『赤毛の錬金術師』
| ロゼには最近気になることがある。 「また行くのか?」 「うん。じゃ、行ってきまーす!」 なにやらアイテムを詰めた荷物を背負い、うりゅを連れて足取り軽く出て行くウルリカを複雑な表情で見送る。 「いってらっしゃーい」 笑顔で送り出すペペロンとは正反対だ。 気にせずコンテナ整理を始めるペペロンに、ロゼは苦い顔のまま聞いた。 「なぁ、アンディってどんなやつなんだ?」 ウルリカの行き先は東街にあるアンドリューのアトリエ。 以前とある事件で助けた時のマナ、クロスの主のところだ。 「どんなって言われても、一度顔を見たくらいだし」 コンテナから顔を上げ、思い出すように話す。 「えーっと、確か赤い髪に緑の目の男の人で、まだ二十歳にはなってないくらいだったかな」 「他には?」 「んー。お礼に参考書持ってきたときはそんな話したわけじゃないし、わからないよぅ」 「……」 「そんなに気になるのかい?」 不思議そうに聞かれ、ロゼは不機嫌に答えた。 「心配なんだ」 「まぁ、なんの心配かは聞かないけど……」 ペペロンはロゼの気持ちを知っているので、深くは突っ込まない。 それでも一応忠告だけはした。 「おねえさんに関して、そういうことは考える必要ないと思うよ」 「わかってる。わかっているが……」 頭で理解はしていても心が落ち着かない。 自分でも情けないとは思っていても、制御出来ないのだ。 「おにいさんも、苦労性だねぇ」 ため息をつきながら言われ、「ため息をつきたいのはこっちの方だ」と小さく悪態をついた。 ウルリカがアンディのアトリエに通いだしたのは初の討伐依頼に行き、緊急の採取と調合が終わってすぐからだった。 (もう、失敗はしたくない) この街へ来て一緒に居たにも関わらずうりゅを攫われ、先日の討伐では危うく魔法に仲間を巻き込むところだった。 自分が弱いということは、一緒に居る大切な人まで危険な目にあわせる可能性を伴うということだ。 そんなことはもう嫌だった。 しかし、どうすれば強くなれるかなんてわからない。学生時代も目的もなく修行をしようとして結局なにも出来なかった経験がある。 どうしようかと悩んだところ、思い浮かんだのがアンディの存在だった。 彼はウルリカと違う地方、錬金術学校の出身で、ウルリカの知らないことをいろいろ知っているし、一度訊ねて来たときに自分で力に なれることがあれば言ってほしいと言っていた。 その言葉に甘えようと思ったのだ。 思いついたら即行動のウルリカはさっそく彼のアトリエに足を運び事情を話すと快く承諾してくれた。 自分の知っている知識、技術の範囲でよければ協力をすると。 まず最初にアイテムの効果的な扱い方を習い、今日からはまた次の段階に入る。 毎日新しい知識が増えていくのは、楽しい。 それにアンディは教え方も上手だった。 質問をすれば最後まで丁寧に受け答えしてくれるし、何よりむやみに怒鳴ったり頭を叩いたりしない。 (だれかさんとは大違いよね!) ロゼの鬼教師ぶりを思い出す。 最初から最後まで怒鳴りあいだった気がする。 (でも……) あれはあれで、楽しかったかもと思えるのはなぜだろう。 (と、とにかく!!) 今日からは今までと違い下手をすれば大怪我をする可能性だってある。 気を引き締めないと。 「よーし、うりゅ。行くわよ!」 「う!!」 ウルリカは荷物を背負い、うりゅを胸に抱っこすると東街の一番大きな通りに面したアトリエの呼び鈴を引いた。 「おはよー!」 そして大きな声で挨拶をして扉を開く。 「いらっしゃい」 「いらっしゃい。ウルリカさん、うりゅくん」 アトリエの主である赤毛にウルリカと同じ緑の瞳を持つアンディ、そして人型を取ったクロスが笑顔で出迎えた。 「回復アイテムいっぱい持ってきたわよ! 用意は万端!」 「はは、なるべく怪我はしないようにがんばろう」 アンディは苦笑すると用意してあった装備を手に取る。 「今日は体術についてだったよね。とりあえずいつもの草原に行こうか」 「うん」 戦闘の基本は己の体だ。 以前、マナの窃盗団と退治したとき接近戦の苦手なウルリカは二の足を踏んでしまった。 同じような事があった場合、次もあのときのようにペペロンがタイミングよく助けに入ってくれるとは限らない。 「そういえばアンディのメイン武器ってなんなの?」 草原へ続く東門へ3人と一匹で歩きながら、ウルリカは以前から気になっていたことを聞いた。 錬金術師は魔法をメインに使う後衛が多いが得意武器は弓、杖、メイスなどそれぞれ違う。 ちなみにウルリカのチェインつき魔法石はかなり特殊だ。 「オレはレイピアとボウガン両方使うけど。一応メインはボウガンかな」 「ボウガン?」 隣を歩きながら答えるアンディの顔を見上げる。 「うん。機械弓でね、普通の弓より威力や連射機能が高い。今度見せてあげるよ」 「え? 今日はだめなの?」 「今日は体術って約束だったから置いてきちゃったんだ」 ちょっと困ったような申し訳ないような顔で言われ、ウルリカは慌てて手を振った。 「いや、うん、別に急がないし。そうね、今度見せてね!」 「あぁ」 二人の後ろから肩にうりゅを乗せたクロスが静かについてくる。再会した時から彼はほとんど人型をとっていた。 一度なぜ狼の姿にならないのかと聞いたらこの姿の方が街で目立たず、また人の中でもうまくやっていけるからだということだった。 ウルリカとしては狼姿のクロスが大好きなのでかなり残念だ。 「さあ、着いた」 東門外は見渡す限りの草原が広がっている。 人の出入りが多いのは大きな街に繋がる街道のある南門、港街へ向かう北門の二つで西と東門はあまり人気がない。 3人と一匹はそれでも適当に門から離れ荷物を降ろす。 「えっと、オレ流の戦い方になるけどいいかな?」 「もちろん!」 アンディとウルリカが向かい合って立ち、邪魔にならない場所でクロスはうりゅを抱え座る。 彼の役目は授業中のうりゅの相手だ。 「ウルリカの場合、目も運動神経もいいから結構いいところまで行くと思う」 ウルリカは活発な性格に違わず健康体で運動神経も良い。 それはここ数日の付き合いで十分わかっていた。 「まぁね。体力にはちょっと自信あるわよ」 「よし。まず、適当に打ってきて」 言われたとおり遠慮なく数回拳を突き出すがすべて避けられ、必殺の後ろ回し蹴りも片腕で受け止められてしまった。 「蹴りは強いけど……。やっぱり、力はどうしようもないな」 「なんか、それ以前の問題のような気がしてきた……」 ウルリカのほうはまったく自分の攻撃が通じず自信喪失気味だ。 「そんなことないよ。一応オレも長いこと旅をしてたし経験の差があるだけさ」 ちょっと笑い、そのまま言葉を続ける。 「オレもあんまり力が強い方じゃないから人のこといえないけど。力が無いなら無いで戦い方があるんだ」 そして、今度は自分も構えて手招きをする。 「俊敏さはあるからこうするんだ」 もう一度殴りかかってくるように言われ、今度は腹部を狙い拳を繰り出す。 するとあっさりアンディに腕を掴まれたあと一瞬で引き倒され、肩の上に膝を乗せる形で地面に押さえつけられ、腕を逆方向に捻られる。 「イタッ!」 腕をねじ上げられたウルリカは声を上げた。 「これが力の応用。ウルリカの力を利用したんだ。今きみの突き出した腕をそのまま前に引っ張ったからオレ自身はほとんど力を使って いない。このまま体重をかければ力の差がある相手でも腕を外してしまえる」 そしてウルリカの上から退くと両手で持って立ち上がらせ、「ごめんね」と一言謝った。 「こつを掴んで経験を積めば勝手に体が動くようになるんだけどね。気を合わせるとも言うし、やっぱり慣れかな」 「うー、イタタ」 捻られた肩を撫でながら立ち上がり、軽く動きを確かめるように腕を回すと、ウルリカは再び構え直す。 「じゃあ、慣れるまで付き合って」 「いくらでも付き合うよ」 もともとそのつもりで彼女の願いを請けたのだ。 アンディはそう言うとウルリカのまっすぐな瞳を見つめ返し嬉しそうに言った。 「きみはほんと、自分の求めるところ、行くべき道を知っているね」 「? なにそれ」 構えたままきょとんと聞き返され、口の端だけを上げて笑う。 「ふっ。なんでもない、行くよ!」 アンディが地を蹴り一瞬後、まったく似たような体制でウルリカは地面に倒されていた。 夕方、ロゼは東街を歩いていた。 (こんなところまで来てどうするんだ俺は) 先日、悪友に見守ることも必要だとアドバイスをもらったばかりなのにまったく出来ていない。 (いや、だって会いに行ってる相手は男だぞ? 心配だろ普通) ペペロンの言うとおりウルリカに限ってその男自体が目的で通っているということはないだろうが、何のために会いに行っているのか わからないので気になって仕方が無い。 (一度、そのアンディってやつを見ておきたいし) 酒場でアトリエの場所は聞いてある。 大通りに面しているとの事ですぐに見つけることが出来た。 「あれか」 赤銅で作られた看板には特に装飾もなくシンプルに『アンドリューのアトリエ』とだけ書かれている。 (さて、どうするか) 依頼をするふりをするにしてもクロスに顔を覚えられているだろうし、ここはやはりウルリカを迎えに来たというのが無難だろう。 昼過ぎにアイテムを頼みに客が来たのは本当だし(特に急ぎではないというのでまた来ると帰っていったが)、その線で話を進めるのが いい。 しかしなかなか決心がつかず一度アトリエの前をそのまま通り過ぎそうになると、逆方向から青年の二人連れが歩いてきた。 一人は銀髪に銀色の瞳を持つ見覚えのある姿。 「あ、ロゼさん」 「クロス?」 相手の方もロゼに気がついたらしく声をかけてくる。 「どうも、お久しぶりです。その節はお世話になりました」 「いや、俺は何も……」 丁寧にお辞儀をされ戸惑っていると、その隣にいた赤髪の青年がじっと自分を見ているのに気づく。 「なにか?」 「ふーん、おたくが例の……」 「例の?」 ウルリカと同じ緑の瞳なのに、その目には彼女のような新緑を思わせる明るさではなく深い深い水底を持つ水面を思わせる冷たさがあった。 「なんでもないよ。それよりなにかオレに用?」 少し小馬鹿にしたような物言いにカチンと来たが、一応ウルリカの友人だ。事は荒立てない方がいい。 「いや、ウルリカに客が来たので呼びに……」 あらかじめ考えたおいたセリフを言うと、皮肉な笑いが帰ってくる。 「ウルリカならもう帰ったよ。今頃アトリエだろうから大丈夫じゃないかな。まぁ、その客ってのが本当ならね」 「どういう意味だ」 言葉にいちいち含まれる棘に睨むとアンディは肩を竦めた。 「言葉のままの意味。じゃあもういい? 時間がもったいない」 「……邪魔をしたな」 このまま彼と会話をしても気分が悪くなるだけだ。 ウルリカがもう帰ったのなら用は無いとこの場を去るためのセリフを言うと、アンディは悪びれずうなずいた。 「うん」 「アンディ!」 黙って見守っていたクロスもさすがに主の態度の悪さに口を出す。 しかし、当のアンディは聞く耳を持たず背を向けスタスタとアトリエへ入って行ってしまった。 「すみませんロゼさん。アンディは人見知りと言うか、人付き合いが下手で。本当にすみませんでした。失礼します」 出会った頃から変わらず律儀なクロスは何度も頭を下げた後、主を追ってアトリエへ帰る。 (人付き合いがどうこういうレベルじゃないと思うが) 明らかな敵意と侮蔑を感じた。 初対面のアンディにあれだけ嫌われる云われはないが、もしあるとすればひとつだけ。 (ウルリカ絡みか?) とりあえず彼と友人にはなれなさそうだ。 (アンディ、覚えておこう) これからまだ関わることがあるであろうアンディはロゼの中で要注意人物として記憶された。 「アンディ、あの言い方はないんじゃないですか?」 アトリエに入ってすぐ、クロスはロゼへの態度をたしなめたが、相変わらず聞く耳を持たずアンディは上着を脱ぐと椅子へ投げる。 「オレがあぁいう苦労知らずのお坊ちゃんっぽいやつ嫌いなの知ってるだろ」 「知ってますが、たぶんあれはウルリカさんのことを心配して……」 その投げられた上着を拾いあげるクロスも『苦労しらずのお坊ちゃん』の部分を否定しない。 ロゼにはなんとなく洗練された動きと、傲慢ゆえの人を寄せ付けない雰囲気が残っている。 それは本当に微かでわからない人間の方が多いだろうが、二人は敏感に感じ取っていた。 クロスの心配してという言葉を聞き、アンディは余計不機嫌そうに顔をしかめる。 「それも気に食わないんだよ。ただの同居人なんだろ? それなのに彼女のことを見張るような真似をして気持ち悪い。大体あれは心配 じゃなくてオレを見に来たんだ。嫉妬だかわからないが、女々しいったらないね」 ウルリカには初めて会ったときから好印象を持っていた。 まっすぐな瞳、歪みの無い性格、正直な言葉。 一応クロスを助けてもらった礼にと自分が昔使っていた錬金術書を持っていったら予想外に心から喜んでくれ、そのうえでもうひとつ お願いがあるといわれたので承諾してみると、「狼のクロスを思う存分触らせてほしい」ときた。 あのときの困ったクロスの様子も面白かったが、そのクロスの毛皮に顔をうずめる本当に幸せそうな彼女の表情とその願い自体がアンディの 心を和ませた。 「そこまで言わなくても。僕を助けてくれた方ですし」 あくまでフォローしようとする人のいいマナに、楽しい思い出の邪魔をされ、やめてくれと手を振る。 「クロスを助けてくれたのは妖精さんと、如いては主のウルリカだろ? もうあいつの話はするな。聞きたくない」 妖精というにはごつすぎる上にでかかったが、妖精服を着てそう主張するペペロンをアンディはきちんと妖精さんと呼ぶ。 ちなみにペペロンのことも恩人としてだけでなく、その存在の面白さから興味を持っている。 つまり、嫌いなのはロゼだけだ。 「わかりました」 たったあれだけのやり取りと対面だけですっかり彼の中でのロゼの位置は固定されてしまったらしい。 昔から人間の好き嫌いが激しい主にクロスはため息をつくしかなかった。 >>BACK |