『迷走からの脱却』



結局ロゼは気になって我慢できずウルリカにアンディの元へ通う理由を聞いてみた。
するとあっさり「新アイテムの使い方と戦闘技術を習ってるの」と答えが返ってきた。
アイテムの方はともかく戦闘に関しては自分に聞けばいいのにとも思ったが、いざ教えてほしいと言われても、しぶる自分が容易に想像がついたので言うのをやめた。
(俺は、結局頼ってはもらえない)
いつだってアトリエでウルリカが一番に声をかけるのはペペロンだ。
採取も買い物も必ずペペロンを誘う。
いなければ側にロゼが居ようとも一人でやろうとする。
もちろん彼と自分の立場の違いはわかっている。
しかし、それ以外の何かがあるのも感じていた。
部屋のベッドに座り、一人考え込む。
ロゼの部屋の中には洋服タンスの他にもだいぶ家具が増えていた。
そのひとつ、窓際のテーブルの上に置いてある鉄アレイに目を向けると立ち上がり手に取ってみる。
筋力UPに良いかと買ったものの使っていなかった物だ。
(やっぱり、見た目か?)
ペペロンと自分を比べればどちらが強そうかなど一目瞭然だ。
持ち上げて数回上下してみて、いや、違うよなとそっと元に戻した。
(そういう問題じゃない気がする)
昨日会ったアンディは身長も体格もロゼとそう変わらなかった。
一度しか面識の無かったはずの彼にあって、自分には無かったものとはなんなのだろう。
そしてまたしばらく考え込み、思い立ったように自分の部屋を出て隣の部屋の扉を叩いた。
「どうぞー」
中から招き入れる返事がする。
「ペペロン、ちょっといいか」
「おにいさん? 珍しいね。どうしたんだい?」
ペペロンはすでに横になっていたらしくちょうど起き上がるところだった。
「あぁ、そのままでいい。明日採取に行くって言ってたよな。俺も一緒に行っていいか?」
上半身を上げて、ベッドに腰をかける形に座りなおし「でも……」といいかけるペペロンを制し、言葉を続ける。
「あんたと話したいことがあるんだ。あと、少し出て気を晴らしたい」
ロゼの深刻そうな表情を見て、ペペロンは苦笑した。
「そうだね。たまにはおいらたちふたりっていうのもいいかもしれないね。明日はハゲ山に樹氷石取りに行くから少し厚着した ほうがいいよ」
「わかった。ありがとう、おやすみ」
「うん。おやすみ」
ペペロンの部屋を後にし、ロゼは出かける用意をするために一度アトリエへ降りた。





ハゲ山での戦闘は予想以上に激しかった。
倒しても倒してもアポステルの群れは途切れることが無く、ペペロンの棍棒一振りで5,6匹まとめてふっ飛ばすという荒業が無ければ すぐに囲まれてしまっただろう。
まさに息をつく暇も無いまま目の前にいる敵を倒すことだけを考え進み続け、あっという間に夕刻が迫っていた。
「もう少し進めば聖樹があるよ!」
聖樹とは学園が採取地に設置していた記憶方陣と同じように魔物を寄せ付けない効果のある魔除けの木だ。
街道沿いに人の手によってよく植えられているがもちろん、山や森に自生しているものもある。
ハゲ山はほとんどむき出しの赤土と岩に覆われている場所だったが、一応緑も点在していた。
「わかった!」
ペペロンの呼びかけに返事をし、ロゼは三叉の槍を構えて上から襲ってきた赤いアポステルを切り捨てた。
(これじゃ、普通の剣は通じない)
自由に刃を出現させることのできる光の剣でなければどうに切れ味が鈍ってしまっている。
こんなに緊張感のある、生というものを実感させられる戦いは、学生時代に行ったマナの聖域以来だ。
自分の力を確かめるように、襲い来る魔物の群れの中を二人はひたすら突き進んだ。
聖樹にたどり着くころにはあれだけいたアポステルたちも姿を消し、夕焼けがただでさえ赤い地面を血のような紅に染めていた。
「野生の聖樹は初めて見る」
真っ白な幹に鮮やかな緑の葉。
一目でわかるその姿は神々しいといっても過言ではない。
この聖樹は大人が数人で手をつないでやっと囲めるほどの大きさだった。
「ここまで大きいのは、ここだけだと思うよ」
そう言ってペペロンがポンと軽く幹を叩く。
「とにかく、これでやっと休めるな」
朝早くアトリエを出て、昼過ぎに山の中腹に差し掛かったあたりから魔物の猛攻が始まった。
それから今までほぼ休み無く戦っていたのだ。さすがのロゼも力が抜けたように木の根元にドスンと腰を下ろした。
自分の体を見下ろせば、そこらじゅう切れたり血が出たりしている。
「くそ、だいぶやられた」
大きな怪我はないものの、切り傷や打ち身は相当受けている。
戦闘中は集中していて気にならなかったが、今になって痛み出してきた。
袋から軟膏を取り出し、塗っているとペペロンが茶色の瓶を差し出した。
「これを飲むといいよ」
「これは、エリキシルか?」
錬金術によって作られる最高級の回復薬。
「いつも、2,3個持たされてるんだ。おいらは使わないから」
「……ありがとう」
たしかに、自分と違ってペペロンは多少薄汚れてはいるものの怪我らしい怪我をしていない。
小瓶の中身をいっきに飲み干すと、怪我が治っただけではなく疲れもすべて取れてしまった。
「ふぅ」
やっと一息つき、そのまま後ろの幹に寄りかかる。
「あんた、いつもこんなとこ来てるんだな」
ペペロンも棍棒と荷物を置くと、立ったまま聖樹に寄りかかった。
「まぁ、いいものを探すとどうしてもこういう場所になっちゃうんだよね」
「……俺にも、できるかな」
そうすれば、彼女はもっと自分を必要としてくれるだろうか。
小さな呟きは重く響き、ペペロンはロゼの隣に座ると話を促した。
「そういえば、話があるって言ってたね」
「あぁ」
いっぱい聞きたいことや言いたいことがあったはずなのに、いざとなるとうまく言葉に出来ない。
「……ウルリカは例の錬金術師のところ、戦闘技術を習いに行っているらしい」
なので今一番気になっていることを告白した。
「へぇ、そうなんだ。あの事件からずっとおちびさんを守ってあげたいって言ってたし、そのためだろうね」
ペペロンは特になにも感じることは無く受け止めたことでもロゼにとっては違う。
「俺じゃないんだよな」
「え?」
「あいつはいざというとき、俺には来ないんだ。いつもあんたで、今度はあいつだった」
ペペロンなのはわかる。
ペペロンはウルリカの妖精さんで、彼女の役に立つために一緒に居る。簡単に言ってしまえば従者だ。
でも、アンディは違う。
多少の縁があったとはいえ、一度しか面識が無く知り合いというには付き合いが浅すぎる。
「俺じゃ、なぜダメなんだ」
確かにウルリカに戦い方を教えてほしいと言われればしぶる自分が想像できる。
それでも頼まれれば最後は断れないし断らない。
そのことをウルリカだって知っているはずだ。
「おねえさんは、おにいさんの邪魔をしたくないんだと思うよ」
答えは案外あっさり返ってきた。
「邪魔?」
「うん。おにいさんは目標があって、それに向かってがんばってるのを知ってるから、邪魔をしないようにしてるんじゃないかなぁ」
「そんな、俺はあいつに必要とされるために―――」
「でも、おねえさんはそれを知らないから」
ロゼがウルリカのために強くなり、ウルリカに必要とされることを欲していることを本人は知らない。
「おねえさんは我が侭で短気で猪突猛進だけど、本当に大切な部分ではすごく考えて行動するからね」
だからこそ黙ってロゼを仕事に送り出し、ペペロンを側において必要とする。
そしてそんな彼女だからこそ、ロゼも恋をしたのだ。
「そうだな……。あぁ、そうだ。ウルリカは、そういうやつだったな」
怒りっぽく単純なくせになんでも見境無く受け入れるほど器が広い。
「俺は……」
「ん?」
「俺はあいつのこととなると、ほんとダメだ」
自嘲気味に笑うと俯き、額を押さえる。
「好きだなんて言っている前に、やらなきゃいけないことがあるのを忘れていたよ」
男として認めてもらうためにはまず、相応の度量を持たなければならない。
初めての恋に突っ走るあまりに狭くなりすぎた視野を改めねば。
(ウルリカがだれかを好きになる心配をする暇があれば、惚れられる努力をしろってことだよな)
こんな心の狭い男、俺だって頼りたくないとロゼは思う。
彼女はその部分を察しているのかわからないが、勘の良いウルリカなら無意識のうちに感じ取っている可能性はある。
「大丈夫、時間はたっぷりあるよ」
ペペロンは励ますように言い、今度は荷物から携帯食を取り出しロゼに渡した。
星と月明かりに照らされて明るくはあったが、もうすっかり日が落ちている。
「おねえさんの恋愛レベルは0どころかマイナスだからね」
笑うペペロンと逆にロゼはため息をついた。
「そこも、問題なんだよな……」
結局想いを自覚してから一歩も進めていない。
そのことを再確認し、恋にのぼせていた時期を過ぎ、振り出しに戻った気分だった。




翌朝、二人は夜明けと同時に聖樹の結界を出て樹氷石のある洞窟へ向かった。
「冷えるな」
「標高も高いしね」
はげ山の中腹を越えた場所にあるその細い洞窟に一歩足を踏み入れたとたん空気が冷やりとする。
「ここはそんな長くないからすぐに石のあるフロアに……」
高さはあるが細い通路を抜けると一気に視界が開ける。
「あるのは石だけじゃない、か」
「あれ? いつもいるのはバサルトドラゴンなんだけど」
(そいつも十分強いが……)
発光苔に淡く照らされたフロア内にはこれまで散々倒してきたアポステルが数匹と、その中心に初めて見る悪魔が一体。
「グウゥゥ」
唸り声を上げるのは体格のいいペペロンの更に倍はある体躯をもつアークデーモン。
鋼の心臓を持つ上級悪魔だ。
アポステルたちと同じ三叉槍のトライデントではなく、大きな半月刃を構えている。
そしてその悪魔たちの背後の壁に沿って、青白い樹氷石が並んでいた。
「とりあえず、倒すか」
聖樹からここまで、魔物は出たものの距離がそんなに無かったので疲れは無い。
「話を聞いたときから戦ってみたいと思ってたんだ」
「眼光で催眠かけてくるから気をつけて」
「ふたりなら、余裕だろ」
「まぁね」
ロゼは独特の高揚を感じていた。
この血沸き肉踊る状態は久しぶりだ。
短剣を抜き、光の刃をまとわせ一度軽く風を切る。
「なぁ、ペペロン」
「なんだい?」
隣に並ぶようにして立つペペロンは悪魔を見据えたまま棍棒を肩に担いだ。
「昨日は言い忘れたが、俺はあんたの助けになれることもあれば喜んで引き受けるぞ」
「はっはっは! 『逆もまたしかり』だよ!」
迷いの消えたロゼの剣は今まで以上にペペロンにとって心強い味方となり、昨晩の会話がせめてこの恋を実らせる小さな助けになれてい たらと思った。




>>BACK