知れば知るほど いったい、何度寝返りをうったのだろう。 <眠れん> 昼間に一度熟睡してしまったせいか、ベッドには入ったものの、ロゼは眠れずに無意味に寝返りを繰り返していた。 「少し、外の空気でも吸うかな」 夜の街というのも興味がある。 ロゼはコートを羽織ると、月明かりを頼りに廊下に出て、暗い階段を下りた。 「ん?」 すると、アトリエから明かりが漏れている。 「だれかいるのか?」 声をかけながら入ると、コンテナの前にしゃがみこみ、なにやら書き物をしているウルリカがいた。 「あれ?起きたの?」 「あぁ、寝れなくて。お前は何をしてるんだ?」 「アイテム在庫の確認」 ウルリカはそういうと、手に持ったノートを掲げる。 「依頼を受けられるかどうか判断するのに必要だからね」 「なんというか、まともすぎて怖いな」 「どういう意味よ」 ロゼの言葉に立腹しつつも、作業を再開する。 「お金のためなら努力もするわ」 守銭奴くさいセリフをもっともらしく言う。 <そういえば……> 「孤児院のためか?」 「えっ? なんであんたがそれ知ってんの?!」 「隠すようなことなのか?」 「別に隠すようなことじゃないけど……」 それでもこのことはペペロンにしか言ってない。 「ペペロンが口を滑らせたわね」 「滑らせただけだ、これ以上は本人に聞けってさ」 あとでペペロンが痛い目にあったら申し訳ない気もしたので一応弁護する。 「俺の夢を知ってるんだ。聞いたっていいだろ?」 「聞いてもつまんないと思うけど」 「ダメって言われると余計気になるんだ」 テーブル脇の椅子に座り、ウルリカに話を促す。 「で、孤児院って?」 「田舎にね、孤児院を作ろうと思ってるの」 「孤児院を、作る??」 それはあまりにも壮大かつウルリカに合わない気がして、ロゼは聞き返した。 「なんでそんな……」 「んー、うまく言えない」 持っていた羽ペンで頭を掻き、考え込む。 「以前はとりあえず錬金術習って金持ちになれれば不自由なくていいやーくらいにしか考えてなかったんだけど、学園入って友達増えて、 誰かと一緒にいるっていいなーとか思って」 それは単純な、誰もが知っていること。 「その頃からちょっと考えてはいたんだけど、私も両親いないようなもんだったし」 「あんたもいないんだってね」と話をふられ、ロゼはうなづいた。 しかしロゼの場合、両親は小さい頃に亡くなったが、祖父が居たので孤児にはならなかった。 「そういえば参観日の日、お前も両親来て無かったよな。いないのか?」 「いないようなもの」という微妙な言い回しが気になったので聞いてみる。 「いやー、たぶんどっかで元気にやってるんじゃないのかなー」 「?」 「もう10年は会ってないから……」 「どういうことだ?」 「えっと、うちの両親、もともと冒険家でね。いろんなところを旅して回ってたんだって」 どう説明したらいいのかと、複雑な表情で笑いつつ、ウルリカは言った。 「でも私が出来て、ある村に家を持って落ち着いたの。だけどひとつの場所にずっと居ることが苦痛だったらしくて、私が6歳のときに また旅に出て行って」 「それで?」 「それっきり」 「……は?」 「だから、それっきり。連絡もなし。だけど定期的にお金は送られてきたから、どこかで生きて元気にやってるんだと思う」 「なんだそれは」 いくらなんでもいい加減すぎる。 ロゼは会ったこともないウルリカの両親にふつふつと怒りが沸いてくるのを感じた。 「6歳なんてまだなにも出来ない、赤子も同然だろう!」 憤るロゼに、ウルリカはあくまで冷静に話した。 「一応家はあったし、お金も送られてきたし、近所のおばさんたちが時々世話してくれたりしたから生活はできたよ」 小さな村だったからか連帯感は強く、なんだかんだといろんな人が置いていかれたウルリカのことを同情して気にかけてくれた。 「でも……!」 「ぷっ。なんであんたが怒ってるのよ、変なの」 「なんでお前は怒らないんだ」 「もうそんなのとっくに通り過ぎたわ」 ウルリカも置いていかれたとわかったときは怒った。 なぜ自分だけ置いていくのかと。 しかし、もう居なくなった相手にひとりで怒っていても状況は変わらなかった。 「だから、もう怒るのやめたの」 ウルリカは過去のことにはこだわらない。 いちいちムキになってたらキリがないことばかりだったし、それなら前を向いて次のことを考えたほうがよほど建設的だと悟ったからだ。 元来、「複数のことを考えられない性格」というのもあるが。 当の本人が怒っていない、むしろ冷静に受け止めようとしていることに自分が文句をつけるわけにもいかない。 ロゼは仕方なく自分を落ち着かせた。 「それで……、自分みたいな子どものために孤児院を?」 「それは違う」 ウルリカは即座に否定する。 「そんな高尚な目的じゃない。ただ、うーん。なんていうか、本当にひとりよりもみんなで一緒に居た方が楽しいって、それが一番大きいかな」 実際、今の世の中孤児は多い。 流行り病や、魔物や盗賊の手によって命を落とすものが後を絶たない。 そうして親を亡くした子どもたちは運がよければ孤児院や親戚に引き取られるが、大抵が路上の子ども、スリやギャング団になり、一日を 文字通り命がけで暮らす日々を送る。 特に孤児院などは金がかかるが収入が見込めない。なので教会や国の施設として、数施設あるだけだ。 「確かにひとりだけよりはいいだろうが、それだけで院の運営はきついだろ」 「私だって最初はそこまで考えてなかったわよ。だけど、ペペロンが……」 「あいつが?」 ここで筋肉妖精の名前が出てくるとは思っていなかった。 「たぶん、ペペロンより、私が先に居なくなっちゃうから」 ペペロンは本当は妖精ではない、だが人間でもない。 マナと人間の子であるペペロンの正確な寿命などわからないが、それでも確実に普通の人間より長生きだろう。 今は自分がいるが、居なくなったら? 家出をしたとき、一日迎えに行かなかっただけで正気を失うほどの寂しがり屋だ。どうなるか想像もできない。 「ま、そのとき変わりに誰かいれば、あいつも暴れたりしないでしょ? もちろんそれだけじゃないけど……って、ちょっと、何よこの手」 「え?」 無意識のうちにウルリカの額に置かれていた手を見て、ロゼは自分で驚いた。 ウルリカが居なくなるという言葉を聞いて、なぜかとても不安な気持ちになり、ついその手で触って存在を確かめずにはいられなかったのだ。 だが、ロゼはもう片方の手を自分の額に乗せこう言った。 「いや、熱でもあるのかと思って」 「無いわよ!」 また余計なことを言ってしまった。 でも仕方ないではないか。自分でさえ、どうしてこんな気持ちになっているのかわからないのだから。 「やっぱあんたみたいな嫌味男に言うんじゃなかった!」 「悪い、冗談だ」 「あんたねぇ、言っていい冗談と悪い冗談ってものがあるの知らないの?」 「だから悪かったって」 ウルリカはしばらくプンプンと怒っていたが、ふと真顔に戻ると逆にロゼに質問した。 「そういえばさ、あんた強くなるって言ってたけど、強くなってどうすんの?」 「え?」 「だってさ、私はまぁ、ある程度金額貯めたら次に移れるけど、あんたの場合、キリなくない?」 強さは確かに求めれば求めるほど、果てしなく先がある。 「強くなって、どうすんの?」 「それは……」 ―――今度こそ、自分の手で守りたい――― 「……? ちょっと、大丈夫?」 自分を見たまま固まったロゼに、ウルリカは心配そうに声をかけた。 「おーい?」 何かに驚いたように見開かれた目に、なにかヤバイことでも言っちゃった?と不安になる。 「もしもーし」 「な、なんでもない! 大丈夫だ」 はっ!としたようにロゼは正気に戻り、やっとウルリカから視線を外した。 「そう? ならいいけど」 自分の力で守りたいと思ったとき目の前の台風娘が頭に浮かんだことなど、言えるはずもなかった。 翌朝、結局あのあと部屋に戻っても眠れず、部屋の窓から朝靄のかかる街を見つめていた。 <そろそろ朝食の用意でもするかな> 自分が居るときは食事を用意すると宣言したばかりだ。 いきなり約束を違えるわけにもいかず、すっきりしない頭を振って、アトリエへ降りた。 「とりあえずデニッシュと……」 あとなにを作ろうか。 氷室をあさりながらメニューを考える。 <卵があるな> 朝は軽いものがいいだろう。 燻製肉と卵、シャリオチーズとミルクを取り出しさっそく調理にかかる。 これまでは自分のために作っていたが、だれかのためにというのも悪くない。 作りながら自分の顔が笑っていることに、ロゼは気づかなかった。 初めての朝食は、なかなか二人に評判が良かった。 「あんた、いい奥さんになれるわよ」 相変わらずウルリカの褒め言葉は褒め言葉になっていない。 片付けはやっぱり3人でやった。 「よっしそれじゃおなかもいっぱいになったことだし、酒場に依頼を見に行きましょうか!」 「え? もう行くのか?」 まだ8の刻を過ぎたばかりで、夜の盛り場のイメージの酒場に行くには早過ぎる気がした。 「当たり前じゃない! 早く行かないといい依頼他の人にとられちゃうし」 営業はしていないが店は開いているのだと言う。 「さ、行くわよ。ペペロン、留守番お願いね」 「うん! まかせてよ」 行動の早いウルリカはさっさとアトリエを出て行く。 「ちょっと待て!」 ロゼは慌てて椅子の背にかけてあったコートを手に取ると、その背を追いかけた。 「他の人って、他にも錬金術師が?」 「うん、そんな数がいるわけでもないけど。とにかく取れる依頼は取れるときに片っ端からとっとかないと次がわからないのよ」 「それで無茶な詰め仕事が多いのか?」 「まぁ、それもあるかな」 ただ金のためにがむしゃらに受けているだけかと思ったが違う事情もあったようだ。 「大抵私がアトリエで調合、ペペロンが採取って感じだけど仕事がないときはほんとになくて、そのときは私も採取行ったりするから」 「アトリエ空けたりもするのよ」とウルリカが振り返って言った時には、もう酒場についていた。 「マスター、おはよー!」 「おはようございます」 ウルリカが元気よく扉を開けると、マスターが明るく返事をした。 「よういらっしゃい」 もうなれたやり取りなのだろう。そのままカウンターへは行かず、広間の隅にあるコルクボードへ直接向かう。 「これ、このボードに張ってある奴」 手招きされて同じようにコルクボードのところへ行こうとしたとき、マスターがやっとロゼの存在に気づいたらしく声をかけてきた。 「あれ? 祭りの前んとき宿を探してたあんちゃんじゃないか」 ここはきちんと挨拶しておかなければ。 ロゼはボードではなく、先にカウンターに行き軽く頭を下げた。 「はい、いろいろあってこいつのアトリエに世話になることになったんです」 「でも錬金術師じゃあないんだろ?」 「えぇ、だから俺は護衛なんかの依頼を請けるつもりです」 「なるほどねぇ」 そういいながら自分の顎を撫でるマスターの顔がなんだかにやついている。 「やっぱりそういう関係だったんだなぁ」 「は?」 「確かにあんとき随分仲いいなぁとは思ってたんだよ」 ひとり納得したようにうんうんうなづき始めたとろこで、やっとウルリカとの仲を誤解されているとわかった。 「マスター。言っておきますが俺は」 「いやー、ウルリカちゃんはどんなにはっきり男どもに好意示されても素通りするような子だったから恋愛中枢麻痺でもしてんのかと 心配してたけど、そうかそうか、もういたんなら仕方ないな」 ただの同居人……と否定しようとした言葉がぴたりと止まった。 その間もマスターはひとりしゃべり続ける。 「でもあんちゃんもうかうかしてたらだめだぞ。うちにたむろってる奴の中には強引なやつもいるしな。まぁ、ウルリカちゃんはあんだけ 元気で明るくてかわいいんだ、これまでもいっぱいライバル蹴落としてきたんだろ? がんばれよ」 嬉しそうに耳打ちしてくるマスターに、ロゼはなぜか「そうします」と答えていた。 <別に誤解されていて不都合があるわけでもないし> ムキになって否定してもマスターを喜ばせるだけだろう。あぁいうタイプの人間は思い込んだら何を言っても聞く耳をもたないことを 知っている。 そう思いつつウルリカのところへいくと、良い依頼がないらしく唸っていた。 「月末納品の継続依頼はめんどくさいしなー。竜の化石は切らしてるし……今から取りに行っても見つからないかなぁ」 「マスターに挨拶してきた」 「あ、うん。護衛とか討伐は左側の方に張ってあるから」 言われてみてみると、5枚程度の紙がピンで止められていた。 「少ないな」 「そりゃ、日によってムラがあるから。多いときは10以上出るわよ。逆に少ないときは0のときもあるけど」 「……俺も仕事詰めないとだめそうだな」 一枚一枚内容を確かめる。 <全部護衛か> それぞれ報酬のほかに行き先、日程、募集人数が書かれている。 <いきなり一月はきついな。これは、二人だけか> 自分の腕がどれだけ通用するかわからない最初はある程度人数が居た方がいい。 「この依頼あたりいいかもしれない」 ロゼは一枚のチラシを指差した。 「じゃあ、昨日話した通りそのチラシ持ってマスターんとこ行って来て」 「あぁ」 外したピンをコルクボードに刺しなおし、チラシを手にマスターのところへいく。 「すみません、この依頼を受けたいんですが」 「ふむ、オーガス商会の護衛か。あんた、馬には乗れるのか?」 「以前の仕事先で一通り習っています」 リリアの従者として恥ずかしくないよう、貴族の付き合いや作法に必要なものはすべて叩き込まれている。 乗馬もそのひとつで、ロゼは心の中で感謝した。 「そうか。この仕事は他の酒場でも募集かけててな。あんたで最後だ。集合は明後日の7の刻、東門だ。遅れるなよ」 「はい」 さっきとはうってかわって真剣な表情になったマスターに、これからは俺も世話になりますと礼をいい、初の仕事に胸を高鳴らせた。 「だめだわー、私が受けられる仕事なかった」 長くボードとにらめっこしていたが結局依頼をあきらめたウルリカがやってくると、カウンターの上に置かれた依頼書を覗いた。 「ふーん、行き先はライザの街か。それならずっと街道沿いね」 「油断は禁物だぞ。最近盗賊の動きが活発になってきているからな。ウルリカちゃんも心配だろうが……」 「さ、用が終わったんなら帰るぞ」 「え? ちょっと」 マスターが余計なことを言う前に、ロゼはウルリカを引きずるようにして酒場をあとにしたのだった。 BACK |