変化と無変化



ひさしぶりの長期の護衛から帰ってくると、アトリエはすごいことになっていた。

「なんだこれは!」
「お、おにいさ〜〜ん!! おねえさんを止めておくれよぅ!」
「おかえり〜〜♪」

一度ロゼが綺麗にしてから保たれていた部屋が煙と産業廃棄物で溢れていて、ウルリカが上機嫌、ペペロンが涙目だ。
うりゅは小さくケホケホと咳き込んでいる。

「な・ん・だ・こ・れ・は?!」
荷物を置くのもそこそこにウルリカに詰め寄ると、なにか薬をやっているのではないかというほどのハイテンションのまま答える。
「新しい調合を試してるのよ。いや〜〜、これがもう楽しくって楽しくって!」
「おいらは死にそうです……」
産廃の処理に追われ、心なしかやつれたペペロンが泣きながら言った。
「新しい調合?」
「ラフ調合って言ってね〜〜」
話を聞こうとする間も産廃の匂いが鼻をつき、部屋に充満した煙が目を刺激する。
「待て」
「ん?」
嬉しそうに説明しようとしたウルリカの前に手をかざすと、気を落ち着けるため、二、三度深呼吸する。が、その結果 煙を余計吸い込むことになり怒りが増しただけだった。

「その前に大掃除だこの馬鹿! なんにでも限度ってものがあるだろう!! 新しい病原菌でも作る気か?!」

ただでさえ疲れて帰ってきてこの現状はひどすぎる。
恐ろしい剣幕で怒鳴るロゼに、ウルリカだけでなくその場に居たほかの一人と一匹も怯え、大掃除が始まったのだった。



「つまり…」
くたくたになったロゼは椅子に座り、膝に手をつくとうな垂れた。

「オレが居ない間にあのクロスと主人が来て、礼にと錬金術書を置いていったんだな?」
「うん、そう」

朝から3人と一匹で大掃除をし、どうにか目処が立ったときにはもう夕方だった。
部屋はまだ匂いが染み付き、換気しても抜け切れない煙が残っていたが大分マシだ。
ペペロンは泣きながらひとりで背に大量の産廃の入った袋を担いでどこかへ埋めに行った。
確実に染みの増えたテーブルで、一息つきつつ説明を聞くとこういうことだった。
一週間前、ロゼが仕事に出発した日、うりゅが誘拐されたときに結果的に助けることになった時のマナ、クロスが自分の 主人である錬金術師の東街に住むアンドリュー、通称アンディという男を連れて礼を言いにやってきたらしい。
そのときの手土産が、その男の出身だというザールブルグ地方の錬金術書。
新しい本を読んでみると知らない調合方法が書いてあったので、行動力だけあるウルリカはさっそく試してみた。
ロゼもさらっと読んでみたがラフ調合と言って、レシピの一部を入れ替え新しいアイテムを作るもので発想レシピをもっと 緻密に計算し、出来上がりのアイテムを予測しつつ作るというものだ。
アイテムを4つのカテゴリ、赤・青・緑・白の属性に分けてやるのだが、ウルリカはもともとそういう細かい計算が嫌いだ。
なので手当たりしだい、勘にしたがってアイテムを組み合わせるので爆発の連続……というオチだったらしい。
そしてそれに輪をかけて悪化させたのが、最初にフラムをラフ調合、改良して出来たアイテム『煙玉』だった。
火をつけると最初から最後まで煙のみを吐き出すというアイテムだったが、これが予想以上に使えたのだ。
「もうね、すっごいの!! 狼煙に使えるとかで役所からいっぱい注文が来てね! おかげで奨学金返済終わっちゃったのよ!!」
さんざんロゼに怒鳴られたことをすでに忘れたのかウルリカが興奮気味に話せば、主人に忠実なうりゅが嬉しそうに同意する。
「でも、結局成功したのはそれだけなんだろ?」
「ま、まぁ、そうなんだけど……」
その成功に味を占めたウルリカは、とりあえず借金を返済し終えたこともあって調子に乗り、ラフ調合とは言えない思いつき調合を 繰り返しては産廃を量産していった。
話を最後まで聞き終わり盛大なため息をついたロゼは軽く頭痛を感じ、頭を押さえた。
「なぁ、ウルリカ」
「ん、なに?」
「お前、ラフ調合禁止」
「えぇっ!! なんで?! やだ! せっかく一攫千金狙えるのに!!」
テーブルを叩き抗議の声を上げるウルリカをひと睨みすると、ロゼは疲れる体を押して本日最後の怒鳴り声を上げた。
「一攫千金の前にコンテナを見ろ! あんだけあった素材がほぼ全部消えてるじゃないか!! このまま行けば新アイテムの前に 破産で終了だ! だいたいお前のはラフ調合じゃなくてただの思いつき! 偶然で出来た奇跡の一回の成功だけでどうにか なるわけないだろう!!」
「ぐ、偶然じゃないもんっ!」
「ほう。じゃあ、どんな計算の元で作ったのか俺に教えてもらえるか?」
「う…、それは……」
理論立てての説明を求めれば、単純なウルリカはすぐに口を噤む。
「いいか、一生やるなとは言わない。まず属性を覚えろ。俺が少し読んだだけでもわかったんだ、嫌がるな、やれ。
まずはそれからだ」
これで話は終了だとばかりにロゼは部屋に切り上げ、重い体をベッドに沈めると泥のように眠った。





<腹、減った…>
空腹に目が覚めると、もう朝だった。
結局昨日あれからずっと寝てしまったのだ。
だれも起こしに来なかったのは、ロゼのことを思ってだろう。
<なんか作るか>
重い体を上げ、起き上がると階段を下りる。
アトリエがなんとなくまだ煙たいような気がするので窓を開けると、早朝の冷えた空気がロゼの顔を撫ぜた。
「さてと…」
氷室を空けてみるとこれまで常に半分以上は埋まっていた棚がスカスカになっており、ろくなものが無い。
<シャリオチーズと穀物粉、卵、くらいか>
調味料は残っているのでこれでどうにかなるだろう。
どれだけの食材やアイテムが、あの無謀な調合によってゴミと化したのか考えるとまた眩暈がしそうなのでやめた。
ボウルに穀物粉、水、卵を入れて捏ね、生地を作るとそれを薄く伸ばし、上に作り置きのトマトソースと削ったチーズを乗せ 竈に入れて焼く。
焼きあがるのを待っている間、ロゼはテーブルに突っ伏していた。
<今日はもう、なにもしたくない>
仕事中、一緒になったジェイクは前にした相談のせいでその後を根掘り葉掘り聞きたがり、大変なことになった。
やっと彼の一方的な盛り上がりと偏見と独断の恋愛術講座から開放され、帰ったら帰ったで今度は大掃除。
肉体的にも精神的にも疲れが残っている気がする。
食事をしたらソファに座って本でも読むか、もう一眠りしよう。
香ばしい香りがアトリエ内に漂い始め、ロゼが釜を開けて出来上がった簡易ピザを切り分けているといつものごとく、やっと ウルリカが起きてきた。
「おはよー」
「はよー!」
目をこすりながら言う主人とは逆に、頭の上に乗ったうりゅは元気一杯だ。
「おはよう」
<飯の匂いで起きてるのか?>
いつも起きるタイミングが良すぎる。
「氷室ほとんど空っぽだったのに、よくこんなの作れたわねー」
ウルリカはロゼの手元を見ると、手を伸ばしつつ感想を述べる。
「皿に移すまで待て」
「イタッ」
つまみ食いしようとした手を軽くはたきテーブルに追いやると、ウルリカは「ケチ」などぶつぶついながらもおとなしく席についた。

「ねー、まだ怒ってるのー?」

テーブルの上に身を投げ、足をばたばたさせながら拗ねるようにウルリカが聞いてくる。

「昨日は悪かったわよー。あんたが帰ってくる日なのにあんな汚したままにしちゃってて。反省してるからさー」
「う、ろぜごめんなしゃい」

まったく反省しているようには聞こえない主人の言葉の後に、自分の責任でもあると感じているのかうりゅが言葉をたす。

「いいんだ、お前は悪くない。怒ってないさ、うりゅ」

「え? うりゅにだけ?!」

「当たり前だ」

本当はだれにも怒っていないが、そういう言い方をされれば素直に「疲れてるだけだ」なんていう気は起きない。

「ねちっこーい、いんけーん、ねくらー」

「……朝飯は要らないみたいだな」

「やっだー! あんたのことじゃないわよ? あはははは」

「お前、まさかそれで誤魔化せるとか思ってないよな」

わかり易すぎる反応にため息をつきながらも、ウルリカの分の朝食を分ける。
そしてそれを見ていたウルリカは、嬉しそうに手を叩いた。

「わーい、ありがとう! だからあんたって好きよ」

<なっ!!>
軽く言われた言葉に心臓がはねる。

「そのうちだれかに嫁に来いとか本気で言われそうよね」

「……嫁は無理だろ」

言いたいことは一杯あったが、一瞬でどうでもよくなってしまった。
彼女は自分のことを意識していないからこそ「好き」とか平気で言える。
つまり、「好き」と言われるイコール「普通」なのだ。

<ぬか喜びっていうのはこういうことを言うんだよな…>

ロゼはため息をつきつつ皿をテーブルに並べ、ウルリカとふたり、朝食をとった。




「ごちそうさま! おいしかった。片付けは私するから休んでてよ」
「あぁ、頼む」
上機嫌で皿を洗い場に持っていくウルリカの姿をじっと見つめる。
そして洗い物をする後姿からも目を離せずにいた。
毎日24時間見ていようと飽きないだろう。
それくらい虜になっている自分を自覚した。
「うー、ろぜ?」
ウルリカを見つめたまま微動だにしないロゼの頭にうりゅが乗る。
「うりゅぃか、好き?」
「!!」
突然無邪気に放たれた言葉にガタンッと慌てて立ち上がり、頭から転げ落ちたうりゅを掴まえ口を押さえる。
そういえば、うりゅは心のマナなのだ。強い思いは彼に駄々漏れなのかもしれない。
「しー、それはだめだ。黙ってろ」
すると背後の異変に気づいたのかウルリカが振り返る。
「あ! ちょっと、うりゅいじめてんじゃないわよ!」
「違う、誤解だ。ちょっとふざけてただけだ。な?」
「う。うりゅろぜとあそぶ」
空気を読んだのか、本当に遊んでもらっていると思っただけなのかうりゅがロゼに同意し、命拾いをする。
<あ、あぶなかった>
音を立てて皿を洗っていたので、うりゅの小さな声は届かなかったようだ。
「そう? ならいいけど、あんま乱暴なことしないでよね」
単純なウルリカは納得してくれたらしい。濡れた手を拭きながらエプロンを外した。
「あーそうだ。今日お昼ご飯いらないから」
そう言いつつ、今度はコンテナから自分用の防具とアクセサリを取り出し、身につけ始める。
「出かけるのか?」
ロゼはうりゅを押さえつけていた手を外し、再び自分の頭に乗せてやってから椅子に座り直した。
「うん。今のままじゃ調合も出来ないし、私も採取に行こうと思って」
ペペロンは昨日すでに逃げるように採取に出かけてしまっていたので、行くとすればウルリカひとりでということになってしまう。
「オレも行く」
体は重いが、きっと動いているうちに慣れてくるだろう。
「あんたは帰ってきたばかりなんだし、少し休んでなさいよ」
ロゼが疲れているのはウルリカにだってわかる。
しかし、疲れよりも優先したいことがあるとまではわからない。
「もう夜に十分休んだし、少しでも食材を足さないといけないからな」
真実味のある理由を挙げ、準備をするためうりゅをウルリカの方へ軽く放る。
ぽーんと移動したうりゅはそのままウルリカの頭へ着地した。
「今日はひとりで行きたいんだけどなぁ……」
うりゅを見上げ、軽く撫でつつぼやくと、最後の切り札とばかりにロゼが静かに言う。

「昨日、掃除大変だったな?」

「ぜひ一緒に行きましょう!」

やっと同意を引き出しロゼも愛用の剣を手に取ると、出かける用意をする。
食事をとってもあまり元気は回復しなかったが、それでもウルリカを一人きりで採取に行かせる気は無かった。


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