鈍感娘と狼男



「ねぇ、ちょっとあっち向いててくれる?」
「?」
「採取始めるのにちょっとした準備が必要なのよ」

いざ採取地に着いてみると、ウルリカはじれったそうにロゼに告げた。
<なんだかよくわからんが>
後ろを向けというのなら向くだけだ。

「わかった」

疑問を持ちながらもロゼが後ろを向くと、なにやらごそごそと始める。

「……オッケー。んじゃ始めましょうか」

しばらくして声がかかり、振り向くとロゼは目を見開いた。
そして頭に手をやり考え込むように目を瞑る。
心を落ち着けるために大きく深呼吸してからもう一度ウルリカを見て、現実かどうか確かめてから、口を開いた。

「なぁ、聞いていいか?」

「なんとなく想像はつくけど、いいわよ」

「なんだそれ」

「黒妖精の服」

それは見ればわかる。

「そうじゃなくて、なんでそんなのに着替えたんだ?」

今彼女は、サイズが体を隠すギリギリの妖精の服を着て、いつものスカーフではなくこれまた小さめの妖精さん帽子をかぶっていた。
ウルリカが最初ひとりで来たがっていた理由がやっとわかった。確かにこんな姿は見られたくないだろう。
声のトーンも変えず静かに話すが、その間もロゼの頭の中ではいろんなことが駆け巡っていた。
<いくらなんでもスカート短すぎだろう! 足ほぼ丸出しじゃないか!>
<ってかサイズ考えろ! 妖精サイズの服なんてそりゃお前が着ればぴちぴちになるに決まってる!>
<狙ってるのか? それとも俺が釣られすぎか?!>
普段着でウルリカのミニスカ姿に慣れているとは言っても、今回のこれは短すぎる。
太もも丸出しどころか下着まで見えそうな勢いのうえ、全体的に小さめの服がロゼからすれば小柄なウルリカの少女らしさを 引き立てる。
<俺は、決して、ロリコン趣味はない!!>
だがそれでも、好きなものは好きだった。
思わず上から下までじっくりと見てしまい、同時に悪友のアドバイスを思い出す。
『開き直りだ』
しかしそう簡単に開き直れたら苦労はしない。
いけないと思いつつも、その男心を惑わす姿から目を離せずにいた。
そんなロゼの怪しい思考と視線に鈍いウルリカは気がつかず、多少そのミニサイズの服に恥ずかしさを覚えながらも説明をする。

「これもね、もらった本に書いてあったんだけど、これ着て採取するとレア物発見率がUPするらしいのよ」
「それはいいけど、しゃがむと見えるぞ」

何がとは言わないが、一応それだけでも通じたらしい。
ウルリカはカッと顔を赤くすると怒鳴った。

「だから私は一人で来たいって言ったのにあんがたついてきたんじゃない!! 責任とってもらうからね!!」

「よろこんで」

つい余計な思考のせいで変な受け答えをしてしまうが、やはりこれもウルリカにはスルーされた。

「じゃあ私が見つけるからあんたがアイテムとって。これちょっときつくて動きにくいし。その、確かに見えそう…だし…」

改めて自分の体を見下ろし、ウルリカはスカートを一生懸命下へ引っ張りながら口ごもる。
<やっぱり試着しておくんだった!!>
採取で使ってみようと作っておいたものの、実際着てみるまでここまで小さいと思っていなかったのだ。
試したくて試したくてうずうずしていたので我慢できずやってしまったが、ロゼに指摘されて後悔が増す。
ロゼはロゼで、そのもじもじと顔を赤くしたウルリカがスカートを引っ張る姿が強烈過ぎてなにも考えられない状態になっていた。

「えーと。ここなら食材関係も取れるはずだし……。って、ちょっと、聞いてんの?!」

「え? あ、あぁ、大丈夫だ、聞いてる」

頭の中は大パニックだが、どうにか思考を現実に戻しウルリカから目を逸らす。
<落ち着け。俺の理性はこんなやわじゃないはずだ>
普段のがさつで乱暴な彼女の姿を思い出せば多少マシにならなくもない。
「ペペロンから採取ポイントの地図貰ってあるから、それ見ながら行きましょ」
「はい、籠」と竹で編んだ大き目の籠を渡され背負うと、中からひょいっとうりゅが顔を出す。

「う!」

「わ! お前そこにいたのか!」

ウルリカばかり見ていてすっかり存在を忘れていた。
いきなり背からうりゅに顔を覗き込まれ、ロゼは焦った。
今朝のことがある、今心の中を読まれてはまずい。

「行ってご主人様を守ってやれ。動きにくいらしいからな」

「うー、わかった」

素直なうりゅは言われたとおり地図を見ながら歩くウルリカの元へ飛んでいく。

<俺も、もうちょっと自重しないと……>

ロゼも反省をしつつなるべくまともに妖精さん姿のウルリカを視界に入れないように注意深く、森の中へ入っていった。



「すっごーい。半信半疑だったけど、効力高いわね!この服」
「ふざけた見た目によらないな」
「悪かったわね!ふざけた見た目で!!」
採取を始めてから数刻。
ウルリカは通常の採取アイテムのほかに古代金貨を1枚、四葉の詰め草、月のしずくなどのレアアイテムを数個見つけていた。
「これから毎回この服にしようかなぁ」
「それはやめとけ」
本当に実行しそうなので、ロゼは疲れた声で止めた。
毎回これでは自分の身がもたない。
「あ、それとも今度からあんたも着る?」
「それはもっとやめとけ」
ぴちぴちの妖精さん服を着た自分の姿など考えたくも無い。
「あはは、大丈夫よ。次はきちんとサイズ考えて作るから」
「冗談ならまず作る必要ないだろう……」
順調な採取に気分をよくしたウルリカは、同じようにぴちぴちの妖精服姿を想像し、律儀に突っ込みを入れるロゼのほうを向いて 笑いながら歩いた。

「きゃっ!」
「うー!」

すると余所見をしながら歩いたせいで低い木の枝がウルリカの頭にひっかかり、小さめの妖精さん帽子を弾いて飛ばす。
飛ばされた帽子を後ろを飛んでいたうりゅが見事にキャッチし、その下から現れたものに、ロゼの目は釘付けになった。
「お前、それ」
それは、以前ロゼがプレゼントをした赤いリボン。
ウルリカはそのリボンで髪を一度まとめて縛ったあと、またその上から帽子をかぶっていたのだ。
「リボン、使っててくれたのか?」
礼を言い、うりゅから帽子を受け取るウルリカに聞くと、すんなり答えが返ってくる。
「うん。せっかくもらったんだし、物は使ってあげないとかわいそうでしょ?」
いつも一度結んでから、トレードマークのスカーフで髪を覆っていたと言う。 そして再び上から帽子をかぶろうとするウルリカの腕を、ロゼは無意識に掴んでいた。
「え? なに?」
「そのままでも、いいんじゃないか、と思う」
むしろそのままの方がいい。
「でもこれ一応服とセットなんだけど……」
妖精の服は一応レシピに服と帽子セットで載っていた。
「だめか?」
「う……」
縋るような目で見られれば逆らえない。
「ま、まぁ、たまにはいいわね」
このリボンを買ってくれたのはロゼだ。
使っていることをなんとなく照れくさくて伝えられなかった罪悪感もあるので、ウルリカは帽子を入れてきた袋にしまい、そのま ま歩き出した。
<そうか、つけててくれてたのか>
掴んでいた腕を放し、後ろを歩きながらロゼは喜びで顔が綻んだ。
いつになったらリボンをつけてくれるのか。もしかして気に入ってもらえなかったのか。
言葉に出さずにはいたが、毎日ウルリカの髪を見るたびに気にしていたのだ。
<思ったとおり、似合っている>
蝶々結びにされたリボンが頭で軽くゆれている。
それだけでもう、ロゼは疲れも吹っ飛び幸せだった。





その後もウルリカ・ロゼ・ペペロンの3人は数日間採取に専念し、どうにかコンテナ・氷室共に通常の貯蔵量に戻すことが出来た。

「はー。思ったよりかかったわねぇ」
「まぁ、ほぼ0からの出発だったし、採りに行けば必ずいいものがあるとも限らないからねぇ」
「これで少しは懲りたろう」

テーブルの上にはまだ選別の終わっていないアイテムが広げられており、今も三人で手分けして作業を進めていた。

「うりゅもおてつだい」

なにかさせて欲しそうなうりゅにコンテナへ入れるアイテムを渡すと、ウルリカは不機嫌に言う。

「もう、わかってるってば! 今度から粘着男って呼ぼうかしら」

最近やっとのことで名前を呼んでもらえるようになったのに、それは御免こうむりたい。

「わかってるならいいんだ。もう言わないからそれはやめてくれ」

軽く両手を挙げ、降参の意を示す。
そのとき、アトリエのベルが久しぶりに鳴らされた。

「ぃよう、ウルリカちゃんいるかい?」
「マスター?」

見慣れているが珍しい客だ。
ベルと同時に扉を開けて入ってきたのは酒場のマスターだった。

「いらっしゃいマスター。どうしたの?」

一応アトリエの主であるウルリカが席を立ち出迎え、あとのふたりと一匹は軽く会釈をする。
「突然で悪いんだが、明日の夜、うちの店で働いてくれんかね」
「え?」
「出勤予定だったウェイトレスの子が急に出れなくなってね。ひとり足りないだけでもかなりきつくなるんだよ。 で、代わりに出てもらいたいんだが。こういう依頼はダメかい?」
すまなそうに言うマスターに、ウルリカはそんなことは全然ないと両手を振って言った。
この街へ来てから、金の牡鹿亭のマスターにはずっと世話になっている。
アトリエを開いてすぐ、まだどこの者とも分からない小娘で信用のひとつもないウルリカに依頼を任せてくれ、客への売り込みもして くれた。
『女の子はな、少しぐらい肉付きがいいくらいの方がいいんだぞ!』
そういって、ご飯を食べるお金も無いときには余った食材を分けてくれたこともあった。
接客は正直苦手で上手く出来る自信も無いが、マスターのためなら断ることはできない。

「もちろん、他ならぬマスターの依頼なら全然オッケーよ!」

「そうか。ほんと助かるよ」

了解を得て、ほっとしたように言うとドアに手をかける。

「明日の夕方、5の刻に来てくれ。待ってるよ」
「はーい」

ウルリカは笑顔でマスターを送り出し、そのままテーブルに戻る。

「「……」」

すると、ふたりから冷めた目線と無言の圧力を感じた。

「何よ」

「お前、酒場の接客なんてできるのか?」
「おねえさん、人のお店でお客さんを蹴ったり殴ったりしたらいけないんだよ?」

「なっ!!」

ふたりの忠告は見事に逆の効果を発したようだ。

「私にだってそれくらいできるわよっ!! 見てなさい、マスターに接客のプロくらい言わせて見せるんだからね!」

拳を固め闘志を燃やすウルリカに、ペペロンは不安になりロゼはため息をつく。
もとより引き止められるとは思っていないが、相変わらず思考が単純だ。
<まぁ、いい経験にはなるだろうが>
しかし、ロゼにはもうひとつ心配なことがあった。

「あとひとつ。忘れているようだから言っておくが、牡鹿亭のウェイトレスには制服があるぞ」

「制服って………っあー!!」

ウルリカはあまり店員の居る時間帯に行かないので忘れていたが、牡鹿亭は男、女共に店員には制服が用意されている。
男は白いシャツに黒いズボン、腰に巻く黒いエプロンだが、女性は主に来る男客に受けのいいよう、かわいらしいウェイトレス服だ。
途端に頭を抱え、どうしようと慌てだすウルリカを見ると予感は的中したようだった。
<やっぱり忘れてたか>
たぶん、覚えていたら受けていなかったに違いない。

「と、とにかく! あんたたち、明日は酒場への出入り禁止だからね! 来たらぶっ飛ばす!」

今更断るわけにもいかないので覚悟を決めたのか、ふたりを指差し宣言する。
そう言われると余計行きたくなるのが人情というものだろう。
ロゼは密かに行くことを決意していた。


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