保護者の責任  (前編)



「あーもー、つっかれたー!!!」
ウルリカはアトリエに帰った途端、ソファの上へダイブする。
一日かけて街中の酒場を回っても結局、目的の依頼を見つけることはできなかった。
「まぁこんなもんだろ」
もともとあまり見る依頼ではない。そう都合よくあるわけではないのだ。
「結局ほとんど売り込みで終わっちゃったなぁ。それはそれで無駄にはならないと思うけど」
「俺も結構他の酒場に行くことが多いし、そのとき掲示板を見ておくよ」
冒険者同士の交流は多い。
ある程度お互いの力や戦法を知っているほうが、仕事で一緒になったときに戦いやすいからだ。
「うん、よろしくー」
とりあえず今日は二人とも疲れてしまい、これ以上何かをする気力は沸きそうもない。
「じゃ、飯食って寝るか」
「賛成」
ロゼは座った椅子から立ち上がり、簡単な食事を作るべく、台所に立ったのだった。




翌朝、朝食を終えるとすぐにウルリカは調合を始めた。
「せっかくだから、昨日いくつか依頼とってきたの」
コンテナには有り余るほどのアイテムが入っているし、仕事がなかったので良さそうなのをほかの酒場から選んできていた。
「俺に手伝えるのは?」
「品質の調整。悔しいけどこればっかりは私苦手だし」
やはり、報酬は少しでも高くもらえるほうが嬉しい。
「あのね、奨学金が実はもう少しで返し終わりそうなのよ」
半年以上かかったが、それでも早いほうだと思う。
とくにロゼがやってきてからの追い込みがすごかった。
「奨学金全部返してからが本番だから、がんばらなくちゃ!」
気合を入れ、鼻息を荒くするウルリカを見て、ロゼは微笑んだ。
「そうか、よかったな。品質の調整くらい、いつでも見てやるよ」
本当はここで「自分で出来るようになれ」くらい言った方がいいのかもしれないが、ウルリカへの気持ちを自覚してしまって から、ロゼは微妙に彼女に甘くなってしまっていた。
「ちょっと用事があって、しばらく仕事に出ることもないから時間もあるしな」
「え? そうなの? せっかく最近仕事順調っぽいのに」
ロゼは一度護衛の仕事を請ければ必ず相手から高評価を得ていた。
無骨で戦うことしか取り柄の無い冒険者の多い中、よく気が利くし手先も器用。なによりしゃべりも丁寧で好感が持てる。
新顔としては異例の知名度を上げ、今では名指しで依頼が来るほどだ。
「少し間を空けたからって無くなるような信用じゃない」
「あんた、なんか最近変わったわね」
以前はもうちょっと卑屈で暗かったような気がする。
「そうか?」
自分の変化に自覚が無いロゼは単純に聞き返した。
「うん、明るくて、自信たっぷりになった」
「ちょっとむかつく」と小さく付け足されたが、別に悪い気はしない。
<それは全部、お前のおかげだ>
ウルリカからあれだけの信頼を示されれば、卑屈になっていられないし、心のわだかまりがすっかり解けている今、気分良 く居られずにはおれない。
それにここへ来て友人も増えた。
着実に前へ向かって進んでいる。
その実感が常にロゼの心を明るくするのだ。
しかし、そこで火にかけた鍋にぽいぽいと素材を無造作に入れるウルリカを見て思わず怒鳴った。
「あっ! 馬鹿! 何してるんだ!!」
「何って、依頼のワインを造ってるんだけど」
ワインと聞いてテーブルに書いてある依頼書をみると、苦い味が苦手なのでなるべく甘くと書いてある。
「ここ、甘くって書いてあるだろう? 最初にいきなりそんな入れたら苦ブドウの味が濃くなって品質はともかく客の 求めるものにはならない。さっき品質気にするとか言っておいていきなりそれか!」
むしろ、アイテムの名前だけ見ておいて内容を詳しく読んでいなかった可能性が高い。
「なによ、順番どおりにアイテム入れただけじゃない!」
「入れるのにもタイミングがあるんだ! 何度も教えただろ?!」
「忘れたわよ、そんな昔のこと!」

<やっぱり、前言撤回だ!!>

少しは自分で出来た方がいい。
「わかった、これからまた何度でも最初から教えてやる。覚えろ、死ぬ気で覚えろ!!」
「やだめんどくさい! もういいわよ、品質の調整なんて」
「諦めるの早すぎだろ!」
ウルリカは勘も、調合のセンスもいい。やろうと思って出来ないわけがない。
つまり、やる気がないのだ。
怒鳴りあう二人の周りを、うりゅがくるくると回る。
「うー。けんか、だめ〜」
それでも血が上ると周りが見えなくなる二人には効果がなかった。
「少しは言った通りがんばる努力をしろ!」
「うっさいわね! こっちこそ何度も言うけどあんた男のクセにしつこいのよ!」
「しつこくさせてるのはお・ま・え・だ!!」
まるで格闘技のようなふたりの調合は、そのまま昼過ぎまで続いた。



「うりゅぃか、ろぜ、おつかれ」
床に突っ伏し、燃え尽きた二人にうりゅがねぎらいの言葉をかける。
どうにか依頼の品をひとつ仕上げあがったときには長時間全力疾走をしたように、二人ともヘロヘロになっていた。
「調合って、こんな体力使ったっけ……?」
「使わん……」
いつもはここまでではないのだが、ついついヒートアップしてしまった。
「とにかく、飯にしよう……」
気がつけば、いつもの昼食の時間を過ぎている。
「あ、待って。今日は私が作る」
「……なんだと?」
突然の申し出に、ロゼは思い切り顔をしかめた。
同居を始めてからの短期間で、ウルリカの料理の腕が壊滅的なことを知っているからだ。
「ちょっと試したいことがあるのよね」
「いやだ、俺はまだ死にたくない」
ちょっとした気まぐれで台所に立ち、初めて出された手作り料理は真っ黒にこげた焼き魚だった。
あまりのひどさに文句を言ったら、数日後、リベンジをすると言われて大量に入れすぎた粉がダマになったシチューを 食べさせられた。
それからペペロンはともかく、ウルリカは二度と台所に立たせないと誓ったのだ。
「大丈夫、今度はちょっと自信あるのよ」
「無理だ、絶対無理。頼むからやめてくれ」
ここまで言われると普段なら怒り出すところだが、今回は違った。
「いいから、私にも出来るってところ見せてあげる。三度目の正直って言うでしょ?」
「二度あることは三度あるとも言うけどな……」
どちらかというと後者の気がする。
「あーもー、諦め悪いわね! 家主は私なんだから従うの! もうこれ決定!」
「横暴すぎだろ!」
しかし、そこまで言われれば仕方が無い。
<まぁ、毒さえ入っていなければいいか>
好きな相手の手料理というのに、ここまで嬉しくないのも珍しいのではないだろうか。
「はぁ。わかったよ、好きにするがいいさ」
一応まともな食材で作るのだ。味と食感と見た目を我慢すれば食べられないことはないだろう。
結局最後はウルリカに勝てないのだ。
「じゃ、あんたちょっと出て行ってて」
「は?」
「邪魔だからどっか行っててって言ってんの」
「別に俺は邪魔をするつもりはないが……」
でも手は出さずとも口は出すかもしれない。
「い・い・か・ら」
ぐいぐいと背中を押され、ドアまで誘導される。
「いってらっしゃーい、1時間くらい帰ってこなくていいから」
そしてそのままアトリエから追い出されてしまった。
「仕方ない」
奴隷商人の件も気になっているし、ロゼは時間つぶしにジェイクのところに行くことにした。
「ん?」
<視線?>
一瞬だれかに見られているような気がして周りを見回すがだれも居ない。
<どうも最近嫌な感じだな>
昨日聞いた話のせいで神経が過敏になっているのかもしれない。
ロゼは西街へ向かう足を速めた。



「おー、いらっしゃい。彼女とはうまくやってるか?」
「うるさい」
酒場へ入ると同時に、ロゼはジェイクを見つけ、同じテーブルに座った。
一番混む昼時を過ぎて、客はまばらになっている。
「そう言うなよ。寂しいおじさんの好奇心を満たしてくれてもいいだろ?」
相変わらずにやにやと笑いながらロゼの肩に腕をかけ聞いてくる。
「で、どうなんだ? キスくらいはもうしたのか?」
告白すらまだなのにそんなことできるわけが無い。
「あんたこそどうなんだ。その歳で女の一人もいないのかよ」
正直にまだだと答えるのも悔しくて、ロゼは聞き返した。
「んー? 一夜限りのかわいいおねえちゃんたちならいーっぱい居たぜ!」
「あんたに聞いた俺が馬鹿だった」
軽薄そうな見た目に違わず、そっち関係も薄いらしい。
「というか、こんな話をしに来たんじゃないんだ」
「え? 違うの? 俺は恋愛相談してほしいなぁ」
「あんたに相談するくらいならそこらへんの壁にでもしたほうがマシだ」
「うわ、俺は壁以下か!」
ジェイク相手だと、本当に話が進まない。
いや、屋敷を出てこっち、知り合う人間はみんなこんな感じのような気がする。
<俺が未熟なのか?>
のらりくらりとかわす大人に囲まれて、自分の子どもの部分が少し見えた気がした。
「とにかく、聞きたいことがあるんだ」
真剣に目を見て言えば、やっと向こうも真剣に話を聞き始めた。
「なんだ、どうした?」
「あれから、檻馬車の情報は入っているか?」
広い街だ。たとえ本当に奴隷商人が入っていたとしてもウルリカが狙われる確率はそう多くない。
しかし自分たちが住む北街は一番治安が悪い上によそ者の出入りも激しいので、そういう輩が仕事をしやすい場所なのも 事実だ。
「その話か。昨日の今日だから、変わったことはないぞ。一応あのあと俺も見に行ったが、東の森の奥の藪に隠すように 普通の幌馬車に偽装したのが一台だけ置いてあった。
だれも来ないようなところにうまく隠したつもりかもしれないが、あの先には俺らの釣りスポットがあるんだよなぁ」
「釣りスポットって、前に連れて行ってもらった?」
「そうそう、あのキングマグが馬鹿釣れしたとこ」
一度連れて行ってもらった後、ロゼも食事のおかずの確保にと何度か行ったことがある。大きな湖の湖畔だ。
「そうか、あの手前か」
「なーんだぁ?そんなにあのお嬢ちゃんが心配か?」
どうしてもそこへ話をつなげたいらしい。
<他に娯楽が無いのか?!>
今朝もいい雰囲気など少しも無く、むしろ言い合いをしたばかりなのでその部分をつかれるとロゼは機嫌が悪くなる。
「別に、あんなやつ」
「喧嘩でもして追い出されたか。お前素直じゃないもんなぁ」
喧嘩もしたし、追い出されもしたが『喧嘩して追い出された』わけではない。
「そんなんじゃない」
否定をしても、ジェイクは信じていないらしく「まぁまぁ」と肩を叩いた。
「その様子じゃ昼飯もまだなんだろ? 俺が奢ってやるから」
「飯は今、家でウルリカが、作ってる」
たとえそれがどんな代物であろうとも、よそで腹をいっぱいにして帰るわけにはいかない。
そこは正直に「だからいらない」と答えると、大声で笑われた。
「はっはっは! 坊主、お前かわいいな!!」
「かわいい言うな!!」
未だに名前を呼んでもらえない今一番の友人の腹に、ロゼは腹立ち紛れのボディーブローを入れてやった。


「ただいま」
「おっかえりー」
「おかえぃー」
言われたとおり、1時間ほど時間を潰して帰ってくると、アトリエの中にはおいしそうないい匂いが充満していた。
結局あのあと一方的な恋愛談義をされて、体だけではなく精神的にもへとへとになっていたロゼは少し癒されるが、 同時に驚愕する。
「これ、本当にお前が作ったのか?」
「そうよ。おいしそうでしょ?」
グリーンスープにステーキ、満月のキッシュがテーブルに並んでいる。それにいつもロゼが作り置きをしているデニッシュも 一緒に並べられていてなんとも豪華だ。
「確かにうまそうだが……」
ひとつ、気になることがある。
「お前、料理した後台所を片付けたのか?」
ロゼが出て行く前と変わらず、台所が綺麗なままなのはおかしい。
掃除洗濯料理、家事全般が苦手という、本当に間違えて女に生まれてきたのかもしれないくらいそっち関係は絶望的なウルリカが、 料理をしてなにも無いはずがないのだ。
「う、うん。もちろん! だって、ほら、片づけまでしてこそ『料理』でしょ?」
あははと引きつった笑いを浮かべながらウルリカは言うが、バレバレだった。
「お前、錬金釜で作ったな?」
「ギクッ」
このアトリエで一番嘘をつくのが下手なのに、一番嘘をついて誤魔化そうとするところがロゼにずっと馬鹿呼ばわりされる一因でもある。
「で、でも大丈夫! きちんと作る前に釜は洗ったし、さっき調合してたのだってお酒だったんだから!」
あっという間に自分で暴露してしまうのも、憎めないというかなんというか……。
<試してみたいってこういうことか>
台所で作れないなら錬金で作ってしまえばいい。そう考えたのだろう。
<単純すぎる……>
そしてそれを見られないためにロゼを外へ追いやったのだ。それこそまさに無駄な努力。
「まぁ、うまく作ろうと思った気持ちは認めてやるよ。腹も減ったし、食べようか」
未知の物体が出てくるよりは余程マシだ。
「品質は最高だから、いいと思うんだ」
自分の用意された席に腰を下ろすロゼを見て、ほっとしたように椅子に座り、膝にうりゅを乗せる。
マナであるうりゅは人間と同じように食事はしないので見ているだけだ。
「「いただきます」」
二人同時にスープに口をつける。
「うまい」
「うんっ、おいしい!」
腐っても錬金術師を名乗るだけ合って、スープもステーキもキッシュもどれも美味しく、食感もよかった。
<うまいがこれは、手料理じゃあないよな>
食べながらも複雑な気持ちだ。
「最初っからこうすればよかったのよねぇ。どうせ食べちゃえば一緒なんだし!」
「俺は、お前の手料理が食べたかったな」
開き直ったウルリカの発言に、思わずボソリと本音が出てしまう。
「え?」
「い、いや、なんでもないっ!」
<何を言ってるんだ俺は!!>
ここは寿命が縮まなかっただけ喜ばなくては!
しかし、一度出てしまった言葉は取り戻せない。
「うーん、そうねぇ。確かに私もあんたの料理、錬金で作られるよりきちんと普通に台所で作ってもらったほうが嬉しいかも」
これはもう、味とか見た目とかではなく気分の問題だ。
「これはこれでいいと思うけど、気持ちはわかるから。今度また料理に挑戦してみるわ」
「そ、そうか」
自分としてはかなり決定的な一言を言ってしまった気がしたが、鈍いウルリカには通じなかったらしい。
<ほっとしたような残念なような>
とりあえず……。
「じゃあ、品質値だけじゃなくて料理も特訓だな」
「げっ!」
やぶへびな言葉に、ウルリカは女性らしからぬうめき声を上げた。


結局午後も夕食をはさんで夜まで調合で終わってしまい、最後にはふたりとも声も息も枯れていた。
「どうだ…?少しは、わかったか」
「わかったっていうか、体で覚えたっていうか……」
客のニーズに合うまで何度も作り直しをさせられたウルリカは、怒られるたびに容赦なく頭をはたかれ、ロゼはロゼで同じことを何度も 繰り返し言ったあげく、言葉では覚えようとしないウルリカのために自分でやって見せたり、たまに優しくなだめすかせてみたりとすっかり 疲労困憊の状態で、これなら普通に護衛や討伐の依頼に出かけたほうがマシなくらいだった。
<でも俺も、いつも調合のときにいてやるわけにはいかないし>
教えられるときに教えてやらないと、これからの報酬にだって関わる。
<大体、なんで戦闘技術科の俺に出来て錬金術科を出たこいつに出来ないんだ!!>
学園での一年の大きな差がそこだった。
本能と勘と気分中心のウルリカと、実は生真面目でやりだすととことん凝ってしまうロゼが創設されたばかりの学科の準備不足のせいで、 ほぼ同じ内容の授業を受けてきたのだ。そうすれば当然、そこに性格の差が現れ、得意分野が出来てくる。
ウルリカは最高の品質値と実用性、ロゼは品質の調整と改良。
ちなみにほぼ同じ授業ということはウルリカも戦闘訓練の授業を受けているわけで、そっちでもふたりの力は拮抗していた。
「夢中になりすぎて、依頼、全部終わったね」
「あぁ、そうだな」
床に四つんばいになりながらもようやく息が整ってきて、そのまま身を起こし、座り込む姿勢に変える。
「ふぅ…。ひとりのときでもきちんと依頼を最後まで読んで効果を気にするんだぞ」
「わかってるわよ。あんたって、口うるさい先生みたいね」
同じように座り込んだウルリカが相変わらずの憎まれ口を言うが、もう言い返す気力もなかった。
<俺がなりたいのは保護者じゃなくて、恋人のはずなんだかな>
なぜこうも、色気の無い会話しか出来ないのだろう。
しかもそれが妙に心地いい。
<重症だ。本当に重症だ>
こんなやりとりができるところも好きなのだ。
そんな自分に、ロゼは呆れるしかなかった。
「なかなか有能な教師だったろ?」
「どこが! とんでもない鬼教師よ!!」
「叩かれすぎて、馬鹿になっちゃったらどうするの?!」と本気で怒り出したウルリカにを見て、笑いがこみ上げてくる。
「……ぷっ。ふっ、ははは。あははははは!!」
「笑い事じゃなーーい!!」
すると心配したうりゅが、その小さな手でウルリカの頭を撫で始めた。
「うりゅりか、たいへん!」
今度はその行為がウルリカの笑いのツボに入ったらしく、怒ったのもつかの間、突然笑い出す。
「あははははは! うりゅ、違うの、そうじゃないのよ、あっははははは!!」
夜のランプで照らされたアトリエに、二人の笑い声が溢れた。


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