師匠と弟子
師匠と弟子
「アーンディ! いる?」
「いるよ、いらっしゃい」
「朝市でおいしそうなクッキー見つけたの。一緒に食べよう」
「うー」
ペペロンはゴトーに会いに、ロゼは仕事で居ないので、暇なウルリカはアンディのところへ遊びに来た。
笑顔で彼女を迎えたアトリエの主は作業の途中らしく、テーブルで白く輝く金属を磨いているところだった。
「あ、ごめん。仕事中だった?」
「いやいいんだ。お茶を入れよう」
「私やる! お茶の葉どこ?」
紅茶の葉のある場所を聞き出し、さっそく準備に取り掛かる。
「用意出来るまで、作業続けてて」
錬金術師には作るアイテムに各自得意分野がある。
ウルリカなら爆弾系。
アンディならアクセサリーだ。
アンディの場合錬金というより彫金に近い。
効果より、デザイン重視の本格的なもので街の貴族からも注文が来るほどだった。
そしてウルリカはそのアクセサリーが出来ていく過程を見るのが好きだ。
器用に削られ、曲げられ形作られていく様はいつまで見ていても飽きない。
アンディもそれを知っていたのでよく見えるように前かがみだった姿勢を直し、作業を続けた。
「クロスはいないの?」
「研磨剤が切れたから調達に行ってもらってる」
「そっか。残念」
今日こそ狼型になってもらってその毛皮に抱きつくつもりだったので少しがっかりする。
「まだまだチャンスはあるよ」
アンディはまるで心を読んだようにそう言って笑った。
「そうね!」
肩にうりゅを乗せ、湯が沸くまでテーブルに寄りかかって彫金を見守る。
そしてふと思い出したように話を始めた。
「そういえばね、この間初めてフォルモントとN/Aを実戦で使ったわよ」
「へぇ。どうだった?」
話をしていても手は止まらない。
ウルリカも見ながら会話を続ける。
「使いやすかった。とくにフォルモントは連携にいいわね!」
「あれを使うなんて、そんな強い魔物に会ったんだ?」
フォルモントは威力の高い風属性の爆薬だ。
今のウルリカなら大抵の魔物はそんなものを使わずに倒せるはずなのでなんとなく聞いたのだが、意外な言葉が返ってきた。
「ううん、一応人間」
「え?」
「大丈夫! 当ててないから」
当たらなかったとも言うが、もともと当てる気もなく使ったのでこの言い方が正しいだろう。
「そっか」
驚いて顔を上げたアンディは満面の笑みのウルリカを見て、つられて笑った。
「それで、いったいどんな相手だったんだい?」
「すっごいやな奴。学生時代にうりゅを斬りつけて私を殺そうとしたのよ!」
「……それはすごいね」
雑談にしては物騒な内容だが、言ってる本人に自覚は無い。
「だからぶっ飛ばしてやったわ! 直接殴れたのは一回だけだったけど。また来たら今度は最低二発は入れてやるんだから」
(いったいどんな展開でそうなったんだろう)
詳しく聞いてみれば本当にヤバそうな相手だったが、ウルリカはそうは思ってないらしい。
「まったく、うりゅの次はペペロンのストーカーとかなに考えてんのかしらね。相当な変態よ。そんなに構ってほしいんなら友達の
一人でも作れっての」
(ウルリカにかかれば戦闘狂の男もストーカーになりさがっちゃうんだなぁ)
妙におかしくて、クックッと声を出して笑う。
「彼はね。きっと愛に餓えてるんだよ」
戦う他に生きる術をしらないのだろう。
「え? それってホモってこと!?」
「ぶっ!」
今度こそ本当におかしくなって、アンディは噴出した。
湯が沸き、入れてもらった紅茶もお土産のクッキーもとてもおいしかった。
お茶は自分で入れるより、かわいい女の子に入れてもらった方が断然いい。
「愛ねぇ」
「ん?」
「確かに変態だったけど、そういうことならもうちょっと優しくしてあげたほうがいいのかな」
アンディの向かいの席に座り、紅茶の入ったカップを両手で包みながら、頭にうりゅを乗せたウルリカが考え込むように言う。
「それは、次会ったとき考えてみるといいよ」
「うんー」
あの守護妖精がついている限り危険なことはないだろう。
普通、自分を殺そうとした相手にそんな気は使わないと思うのだが、でもそれはウルリカのいいところでもあるので否定をすることはしな
かった。
「人を好きってどういうことなんだろう」
どうやらその変態認定の男は筋肉妖精に恋をしている更なる変態に格上げされてしまったらしい。
もちろん、その間違いも指摘しない。
「ウルリカは、好きな人はいないの?」
「好きな人はいっぱいいる」
柑橘の香りのするクッキーをぽりぽりとかじりながら、『好き』について悩み始めたウルリカに聞く。
「でも?」
なんだか言いたそうだったので先を促すと、真剣な表情で答えた。
「そういう好きはよくわからない」
「つまり、友達や仲間としての好きとそうじゃない好きってことかな」
「うん」
(まぁ、ありがちな悩みだよね)
思春期に良く出てきそうな質問だ。
クッキーを食べ終わると軽く手をはたき、付いたカスを落とす。
空になった皿を片付け座りなおすと、アクセサリ作りを再開した。
「アンディは、好きな人っているの?」
「んー、今は特に居ないなぁ」
「昔はいた?」
「かもね」
なんだか必死に聞いてくるので、聞き返してみることにする。
「俺のことが気になる? それとも他の誰か?」
「いやっ、その、私が好きってわけじゃ」
顔を真っ赤にして否定されれば大体察しが着く。
「逆に好かれてる?」
「う、あう……」
(あー、さすがに気づいてるんだ)
同居している青髪の剣士。
一度会っただけのアンディにさえ彼の想いは明白だった。
(ウルリカはそういう気持ちに鈍いかと思った)
相手から好意を寄せられて気になる。それもよくある話だ。
(あんなヘタレ。やめとくべきだね)
そう思い、アンディはこの会話を切り上げることに決めた。
「ならきみが気にする必要はない。相手が自分を好きだからってそれに付き合わなきゃいけない義務なんてないんだから」
「確かにそうかもしれないけど、でもこう、もやもやして、すっきりしなくて、頭から離れなくってっ」
アンジェラが消えてしまってからだれにも相談出来なかった悩み。
親しい人や友人はいても、この相談をする相手となるとなかなかいなかった。
いるとすればクロエだが、相手が相手なだけに恥ずかしいし、恋愛観に関しては自分とそう大差ないような気もする。
(これは重症だなぁ)
アンディは自分を見つめ、必死で訴えかけてくるウルリカに苦笑する。
「恋と友情の違いなんて、簡単だよ」
ロゼは気に入らないが、かわいい錬金術の弟子の悩みには応えてあげたい。
なのでひとつだけアドバイスすることにした。
「相手の心を独占したいかどうか。それだけ」
「心……」
「どっちにしても結論を焦るとろくなことにならない。それよりもこれ」
作っていたアクセサリの仕上げが終わり立ち上がると、まだ湯気の立つカップを握り考えに耽るウルリカの元へ行く。
そして優しく髪を持ち上げ、その首に完成したてのペンダントを飾った。
「えっ」
ほかの事で頭がいっぱいだったのもあるが、自然でさりげない慣れた手つきについ漫然と受け入れてしまい、首にかかった
ものを確認してからウルリカは声をあげた。
プラチナで作った星型の中心に透明度の高い黄水晶を嵌め込んだネックレス。
シンプルだがとても目を引く輝きとかわいらしさ。
「まだちょっと早いけど、誕生日おめでとう」
「えええっ!!」
あまりの不意打ちに、さっきまで頭を占領していた恋についての悩みが吹っ飛んだ。
「そんな、これ高そうだしっ! もらえないわよ」
実際、仕事の参考に見に行ったアンディが卸している宝飾店で、彼の作品がものすごい値段で並んでいるのを見たことがある。
「気に入らない?」
聞かれてぶんぶんと頭を横に振る。
勢いで落ちそうになったうりゅをアンディが抱きとめ、その肩に乗せた。
「良かった。本当は当日に渡すつもりだったんだけど見られちゃったからね」
なおも断ろうとするウルリカの頭をぽんぽんと叩き、「俺の誕生日は三月なんだ。楽しみにしてる」と笑う。
「……ありがとう。大切にする」
胸にかかった星を手に取り眺め、ウルリカも照れたように笑った。
「すごい綺麗。かわいい」
「ちなみにこのペンダントにはある効果がついてるんだ」
仮にも錬金術師の作ったものだ。もちろん見た目がいいだけではない。
「え? なになに?」
「怪我の治癒効果。使い捨てだけど」
「リフュールポッドみたいな?」
「あんなの目じゃないよ!」
「エリキシル剤?」
「もっともっと」
そしてアンディは珍しく胸を張る。
「どんな死に掛けの大怪我でも一瞬で治す超優れものだ。使い方は簡単。ヘッドの星の水晶を砕いて飲めばいい」
リフュールポッドもエリキシル剤も本人の体力と治癒力を高め傷を治すものだがこれは違う。
「……死に掛けの大怪我のときに水晶を砕いて飲むのは難しくない?」
「うん。俺も今説明して気づいた」
黄水晶には治癒の魔力が限界まで込めてある。その魔力が強制的に傷を癒し塞ぐのだ。
効果は爆発的だが、使うときの状況まで考えていなかった。
「まぁ、あれだ。怪我をしないのが一番ってことだね」
「ぷっ」
どんなことも完璧にこなすアンディの根本的な失敗とごまかし方にウルリカは笑ってしまい、アンディ自身も自分でおかしくなってくる。
「アハハ、ほんと、そこまで考えて無かったよ!」
「あはははは!」
楽しげなふたりの笑い声は、そのまましばらく続いたのだった。
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