目的と手段



アトリエの呼び鈴が鳴り、「はいはーい」と返事をしながら扉を開けたウルリカはその一瞬後、何も言わずにバタンと勢い良く扉を閉めた。
「え? おねえさん? お客さんじゃないのかい?」
「ん。なんか間違いだったっぽい」
不思議に思い声をかけてきたペペロンに笑顔で答えるが、すぐにそれが嘘であることがわかる。
「ひどいなぁ。せっかく遠路はるばる訊ねてきたのに」
閉じられた扉を開け、顔を覗かせた青年をウルリカは無言で押し戻すと、再び扉を閉じようとし今度は揉み合いになった。
「うちは変態お断り!! 入るな穢れる!」
「いやいや、僕が用があるのは君じゃなくてあの妖精さんだから」
「知るか! 出てけ! あ、うりゅ、あんた危ないから下がっていなさい」
常に主のそばに寄り添う小さなマナに警告すると意地でも入れるものかとぐいぐい扉を引き、その訪問者、銀髪の剣士ルゥリッヒを追い 出すため、足蹴にしようとする。
「まぁまぁ、おねえさん。ちょっと待って」
しかし静かに近づいていたペペロンが後ろからウルリカの体を両手で掴みひょいと自分の後ろに庇うと、一瞬不穏な気配をさせたルゥリッヒと 対峙した。
「おいらに用ってなんだい?」
「ペペロン! そんな変態の相手しちゃだめよ! どーせろくでもないことしか考えてないんだから!!」
ルゥリッヒにはうりゅを斬られたという因縁がある。
そしてその後、対立した自分とロゼを躊躇無く殺そうとした男だ。今回だってなにか良くないことをしに来たに決まっている。
ウルリカはそうはさせまいと前に立つペペロンを押しのけようとしながら息巻いた。
「きみ、邪魔だね」
「外へいこうか」
剣呑な目つきになったルゥリッヒから守るように後ろ手でウルリカを隠し、ペペロンが言う。
「見えない」「どきなさい!」などの命令は聞こえないふりをした。
「どこでも行くよ。相手をしてもらえるなら」
対してその気になってくれたらしいペペロンにルゥリッヒは嬉しそうだ。
「じゃあ、東門へ。ちょうどいい草原があるから」
「りょーかい」
そして待ちきれないとばかりに先に歩き出す。
「ちょっとペペロン! あんなやつ放っておきなさい!」
「おねえさん。今はおいらにまかせて欲しいんだ」
「何言って」
「たまには、おいらを信用して?」
更に怒鳴ろうとしたウルリカに、ペペロンはしゃがんで目線を合わせ優しく言う。
「う……。いつも、信用してるわよ……」
普段逆らわないだけに、こうして正面から言ってこられるとこれ以上反対は出来ない。
頬を膨らませそっぽを向きながらも「勝手にすれば!」という返事にペペロンは笑った。
「すぐ帰ってくるから、ここで待ってるんだよ」
「え?」
着いて行く気まんまんだったウルリカはここでも不満そうに異を唱える。
「なんでよ! そいつ何するかわかんないわよ!?」
「だからここでおちびさんと待ってて欲しいんだ」
「そんなの」
「おねえさんはうりゅを守ってあげるんだもんね?」
「うぅ……」
弱いところをつかれ、再び黙るしかなくなったウルリカの頭を軽くぽんと叩くと、説得の間大人しく待っていたルゥリッヒに向き直る。
「じゃ、行こうか」
「すぐ帰れるなんて、うそつきになりたくないなら撤回しといたほうがいいよ」
ルゥリッヒの挑発に、ペペロンは「妖精さんは嘘をつかないんだ」と笑った。





「ただいま。……なにをそんなに怒ってるんだ?」
数日後の護衛相手との打ち合わせから帰ってきたロゼは、テーブルで力任せにカノーネ岩を砕いているウルリカに声をかけた。
背中からあからさまに怒りのオーラが出ている。
「別にっ」
「別にって、八つ当たりもほどほどにしないと乳鉢も一緒に砕けるぞ」
ガンガンと耳障りな音と共に赤い粉が散り、うりゅはテーブル端に避難していた。
「そういえば、ペペロンは?」
こういうとき、まっさきに主のご機嫌取りをする自称妖精が居ないのでとりあえず聞いてみるとぴたりとウルリカの手が止まる。
「あいつなら、白髪の変態と出て行ったわよ」
「白髪の変態?」
だれのことかわからず聞き返すと、ウルリカはやっと振り向いて怒鳴るように言った。
「うりゅに剣で切りつけたあげく私のことも殺そうとしやがった変態よ!」
「ルゥリッヒか!?」
そこまで説明されればすぐにその姿が思い浮かぶ。
ロゼの学園生活を乱した発端かつ原因の剣士だ。
「なんで奴がここに」
「知らないっ。ペペロンに用があるとか言って一緒に出て行った」
不機嫌の理由がわかったが、ロゼはそれよりもルゥリッヒが今この街に来ているということで頭がいっぱいになった。
「どこに行った?」
「東の草原とか言ってたけど。すぐに帰ってくるらしいからあんたも待ってれば?」
すぐにまた八つ当たりの岩砕きを始めたウルリカをよそにロゼは考えを巡らす。
怒りながらもアトリエに残っているのは理由があるはず。
ウルリカのことだ。必ず一緒に行こうとしただろう。それなのにこうしてしぶしぶ留守番をしているのはペペロンに諭されたからだろう。
いつも居丈高な彼女も大切な部分ではペペロンの言うことに従う。
ペペロンがウルリカを置いて出て行くような理由。そしてすぐ帰るという言葉。
(近くで戦っているはずだ!)
強さに取り付かれた男ルゥリッヒが決して近くは無いこの街まで足を運ぶ目的などひとつしかない。
「俺も行って来る! お前は大人しくここにいろ」
「は?」
腰に挿した剣を無意識に掴み、入ってきたばかりの扉から駆け出していくロゼに椅子を蹴って立ち上がり、ウルリカは今度こそ怒鳴った。
「なによもう、みんなしてっ!!」
「う。うりゅ、いっしょにいる」
仲間はずれにされた主を、肩に飛んできたうりゅが精一杯慰めた。




人通りの少ない東の草原に男ふたりはいた。
「あっれー?おかしいな。僕、あれから大分強くなったんだけど。君、更に強くなってない?」
一人は膝をついたまま剣を手に息を切らし、それでも口調だけはいつもどおりに言う。
「おいら、一応採取とか行ってるし……」
もう一人は愛用の棍棒を肩に担ぎ、困ったように頬を掻く。
「とにかく、これでもう用は済んだよね? じゃあ、おいら戻るから」
約束は片方が守るからもう一方も従うのだ。
特に短気なウルリカ相手に破るようなことがあればあとが怖い。
「本当にすぐに帰らせるなんて、悔しいね」
しかし気持ちはどうであれ、現実にはまったく敵わなかったのだから仕方が無い。
呼吸が止まるほど殴られた腹をさすり、肋骨が折れていないことを確認すると、手加減をされたと分かったルゥリッヒは素直に負けを認めた。
「次は、こうは行かないよ」
「ぇー。もう諦めてほしいなぁ」
これからもウルリカを守るために誰にも負けることの出来ないペペロンとしては結果は変わらないのだからこれっきりにして欲しい。
その時、街の門から一直線に三人目の乱入者が現れた。
「ルゥリッヒ!!」
三人目の男、ロゼはふたりに駆け寄ると剣を抜き構える。
「あれ?君もここにいたの?」
殺気立つロゼにもルゥリッヒは平然としていた。
「貴様、なにをしにここへ来た」
「見てわかんない? 妖精さんと遊びにね。まぁ負けちゃったけど」
「それだけか」
常に人をからかうようなクセのある腹黒い人間だと知っているため、本当にそのためだけに足を運んだのかロゼは訝った。
「ほんと、それだけ」
ルゥリッヒが軽く目を閉じ肩を竦めるとそれを見ていたペペロンも同意した。
「本当にそれだけみたいだよ。さ、おにいさんも一緒に帰ろう。早くしないとおねえさんの我慢が限界になっちゃうかも」
ペペロンとしてはそっちの方が気になって仕方が無い。
「……そうだな。確かにあの勢いじゃ今頃乳鉢だけじゃなくテーブルも真っ二つかもしれん」
「えええ!! そ、そんなに怒ってたかい!?」
「すごく」
ウルリカに手を出さないというのならこの場はひいたほうがいい。
ロゼとしては一度ルゥリッヒと剣を交え学園時代の遺恨を晴らしたいところだが、今ここでやろうとしてもペペロンに止められそうだ。
名残惜しそうに剣を収め、慌てて小走りに帰るペペロンに続いてルゥリッヒに背を向けた。
「へぇ……。なんでかわからないけど、君もだいぶ強くなったみたいじゃん」
「なんだと?」
気になるセリフに振り返ると、膝を立てて座ったまま、ルゥリッヒが目を細めてロゼを値踏みするように見ている。
「あの人も君も、半年ちょっとで強くなれたのはあの子のところにいるから?」
「なにを言って……」
あの子とはウルリカのことだろう。
なんであろうとウルリカとこいつを関わらせたくはない。
「僕も、ちょっとお世話になってみようかな」
「殺すぞ」
「いいね。今ちょっとゾクリと来たよ」
ロゼの放つ静かな殺気に確かな強さを感じ、ルゥリッヒは逆に喜んだ。
「これは本格的に、僕を売り込もうかな」
そう言って立ち上がった姿にペペロンに叩きのめされたであろうダメージはすでに無い。
(ペペロンは優しすぎる!)
とっさに収めた剣を抜き斬り伏せようとするが紙一重で交わされ、ルゥリッヒはアトリエへ向かって駆ける。
「待て!!」
倒せるときに完膚なきまでに叩きのめさなければだめな相手はいるのだとペペロンに教えてやらなければと、ロゼはその後を全速力で追い ながら考えた。





「ねー、ウルリカちゃん。タダで雇える良物件があるんだけど」
歓迎されない訪問者は二度来た。
アトリエに飛び込むように現れた闖入者のすぐ後を追いかけてきたロゼが、無理やり引きずり出そうとするがその手をすばやく避ける。
「いらないわよ変態なんて。お金もらっても願い下げよ変態」
先に戻っていたペペロンの努力もむなしく不機嫌なウルリカは即答した。
もう彼女の中でルゥリッヒ=変態というのは絶対事項らしい。
「いくら温厚な僕でもちょっと傷つくね」
「だったらどこへでも旅に出てしまえ!」
ルゥリッヒを捕まえるのを断念したロゼはそう言うと、アトリエに入り困り顔のペペロンの隣に立つ。
「なんでもっとあいつを足腰立たないくらいに叩きのめしてやらなかったんだ」
「まさかこんな展開になるとは思ってなかったんだよぅ」
こそこそと耳打ちしあうふたりをよそにルゥリッヒの売り込みは続く。
「もちろん、ここに泊めてとは言わないよ」
「いらないって言ってんの。だいたいあんた、人にあんだけのことしといて都合良すぎなんじゃない?」
腕を組んで睨むウルリカの鼻息は荒い。
「だからせめてものお詫びにタダでいいって言ってるんだけどなぁ。それに、別にずっとじゃなくていいし」
ペペロンとロゼが短期間で強くなった理由さえわかればそれでいい。
食い下がるルゥリッヒにウルリカはしばらく考えたあと、ニヤリと笑った。

「じゃあ、そうね。私と勝負して勝ったらいいわよ」

「ウルリカ!?」
「おねえさん?!」

まさかの答えに大人しく聞いていた二人が声を上げる。
最後まで断るとばかり思っていたのに受け入れるとは。
しかも勝負の条件付で!
「そいつはいつもにやけてはいるが相当腹黒い鬼畜だぞ?! 何を考えているんだ!」
「どーしておねえさんはそう血の気が多いかなぁ」
「あんたらはおとなしく見てなさい!! ここまで馬鹿にされて黙ってられないわ!」
一喝されて二人はそれ以上の反駁をやめる。
こうなったウルリカは誰がなにを言っても聞かないのをわかっている。

「ふーん。いいの?そんな約束しちゃって」

「いいのよ、ここの家主は私だもの」

勝ち負けではない、プライドの問題だ。
一撃お見舞いしてやらないと気がすまない。
本気で怒り、やる気になったウルリカを止められる者はいなかった。




ウルリカが決闘の場に選んだのは森のすぐ手前。
東の草原の一番端、街からは大分離れた場所だった。
「ここならあんたが大声で助け呼んだって聞こえないわよ」
「まったく、自信だけは一人前らしいね」
舐めきった態度にぷちりとウルリカの血管が切れる。
「ふっふっふ。心置きなくあんたを痛めつけられそうだわ」
側に居たうりゅを手だけで下がらせると、ルゥリッヒは意外そうな顔をした。
「あれ? いいの? その子の力借りないで」
つまり、マナの力を使わないと戦えないんじゃないの?という心の声を察してウルリカの苛立ちは更に増す。
(こいつは敵!! もう一生敵! 決定!)
頭に来すぎて話す気も起きず、無視して持ってきた袋をごそごそと漁る。
「で、いつ始めるのかな。僕はもう準備オッケーだよ」
剣は腰に挿したまま。ラフな姿勢で声をかけるルゥリッヒは自分からしかけるつもりはないらしい。
「言われなくても始めるわよ。今すぐ」
そういって立ち上がったウルリカは新作の爆弾を嬉しそうに持っていた。
両手に銀の円盤、フォルモントを構え無言で投げる。
それは一瞬で抜き放たれた剣で難なくはじき返されてしまうが、はじかれたフォルモントは空中でもう一度カーブしルゥリッヒへ 向かってきた。
「ハッ!!」
初めてみるアイテムに動きを読めなかったものの、それも跳躍してギリギリ避け、さっきまで彼が立っていた地面を2つの銀の円 盤がえぐる。
「食らえ!!」
そして間髪入れず、着地したルゥリッヒをマジックハンマーを持ったウルリカが襲ってきた。
「うわっと!」
しかし少しよろけながらもバックステップでかわされてしまい、ウルリカは舌打ちした。
「チッ、おしい」
「はは、なかなかのコンビネーションだね」
大して期待していなかったがこれなら悪くない。
本日二度目のお楽しみに心から笑顔になるルゥリッヒに魔法で雷の雨を降らせ、キャノンボールを飛ばす。
「あのときの私と一緒にしたら痛い目見るわよ」
卒業前、突然襲われうりゅを傷つけられた。その仕返しをまだしていない。
せっかくめぐってきたチャンスをウルリカは逃したりはしなかった。
「残念ながら、僕もだいぶあの頃より強くなっちゃったんだよね」
ルゥリッヒの剣戟を魔鉱石の盾で防ぎながら、ウルリカは会話を続ける。
「なら私はそれを追い越すまでよ!!」
怒鳴ると受けた盾で相手を押しやり盾はそのまま投げ捨てる。
間髪入れず二度ストラップをスイングさせいくつかの光弾を放ち、続いて範囲の広いラングレヘルンを投げつけた。
ルゥリッヒの方も自らその攻撃に飛び込み紙一重で交わしながらウルリカへ切り込んでくる。
ガリッと金属のこすれる音が響いた。
「あんた、いい度胸してんじゃないの」
両手でストラップを構え、チェーンの部分で剣を受けながらルゥリッヒの顔を間近で覗き込み睨み付ける。
「きみこそ、なかなかおいしそうに成長してくれたね」
「ふざけんな変態!!」
過去にはうりゅをいじめ、今度はペペロンに喧嘩を売ってきたルゥリッヒに対して怒り心頭に達しているウルリカはその感情のまま 鳩尾に向けて蹴りを放ち、ルゥリッヒは笑いながら身を引いた。
「おい、ウルリカあんな強かったか?」
先月一緒に討伐依頼に行った時とは明らかに違う身のこなしに、ロゼは驚きつつペペロンに聞いた。
「修行の成果だろうねぇ」
アンディのところへ頻繁に通い、強くなるための努力をしてきた。
すべてはうりゅを守るため。
最初は剣で傷つけられ、二度目は攫われウルリカは自分の不甲斐なさを悔しさと共に噛み締めた。
三度目は無い。
その強い思いをペペロンは知っている。
二人が見守る中、ウルリカが魔法石で殴りかかり、それを再び身を引いて軽く避けようとしたルゥリッヒがうめき声を上げた。
殴りかかったのはフェイクで、避けられたと同時にそこから光弾を放ち、それが腹に当たったのだ。
「それが、うりゅの分よ!!」
何度避けられようとも魔法石で殴りかかっていたのはこのためだったらしい。
「げほっ。なんだ、結構考えてたんだ」
ずっと余裕を見せていたルゥリッヒの顔からすっと笑いが消え、殺気がこもる。
「おい、やばいぞ」
「うーん、どうかな」
焦るロゼとは裏腹に、ペペロンはまだ見守る体制だった。
「お遊びはここまでよ」
「それはこっちのセリフ……って、え?」
反撃に移ろうと構えたルゥリッヒは、ウルリカが腰の袋から取り出した大量の爆薬を見て目を点にした。
「えっと、なにそれ?」
「N/A。知らない? 高性能小型爆弾」
それは小さな星型をした黒い爆弾で、両手いっぱいに抱えられたN/Aはどう少なく見積もっても10個はある。
「で、どうするの?」
「もちろん、あんたに投げるのよ!!」
ニヤリと笑うとその大量の爆弾を一度にルゥリッヒに投げつける。
「うわっ!」
爆音と共に大量の土柱が立ち、あたり一面を噴煙が覆った。
「め、めちゃくちゃだ」
「さすがおねえさん。やることが派手だねぇ」
しかし、ウルリカの追い込みの攻撃はそれだけではなかった。
(まぁ、当然あたってないわよね)
どうせまた投げるだけの爆弾など避けられているだろう。
自分のすぐ目の前にラングレヘルンを落とし氷壁を作ると噴煙が上がっているうちに早口で呪文を唱えだした。
「響け天の鐘!」
それは最大最強の魔法。
「おい、ウルリカ!その呪文は……!」
「おねえさん、それはちょっとやりすぎ……!」
しかし、二人が止めるまもなく呪文は完成する。
「ヘブンリィベル!!」
頭が割れるような巨大な鐘の音と共に白く光る熱の帯がいまだ収まらない土煙を押しのけて、三度地面を叩く。
それはウルリカが追撃を避けるために作った氷壁をも溶かし、ロゼとペペロンの元へも熱風を届けた。
「……やっちまった」
いくらルゥリッヒでもこの魔法をまともに受ければ無事では済まない。
「大丈夫。焼け焦げたのは、地面だけみたいだよ」
魔法に散らされ煙が晴れたその場所には真っ黒に焼け焦げクレーターも出来、見る影も無くなったもと草原と、それを前にして目を 見開くルゥリッヒが立っていた。
「またうちのアトリエの仲間に手を出したら、次は当てるからね」
そしてウルリカはふんっと鼻を鳴らし腰に手を当て仁王立ちする。
「……ふっ、ふはは、あはははは!!」
「なにがおかしいのよ!!」
「あは、はっはは、ごめん、楽しいんだよ。わかった、降参だ」
これ以上続ければ楽しすぎて自分を抑えきれなくなる。それはまずい。
今はまだそこまでやるには早すぎる。
涙が滲むほど笑ってから剣を鞘に戻し両手を挙げた。
「きみのところで雇ってもらうのは諦める」
「やけにあっさりね」
「僕は潔いんだ」
疑いの目を向けるウルリカに「本当だよ」と苦笑する。
「それにきみたちはまだしばらくこの街にいるんだろう?」
「いるけど?」
それならほかにいくらでもやりようがある。
(妖精さんの採取にこっそりついていくとか、ね)
「なによ」
「なんでも。会えてよかった。また遊ぼうね」
「絶対ヤ!」
「ははっ。つれないな」
ルゥリッヒはそのまま三人に背を向けた。
「じゃあね」
「待て、どこへ行く」
森へ去ろうとするルゥリッヒに声をかけたのはロゼだった。
「ちょっと頭を冷やしにね」
振り返らず答え歩を進める彼を、今度はだれも呼び止めなかった。




「やっぱりまだこの街にいたか」
夜。
六軒目に入った南街の酒場で、一人食事を取るルゥリッヒを見つけた。
「やぁロゼ。なにか用かい?」
昼間、ウルリカとルゥリッヒの戦いを見ていて決めたことがある。
そのためにこうしてアトリエの者には告げず、一人で探して歩いたのだ。
「俺と勝負しろ」
「なんで?」
「理由が必要か?」
「まぁ、別にいいけど。とりあえず座ったら」
川鱒の香草焼きを食べる手を止め促すが、ロゼは無視した。
食べている隣で敵意も露わに見下ろされるのは気持ち良くないので言ってみたのだが無駄なようだ。
「ウルリカとの戦い、本気じゃなかったろう」
「まぁね。すぐそばで怖い人が見てたし。本気出したら彼が出てくるのはわかってたからねぇ」
「これおいしいよ。きみも頼んだら」と言いながら自分も食事を続けることにする。
「俺とは本気でやれ」
「いいの? でも家主さんに釘刺されちゃってるしな」
「それなら大丈夫だ。俺から喧嘩売ってるんだからな」
「確かに売られてるね。食事の邪魔をするなんて無粋だよ」
別にそんなに気にしているわけでも無かったが、なんとなく茶化したくなって文句を言う。
しかしやっぱり黙殺された。
「昼間の森の前で待っている」
「まだかかるからゆっくりね〜」
用件を言うとさっさと出て行くロゼに、ルゥリッヒはワインで喉を潤しながら手を振った。



「お待たせ。ロックストンは初めて来たけどいい街だね。食事もおいしいし」
月と星明りに照らされる草原にルゥリッヒが現れたのは、それから一時間ほど経ってからだった。
すぐ来るとは思っていなかったのでずっと待っていたわけではなかったが、それでもロゼは半時ほど、この場所で瞑想して過ごした。
「食いすぎて動けなかったなんて言い訳は聞かないぞ」
「それは無いから安心していいよ。さ、始めようか」
トントンと軽くステップを踏み剣を抜いたルゥリッヒから笑みが消え、ロゼも構えて呼吸を整える。
一陣の風と共にふたりは地を蹴り、激しい剣戟音が響いた。
白い二振りの剣が闇に複雑な光の線を描く。
ロゼは以前と違い、体術も取り入れ蹴撃も駆使して戦う。
それでもすぐに自分と相手との力量の差を感じずにはいられなかった。
避けきれない刃に何度も服と皮膚を斬られ、長時間の打ち合いの末、最終的に回り込んだルゥリッヒに後ろ首を打たれ昏倒する。
「はい終了〜〜〜。ごめんね。2連続で負けてるから鬱憤晴らしちゃった」
「くそったれ!!」
一瞬血の流れが止まり、頭がくらくらする。
膝をつき腕で体を支えるロゼに向かって、ルゥリッヒは満足そうに言った。
「でも、君も随分強くなったね。そうだな、あのときの僕ならもっといい勝負になってたかも」
「結局俺はあんたの半年遅れってことか」
もう少し、追いついていると思った。
(あのときのやり直しを、したかったのに)
決して過去が無くなるわけではない。
それでも風吹き高原での自分の無力さを克服し、更に前にと思っていたので正直ショックだ。
(甘かったのか)
まだ、足りない。
「それってすごいよ。だってあの時は僕が怪我をして、その上きみが4人分でちょうど良かったんだ。あの妖精さんといい家主の彼女と いい、やっぱりなにか秘密があるのかな」
顎に手をやり、首を傾げるルゥリッヒに突っ伏したまま答える。
「教えてやるよ」
「え?」
「あんたには絶対無理な方法だ。だから教えてやる」
そしてロゼは口を開いた。



深夜も過ぎ、誰も通りに居なくなった頃、ペペロンはアトリエの前に立つ人の気配に起き上がり階下へ降りて扉を開けた。

「やぁ、こんばんわ。こうして立ってれば出てきてくれると思ったよ」

「こんばんわ。何しに来たんだい?」

そこにはいつもの薄っぺらい笑顔を浮かべたルウリッヒが立っていた。

「街を出るからあいさつにね」

「律儀なんだね」

「まーね。ロゼから強くなる方法ってやつを聞いてさ。それが見つかったらまた来るよって言っておこうと思って」

銀の髪が月明かりを反射して滑らかに光る。
ペペロンはその言葉で、夕食後出て行ったきりロゼが戻らない理由を察した。
きっと今頃友人のところで戦いの痕跡を隠そうとしているのだろう。

「見つかったら?」

とりあえず聞くと、ルゥリッヒはよく聞いてくれたとばかりに大きくうなづく。

「そう。守るべきものてやつが」

そして地面を見つめ、なにやら思い出しながら「ふふふ」と小さく笑った。

「なんだか彼が言うにはそれがあるといくらでも強くなれるらしいじゃん?きみとロゼはウルリカちゃん。その彼女は小さいマナ」

「否定はしないね」

「だから僕もそれを探そうと思ってさ。じゃあ、またね」

「さようなら」

嬉しそうに足取り軽く去っていくルゥリッヒを見送ることもなく、ペペロンはアトリエに入ると扉を閉めた。


BACK