恋という名の自暴自棄



夜、ロゼは冒険者が良く着るフードつきの茶色いマントを羽織り、酒場に来ていた。
ペペロンも来たがっていたが目立ちすぎるのでうりゅと二人で留守番をさせている。
<まぁ、この時間帯は混むから大丈夫だとは思うが>
バレにようにと念のため、フードを深くかぶり扉を開ける。
相変わらず週末の夜の酒場は繁盛していた。
とくにこの金の牡鹿亭は安い上に料理の味がいい。
ボリュームよりも美味さを求める客がみなここへ集まっていた。
葉巻の煙と熱気でかすむ店内は酒と料理の匂い、客たちの喧騒で溢れている。
ちょうど奥のテーブルに座っていた客が帰るところだったので、入れ替わりにその場所に腰をかけるとさっそくウルリカの姿を探した。
<いた>
桃色と白を主体とした広がりのあるミニスカートの制服を着て、真面目に働くウルリカを客の間に見つける。
<なんていうか、もうなんでもありだな>
昨日の妖精さん服といい、今日の制服といい、男ならだれだって目を奪われるに違いない。それぐらいロゼはかわいいと思う。
白地に桃色の縁取りのあるカチューシャ。
上半身は白いシャツですべて包まれているが、いつもはチューブトップで締め付けている胸も、このウェイトレス服では周りをカチューシャ やスカートと同じ桃色のベストで囲んでいるだけで逆に強調されているため、大きさがよくわかる。
<実は、結構胸あったんだな>
いらぬところで感動を覚え、ロゼは自分に呆れてしまう。
<というか、最近こんなのばっかだな俺>
もうここまで来たらプライドとか小さいことはどうでもよくなってきた。
確かに、淡々とよろしくないことを考えてしまったほうが態度に出さずにいることが出来る気がする。
<考えるだけなら、男として仕方が無いよな>
だいたい、好きな相手のこんな姿を見て平静でいられるほうがおかしいのだ。
ロゼはアドバイス通り開き直ることに決め、そのままウルリカのウェイトレス姿を堪能することにした。
「お客様、ご注文はお決まりですか?」
同じ服を着た、別のウェイトレスの娘がロゼのところへ注文を取りに来る。
「ソーダ水と今日のお勧めを」
視線はウルリカを追ったまま、毎日仕入れによって変わるお勧めメニューを言うと、「すぐお持ちしますね」と丁寧に言って下がっていく。
<来てよかった>
たぶん、彼女のこんな姿は依頼ででもないと拝める日は来なかっただろう。
頼んだ料理が来て、それを口に運びながらも客の合間に見え隠れするウルリカをずっと意識せずにはいられなかった。

「おい、あの金髪の娘良くないか?」

食事ももうすぐ終わるというとき、同じテーブルに座っていた男が、連れなのだろう、隣に座るもうひとりの同年代の男に話を振る。
<金髪……、ウルリカか?>
今ウェイトレスはウルリカをあわせて4人いるが、他は黒髪と赤髪で金髪は彼女しかいない。
「いいね、あの擦れてない感じが」
「体もいい。初顔だし、まだだれの手もついてないかもしれんぞ」

<なんだこいつら>

酒の効果もあってか、だらしなく顔を緩ませた男たちは、値踏みするようにせわしなく働くウルリカを見ている。
ロゼは今すぐにでもこの男どもを殴り飛ばしたい衝動に駆られたが、何とか堪えた。
「じゃあ、閉店後……」
「OK、いつもどおり」
ふたりは目配せし合い、勘定をしに席を立つ。

<……今のうちに仕留めておくべきか?>

今の会話から、十分ろくでもない考えを持っていることが分かる。
ウルリカのためにも男の後を追い、変な考えを実行できないように痛めつけておこうかとすぐに店を出ようとすると、突然かぶっていた フードが後ろに引き下げられた。
<え?>
驚いて振り向くと手に盆を持ち、ウェイトレス姿で仁王立ちをするウルリカと目が合い、ロゼは思わず声を上げてしまう。

「げっ!」

「よくも来たわね」

なぜばれたのだろう。
とっさに前を向きなおし冷や汗をかいていると、心を読んだかのようなウルリカのドスの聞いた声が返ってきた。

「あんたの注文を取った子が変な奴が私を見てるって忠告してくれたのよ。店の中でまでフードとか、逆に変でしょ」

ロゼの青い髪は鮮やか過ぎて目立つのでフードをかぶったのだが、それはそれで別の意味で興味を引いてしまったらしい。
<あああ、大事なときに!>
もうさっきの男たちは勘定を終わらせ店を出て行ってしまった。
今から行っても間に合わない。

「で、なにやってんの?」

「夕飯を食べている」

とりあえず、この窮地を脱するのが先決だった。

「ふーん……?」

当然のように疑いの目を向けられるが一応嘘ではない。
冷たい視線を感じつつ、なるべく平静を装い答えるとウルリカは横に移動して姿勢を低くし、ロゼの顔を両手で挟むようにして 自分に向けると、目を合わせて言った。

「私さ、来るなって言ったわよね?」

<うっ>
間近で見ると余計にかわいい。
頬に血が上ってしまいそうだ。

「覚えが無いな」

顔が動かないので視線を逸らすが、それを見て余計怒ったようだった。

「来たらぶっ飛ばすとも言ったわよね?」

「そうだったか?」

苦しい言い訳なのはわかっている。
それでも気まずさと後ろめたさから、ロゼは素直に認められないでいた。

「それ食べたらとっとと帰らないと、デザートは顔面に魔法石食らわすからね」

これ以上問い詰めても仕方ないと判断したのか、それとも仕事中にあまり話していられないと思ったのか両方なのか、鼻息荒く そう宣言し、ウルリカは手を上げて店員を呼んでいる客の下へ行ってしまう。
やっとある意味天国、ある意味地獄から開放され、ロゼはほっと息をついた。
<さて、どうするか>
このままここにいれば本当に彼女特製のデザートが飛んでくるだろう。
かと言ってさっきの男たちの件もある。おとなしく帰るわけにも行かない。
<利用しない手は無いよな>
皿の上の残りを一気に平らげ、カウンターへ行く。
「マスター、ごちそうさま」
「お、あんちゃん、いたのか」
ロゼの顔を見た途端、マスターが嬉しそうに言った。
「絶対来ると思ってたよ。どうだ、かわいいだろ。惚れ直しちまったか?」
「いやー、思ったとおり常連からの評判もよくてな」などとすっかり上機嫌だ。
もともとウルリカはこの酒場に出入りする女性の中で一番若く、人気が高かった。それを見越して依頼したのだが、予想以上の 成果があったようだ。
そんなマスターにレシートと一緒にコールを払いつつ、ロゼは真顔で答えた。
「えぇ、それについてちょっとお話があるんですが」
「ん? なんだい?」
「恋人として、あんな姿のウルリカを放っておけないんです。でも彼女は照れているのか俺がいると怒ってしまって。
よければ厨房で仕事を手伝わせていただけませんか?ひとりにしておくには子どもだからどうしても心配で」
こういうとき、本当に自分の性格は得だなと思う。
心配だというほかは嘘八百のセリフがすらすらと出てくる。
それでも未だふたりが恋人同士だと思っているマスターは完全に信じこんだ。
「おおそうか、そうだよな。わかる、わかるぜその気持ち! 任せておけ、無理やり頼んだのは俺のほうだしな。それくらい朝飯前だ」
カウンター端の仕切り板を持ち上げロゼを中へ招き入れると、小声で耳打ちする。
「かみさんもふたりの関係は知ってるからな。なるべく店内が見える場所に配置してくれるはずだ。大丈夫、ウルリカちゃんには 俺が気づかれないようにしてやるから」
「ありがとうございます」
いつも散々からかわれているのだ。これくらいの嘘は罰も当たらないだろう。
ロゼは心から礼を言い、カウンター後ろにある厨房で指示をだすおかみさんの下へ、真面目な顔を作りつつ向かった。




「はー。やっと終わった」
「おつかれさん!助かったよ!」
食事客がほとんど引け大分空きの多くなった閉店間際の店内で、ウルリカはカウンター席に座り大きく息をついた。
「夕飯時とか来たことなかったけど、すっごい混むのね!」
「おかげさまでな。なかなか繁盛させてもらってるよ。ほら、よく働いてくれたサービスだ」
マスターが笑顔でオレンジジュースを差し出し、ウルリカはそれをありがたく受け取る。
「んー、おいしい!」
よく体を動かしたあとは格別だ。
一気に飲み干しグラスを返すと、ウルリカは着替えるために席を立った。
「じゃあ、私帰るね」
「あ、ちょっとまった! ウルリカちゃん、これ」
「え?」
引き止められ、カウンター下から出した布袋を渡される。
持たされたそれは適度に重く、じゃらりと金属音を立てた。
「あ」
「報酬だよ。一応依頼だからな。今日の働きに対してちょっと少ないかもしれんが受け取ってくれ」
「そんな、いつも世話になってるのにいらないわよ!」
錬金術師として受けるアイテム依頼ならいざ知らず、今回、いつもの感謝と礼を込めて個人的手伝いに来たつもりのウルリカは 驚いたように首を振ると全力で断った。
しかしマスターも譲らない。
「他の子にだって払っている給料をウルリカちゃんにだけ払わないってのは不公平でいけない。これはれっきとした仕事なんだ。 貰ってくれるよな?」
「う、はい……」
そこまで言われれば受け取らないわけにはいかない。
今度はおとなしく受け取るとぺこりとお辞儀をし、次いで笑顔になる。
「マスター、ありがと」
「こちらこそ。不埒な客を膝蹴りして追い返してくれたしな! はっはっは、いや、ありゃ見ものだった!」
「だ、だって、あれはあのすけべおやじが……!!」
3人ほど、ウルリカの尻やら胸やらに手を出そうとした男たちが返り討ちに合い、店から出て行った。
ほかにも違うウェイトレスの女の子に酔っ払ってしつこく絡む奴を数人殴り飛ばし、啖呵を切って追い払った。
夜の酒場でのそんなトラブルは日常茶飯事だ。当の本人たちはともかく、周囲の人間には大いに受け、大立ち回りを演じたウルリカは 男だけではなく女からの人気も上がった。
「いやいや、怒ってるわけじゃない。あぁいう客にはあれくらいでちょうどいいんだよ。楽しませてもらったし、また人手が足りない ときに頼もうかと思ったくらいだ」
「また殴り飛ばしてもいいんだったらよろこんで」
実際、初めての接客は大変だけれどなかなか楽しかった。
普段アトリエにひとり引きこもって調合をしている時間が多い分、人との触れ合いに餓えていたのかもしれない。
「じゃあ、お疲れ様でした。おやすみなさい」
「あぁ、おやすみ」
マスターに笑顔で見送られ、ウルリカは着替えるために一旦二階の空いている客室に上がった。


「ふぅ、ほんと、疲れたぁ…」
魔物と戦うことがあろうとも、採取の方が自由で気ままな分、楽かもしれない。
最後まで慣れなかった制服を脱ぎ、一度伸びをするとまるで中年男のように肩を鳴らした。
「今日はぐっすり寝れそう」
のろのろと着替えを済ませ、階段を下りると「今日は店員だし」とフロアへ出ず、そのまま裏口へ回り店を出る。
夜の北街は他の地域と違って街灯が少ない分かなり暗い。
<そういえば、夜はあんまり出たこと無いなぁ>
なんだか新鮮だ。
そんなことを考えつつアトリエへ急ぐと突然路地から男がふたり現れ道を塞がれた。

「なにか用?」

顔つきからいかがわしい輩だとすぐにわかる。
案の定、男の一人が口の端を軽く上げて笑いつつ、ろくでもない提案をしてきた。

「おい、ねえちゃん。10000コールでどうだ?」
「は?」

思わず聞き返すと、もうひとりがにやにやと言った。

「忘れられない夜にしてやるよ」

いくら普段は鈍いウルリカでも彼らの言っている言葉の意味はわかる。
つまり自分を金で買おうというのだ。
そのふたりは最初、ロゼと同じテーブルに座っていたあの男たちだった。

「初ものなら倍払うぜ」

彼らは早めに一度店を出たために、その後のウルリカの暴れっぷりを知らない。
一応、本当に万が一勘違いがあったときのために、言うだけは言っておいた。

「私、そういう商売はしてないわよ」

しかし、その親切は笑われただけだ。

「そりゃそうだろ! だからいいんじゃねぇか」
「タダで無理やりってコースがお好きならそっちでもかまわないぞ」

<まさにカモ現る>
普通の女の子なら怯えて逃げ出すところだが、ウルリカは違う。
手に持っていたポシェットの中から小さな氷柱をとりだすと、不敵に笑った。
「まさにあんたたちみたいな下衆を待ってたのよ!」
こんな下半身中心の男たちに遠慮はしない。
「ていっ!」
嬉々として全力ですばやく投げられたそれは、狙い通り見事に足元や腕にぶつかり破裂する。

「ぎゃっ!」
「なんだこりゃ!」

そしてその場所からビキビキと音を立てて凍りつけていった。
氷柱はウルリカがさっそく開発した対人用のレヘルンなのだ。

「おー、さすが私。いい感じだわ」

魔物相手とは違い、殺さずに凍りつけるだけの爆弾。
初実戦だったが、相手の足を地面に縫いとめ、腕を動かなくするには十分だ。
凍傷くらいにはなるかもしれないがそこらへんは自業自得と反省してもらおう。

「くそっ、このガキ!」
「足がっ!」

不意打ちをくらいレヘルンで固まったふたりに駆け寄ると、その勢いのまま愛用の武器を振り上げる。

「これは、おまけよっ!」

思い切り魔法石付きストラップをスィングして男たちの鳩尾に叩き込めば、遠慮のない渾身の一撃に気を失いその場に崩れ落ちた。

「はー、すっきり!」

ウルリカは慣れない接客でたまったストレスを解消し、いい笑顔で額を拭う。
そして、後ろに潜む人物に声をかけた。

「で、そこのあんた。出てきなさい!」

「やっぱりバレてたか」

いざとなったら自分が男どもを追い払おうと後ろの物陰で様子を伺っていたロゼが、少し情けない気持ちになりなが ら素直に出てきた。
<一応気配は消してたつもりなんだがな>
前から思ってはいたのだが、野生の勘なのかなんなのか、ウルリカはそういうところは鋭い。

「ロゼ、あんだけ言ったのに帰らなかったわね?」

「それはまぁ、その……」

すごまれ言い淀む。
<心配だったし、見たかったし>
どう言えば上手く伝わるのだろう。
ウルリカは口ごもってしまったロゼに大きくため息を着くと踵を返し、顎で促した。

「とりあえず、また変なのが湧いても嫌だし帰りましょ」

夜の北街はこんな輩がいつでもうろついている。
路地で長話をすれば、今度は違う連中にいちゃもんをつけて絡まれかれない。

「あ。あぁ、そうだな」

ふたりは一旦、アトリエへ向けて歩き出した。





もう夜中のせいか、アトリエに着くとペペロンとうりゅはすでに寝てしまっているらしく姿はなかった。

「さぁ。言い訳、聞かせてもらうわよ」

ウルリカに腕を組んで睨まれる。

「あー……」

ロゼは目を泳がせるが、答えるまで開放されそうにない。

「お前が、心配だったんだ」

まず無難な理由を言ってみる。

「そんなに私が信用できないんだ?」

怒らせてしまった。

「そうじゃなくてだな、その、ゥェィ……を見たかったってのもあるし……」

「はっきり言ってくれないと聞こえない」

「まぁ、あれだ。男としての義務というか責任だな」

我ながらうまいことを言った。

「そんな意味不明な言葉じゃ誤魔化されないわよ」

しかし、そんなシャレはもちろんウルリカ相手に通じない。

「私だってゴロツキの一人や二人や三人追い返すぐらいわけないし、多少使える相手だろうと負けない自信はあるんだから」

確かに店でも見事な戦いっぷりを披露していた。あの、ひらひらのミニスカートで。
男用の制服を着て他の店員に紛れ込みカウンターのすぐ後ろで酒をグラスに注ぐ係りをしていたロゼは、見えてしまうのではないかと そのたびにハラハラし、いっそ出て行って自分が奴らをたたき出してしまおうと何度思ったことか。
もちろんそんな心情を知らないウルリカはプライドが傷ついたらしく、ツンと顔を背けてしまう。
こうなればもう諦めるしかなかった。

「あぁ、わかった言うよ」

これでもだめならあと言うことはひとつしかない。
だいたい、これが本当の一番の理由なのだ。

「お前の事が好きだからに決まってるだろ」

もうヤケだった。




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