われなれた彼の軽口にいつもどおり冷たく返した。
「斬られたいならはっきりそう言え」
「冗談だよ冗談」
ジェイクはこの青臭い反応が大好きなのだが、ロゼはまだそこまで頭がまわらない。
同じテーブルの席に着き、注文を聞きにきた店員に適当な飲み物を頼んでいると、先にジェイクが口を開いた。
「聞いたよ、奴隷商人じゃなくてマナの窃盗団だったみたいだな」
「あぁ。それはまたあとで詳しく話すよ」
広い街だがこういった事件が起こればすぐに住民に知れ渡る。
今回、無事うりゅを助けることが出来たのはジェイクにもらった情報によることが大きいので、目的を果たしたら
最初から説明することにしていた。
「なんだ、そのことを話に来たんじゃないのか」
「まぁ、ちょっと相談事があって……」
それはもう、とてもとても、ものすごく不本意ではあるが他にだれに聞けばいいのかわからない。
案の定ジェイクは嬉しそうに身を乗り出してきた。
「おお! 相談? やっぱ例の彼女のことか? まかせろ、なんでも答えてやる」
<やっぱやめようか>
とても真面目にこたえる気のない笑顔に躊躇するが、それではわざわざここまで来た意味が無い。
ロゼは覚悟を決めて、声を潜めるように、静かに聞いた。
「誘惑に打ち勝つためには、どうしたらいい?」
「…………なんだって?」
真顔で聞き返され、顔を真っ赤にしながらもう一度言う。
「男としての誘惑に勝つためには、どうしたらいいかと聞いたんだ」
「〜〜〜っ!!」
「笑ったら殺す」
「ちょ……、すまん、待っててくれ……」
ガタンと音を立てて席を立つと、一旦ロゼを置いて酒場の外へ出て行く。
その間に注文した飲み物が届き、しばらくして戻ってきたジェイクの目には涙が光っていた。
「はぁ〜〜、苦しい。あ、いや、笑ってないからな? これはお前に相談されての嬉し涙だ」
「黙れ」
思う存分笑って帰って来たのはだれが見ても明らかだ。
椅子に座りなおし、わざとらしく真面目な顔をすると、ジェイクはさっそく切り出した。
「で、だ。誘惑に勝つ方法だったな……ぷっ」
言いながら我慢できずに噴出し、ロゼが腰の剣に手をかける。
「まてまてまて、教えてやる。教えてやるから!」
本気なのを見て取って、慌てて手を振り押しとどめる。
「それはな、開き直りだ」
「開き直り?」
開き直ることでどうなるというのか。
「俺だって男だ。なんでそんなことを聞いてくるのかだいたいわかる。……ぶふっ」
「やっぱり斬る」
再び剣に手をかけたロゼの腕を、今度は必死に両手で押さえて言葉を続ける。
「だから待てって!! 認めてやるんだよ、『かわいい、触りたい、抱きしめたい』って自分の心をな。思うのは自由なんだ。
いっそ妄想までいこうがだれも止めやしないし傷つきもしない。むしろお前は意地っ張りでプライドが高いから無理やり押し
込めて、それが無意識の行動に出ちまうんだ」
まだ短い付き合いだが伊達にロゼよりは長く生きていないし、経験も積んできた。
それに同じ男として、そういう青春期がジェイクにだって遥か昔にあったのだ。
「認める……か」
しかし、それは彼女を汚してしまうような罪悪感に駆られる。
複雑な表情で黙り込むロゼを見て、ジェイクはすぐになにを考えているのか察した。
「それによって彼女は穢れたりしない。お前のプライドに少しひびが入るくらいさ」
そしてむっつりと機嫌の悪くなった頬をつついてやった。
「まぁがんばれ。慣れればそこらへんの加減もわかってくる。それにしてもお前………」
本人は意識していないのだろうが、図星を刺されまくったロゼは拗ねた子どものような顔をしてジェイクを睨みつけている。
それがいつも、精一杯冷静を装い大人ぶっている姿との違いに拍車をかけ、もう我慢の限界だった。
「ぶはっ!! だめだ、もう無理!! お前あの子のことどんだけ好きなんだよ!! あはははは! たまらんっ! し、死ぬ!!」
「いっそ死んでしまえっ!!」
腹を抱えて爆笑するジェイクにロゼは本気で剣を向け、酒場の中で追いかけっこを始めるふたりを周りの客がはやし立てる。
「お前ら、出てけ!!」
そして最終的に酒場のマスターに怒鳴られ、ふたりして追い出されるはめになったのだった。
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