誕生日には花束を



「そのペンダント、どうしたんだ?」
夕方に仕事から帰ってきたロゼの第一声はそれだった。


得意先であるオーガス商隊の護衛が終わりアトリエに帰ると、上機嫌のウルリカが鼻歌を歌いながら錬金釜で調合をしていた。
(相変わらずわかりやすいやつ)
ドアを開け、荷物を降ろした音に気づいたウルリカが振り返る。
「あ、おかえりー」
「おかぇいー」
「ただい……」
そして振り返ると同時にきらりと光ったものにロゼは気づいた。
「そのペンダント、どうしたんだ?」
あまり飾り気のないウルリカも時々ネックレスをしているが、それは学園時代から変わらず緑色の輝石のペンダントひとつだった。
しかし、今つけているのは黄色く光る宝石のペンダント。
しかも洒落た星型でかなりかわいい。ウルリカの趣味にしてはまとも過ぎた。
「これ?」
聞かれたウルリカは嬉しそうにそれを手に取る。
「買ったのか?」
「ううん。アンディが誕生日プレゼントに作ってくれたの」
「あいつが?」
アンディ。東街に住む赤毛に緑の瞳の錬金術師。
時のマナと契約し錬金の腕は一流。容姿も整っていたし男としてもなかなかの魅力だろう。
だが、好きになれない。
直接会ったのは一度だけだがなんとも嫌な奴だった。
そんな相手から手作りのアクセサリをもらって嬉しそうなウルリカの姿に心中穏やかではいられなかったが、今はもっと大きな問題がある。
「お前、誕生日だったのか?」
「うん。まぁ、まだ三日あるけど」
(あと三日!!)
うかつだった。
これまで恋どころか、他人に積極的好意を抱いたことがなかったため誕生日というイベントを完全に失念していた。
唯一リリアの誕生パーティには毎年参加していたが、ほぼ無理やりだったため覚えている必要がなかった。
(っていうかなんで俺も知らないウルリカの誕生日をあいつが知っているんだ!?)
実はアンディたちはペペロンとも親しく、街で会うと談笑をする仲だったりする。
誕生日情報もそこから回ったのだ。
「そしたらあんたとは同い年よ! 子供扱いさせないんだからね!」
「いや、お前の場合精神年齢が幼すぎるんだ」
指差して宣言するウルリカに軽口で返しながらも、ロゼの頭の中は誕生日のことで大混乱だった。



「どうする? プレゼントってなにがいいんだ?」
仕事から帰ってきた日の夜中。
通常ならとっくに疲れて寝ている時間になってもロゼはひとり、アトリエで苦悩していた。
日付は変わっていて、もう誕生日まで二日しかない。
(俺も指輪かネックレスか作るか? いやダメだ。錬金術は専門じゃないし、アクセサリはあいつの二番煎じになる)
錬金もダメ、アクセサリもダメだとあと女性が喜びそうなもので思いつくのはぬいぐるみだが、どんなにいいものもうりゅには 負けてしまうだろう。
ロゼは自分の発想力のなさに絶望した。
いくらなんでもこれしか思いつかないのはひどすぎる。
「とりあえずケーキは作ろう。それは出来るはずだ」
もちろんそれだけではいけない。
昼間に見た星のペンダント。
あれ以上の心に残るものをあげなくては。
アンディには絶対に負けたくない。
リボンは以前あげてしまっているので却下。
(他に残ってるのは花か?)
花束ならかぶらないし無難だが、ありきたりすぎてつまらない。
「自分で珍しいやつを採ってくるとかなら……あ!!」
唐突に思い出した。
あれならきっとウルリカも喜ぶ。喜んでもらえる。
誕生日プレゼントが決まった途端我慢しきれない眠気が押し寄せて、ロゼはそのままテーブルに突っ伏して寝てしまった。




9月23日朝。
(うーん、なんかドキドキする)
これまで16年。誕生日は決して特別な日ではなく、他の平日と同じで何事もなく過ぎる一日だった。
でも今年はひとりじゃない。
否応無く意識してしまう。
ウルリカがいつも通りの時間に少し期待を込めてアトリエに降りると、テーブルの上には朝食と二種類のケーキが用意されていた。
「わっ! 豪華!」
定番のイチゴのショートケーキにオレンジのタルト。
そして昨日ゴトーのところから帰ってきたペペロンが、笑顔でリボンのついた大きな袋を差し出した。
「誕生日おめでとう、おねえさん!」
「ありがと! って、重っ!」
受け取った途端、あまりの重さにガクリと肩が落ち、取り落としそうになったので壊れ物なら大変とそのまま支えられるだけゆっくりと 床に置いた。
「あ、あぶなかった。これなに?」
「開けて見ておくれよぅ」
「んじゃさっそく」
綺麗に蝶々結びにされていたリボンを解くと、中からごろごろと無骨な岩が出てきた。
「これって……」
素人が見ればただの岩のかけらでも錬金術師であるウルリカには一目でわかる。
これはすべてコメートや猫目石、謎の宝石の原石だ。
しかもレアで極上品。
「すご……。こんなのどこで?」
「それは秘密さぁ!」
実際は今日のために採取に行く先々で溜めておいたのでどれがどこで採ってきたものなのか覚えてないだけなのだが、笑顔で誤魔化す。
「まぁいいわ。ありがとう、さっそく明日から研磨剤で磨いてね!」
しかしウルリカのほうが一枚上手で、にっこりと次の仕事をいいつけたのだった。
ペペロンが「がんばります」としゅんとし、そこへタイミングを見計らっていたロゼがシャリオミルクを注いだコップをならべつつ 口を挟む。
「俺からは、見ればわかると思うがケーキだ。おめでとう」
「ありがとう。もしかして手作り?」
「あぁ」
「相変わらず器用ねぇ」
一緒に暮らし始めてからこっち、日に日に上達して来た料理の腕は、とうとうこんなに本格的なケーキを作るまでに至ったらしい。
綺麗にデコレーションされた二つのケーキをまじまじと指を咥えて見ているウルリカに「あとで切るからまだ手を出すなよ」と注意する。
「うふっ」
そこでウルリカは突如笑った。
「うわっ」
「なんだその気持ち悪い笑いは」
「うふふふふふ」
見たことの無い含みのある満面の笑みにロゼだけではなくペペロンもひいた。
「いいわね、誕生日って! 今まで別にどうでもよかったけどこれからは特別な日になりそう」
次も、その次も、ずっと三人一緒前提の言葉に若干引いていたふたりも笑った。
「あぁ、そうだな」
「うん、そうだね!」
そして「あ!」とペペロンがなにか思い出したようにズボンのポケットに手を突っ込んだ。
「そうだ。忘れるところだった! おねえさん、これ」
そこから取り出されたのは赤いリボンのついた小さな箱。
「え? まだあるの?」
「おいらからじゃなくで、ゴトーからだよ」
「ゴトーから?」
疑問に思いながらも開けてみると中から小さなウサギのクリスタルガラスの置物が出てきた。
キラキラしていてかわいい。けれどそれ以上に気になる。
「ペペロン。ゴトーって本当に服役中なんでしょうね」
刑務所にこんなもの売っているとは思えない。
「うん。そうだよ」
「そんなやつがどうやってこんなの用意できるわけ?」
「ゴトーの老若男女問わない超魅力のおかげかな」
(つまり色仕掛け……?)
「もう聞かないでおくわ」
学園時代、猛威を振るったアトリエメンバーにだけわからなかった色気は檻に入った今も健在らしい。
「でも、ゴトーも覚えててくれたんだ。今度言ったらありがとうって伝えておいてね」
「うん!」
「よし、じゃあ朝飯にしよう」
とても幸せな気分で、三人はちょっと豪華な食卓についたのだった。



食後のケーキはショートケーキだけにしてオレンジタルトの方は夕食後ということになった。
ウルリカがちょっとだけと手を伸ばしたが「食べすぎだ」と手を叩かれる。
皿はいつものように三人で片付け、茶を飲んで一服すると「よし、行くか」とロゼが立ち上がった。
「ほら、お前も」
「へ?」
ロゼに腕を捕まれ立ち上がらせられて、ウルリカは「どういうこと?」と目を丸くして聞き返す。
「俺からのプレゼントがケーキだけのわけないだろう」
「ほえ?」
さも当然のように言われてもさっぱりわからない。
「うりゅはすまないが留守番しててくれ」
「う!」
「さぁ、南門に行くぞ」
「え? ちょっと!」
ウルリカはわけのわからないままロゼに引きずられるようにアトリエを出、事前に聞かされていたペペロンはうりゅを肩に乗せて「いっ てらしゃーい」と笑顔で見送った。
「行くって、どこにいくの?」
「それを言ったら意味がない」
自分で歩くと言って掴まれた腕を振りほどき、ロゼの隣に並ぶ。
「南門って、商店街とか?」
南門から中央広場まではこの街の主な商店が並んでいるのでそこでなにか買うのかと思ったが「違う」と首を横に振られた。
「じゃー……」
「いいから黙って一緒に来い」
「だって気になるじゃない」
隠されれば隠されるほど気になるのは人の性。
「それじゃあひとつだけ教えてやる。行くのはこの街の外だ」
「外? ぎゃっ!」
食い下がり続けるウルリカに業を煮やしたロゼはウルリカを問答無用で担ぎ上げる。
「こら! 下ろせ!」
「時間がもったいない、行くぞ!」
「うわっ!」
少なからず、行く先のことを考えてロゼも浮かれていた。
担がれたまま走り出され、激しい揺れにウルリカも行き先を聞くどころでは無くなった。



「はぁ、はぁ……」
「あんた、街を出る前にそんなに疲れてどうするのよ」
「問題ない……。ここからは馬だ」
「馬!?」
南門に着いたロゼは少しだけ休んで呼吸を整え、各門の前に必ずある馬屋に入っていき、すぐに一頭の黒毛馬を連れて戻ってきた。
「こいつに乗っていく。馬に乗ったことは?」
「ないない! これ私が乗っていいの?」
初めての乗馬に一気に目を輝かせたウルリカにロゼは「乗るのは俺の後ろだぞ」と念を押す。
「そう荒い走らせ方はしないが振り落とされないようにしっかり捕まってろよ」
そう言ってまず先に自分が馬に跨り、それから身の軽いウルリカを引き上げる。
馬車に乗るよりも高い視界にそれだけではしゃいだ。
「腕を俺の腰に回すんだ」
「うん!」
「行くぞ。ハッ!」
手綱をぴしりと鳴らし、黒毛馬が勢い良く走り出す。
多少揺れはするが、それ以上に後ろに流れていく景色に夢中になった。
「ロゼって馬乗れたんだ!」
今日がとても天気のいい日でよかったと心から思う。
顔に当たる風が心地よく、流れる緑が目にまぶしい。
「あぁ、仕事ではいつも乗っているぞ」
「しらなかった!」
軽快に馬を走らせるロゼの髪も風に流され時たまウルリカの顔に当たってくすぐる。
「で、どこ行くの?」
「だから、秘密だ!」
この先にある隣町かもと一瞬思ったが、あちらはロックストンに比べたらなにもない田舎町だ。あまり行く意味が無い。
どちらにしろこの体験だけでも誕生日プレゼントには十分だったのでウルリカは今を楽しむことにした。
「ね、もっと速く走れる?」
「あぁ、まかせておけ!」
そう答えてロゼが馬の腹を蹴ると走り方がだく足からギャロップに変わり、ウルリカは歓声を上げてロゼにぎゅっとしがみついた。
もちろん、ロゼはロゼで背中に強く押し付けられる柔らかい感触を意識せずにはいられなかった。



そんな風に速く走ったり遅く走ったりしながら街道を二時間ほど進みわき道に逸れ、ロゼたちは森の中へ入っていく。
ほぼ獣道のため、森では走らせず、ゆっくり馬を歩かせた。
ずっと街道や大きな道を進むと思っていたウルリカは余計に先が気になって、顔に当たりそうになる小枝を払いのけつつ何度目か わからない質問をする。
「ねー、ほんとどこ行くわけ?」
「もうすぐだ」
「もうすぐって……」
この森はこのまま山へ続いているはずだ。先にはなにもない。
そう思って前を確かめるようにロゼの肩に手をかけ身を乗り出すと、突然視界が開けた。
「ここが目的地。俺からお前への、誕生日プレゼントだ」
「わぁっ……!!」
地平線とまではいかないものの、広く開けた森の中に色とりどりの花が咲いて鮮やかな絨毯が敷かれている。
主にピンク系の花が中心のそれは馬に乗った状態だと視線が高いため、なんだかもこもこしていて綺麗な上にとても気持ちが良さそうだ。
「すごい! こんなところにこんな花畑があったんだ!」
「あぁ。前に討伐依頼でこの森に来て見つけたんだ。あの時は葉だけでまだ蕾が出るか出無いかくらいだったが、ぴったりだったな」
花束という文字が頭に浮かんだときにこの場所を思い出した。
なんとなく通り過ぎただけの草地も、今はどんな豪華な花束にも負けないほど美しい。
「ちょっと降りて見てくる!」
上からの眺めを堪能した後、ウルリカはひょいと馬から飛び降りて花畑の中にダイブする。
密集している草花がその体を優しく受け止めた。
「本当にふかふかしてる!! 気持ちいい〜〜〜!」
満面の笑顔でゴロゴロ転がり、次はまるで子犬のようにキャッキャと走り回り花を手に取りその香りを楽しむ。
そんなウルリカの姿をほほえましく見つめながら、ロゼは一番肝心なことを聞いた。
「どうだ? 俺の誕生日プレゼントは気に入ったか?」
「うん! 今までで最高のプレゼントよ! ありがとう!」
そして再び嬉しそうに走り回るウルリカを見て、勝った!とここには居ない赤毛の錬金術師に心の中で勝手に勝利宣言をする。
馬や自然の花畑に心から喜んでくれるウルリカを、ロゼは改めて愛しいと思った。


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