保護者の責任  (後編)



「う……」
背中が痛い。
ベッドとは違う硬い感触に目を覚ますと、ロゼはアトリエの床の上にいた。
<あれ? なんで俺こんなところで寝てるんだ??>
斜め横には同じように床でウルリカが仰向けに寝ていて、その胸の下あたりでうりゅが丸まって寝息を立てている。
<あー、そうだ。昨日はあのまま――>
二人してひとしきり笑った後、立ち上がることさえも面倒くさくてそのまま眠ってしまったのだ。
「窓、明るいな」
壁にかかった振り子時計を見るともう8の刻を過ぎている。
<かなり遅くまでやってたからなぁ>
ウルリカを見やると完全に熟睡していている。
「せめて、ベッドまで運んでやるか」
ロゼはよっこらしょと起き上がると、なるべく起こさないようにと優しく抱き上げた。
<やわらかい>
そういえば初めてこのアトリエに来たときもベッドまで運んでやったことがあったが、あの時と比べて意識してしまっている分、余計 ウルリカの匂いやら手触りやらが気になってしまう。
<あー、だめだ。寝込みを襲うのはだめだ>
でも、少しくらいゆっくり運ぶのは許されるだろう。
揺らさないように、振動を与えないように。
慎重に2階のウルリカの部屋まで行き、ベッドに横たえると、顔にかかった髪を払ってやった。
「寝顔は、女らしいんだけどな」
長いまつげに桜色の小さな唇。
見ていると吸い込まれそうな……。
つい顔を寄せそうになり、危うく思いとどまる。
<だから、寝込みはだめだろう!>
しかも、まだこちらの一方的な片思いなのだ。
<酒場、開いているよな>
これ以上家にいたら何をしてしまうかわからない。
ロゼは理性を振り絞ってウルリカの部屋から出ると、そのまま牡鹿亭に向かった。



「おはようございます」
「おう、おはよう」
ふらふらとした足取りでカウンターに行くと、ロゼはそのまま力が抜けたように座った。
「どうしたにーちゃん、憔悴しきっちまって。あれか? 昨晩は激しくしすぎたか?」
嬉しそうに言う中年男の冗談にはいつだって品が無い。
マスターの言葉に余計気力を吸い取られながらも、疲れた口調で否定した。
「やめてください。あいつはまだまだお子様です」
下手すればそこらへんの子どもより、ウルリカはそういう方面の発達が遅れている。
伊達に長い付き合いでないマスターもそこらへんはわかるらしく、「そうだな、すまなかった」と素直に謝った。
「それより、なにかすっきりする飲み物もらえますか?」
営業前の早朝の酒場には他に人がいない。
グラスを磨いていたマスターは「特別サービスだぞ」と言いながら奥へ行くと、冷えたレモネードを持って戻ってきた。
「ほい、同じお子様のにいちゃんにはここら辺が妥当だろ」
「……ありがとうございます」
<最初に客で来たときにはワインくれたのに>
親しくなればなるほど子ども扱いされてくるのは納得がいかない。
それでも、冷たいレモネードを一気にあおるとようやく麻痺した思考が働くようになって人心地が付いた。
「はぁ」
<自分があんなに誘惑に弱いとは知らなかった>
ウルリカを部屋に運んだときのことを思い出し、頭を抱える。
<精神面の修行ってどうやったら出来るんだ?>
課題だけが増えていく。
「おぉ、そうだ。ちょうどよかった。また名指しでオーガス商会から護衛の依頼が来てるぞ」
依頼書を渡され読むと、内容は四日後、行程は全一週間とある。
<四日後か>
ペペロンが帰ってくるか、奴隷商人の一件が片付いたら行きたい。
指名の依頼報酬は通常の倍で、とくにオーガス商会はジェイクの得意先でもある。きっと彼も来るだろう。
「返事はまだあとでも大丈夫ですか?」
「あぁ、だけどなるべく早くな」
「はい」
<すごく嫌だけど、ジェイクに相談してみるか>
ものすごく気が進まないが、ほかに相談する相手が居ない。まさか本当に壁相手に話すわけにもいかなかった。
「ん?」
いつもなにも無いところに紙が張ってあることに、ロゼは気づく。
「探しマナ……?」
カウンターの横の壁に張ってある見慣れないチラシを読み上げた。どうやら迷子探しのものらしい。
「あぁそれか。東街のアトリエにいるマナが昨晩から行方不明なんだってよ」
「マナが?」
「そうそう。一人で使いに出てそれっきり戻って来ないらしいんだ。俺には良くわからんが、時を司るマナですごい珍しい んだってさ」
チラシにはそのマナの特徴も書いてある。

『大きな灰銀の毛並みの狼の姿
 行方不明時は銀髪に銀の瞳の青年の人型を取っていた
 見かけたなどの情報を持つ方は東街 アンドリューのアトリエまで』

<マナ……か>
うりゅくらい幼いマナで無い限り、単純に迷子で行方不明なんてことはないだろう。
嫌な予感がする。
「マスター、ご馳走様でした」
レモネードの料金をカウンターに置き、急いで席を立つ。
「おう、いつでも来いよ。俺はにいちゃんの味方だぞ」
背にマスターの声援を受けつつ、ロゼは早足で酒場を後にした。




アトリエのドアをバンッと勢い良く開き、一気に2階へ駆け上がる。
「おいっ、ウルリカ!」
寝ていようが構わない。
ウルリカの部屋へそのまま駆け込むと、ロゼは最悪な気分になった。
「どこ行ったんだあの馬鹿!」
ベッドはもぬけの殻で、ウルリカも、もちろんうりゅの姿も無い。
犯罪が起きるのは人の少ない早朝と深夜と相場が決まっている。
焦る気持ちを落ち着けようとしながら、今度は階段を駆け下りアトリエの中を確認した。
<やっぱり無い!>
昨日作り終えたアイテムが無い。
起きてひとりで納品に行ったのに違いなかった。
「くっそ、なんて馬鹿なんだ!!」
馬鹿なのはウルリカではない。自分だ。
邪な誘惑に負けそうになり、一時逃げ出した自分を思い切り罵りたい。
<だけど、今はそれどころじゃない!>
予想がはずれていなければ、街の外に止めてあるという檻つきの馬車の持ち主の目当ては人間ではない、マナだ。
南街の酒場で見た不審な男、東の森の奥にあったという檻の馬車。そして今朝見た探しマナのチラシ。
<あいつが見てたのはウルリカじゃない、うりゅだったんだ!!!>
売り買いされるのは確かに物だけではないが、人間だけでもない。
きっと闇の市で、今では数少なくなったマナも商品として取引されているのだ。
<とにかく、後を追いかけないと!>
コンテナを漁り、自分用のアクセサリと装備を取り出し身につける。
「無事でいてくれ」
しかし、その願いは再び最悪の形で裏切られた。
すばやく戦闘装備を整えアトリエを出ようとすると同時に、ウルリカがすごい勢いで飛び込んできたのだ。
「ど、どどどうしよう!!」

「どうした?!」

「うりゅがいなくなっちゃったの!!」

<やっぱりか!>
あのとき、目をつけられていたのだ。
「一個目の酒場に依頼品届けて、それで、歩いてて、振り返ったら、うりゅが!」
パニックになりながらも説明するウルリカに、ロゼは彼女用の装備を投げ渡し、身につけろと命令する。

「え? なにこれ。なんで? どうして?」

「心当たりがある、行くぞ! うりゅが危ない!」

「えええっ! うそ、なにそれ!!」
今は説明している時間も惜しい。
ロゼの焦り方に尋常でない自体を悟ったウルリカは、言われるままに武器を身につけ駆け足で出て行くロゼのあとを追った。

「やつは東の森の奥に向かっているはずだ!」

街の中を全力で駆け抜けながら、同じく全力疾走で追いかけてくるウルリカに言った。
「奴って?!」
「南街の酒場に居た男だ! たぶんあいつはマナを盗んで売る売人だ!」
ウルリカは思い出す。ロゼが目つきの悪い男が居ると言って出たときのことを。
<私の馬鹿!! なんでもっと警戒しなかったの!!>
もし自分が狙われているのなら返り討ちにすればいいと軽く考え、すっかり忘れていたのだ。
多少腕に自信があるからといって、甘く考えすぎた。
<そうよ、うりゅが狙われる可能性だってあったのに>
学園時代、散々うりゅが狙われていたではないか。
あの時、狙ってきた相手のマナを倒し、説教をし返して解決したので、もううりゅが狙われることが無いと安心していた。
人間にだって、こうして闇の仕事に手を染める汚い人間がいると知っていたのに。
<うりゅ、すぐに助けに行くから!!>
うりゅが居なくなったのはついさっき、まだそう遠くへは行っていないはずだ。
ウルリカはそれ以上質問することはせず、まっすぐ東門へ走ったのだった。




「うー!うぅ〜〜〜!」
特殊な石で出来た檻のかごの中でうりゅが唸り、暴れる。
「まったく、時間かけさせやがって」
おととい南街の酒場で目をつけた珍しいマナ。
属性こそわからないが、一目で「これは売れる」と思った。
大きさも見た目もかなり上等。高い値がつくだろう。
しかし見つけた当日は常に警戒をしている男がそばについていて手が出せなかった。
翌日は酒場のマスターに依頼を出したいからと居場所を聞き、アトリエを張っていたが一日出てこなかった。
そして三日目にしてやっと少女がひとりでマナを連れて出てきたのだ。
あとは簡単だった。
少女のあとを飛んで付いていくマナを横から掻っ攫えばいい。
掴まえてすぐにこの過去の遺物、マナ遺跡から取ってきた封印石で作られた籠に入れてしまえばなにも出来なかった。
「うー! だして!!」
「売れたら出してもらえ」
この街にはあと2匹マナがいるが、どちらもレア度は低い。
野生のマナを1から探すよりは錬金術師と契約をして街に住んでいるマナを攫う方が早くても、その分後が面倒だ。
目的は絞ってさっさと退散するに限る。
「で、他の奴らはもう馬車にいるのか?」
「あぁ、すぐ出れるようにしてあるはずだ」
南街の酒場に居た目つきの悪い男ともうひとり、長いローブ姿の男は、東門外の草原を抜け、森に向かおうとしていた。
「いたあああああああ!!!!」
「なっ、なんだ?!」
突然大きな少女の叫び声が聞こえ振り返ると、この小さなマナの主人である錬金術師と、一緒に居た青髪の剣士がこちらに向かって一直線 に走ってくるところだった。
「くそっ、なんでバレたんだ?!」
街は広い上に門も4つある。
マナの姿が無いことに気づいても、すぐにここまで追いかけてくることは不可能なはずだ。
「どうでもいい、逃げるぞ!!」
錬金術師は皆、戦闘に長けている。
その上もうひとり、いかにもな剣士がそばについているとすればやっかいだ。
「どっせい!!」
しかし、女とは思えない掛け声と共に無数の光球が飛んできて足元の土をえぐり、次いで放たれた光の刃が目の前に突き刺されば 足を止めざるを得なかった。
「あんたたち! うりゅを返しなさい!!」
金の髪の少女は勝気な緑の瞳で二人を睨みつけ、手に持ったチェーンつきの魔法石を突きつける。
「でないとひどい目にあわせてやるんだから!」
「やれるもんならな!」
「うりゅぃか!」
「うりゅ!!」
案の定、マナを閉じ込めた籠を突き出してやれば、途端にひるんでしまう。
<うりゅはなぜ逃げれない?>
ロゼはいきり立つウルリカの前に立ち、二人を警戒した。
うりゅはまだ幼いが、その内に巨大な力を秘めている。
あんな小さな籠ごときに捕まったままにされているマナではない。
「お前たち、そのマナに何をした?」
剣を構え、静かに、ドスの聞いた声で聞く。
答えを期待しない質問だったが、予想に反してうりゅを突き出したまま男は言った。
「別になにも? ちょっとこの籠が特別製なだけだ」
「特別製?」
うりゅがおとなしく籠の中に納まっているのが同じように心配なのだろう。すぐにウルリカが食いつく。
「そうだ、過去のお前ら錬金術師が残してくれた、マナ遺跡の封印石だよ。こいつはマナ共のやっかいな力を閉じ込めてくれるのさ」
<おかしい、なぜこの男はこんなにべらべらしゃべっている?>
自分たちにこんな説明をしてくれても何の得もないはずだ。
いや、こういう連中は得の無いことなど一切やらない。
そして、後ろのローブの男がなにかぶつぶつ唱えていることに気がついた。
<魔法?!>
「時間稼ぎかっ!!」
詠唱を終わらせるわけにはいかない。
とっさに攻撃をしかけるが、うりゅの籠を持った剣士に阻まれる。
「もう遅いんだよ!」
片手では攻撃を防ぎきれずよろめくが、ロゼがとっさにうりゅの籠へ手を伸ばすとそのまま一回転してその手をかわし、逃げの体勢へ入った。

「俺たちがこれまで商売に成功してきた理由を教えてやる!」

ローブの男がそう言いながら右手を地面につけると、その手のひらを中心に魔方陣が現れ光を放った。
「うりゅ返しなさいよ、このっ!」
ウルリカもスイングした魔法石から光球を連射するが、愉快そうに笑いながら男が光球を避けその場から離れると、魔方陣の光が 空へ上がり、広がって空間に穴を開けた。
「はっはー! これからお前らの相手はこいつがしてくれるってよ!」
「な、なにあれ?!」
その穴から唸り声と共に一匹のドラゴンが現れる。
「召喚士(サモナー)か!」
魔物を召喚し、使役するサモナーは数が少ない。
「まさか、こんなところでお目にかかれるとはな」
無理やり連れてこられたドラゴンは、地響きを立てて空から降り立つと、怒りの咆哮をあげた。
「リザドドラゴン、こいつらを殺せ!」
召喚された魔物は召喚士の命令に逆らうことはできない。
ドラゴンは口から煙を上げながら怒鳴りつけてくる召喚士を憎しみをこめた目で睨み、次いで開放されるため、ロゼとウルリカに牙を向く。
「お前らはそいつと遊んでな!」
そういうと先に逃げた剣士を追うように召喚士も走り出し、森へ逃げ込んでしまう。
「うりゅ!」
「ウルリカ、行け!」
ここで逃がすわけにはいかない。
ウルリカの戦闘の腕は知っている。強力な魔法もあるし、うりゅさえどうにかすればあの二人相手に負けることはないだろう。
「え? でも!」
「いいから行け! お前はあいつを守るんだろ!! この先の湖手前に奴らの幌馬車がある!」
光の剣で、怒り狂うドラゴンを牽制しつつウルリカに怒鳴る。
「あいつの親を自称するんならそれがお前の責任だ!」
「わ、わかったわよ」
そうだ、このままうりゅを奪われるわけにはいかない。
しかもあいつらの目的は好事家に超高額で売りつけること。その先でのことを考えるとぞっとする。
「すぐあいつら張り倒してうりゅと一緒に戻ってくるから、それまでねばんなさいよ!」
そう言うと、ウルリカは後ろ髪を引かれる思いをしながらも全速力で男たちを追いかけていった。
「ねばるか……」
ドラゴンがブレスを吐くために顎を引き構えるのを見て、ロゼは不敵に笑った。
「倒せくらい、言って欲しかったな」
そして鬨の声をあげ、ドラゴンに向かって地面を蹴ったのだった。




「ライトフォール!!」
光の柱が男たちの前に無数に落ち、足を止める。
「くそっ、しつけーな」
「逃がさないわよ、うりゅを返して!」
走ったせいで双方とも息が荒い。
「うー!」
かごの中でうりゅは脱出しようと暴れるが、そのマナ遺跡で取れた鉱石の力は本物らしくびくともしなかった。
「うりゅ、大丈夫。すぐ助けてあげるからね」
<て言ってもまたうりゅを盾にされたらやっかいね>
ウルリカは魔法中心の戦い方なので接近戦が苦手だ。勝つ自信はあるがまともに相手をしていたらどれだけ時間がかかるかわからない。
<あぁもう、さっさとこいつらぶっ飛ばしてあいつ助けに行かないといけないのに!>
小さく相手に聞こえないように、次の呪文を口の中で唱える。
<こっちだって伊達に錬金術やってるんじゃないんだから>
学生時代も卒業してからも、さんざん採取やらなんやらで鍛えられてきた。
魔物相手の実戦に比べたら、召喚に頼って来たとネタばらしした相手になど負ける気はしない。

「せっかく追いかけてきてくれたんだ。あんたも捕まえて一緒に売っぱらってやるよ」

錬金術師とはいえ、女と見て完全に舐めているのだろう。
剣士の男が挑発してる影で、召喚士の男が再び地面に手をつけたのを、ウルリカは見逃さなかった。
「同じ手を食うもんですか! フラムゲイズ!」
「ぐあっ」
狙い通りその手元から火柱が上がり、召喚士は腕を炎に包まれる。
「ちっ。フラン、走れ!」
しかし、剣士は動じず、ローブの男が腕の火を消すのを確かめるとうりゅの入った籠を投げつけた。
召喚士は火傷を負い、脂汗をかきながらも籠を受け取り走り出す。
「あ、ちょっと!」
あいつを逃しては意味が無い。
追いかけようとするウルリカの前には剣士が立ちはだかり、にやにや笑いながら剣を構えた。
「お嬢ちゃんも動けないようにしたら、一緒に連れてってやるから安心しな。あんたみたいな貧相な胸が好きな御仁も結構いるんだぜ」
<な・め・や・がってええええええ!!!>
怒りのあまり言葉も出ない。
ウルリカはすぐにでもふっ飛ばしてやろうとチェーンの先の石に魔力をこめる。
その間にも召喚士の男はうりゅを持って、より森の奥へとへ逃げ込もうとした。が、
「うわぁ!」 
ドスンと地響きを立て、男の前に巨大な何かが落ちてきた。
「これは、おいらが大活躍するときかな?」
「ペペロン!?」
ゴトーのところへ会いに出ていたペペロンが、絶妙のタイミングでまさに「降臨」したのだ。
「えいっ!」
突然現れた巨漢の自称妖精に立ちすくんでしまった男は、その間抜けな掛け声とともに繰り出された拳をまともに受け吹っ飛んだ。
「いたいけな子どもをかどわかすなんて、おじさんたち悪い人だね」
珍しくドスの聞いた声を出すペペロンの手にはしっかりうりゅの入ったかごが持たれていて、うりゅが出してと訴えると鍵のかけてある 扉を無視して格子をバキバキと折り、救出した。
その様子を見て、ウルリカはほっとする。
なんといういいタイミング。
「ペペロン、こいつらぶっ飛ばしてロゼを助けに行くのよ!」
剣士と腕を大やけどした召喚士はやっと自分たちの劣勢を悟ったようだ。
「なんなんだあいつは! あんな化けもんがいるなんて聞いてねぇぞ!!」
「ちくしょう!」
飛んで戻ってきたうりゅと組んだウルリカ、ペペロンが揃えば、もうこの2人は敵ではなかった。




「ちっ」

<やっぱり硬いな>

ロゼは召還されたリザドドラゴンに苦戦していた。
ファイアブレスで髪はところどころ焦げ、服も細かい破れが多数出来ている。
このタイプのドラゴンとは何度も遭遇したことがあるのでどうやって戦えばいいのかはわかる。
<早くあいつを追いたいのに>
だがひとりきりで相手をするのは初めてだったので、なかなか有効な一撃を決められずにいた。
「ゴオオオオッ!」
唸り声と共に繰り出された鋭い爪をかわすとすぐ、目の前に大きな齶が開かれる。
「食らえっ!」
それも紙一重でかわし、剣を片手に持ち替え、空いた手で腰に挿してあるダガーを引き抜きむき出しになった口の中へめがけて投げつけた。
「グアアアア!」
ダガーは喉の奥に命中し血が噴出す。
ドラゴンはたまらずのけぞった。
<今だっ!>
ロゼは両手に光の剣を出現させ、高く跳躍する。
「見切れるかっ!?」
落下を利用して頭上から切りつける刃は、常人には見えない速さでドラゴンの喉元を切り裂き、肉をえぐった。
そして地面へ着地すると同時に、ドラゴンの巨体も音を立てて崩れ落ちる。
「少し手こずったが、こんなものか」
ウルリカのほうはどうなっただろう。
「ロゼ!!」
すぐに駆けつけるべく身を翻すと、遠くから呼ぶ声がした。
「ウルリカ?」
「ロゼ! ロゼ、大丈夫?!」
見ると血相を変えたウルリカがこちらへ向かって走ってくる。
その後ろに、ウルリカを必死に追ううりゅとペペロンも見えた。
<なんだ、あいつが居たのか>
どうやって現れたのかは知らないが、ペペロンも居るということはあの男たちは確実にボコボコにされているはずだ。
結局ピンチを助けたのはあいつなのだろうと少し不貞腐れた気持ちになる。
<役に立てなかったな>

「ロゼ!」

「うわっ」

走ってきた勢いのままウルリカに飛びつかれ、反射的に受け止めたロゼは思い切り後ろへ倒れた。
「ここも、ここも! そこらじゅう焦げてるし切れてるじゃない!」
上に乗っかったまま服を掴み、傷を確かめる。
「いや、お前に押し倒されたのが一番痛かった……」
草地とはいえ、背中をしたたかうち、一瞬息が詰まった。
「だいたいお前、俺の腕を信用してるんじゃなかったのか?」
こんな心配されては逆に悲しくなってくる。
「それとこれとは話が別よ!!」
<どういう意味だ……>
言葉で言うのと、実際目の前で見るのとは別ということだろうか。
<まぁ、いいか。やっと名前を呼んでもらえたし>
無事うりゅも救出出来て、結果はオーライだ。
頬に付いた切り傷を見て、「痛い?」と聞いてくるウルリカが愛しくて、ロゼは微笑んだ。
「大丈夫だこれくらい。俺はお前のためになら、いくらでも強くなれるから……」
ほぼ告白とも取れるセリフもウルリカには届かなかったらしい。
「ごめん、私がきちんと注意しなかったからうりゅ攫われて、こんなことになって」
「違う、悪いのは知ってたのに防げなかった俺だ」
抱きしめたいが、今の自分にその資格は無い。
「え? 知ってたって、どういうこと?」
ペペロンとうりゅが追いついてくるまで、ロゼはウルリカの質問攻めに合うことになった。


「そっか、それであいつらの行き先がわかってたのね」
ペペロンも揃ったところで一通り今回のことの流れを話し、ロゼはやっとウルリカから開放された。
「やっぱり、あんたは悪くないわよ。うりゅが狙われているなんてそれだけじゃわからなかったんだし」
そう言うと立ち上がり、押し倒されて尻餅をついたままのロゼの手をとって引き上げる。
「でもそうね、そういう情報は共有すべきだわ。悪いといえばそこね」
「あぁ、すまなかった」
ロゼは素直に反省し、謝った。
「それにしてもおにいさん、強くなったねぇ」
二人の様子を見守っていたペペロンは、ロゼの後ろにあるドラゴンの死体に視線を投げ、感嘆の声をあげる。
「これくらい、当たり前だ」
ペペロンだったらもっと早く倒していたのではないか。
そんな卑屈な考えが頭に浮かぶ。
<ダメだな、俺は根本的なところが変わってない>
風吹き高原での一件から、なぜかペペロンにだけは敵わない気がするのだ。
「さっ、うりゅも無事助けられたし、早く街に戻って縛り上げたあいつら役所に突き出さないと」
「うん、そうだね! じゃあ、おいらが戻ってあいつらを……」

「ま、まって、妖精さん……!!」

遠くから息も絶え絶えな声が聞こえてきたのはそのときだった。





「はぁ、はぁ……。やっと見つけた」
膝に手をつき、苦しそうにあえぐのは、ウルリカもロゼも知らない細身の青年だった。
「えっと、どちら様?」
とりあえずウルリカが聞いてみる。
「先ほど、そちらの妖精さんに助けていただいた者です」
森の奥でうりゅをさらった二人の男の仲間に馬車に乗せられ売られそうになっていると、通りすがりのペペロンに助けられ、事情を話 したところ名前を聞く暇もなくものすごいスピードで去られてしまい、とにかく追いかけてきたのだという。

「私は東街のアトリエに居る錬金術師と契約している時のマナで、クロスといいます」

そしてクロスはペペロンに改めて礼を言った。
「妖精さん、ありがとう。助かりました」
「えへ、照れちゃうなぁ。おいらこんなナチュラルに妖精さんって言ってもらえたの初めてだ」
変なところで感動をしているペペロンを無視してロゼは会話を続ける。
「あんた、酒場に捜索依頼出てたぞ」
「え? ほんとですか? 参ったな、またアンディに怒られる」
クロスは困ったように顔を曇らせる。
「やっぱりうりゅと一緒であいつらに攫われたの?」
ウルリカが聞くと「やり方まで同じかどうかはわかりませんが」と頷いた。
「街を歩いてたら突然二人がかりで羽交い絞めにされて変な首輪をつけられて。そしたらまったく力も出なくなってしまって 逃げられなかったんです」
「あー、そっちは首輪だったんだ。それ、マナ遺跡の封印石とかってやつよ。マナの力を文字通り封印するんですって」
「そんなものが?」
「たぶん間違いない」
本当の話だからこそ、思わず耳を傾け時間を稼がせてしまった。
「きっと、こうして攫われたのは私が初めてではないのでしょうね」
慣れた手口にいくつものマナを封印する道具。
これまで奴らに捕まり、売られていったマナはひとりやふたりではないだろう。
「大丈夫だ。犯人さえ捕らえれば顧客も芋蔓式に捕まる。主人の下へ戻れるマナも出てくるだろう」
ロゼがそうフォローすると、心根の優しそうなクロスはほっとしたように笑った。

<それにしてもマナってやつは、なんで人型とるとみんな美形なんだ?>

ユンといいウィムといい、聖域で会った光のマナといい、中身はともかく皆揃って整った顔立ちをしている。
クロスも例外ではなく、むしろ理知的で話し方が丁寧な分、かなり格好良く見える。
<どうも、最近は気になるな……>
以前は人の容姿などどうでもよかったが、ウルリカと一緒に住むようになってからというもの彼女の周囲に関してだけは放っておけなく なってきた。
しかし当のウルリカのほうはそういう部分は眼中に無いらしく、縄でぐるぐる巻きにしてきた盗賊たちに対し、怒りを燃やしている。
「ほんっと許せないわよね、あいつら! だいたい買う輩も同罪よ! 客の名前も聞いておけばよかった!
 そんでもってそいつもぼこぼこのギッタギタにしてやるんだから!」
息巻くウルリカをどうどうとなだめつつ、ペペロンが嬉しそうに笑う。
「でもよかったね、戻ってこれて。おいらたちも役に立ててよかったよ」
「はい、本当にありがとうございました」
深々と頭を下げる。
「僕はとりあえず主のところに戻って無事を報告してきます。お礼はまた後日、必ず伺いますから」
「いいわよ礼なんて。もともとうちのうりゅを助けるためにしたことだし」
「気にしないで」とにっこり言うウルリカは、普段の姿を知らないクロスにはとてもかわいらしい少女に映った。
「いえ、これは気持ちの問題ですから」
そう言うと本来の獣の姿に戻り、もう一度頭を下げる。
<うわ、すっごいもふもふ!>
毛並みのいい狼の姿はウルリカの心を一瞬で掴んだ。
「後ほど、必ずそちらへうかがいますから!」
そして四本足で駆けていくクロスを名残惜しそうに見送った。
「お礼くれるっていうんなら、私、あの子がいいな……」
ぜひあの毛皮を思う存分もふりたい。
しかし、他の二人は別の意味に受け取ったようだ。

「おねえさん、おいらはもう用済みなのかい?!」
「確かに人型はいい男だったが、使えるかどうかは別だぞ」
「あんたたち何言ってんの?」

この三人の息が完全に揃う日は遠そうだ。




計4人の盗賊たちを役所に引き渡すと、賞金がかかっていたらしく結構な額の報奨金と感謝状を送られた。

その夜、いろいろあって疲れきってしまったウルリカは夕食が終わるとすぐにうりゅを連れて部屋に上がり、アトリエにはペペロンと ロゼが残ることになった。
「ペペロン」
「ん? なんだい?」
ウルリカの在庫ノートを見ながら減ったアイテムを確認していたペペロンは、向かいの椅子に座ったロゼに呼ばれ顔をあげる。
「あの……、すまなかった」
「え?」
「俺が付いてたのに、あんなことになって」
「な、なんでおいらに謝るんだい?」
下手に出られることが苦手なペペロンは、慌てて手を振った。
「おにいさんは十分がんばったじゃないか。謝ることなんていっこもないよ!」
「一緒にいたのがあんただったら、うりゅを攫われるなんてこと、なかったと思うんだ」
風吹き高原で助けられたときからあるペペロンへのコンプレックス。
自分に出来ないことでもペペロンならやれていたのではないかとつい考えてしまう。
「そんなことないさ! おにいさんはおいらを買いかぶりすぎだよぅ」
照れたように頭をかく彼の顔をじっと見つめる。
いつもうまくその下に隠されてしまっている本性を見極めるように。
「教えてくれ。あの時戻ってきたのは偶然だったのか?」
「うん、そうだよ。運がいいよね」
「本当に……?」

 ――正直に答えてほしい。

「……ここを出た日、道の途中で幌馬車とすれ違って。嫌な感じがしたのはあるかな」

ロゼの真剣な思いが伝わったのか、ペペロンはぽつりと話した。
マナを運ぶための檻馬車はもちろん、周りを幌で囲って中を見えないようにしてある。
それでもあんな怪しい場所に止めて合ったから不審に思ったジェイクたちに見つかったわけで、普通に道を走っているだけで それとわかるということはまずない。

「乗っているおじさんたちが、ちょっと顔凶悪過ぎたしね」

苦笑しながらペペロンは言った。
そして、いつもなら行きと帰りに採取の寄り道をするところを、急いで帰ってきたのだと。

「やっぱり、そうか」

いくらなんでもタイミングが良すぎると思ったのだ。
普通に帰ってくるにしてもアトリエから一番近い北門の方ではなく、東の森にいたのもその怪しい幌馬車を探していたからなのだろう。

<きっと、俺が居なくても、ペペロンが間に合って助けていたんだろうな>

ウルリカの一番そばに居る最強の守護妖精。
たぶん、自分が目指す強さを持っている。
自嘲気味に笑うと、今度はペペロンが問いかけてきた。

「おにいさんは、おねえさんのことが好きなのかい?」

「えっ?」

それはもちろん、友達としてという意味ではなく。
ロゼはそれがわかったので、さっきの答えのお返しに、正直に言った。

「あぁ、好きだ。ひとりの男として、彼女のそばにずっと居られたらと思ってる」

「うん、そうなるといいね。おねえさんはちょっと鈍すぎるから大変だとは思うけど」

前から気づいていたのか、ペペロンは応援してるよとロゼを励ました。

「いいのか? その、もしかして俺がウルリカを、もらうことになっても」

もちろんふられる可能性も大だが、そうなったとき、ペペロンに認めてもらえるのならば嬉しい。

「おいらが口を出すようなことじゃないけど……」

ペペロンはそう前置きしてにっこり笑った。

「おにいさんじゃなきゃ、だめだよ。きっと」

「それはどういう……」

その根拠を知りたかったが、すぐにペペロンに遮られてしまった。

「よしっ! おいらも疲れたからそろそろ寝るね!」
「あ、あぁ」

それ以上無理に聞くことはせず、立ち上がったペペロンをおとなしく見上げる。

「じゃ、おやすみなさい」

「あぁ、おやすみ」

階段をあがるペペロンの後姿を複雑な心境で見送ると、ランプひとつだけの薄暗いアトリエでロゼはひとり、今日の反省と共にこれから また自分に出来ることを、じっくりと考えた。


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