それぞれの思惑



その騒動の発端は、一通の手紙だった。
「ロゼー。あんたにもあるわよ」
昼過ぎ、郵便を受け取ったウルリカがロゼ宛の封筒を見つけ名前を呼ぶ。
「俺に?」
手紙のほとんどはウルリカへの個人注文や広告でロゼ宛というのは珍しい。
ウルリカは封筒の裏を見る。
「ウィムからみたい」
「ウィム?」
差出人の名前を聞いて余計驚いた。
リリアからはなにか来たりもしそうなものだが、その主の方ではなく仕えているマナから手紙とは。
(なにかあったのか?)
ロゼは受け取るとすぐに口を破り、中身を取り出して読み出す。
ウルリカはその周りを何が書いてあるのかと興味津々な顔でうろうろした。
しばらくして、ロゼは渋面と共に手紙を封筒にしまい直す。
「ねね、なんて書いてあったの?」
「なんでもない。元気にやっているそうだ」
見せて見せてとまとわりつくウルリカに取られないようにと封筒を持った手を上に上げ、その頭を押さえるようにして遠ざけた。
「なによー。それなら見せてくれたっていいじゃない」
「だめだ」
隠されると余計見たくなるのが人情だ。
「ペペロン!」
「え?」
ひとり静かにお茶と茶菓子を楽しんでいたペペロンは、突然名前を呼ばれ嫌な予感に顔を上げる。
「命令よ! ロゼを押さえなさい!」
「えぇ!?」
「おまっ、それは反則だろ!!」
ロゼもさすがに身長腕力共にペペロンにはかなわない。
「でも、おねえさん。人の手紙を見るのはよくないと……」
「やらないともう構ってあげない」
「やります」
一応反論をしかけたものの、ウルリカの言葉に即座に寝返りとっさに表に逃げようとしたロゼをあっという間に捕まえた。
「裏切り者っ!!」
「ごめんよおにいさん。でもおねえさんは言ったら本当にやるんだよぅ」
ちなみにウルリカは言わなくてもやる。
先日一緒に行った採取でお互い助け合うことを約束した仲ではあるが、それでも優先順位があるのだ。
ペペロンは謝りながらもロゼをしっかり羽交い絞めにし、その手にくしゃくしゃになって握られた手紙をウルリカが取り上げた。
「こら! 返せ!」
「え? あの高飛車女が見合いすんの?」
ウィムの手紙にはリリアがお見合いをすることが決まった旨とその相手、日時、場所が詳しく書いてありもうひとつ。
「助けて欲しい??」
無理やりさせられるその見合いからお嬢様を助けて差し上げてくださいと書いてあった。
「……もう、いいだろ」
結局全部読まれてしまいロゼは暴れるのを止め、ペペロンも手を離した。
「ほら、返せ」
ウルリカの手から手紙を奪うように取り上げると、くしゃくしゃに丸めて乱暴に封筒に突っ込んだ。
「私も一緒に行って手伝おうか?」
「なにをだ」
すっかり機嫌の急降下したロゼの顔色を伺うように、ウルリカが提案する。
「あの高飛車女助けに行くの」
ウルリカも一応生物学上は女だ。
まったくその気も無いのに親に無理やり見合いをさせられ結婚というのは同情をする。
しかし、ロゼの返事はそっけなかった。
「俺は行かない」
「え?」
冷たい言葉にウルリカは驚く。
「でも、ウィムが助けてほしいって」
「俺が口を出していいことじゃない。嫌ならお嬢様はきちんと自分で断れる人だ。俺の助けなんて必要ない」
ロゼはきっぱりと否定し明日の出発のため、荷物をまとめようとコンテナの前に立つ。
「もしかしたらなんか断れない事情があるんかもしれないじゃない!」
しかしウルリカは諦めずその袖を引っ張り、訴えた。
「あったらあったでそれはお嬢様の問題だ。あのな、もう俺はあの人の従者じゃない。なにかあるたびにほいほい出て行く関係は 終わったんだよ」
内容が欲しいものの調達や護衛を頼みたいなどの話ならもちろん助けに行くが、これはまったく別の問題だ。
あからさまに面倒そうな顔で言われ、ウルリカの怒りは頂点に達した。
「なによそれ!! あんたあの女にずっと世話になってたんでしょ!? やめたとたんその態度って最低! 薄情! 鬼!」
「なんと言われようとこの問題に口を出す気は無い。それにどっちにしろ明日朝には仕事で出るんだ。一度請けた仕事はキャンセル 出来ない」
「この、頑固者!!」
言葉と同時に出てきたビンタをロゼは片手で受け止め「だいたい、お前には関係ないだろ」と言うと、ウルリカは顔を真っ赤にし今度は 思い切り足を踏みつける。
「いてっ!!」
「馬鹿っ!!」
そして心配そうに周りを飛んでいたうりゅを抱き、そのまま外へ駆けて出て行ってしまった。
「ったく、頑固はどっちなんだか」
踏まれた足の甲を撫でるロゼのぼやきに、成り行きを見守っていたペペロンが答える。
「ふたりとも、良い勝負だよね」
まるで他人事のように言うペペロンをロゼは思い切り睨んでやった。
「……恨むぞ」
だいたい、ペペロンがウルリカの言うことを聞いてロゼを捕まえたりしなければあの手紙を読まれずにすんだのだ。
「うぅ…。ごめんよぅ。でもおねえさんの命令ばっかりはどうしようもないんだよぅ」
人差し指をいじいじと合わせ、頭を下げる仕草にはため息をつくしかない。
確かに、ウルリカ大事の彼に逆らえというのも無理な話だ。
「はぁ。学園時代にはあんなに嫌ってたくせに、なんで今度はあんなに味方するんだ?」
痛みの治まってきた足から手を離し立ち上がると、再びコンテナから必要なアイテムを取り出し始める。
「喉もと過ぎて、熱さを忘れたんだと思う」
「忘れ過ぎだろ……」
しかし、確かにウルリカはよっぽどのことでもない限り、恨みも怒りも一晩寝れば忘れるタイプだ。
「でも、おいらも意外だったな。たしかに仕事は大切かもしれないけれど、それだけじゃないんだろう?」
ロゼの律儀さも真面目さも、そして人の良さも知っているペペロンは素直に疑問を口にする。が、それに対してロゼは薄く笑っただけだった。
「いや、それだけさ」
昔は気にも留めていなかったが、今ならリリアの不可解な行動の数々の理由がわかる。
その気持ちに応えられないと知っているのに無責任なことは出来なかった。
そしてそれは、だれかに言っていいことでもない。
そのまま、考え込むように口を噤んでいると、ひとりにしてあげた方がいいと思ったペペロンは「ちょっとおねえさんを探してくるね。 どっかで暴れてても困るし」とアトリエを出て行った。

(お嬢様が、見合いか)

貴族の娘の場合恋愛結婚は珍しく、見合い相手かもともといる許婚とというのが普通だ。
しかもリリアは一人娘。17も過ぎ、結婚を出来る年齢を迎えればいつまでも嫌だ嫌だと駄々を捏ねてはいられない。
せめて、よい相手であって欲しいというのは身勝手な願いだろうか。





(あぁ、うっとおしい。なんてくだらないつまらない男)
お互いの屋敷からの中間地点ということで選ばれた港町のレストランを貸しきって用意された見合いの席は、リリアにとって苦痛以外の 何物でもなかった。
テーブルについているのはリリアと見合い相手である青年、フレデリック・オーエンだけ。
あとはお互いの護衛官(青年は黒尽くめの男3人、リリアはウィム)が後ろについているだけだ。
「先日は別荘と馬を一緒に買ってね。まぁ、合わせてもたった1億程度なのでポケットマネーで賄えたんだけどこれが……」
青年はリリアの父親の仕事上の取引相手の息子で一応貴族だ。
金髪碧眼の美青年ではあったが最初から終始自慢話ばかりで辟易する。
(頭の中にはスポンジでも詰まっているのかしら)
見合いも貴族としての勤めだ。
それでもにこにこと笑い相槌を打っているがそろそろ顔面が攣りそうで、辛くなってきた。
「リリアもそのうち遊びに来るといい。歓迎するよ」
「えぇ、機会がありましたらぜひ」
笑顔で答える内容とは裏腹に、リリアは心の中で(最初から愛称で呼び捨てとかどういう神経!?)と立腹していたが、もちろん青年は そんなことに気づかずご満悦だ。
「そういえばフレデリック様は現在、騎士団の訓練にも出ていらっしゃると伺いましたけれど」
わざと愛称のフレディではなくフレデリックと呼ぶが、その意味も解さず青年はただうなづいた。
「あぁ、そうなんだ。僕も貴族の男として当然剣は扱わないとだからね。まぁ、もう行かなくても十分な程の腕にはなっているが」
(この天まで伸びそうな鼻を叩き折ってやりたいわ!!!)
こんな軽口ばかりの優男が剣を十分に扱えるわけがない。
騎士の剣の強さというものは騎士道の精神があってこそだ。話にも態度にも言葉遣いにも、その大切な教えの欠片も見えはしなかった。
怒りとイラつきに、リリアが笑顔を強張らせたまま肩を震わせていると、突如外で大きな爆発音がする。
「なんだ!?」
「何事?」
同時に悲鳴や怒号が聞こえ、リリアとフレデリックは席を立ち、それぞれの護衛官が警戒するように側についた。
「支配人! これはなんの騒ぎですの!」
外の騒ぎはますます大きくなり、なにやら建物が崩壊するような轟音までしだした。
「はっ! 現在店のものを見に行かせております」
リリアに呼ばれ、恐縮した白髪の紳士がしきりに頭を下げながら説明する。
「お嬢様、これはもう、お食事どころではないかと」
悲鳴と爆音が近づいてきている。
何がおきているのかはわからないが、ここに長居をしないほうが良さそうだ。
リリアは即断し、護衛官に囲まれて恐怖に青ざめるフレデリックに声をかけた。
「フレデリック様。残念ですが、今日はこれで終わりに……きゃっ!」
しかし言い切る前にドカン!!という音と共にレストラン全体が揺れ、リリアたちの居るフロアの横の壁が砕け散った。
「なっ!」
「モ、モ、モンスターだ!!!」
その砕けた壁のあったはずの場所には鼻息を荒くした巨大なイノシシ型のモンスターが蹄を鳴らし、リリアたちを赤い瞳で睨みつけていた。



「よーし、あそこね」
今、リリアが見合いをしているはずの港町グレイグはどちらかというとリゾート地の色が濃く、広いながらものどかな雰囲気で太陽がまぶしい。
目当てのレストランはその中でも一番大きく、白い壁にしみひとつ無い、色とりどりの花に囲まれた建物だった。
たくさんの人の行きかう大通りの先に見えたそれを指差し、やる気まんまんのウルリカに、ペペロンは一応確認をする。
「おねえさん、本当にやるのかい?」
「当たり前でしょ! ここまできて何言ってんのよ。ぱっと入ってぱっとあの高飛車女攫って出てくればいいだけなんだから簡単でしょ」
ウィムから手紙が来た翌日。
ロゼが仕事に出て行くのを見計らいアトリエに降りてきたウルリカは開口一番こう言った。
「じゃ、私たちも行きましょうか!」
「え?どこに?」
それはペペロンの率直な感想だった。
本当に、どこに行くのかわからない。
「どこって、高飛車女の見合いするところによ」
「おねえさん、まさか……」
「あいつが行かないなら私たちが代わりにやるのよ! ほら、さっさと用意して!」
それが4日前。
実際に街につき、こうしてレストランが見える距離まで来てもペペロンは気が進まなかった。
「攫ってって時点ですでにどうかと……」
「いいのよ!! 本人がそう望んでるんだから!!」
(でもその役目は、おいらやおねえさんじゃ意味無いと思うんだけどなぁ)
ウィムがわざわざロゼを名指しで助けを求めてきたのにはそれなりの理由があるはずで、その理由もペペロンにはなんとなくわかる。
たぶん、学園時代一緒に居てわかっていないのはそういうことに絶望的に鈍いウルリカくらいだろう。
「あぁ、そうか。だから―――」
ロゼが今回来なかったのはなぜか思い当たりぽんと手を打つ。
しかしウルリカは単純に嫌がっているなら助けてあげればいいと思っているらしい。
「さぁ、行くわよ!!」
気合と同時にドォン!!という爆発音と煙、悲鳴が上がる。
「……私じゃないわよ?」
「知ってるよ」
二人は一瞬顔を見合わせ、ついで全速力で駆け出した。



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