トラブル・トラブル
トラブル・トラブル
「でーーきたっ!」
「今度はなんだ?」
ロゼとペペロンはテーブルで頼まれた作業をしながら上機嫌で試験管を掲げるウルリカを複雑な表情で見た。
昨日朝市で新しい錬金術書を手に入れさっそくなにか作っていたのだが、彼女が作りながら機嫌良いときはろくな物であった試しがない。
「聞いて驚け! 性転換薬よ!」
「えええっ!」
その答えにペペロンが律儀に声を上げ、ロゼはため息をつく。
「お前はどうしてそんな怪しげなものばっかり……」
「おねえさん、心だけじゃなく体も男に改造しちゃうのかい!?」
「とりあえずそこ!!」
ウルリカは片付けられず床に転がっていた鉱石をペペロンに投げつけ、命中し悲鳴を上げて後ろに倒れたのを確認してからふんぞり返った。
「やっぱりさー、生物学的にどうしても女は男に体力とか筋力で劣っちゃうじゃない? だから戦闘時だけ男に変身とか出来たらもう私最強? みたいな」
「その格好でか?」
冷静な突っ込みに自分の常の服装を確認し、「さすがに着替えるわよ!」と怒鳴る。
赤いタイトなミニスカートと腹出しのチューブトップの上着で男の姿のまま外を闊歩する勇気はさすがにない。
「じゃあ早速試してみますか!」
「待て、いきなりは……!」
ロゼが腕を伸ばし止めようとするが間に合わず、ウルリカは試験管の中身を一気に飲み干す。
「うぇっ! まっず」
「おい、大丈夫か?」
「おねえさんはこういうことでも思い切りがいいねぇ」
あまりのまずさにしゃがみ込んだウルリカをロゼが支え、顔を覗き込んだ。
「うん、大丈夫。まずかっただけ。あれ?」
「どうした」
くらりと視界が揺れ頭を押さえる。
「目眩、が……」
「く……。なんだ?俺、も……」
ウルリカだけでなくロゼも目が眩み、膝をつく。
「え? ちょっと、おねえさん、おにいさん!?」
異変に気づいたペペロンが叫び、二人は返事もせずに倒れたのだった。
とにかく二人を安静に寝かせようと二回に運んで1時間。
「どど、どうしよう。おいらだけじゃなにしたらいいかわからないよ。あ、あぁそうだ、お医者さん! お医者さん連れて来なくちゃ!」
パニックになったペペロンの上擦った声にウルリカは目を覚ました。
「うるさい、頭に、響く……」
「おにいさん!? 良かった、気が付いたんだね!」
「は? あんた何言って……」
言いかけて途中で気づいた。声が低い。
「おにいさん?」
「どういうこと?」
ウルリカが今居るのはペペロンの部屋らしかった。キングサイズのベッドから体を起こせば隣に自分が眠っている。
「え? 私?!」
「おにいさん、どうしちゃったんだい!?」
その姿は第三者のペペロンからは突然おねえ言葉に目覚めたロゼにしか見えなかった。
「つまり、私とロゼの精神が入れ替わったってことね」
「お前の言っていた錬金術書を読ませてもらったが、きちんと説明に『一番近くにいる異性と体を取り替える』とあったぞ」
声や姿とちぐはぐな会話に違和感を覚えつつ、現状を理解した三人はアトリエに降りて話し合いを始めた。
「ほら、おねえさんは毎回きちんと最後まで読まないから……」
ウルリカの言う性転換の薬は体を変化させるものでは無く、使用者の一番近くに居る異性と体を取り替えるというものだった。
ということで、現在ウルリカがロゼで、ロゼがウルリカだ。
「ま、まぁ、結果は間違ってないからいいじゃない」
「大違いだこのバカ! あれほど依頼書と錬金術書は最後まできちんと読めと言ったろう!」
「読んだつもりだったんだもん!」
「つもりで済ますなバカ!」
「ば、バカバカいわないでよっ!!」
「ちょ、ちょっと落ち着こうよふたりとも、ね?」
いつものごとく口喧嘩になり話の進まない二人を見かねてペペロンがとりなすが、すぐにはおさまらない。
「あと俺の顔と声でそのしゃべり方はやめてくれ。我ながらキモい」
「あんたこそその目つきの悪さどうにかならないの? 私の人相が悪くなるじゃない!」
確かに言葉遣いは言わずもがな、顔つきも二人が入れ替わったことで微妙に変わっている。
キリのない口論に終止符を打ったのはウルリカだった。
「どっちにしろすでに入れ替わっちゃったもんはもうどうしようもないし、私はこの時間を有効に使わせてもらうわ! じゃない、もらうぜ」
「『ぜ』とかやめろ、不自然過ぎる」
言葉遣いに関してはウルリカも同じ意見なのか、改めることにしたらしい。
「で、なんに使うんだ?」
不安を抱きつつ聞くと、素の自分では有り得ない満面の笑みが帰ってくる。
「まずは買い物!」
「買い物? そんなの元のままでも行けるだろ」
「荷物が重い……んだよ……?」
「なんで疑問系になる」
「荷物持ちならおいらがいるじゃあないか」
「ペペロン連れてくとぶっちゃけ邪魔だし目立つからひとりがいい、んだよ」
「ひ、ひどいっ!」
そんなふうに思われていたのかと傷つくペペロンに、ロゼが「それはわかるが」と追い討ちをかける。
「残りはあとで考える。いつまでこの状態かわからないしね」
「そういえばいつまでこのままなんだ?」
「効力によるけど、一応出来よかったはずだから半日くらいかなぁ?」
「結構長いな。じゃあ俺は……」
「あんたは、じゃない、お前は一日アトリエで留守番」
「は?」
「わた、俺の体で変なことされたらやだし。あ、ペペロンは見張りね」
「はーい」
「ちょっと待った! それはいくらなんでも理不尽だろ!」
ウルリカの自分勝手な発言に猛抗議するが、諦めのいいペペロンにぽんと肩を叩かれ、「おにいさん。逆らうと後が大変になるだけだよ」と諭される。
「じゃ、そゆことで」
「おまっ……!」
言いたいことだけ言ってウルリカはさっさと出て行き、あまりの言い分にロゼはあんぐりと口を開けたまま固まる。
「…………なんだあれは!!」
何拍か置いてやっとロゼは怒鳴った。
「自分は上機嫌で買い物行って俺にはなにもするなだと!?」
「怒るのはもっともだけど、おにいさん。『私』とか『〜だわ』とか『〜のよ』とか、おねえさんみたいな女の人のしゃべり方できるのかい?」
ペペロンがテーブルに肘をついて言った一言はとても的を得ていて、「私」はともかく他は無理だと自覚したロゼは、「本でも読むか」と言われた通り一日おとなしくアトリエで過ごすことを決めた。
(ふっふ〜。前から入りたいお店あったのよね〜)
ウルリカはさっそく以前から目を付けていた店に行くべく賑わう街の大通りを歩いていた。
「あらロゼ。買い物?」
すると突然肩を掴まれ呼び止められる。
驚いて振り向くと赤い口紅に赤い髪の年上らしき美女が目の前で妖艶に笑っていた。
「あ、あぁ……」
腰には剣を挿し、革の胸当てをつけていることから冒険者仲間だろうか。
「なぁに? どうしたのジロジロと見て。やっと私の魅力に気付いてくれた?」
「え?」
とりあえず返事をする以外どう反応したらいいかわからず相手を観察していると、女は嬉しそうにウルリカ、つまりロゼの首に両手をかける。
「ロゼにならいつでも触らせてあげるわよ。こ・れ」
むにっと柔らかく豊満な胸を押しつけて誘われ、中身は同じ女であるにも関わらず、ウルリカはその色香にクラリとめまいを覚えた。
「えっと、あの、その、失礼しますっ!!」
「あんっ。ロゼ、待ってよぅ」
(ギャッ! 追いかけてくる!)
思わずはね除けて逃げたもののわざとらしくくねくねと走って追いかけてくる女に恐怖を覚え、ウルリカは全力疾走した。
人ごみを縫い、目に付いた洋服店の扉を開け中に飛び込む。
(と、とりあえず少しここで時間潰してから行こう)
肉食系女子に迫られるという、女としては貴重な体験をしたウルリカは未だに心臓がバクバクいっている。
「怖かった……」
冗談抜きで怖かった。
本当に頭からぱっくり食われそうなあの目つきと色気に身を震わせる。
(ってか、あの人ロゼの知り合いよね? まさかあいつ)
とりえず時間つぶしに服を見るふりをしつつ、ふつふつと怒りが湧いてくる。
まさかロゼはいつもあんな女冒険者たちと一緒にいて、あまつさえ彼女が言っていたようなことをしていたのか?
だとしたら……。
(許せない!!)
幽霊騒ぎの最後のあの一件を思い出し手にとった服の袖を思い切り掴んだとき、突然後ろから誰かが腰に抱きついてきて、ロゼ姿のウルリカは鼻を目の前の棚に打ち付けた。
「いっ!!」
……たいじゃないなにすんのよ!!と言いかけて慌てて口を閉じ、涙目で鼻を抑えて振り返ると、腰に抱きついて鼻を打ち付けさせた犯人、16、7歳の店員らしき茶色のエプロンをかけた少女と目があった。
「ロゼ!! 会いに来てくれて嬉しい!!」
「はい?」
自分を見上げ、満面の笑顔を見せたあと、ぐりぐりと再び腰のあたりに顔を擦り付ける少女にウルリカは戸惑った。
「え? なに? だれ?」
「手紙、読んでくれたんでしょう?」
「へ?」
冒険者の女との遭遇による混乱冷めやらぬうちに第二の女登場で、ウルリカは更に混乱した。
「手紙って……」
自分は知らないと考え、それから(あ、今はロゼの体だったんだ)と思い出し、とりあえずぎゅうぎゅう両手で締め上げられて苦しいのでそっと少女の手を取って、なるべく優しく引き離した。
「えっと、ごめん。わた、じゃない、俺にはなんのことだか」
強者には強くても弱者にはとことん弱いウルリカはどうしたらいいかわからず、当たりわさりのなさそうな返答を返すが相手はシュンと項垂れてしまう。
「そんな……!うぅん、それがロゼの気持ちなのね。わかった。でも私、やっぱりあなたのこと!」
しかしそれも一瞬ですぐに首を振り、たぶんその手紙に書いたのだろう言葉を言われそうになり、慌てて両手を振って押しとどめた。
「わあああ!ちょっと待った!ストップ!今言っちゃだめ!」
体はロゼだが中身は、自分はロゼではないのだ。
そんな大切な言葉を聞くわけにはいかない。
「ロゼ!」
なおもすがってくる彼女を振りほどき、「お邪魔しましたぁ!!」とドアを蹴飛ばす勢いで店を出る。
(なんなのよもう!犬も歩けば棒にあたるの格言よろしく女にあたってるじゃないの!)
本日の目的地である南街の武器屋にたどり着ける気がしない。
その店は荒っぽい、いかにもな厳つい男店主がやっていて、その店主の古い考え方から女人禁制なのだ。
しかし酒場での店の評判は高く、目に付く業物がその店のものだということも多くあって一度入ってみたかった。
(せっかくのチャンスなのに!)
しばらく走り続け、切れた息を整えようと立ち止まり壁に手をついて休む。
すると三度目の声がかかった。
「あ、ロゼさん!」
(また出た!)
紛れもない女の声に嫌な予感しかしないものの無視もできず振り返ると、長い黒髪を後ろでひとつの三つ編みにしてメガネをかけた清楚な少女が佇んでいる。
「お逢いしたかった……」
「えー…、あー…悪いんだけど、ちょっと今取り込んでて……」
返事をしつつ目が泳ぐ。
頬を赤く染め俯く少女は可愛らしく、それが自分に向けられていると思うと直視できない。
(めっちゃ気まずい!!)
ガツガツこられるのも怖いが、こういう控えめな相手も苦手だ。
かわいそうになって無碍にできない。
「あの、これ、受け取ってください!」
「えっ?」
意を決したように両手に持って差し出されたのはなにやらかわいらしくラッピングされた紙袋。
察するに手作りのプレゼントっぽい。
「……こういうのは、直接本人に渡した方が」
「はい、ですからロゼさん。あなたに」
(あ、そうだった! ど、どどど、どうしよう)
うっかり素に戻っていた。
はにかむ笑顔とキラキラとしたメガネの奥の瞳が眩しくて断れず、まぁ受け取るだけなら大丈夫かもしれないと思い直す。
後で本人に事情を説明して渡せばいいだろう。
「じゃ、じゃあせっかくだし……」
そう言って手を伸ばしたとき。
「ロゼ!見つけたわよ」
歓喜の声にウルリカはビクッと体を緊張させた。
「げっ!」
見ると少女の後ろから最初の赤髪の女が嬉々として走ってくる。
いつもとは違う反応に「今なら押せる!!」と女の本能で察した彼女はまだ諦めていなかったのだ。
「ごめん!! また後日あいつに渡して!」
顔を引きつらせ、ウルリカは戸惑う少女を残して今度こそ完全に引き離すべく全力疾走をした。
(なによこれ!あいつ、仕事にかこつけて女の子ナンパして回ってんじゃないでしょうね)
ハァ、ハァ、ハァと荒く息継ぎしながら路地を歩く。
ウルリカは迫ってきた女たちではなくロゼに対してかなり憤っていた。
(私のこと、あ、あ、愛してるとか言ってたくせに。ほんとはだれでもいいわけ!?)
北から南まで距離があるとは言え、こんなに何人もの女に言い寄られるなど尋常ではない。
結局武器屋は諦め、アトリエに帰ることにした。
これ以上見知らぬ女に迫られたら体力も精神力も限界だ。
特にあの赤毛の女に見つかったらと思うと背筋が凍る。
貞操の危機だ。
最初の経験が男の体で女ととかもう考えただけで叫んでそこらじゅうに魔法をぶっぱなして暴れたくなる。
「ぃようロゼ! 素通りたぁ寂しいじゃねぇか」
怒りを燃やしつつ帰り路を急いでいると、陽気な声に呼び止められた。
見ると酒場のテラスで丸テーブルを囲み、ジェイクが冒険者仲間とカードゲームをしているところだった。
どうにか西街までは無事に戻れたようだ。
「ジェイク!」
「おわっ!?」
やっと見知った相手、しかも男を見つけてウルリカはジェイクにがばっと抱きつく。
「おい、ロゼ、離っ」
いくら親しくても男に抱きつかれるのは気色悪い。
抱きついたウルリカ(ロゼ)に椅子に押しつけられたまま、ジェイクは引きはがそうとした。
しかし、ウルリカは今の自分の姿がロゼなことをすっかり忘れて腹に抱きついたまま見上げる。
「ジェイクもそうなの? 男って女ならだれでもいいわけ?」
「は? なに言って」
いきなりの質問は素っ頓狂過ぎて、ジェイクはわけがわからず眉根を寄せる。
「愛ってなに?」
「はぁっ?!」
本当にわからないといった様子で聞かれ、今度こそおかしくなったかと声が裏返る。
そこでやっと自分たちを見る仲間の訝しげな表情に気づき、ジェイクは焦った。
「お前が何言ってるのかはわからんが、とりあえずロゼ! 中入るぞ」
これ以上表通りにいては見世物になるだけだ。
ジェイクは抱きついたままのウルリカ(ロゼ)を引きずるようにして酒場の中へ移動した。
「聞いてよ! ロゼってば朝から」
「待て待て待て、お前は何を言ってるんだ?」
いつもの奥の角の席に座り、ジェイクは落ち着けとウルリカに諭す。
「ロゼって、お前自分のこと名前で呼ぶやつだったか?」
「あ、そうだった! 違うの、私ウルリカよ」
「……どういうことだ?」
普通なら疑うところだが、ウルリカのあの破天荒な性格と錬金術というなんでもありの学問があれば考えられないことではない。
なにより、ロゼはプライドが高いので冗談でもこんなことをするはずがない。
「あのね。今朝作った薬が……」
どうしてこうなったかかいつまんで説明をするとジェイクはすぐに納得した。
「え? なに? 中身嬢ちゃんなの? マジで?」
「うん。ロゼは今、私の体でアトリエにいるはず」
「こりゃまたおもしろ……いやいや、大変なことになってんな」
ロゼと知り合ってから退屈する暇ねぇわと笑う。
それからウルリカはアトリエを出てからの事を話し、一番気になっていることを単刀直入に聞いた。
「ねぇ、ロゼって女好きなの?」
ずばっとされた質問に、ジェイクは苦笑する。
「女好きってか女に好かれるんだよ」
「なんで?」
「そりゃあ……」
剣は強いし言葉遣いも顔も良い。
またどことなく洗練された動きが彼を知る女達の間で「どこかの貴族の隠し子ではないか」とか「落ち延びてきた王子!?」など根拠のない噂になっているのも知っていた。
「なんだ、嬢ちゃん。ロゼのことが気になんのか?」
これは良い第一歩だ。
ウルリカの性格上関心がなければ気にしない事柄の上、ロゼがいかに良物件か売り込める。
「わ、私は家主として、ロゼが周りに迷惑かけてないか気になるだけよ」
「ふーん? とりあえず、他の連中に聞こえたらまずいから言葉使いは気をつけようがいいかもよ」
「あっ!」
外にいた連中も中に戻ってきてこちらに聞き耳を立て始めたのに気づいてジェイクはやんわりと注意する。
やつらのことだ。このことを曲解しておもしろおかしく言いふらすに決まっている。
ウルリカは改めて言われてやっと言葉遣いのことを思い出したらしくこくこくと頷いた。
「で、ロゼの女関係か」
それを確認してから、少し考え込むように宙を見る。
(どういう言い方が効果あるかなぁ)
いつもおもしろがってはいるがロゼの恋の応援をしたいのは本当だ。
しばらく考えた後、ジェイクは口を開いた。
「とりあえず節操なくモテてるな。その気になりゃ100人切りとかいけるぞ、きっと」
「100!?」
とりあえずモテ度を吹き込む事にする。
これで少しでもウルリカが焦ればめっけものだ。
「ほら、ロゼのやつフェミニストだし。不器用だから、興味無い相手だといくらでも優しく親切になれるんだよな」
興味無いからこそ優しくなれる典型的なタイプだ。
人には親切で在れと育てられて来たのだろう。
「それって、どういう……」
「つまり言い寄ってる女は山ほどいても、どいつも奴の眼中には無いってことだ」
「それってプレイボーイってこと?!」
「ぶっ!」
モテているが本人にはその気が無いとかなりはっきり言ったのに思いがけない言葉が返ってきてジェイクは噴いた。
「ぶわっはっは! プレイボーイって、そんな、アハハハハ!」
今時使わない言い回しと、ロゼ=プレイボーイの図式がおかしすぎて笑いが止まらなくなる。
やっぱりウルリカの思考回路はどこかおかしくくねっているらしい。
「だって、興味ないのに優しくしてその気にさせるって」
「ハハハハ、すまん、俺の言い方が悪かったな。ってかそんな顔して、なんでそんなにショック受けてるのかな、嬢ちゃん」
「だ、だって、だって……!」
本人にも自分の混乱の原因がわかっていないのがその様子から伺えて、ジェイクは苦笑した。
「まぁいっか。いいかい、嬢ちゃん。俺が言ってるのはロゼは興味ある相手にほどぶっきらぼうで無愛想になるってことなんだよ。重要なのはそこ……」
「ジェイク、なんであんたがいるんだ」
「……ありゃ?」
唐突にロゼの表情が変わり、冷静な声で問われ、ジェイクは一瞬で人格、もとい中身が戻ったのだと理解した。
「お前、なんつーいいところで……」
「ここは、仔馬亭か? あ! 戻った!?」
当の本人の方は周りを見渡し、そして自分の体を見てからやっと元に戻ったのだとわかったようで立ち上がってもう一度自分の体を確認してほっと息をつく。
「ここに俺がいるってことはウルリカは今まであんたと話してたのか。なんか余計なこと吹き込んだんじゃないだろうな」
「お前の女関係を教えてくれーっていうからチャンスかと思って」
「なんのだ!?」
そんなのひとつしかないだろうにと、焦るロゼにジェイクはニヤニヤする。
「だーいじょーぶだって! 俺様を信用しろ」
「あんたが一番信用ならないんだよ!」
そう怒鳴ってロゼは誤解を解かないとと酒場を飛び出していった。
「おじさん傷ついちゃうなー」
テーブルの上に足を乗せ、ギィギィと椅子を鳴らしながらまったく傷ついた様子もなく言う。
するとずっと見守っていた酒場の仲間数人がそろそろと近づいてきた。
「おい、ジェイク。お前、男に宗旨変えしたのか」
「前から怪しいたぁ思ってたが、やっぱりロゼの奴と……」
ホモ疑惑を確信に変えたらしい男たちの言葉に「さーて、こっちの誤解はどうすっかなぁ」とジェイクは遠い目をし、「ハハハ」と乾いた笑いを漏らした。
「ウルリカッ!! ぅぶっ!?」
アトリエに飛び込んだロゼはまず最初に顔面にクッションの洗礼を受けた。
それから間髪いれずなにが入っているかわからない革袋、鉱石、細工道具などの小物が次々と投げつけられる。
「ロゼの馬鹿! スケベ! 変態! 女ったらし! むしろ女の敵!!」
「待て! 話を聞け!」
たぶん帰ってくるのを待ち構えていたのだろう。
ウルリカは足元に山と積んだ雑貨を怒鳴りながらひたすらロゼに投げつける。
ペペロンとうりゅはあまりの主の怒りようにオロオロするばかりで役に立たないのでどうにか避けつつウルリカの元へたどり着き、その両手を掴んで抑えた。
「聞いてくれ、誤解だ! ジェイクがなにを言ったかはしらないガッ!」
興奮するウルリカを掴まえてようやく話せると思ったら、今度は顎に頭突きをもろに食らいよろける。
「馬鹿っ!!!!」
最後に全身を使って思い切りロゼに怒鳴り、階段をドカドカと音を立てて駆け上がってバン!!とこれまた怒りのままに思い切り扉を閉めた音がした。
「普通、するか? 頭突き……」
揺らされた脳が落ち着き、うなだれるとペペロンが無言で椅子を差し出す。
「くそっ、ジェイクのやつなに吹き込んだんだ」
ありがたく椅子に座り憤るロゼにペペロンはため息をつく。
「実はさ、お兄さんも相当鈍いよね」
「は?」
ウルリカが怒鳴ったセリフは全て女性に関するもので、聞くからに嫉妬ででた言葉らしいのはまったく事情のわからないペペロンでも感じた。だのにロゼにはわからなかったらしい。
「お似合いだなってこと」
「??」
なんのことだかわからず眉根を寄せるロゼにとりあえず「がんば」と言って二階を指差しにっこり笑う。
そこで事態を思い出し、途方にくれる姿を見つつ、ほんとお似合いだなぁとペペロンは思った。
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