『爆弾娘と台風男と守護妖精』
| 「ウルなんとか! 待たせたな、迎えにきてやったぞ」 夏の午後。何の前触れもなく大きく開け放たれた扉の場所に、見覚えのある赤毛の大男が立っていた。 「は?」 卒業以来だから5ヶ月ぶりか。 アルレビス学園教頭、グンナルの突然の訪問に調合途中であったアトリエの面々、ウルリカ、ペペロン、うりゅは呆気にとられた。 そんな二人と一匹の反応を気にも止めず、グンナルはひとり勝手に語り出す。 「まったくこんな遠方にアトリエを構えよって。おかげで夏休みを待たねばいかんかったではないか」 「いやいや、意味わかんないし」 「喜べ。貴様を我が悪の組織に迎え入れてやることに決めた。ありがたく共に来るがいい」 大仰にマントを払い、両手を広げるグンナルにウルリカは眉をひそめる。 「はぁ? なんで私がグンナル先生の手下にならなきゃいけないの」 「相変わらず強引な人だねぇ」 ペペロンも学園時代と変わらない破天荒なその行動に呆れるばかりだ。 「えぇい! まどろっこしい! とにかく来れば良いのだ」 予定と違い、冷めたセリフの数々にしびれを切らし、もともと気の長くないグンナルは実力行使に出た。 素早くアトリエの中に移動すると、釜の前に立っていたウルリカを片腕ですくい上げるようして肩に担いでしまう。 「ぎゃー! 人攫い!」 「おねえさん!?」 そしてすぐさま掲げられたイカロスの翼が輝き、二人の姿は一瞬で消えた。 イカロスの翼のまぶしい光に閉じた目を開けると、そこは学園祭の時に利用した学園の地下水道にある隠し部屋だった。 「なっ!」 「一応企業の形をとっているのでな。契約書にサインを……。む、無いな」 あまりの展開に声も出ないウルリカを降ろすと、さっさと奥のテーブルに向かい、上に山積みになっている書類の束を漁り出す。 「ちょっと! なに勝手に話進めてんのよ! 私入らないわよ、そんな組織! 帰して」 そう言えば、学生時代には同じアトリエのエナがその機械技術の腕を認められ、強引に組織とやらの構成員にされそうになったことがあった。 自分はなにを気に入られたのかはわからないが、どうやらあの時のエナと同じ様な状況に立たされているらしい。 「なにを嫌がる。この俺様に認められたんだ、名誉に思うがいい。それに貴様が来れば自動的にあの妖精もどきもついてくるのだろう? 一石二鳥ではないか」 「なによそれ! 私はペペロンのおまけなわけ?」 「なんだ。拗ねたのか。もちろん貴様も欲しい逸材だ」 ウルリカの光と浄化の特性を持つ力はかなり稀少だ。事前に調べた情報によると錬金術師としての腕もかなり上がり、そのうえ心のマナとペペロンというオプションまで付いて来るという最高の逸材。 「拗ねてないわよ! ってか本当に興味ないから。帰る」 手持ちの金はないが、あのへたれ校長に事情を話して責任を取れと迫ればどうにでもなるだろう。 未だ見つからぬ書類を探すグンナルにくるりと背を向け部屋を出ようとすると、腕を掴まれ強く引っ張られた。 「待て」 一瞬で赤い絨毯をひいた固い地面に押し倒される。 「離してよ!」 上に覆い被さるようにして自分を押さえつけるグンナルを睨み一喝するが、もちろん唯我独尊の彼には通じない。 「まったく、強情な娘だ」 グンナルの力を知れば強さを欲する女は大抵言うことを聞く。その力と器に惚れるのだ。 以前は女学生と教頭という関係上自粛していたが学園時代から目を付けていたのだ。ウルリカもこれまで組織に入った者達と同様強くなりたいと願っているのは分かっている。 だが、精神は違うらしい。 (仕方ない。あの手を使うか) 女を大人しくさせる簡単な方法、それは……。 「む」 最終手段に出ようとしたとき、ある気配を感じたグンナルがウルリカの上から飛び退く。 そのあとを追うように巨大な棍棒が通過し、轟音と共に向かいの壁に突き刺さった。 「さすがにやりすぎだと思うよ」 「ペペロン!!」 普段は聞かない低い声。 部屋の入り口に、緑の服を纏った巨体の守護妖精が静かに立っていた。 「貴様なぜ」 ロックストンから学園まで馬車や馬を使っても一週間以上はかかるはずだ。 帰りはイカロスの翼を使ったが、行きはグンナルも同等の時間をかけてロックトンまで行った。なので長期休暇である夏休みを利用したのだ。 「そんなこと、どうでもいいじゃあないか」 ウルリカが先月、借金である奨学金を払い終わったとき、確認のために一度戻ってくる機会があり、学園を座標にして作ったリターンゲートの余りを使ったのだ。 ただ、コンテナに他の作り置きのリターンゲートとごっちゃに入っていたため、いくつかロックストン帰還用のものも間違って使ってしまったが。 「おねえさんは返してもらうよ」 「うー」 一緒に来たのだろう。すごむペペロンの背後からはウルリカのマナであるうりゅが顔を出し、グンナルを睨みつけてうなり声を上げる。 「ふむ。少し分が悪いな」 ウルリカひとりならともかく、ペペロンが相手となると本気で五分か。その上心のマナまでとなると未知数が高い分危険だ。 「まぁいい。今回は引いてやろう」 アトリエの位置は確認した。手下の者にイカロスの翼を作らせてしまえばいつでも行くことが出来る。 「今回は挨拶だ。また会おう」 そう言うとマントを翻し、いったいどういう絡繰りになっているのかそのまま姿を消す。 「二度と来るなー!!」 ウルリカはもう居ないグンナルに向かって力一杯怒鳴った。 「おねえさん、大丈夫だったかい?」 「平気よ。そんな簡単にやられやしないわ」 心配そうに駆け寄るペペロンとうりゅに向かって答え、「ありがと。助かったわ」と笑う。 (本当にあぶなかったんだよ) 今の場合そのやられるは犯られるだったのだが。わかっているのだろうか。 いや、ウルリカの事だから、そんな深い所まで理解はしていないだろう。 「さっさと帰るわよ。調合の途中だし」 「うん」 「うー」 しかしわざわざそんなことを説明する必要もない。 ペペロンがポケットから帰るためのリターンゲートを取り出し、すぐにその暗くじめついた部屋を後にしたのだった。 いくら夏休みとは言えど、教頭職だけでなく戦闘技術科の担任も兼任するグンナルは強化合宿訓練などもするので忙しい。 もう来ないか、来ても次は冬休みだろうと思っていたウルリカ達は甘かった。 突然開け放たれる扉。目に鮮やかな赤い髪の男。 「ウルなんとか! 待たせたな。迎えにきてやったぞ!」 有言実行の男。 「ぎゃー!」 以前強引な勧誘に合ってから一週間足らず。 思わぬ早さでその災厄は再来した。 「む? 妖精はおらんのか?」 きょろきょろとアトリエを見回すグンナルに、ちょうど調合に使っていた塩のもとの固まりを次々と投げつけるが全てかわされてしまう。 「ペペロンなら採取よ。ってか待ってないから! 組織なんか入らないって言ってるでしょ!」 コンテナに手を伸ばし、今度は強力な爆弾を投げつけてやろうとするがその前に空気を読まずづかづかと近づいてきたグンナルに捕まった。 「そう照れるな、かわいいやつめ。さぁ、行くぞ」 再び強引に抱き上げられ、逃げようとするもその太い腕はびくともしない。 「はーなーせー!!」 半ば悲鳴のウルリカの言葉と共にイカロスの翼が輝き、後にはあっという間の出来事になにも出来なかったうりゅだけが取り残された。 「今回はきちんと書類も用意してある。遠慮せずに名を書くが良い」 前回のことで学習したのか、今度はきちんと片づけられたテーブルの上に一枚の紙が置かれている。 しかしウルリカはそちらに目もくれなかった。 「ほんっとーに人の話し聞かないわよね」 「なにが気に入らんのだ。欲しいものはなんでもやるぞ。なにがいい。服か? 宝石か? 現金か?」 「そんなもの、興味ないわ」 話が通じないのならこちらも実力行使にでればいい。 ウルリカは腰に付けたストラップを外し、無言で振り上げた魔法石を一瞬で巨大なハンマーに変化させグンナルの脳天に落とす。 グンナルは動じずバックステップで軽くかわした。 「私が欲しいのは、いつだって自由よ」 「力づくか。悪くない」 むしろそれこそが自分の得意分野だ。 ニヤリと笑うと片足を引き、素手のまま構えを取る。 「学生時代の私とは違うのよ!」 そしてハンマーの形態を解いた魔法石をスイングさせ、グンナルをめがけて光弾を放つ。 しかし、ウルリカは甘く見ていた。 「そうだな。もう生徒では無い貴様に手加減など必要無いだろう」 本気のグンナルを前にすれば、卒業後、多少力を付けようともまったく相手にならないのだ。 「っ!」 「どうした。もう終わりか」 見えない早さで距離を詰められ気づけばすぐ目の前にグンナルがいた。 両腕をその大きな手に掴まれただけで動けない。 「諦めて、俺様のものになれ」 「やっ!」 寄せられた顔に、なにをされるのか察したウルリカは口を一文字に引き結び拒否をする。 グンナルは構わずそれを舌でこじ開けようとした。が、それが叶う前に強烈な跳び蹴りによって吹っ飛んだ。 「やりすぎだと、言ったはずだ」 ウルリカをその腕に抱き、殺気を放つペペロンは、いつものおどけた言葉遣いを忘れるほど怒っていた。 「いつもいいところで邪魔をするな」 蹴りそのものは交差させた腕で受けたものの、力を殺しきることは出来ず壁に体がめり込んだ。 だが、グンナルもグンナルで、そのくらいでは大したダメージを受けない。 「今回は遅すぎたと反省しているよ」 ペペロンが採取から帰ったのはウルリカが連れ去られた数分後だった。 戻ったアトリエにウルリカは居らず、「たいへんたいへん!」と騒ぐうりゅの話は要領を得ない。 やっとなにがあったかを聞き出して前と同じようにリターンゲートを使いアルレビス学園の門に到着。 そこから全速力で駆けてきて、目にしたのはウルリカの唇を無理矢理奪うグンナルの姿。 一瞬怒りに理性が吹き飛んだ。 今はその腕にウルリカを取り戻し少し落ち着いたが、それでも怒りは頂点に達したままおさまらない。 「その娘は力づくで俺様から自由を勝ち取ろうとした。貴様はどうする?」 もう少しの所で奪われた獲物を、そのまま素直に返す気はない。 グンナルは挑戦的に笑い、ペペロンはそれに応えた。 「あなたがそう望むなら、つき合ってあげるよ」 大切な人にあんなことをされて、笑って済ませられるなら、それはもう守護妖精失格だ。 怖くなってすがり付くウルリカに「少し離れていて」と声をかけようとしたとき、想定外の訪問者にその場の空気は一変した。 「グンナル! ここにいたのかい!」 冷や汗を流しながら駆け込んできたのはアルレビス学園校長、ゼップルだ。 「きみ、合宿で生徒達を竜の墓場に置き去りにしてきただろう。帰ってきた戦闘技術科の子が行方不明者が出たって言っているんだ! すぐに探しに行っておくれ。何かあったら困るんだよ」 あまりの事態に焦りすぎてウルリカとペペロンの姿は目に入らないのか、ゼップルは一直線にグンナルの元へ行き訴える。 「そんなもの、貴様が行けばよかろう!」 今、欲しい者がふたりとも手に入るチャンスなのだ。 冷たく突き放すが、首が掛かっているゼップルは引き下がらなかった。 「僕なんかがあんな危険な場所へ行けるはずないだろう!? だいたいきみはいつも無茶なんだよ。一学期が終わったばかりの生徒を竜の墓場へ連れて行くなんて!」 涙目で抗議をされ、戦う気を漲らせていたグンナルも仕舞いにはすっかりしらけてしまう。 「まったく、いいところになると次から次へと邪魔が入ってくれる。仕方ない。行ってやる」 「本当かい!? トニ先生も行ってくれるらしいから……」 「あやつの助けなどいらん! 俺様ひとりですぐに見つけだしてくれるわ」 原因は自分であるのも忘れ、横柄に言い放つとスタスタと部屋から出ていく。 ゼップルはそれを転びそうになりながら走って追いかけていった。 一部始終を黙って見守っていたウルリカは、グンナルが居なくなってやっと力を抜き、へなへなと膝をつく。 「ペペロン〜」 怖かった。 力で押さえつけられ迫られて、初めて男の人を怖いと思った。 そんなウルリカを、ペペロンは申し訳なさそうに抱き上げ、その腕に座らせる。 「ごめんよ、おねえさん。ひとりにすべきじゃなかった」 ウルリカがグンナルに攫われたと分かったとき、前回のこともあり本当に生きた心地がしなかった。 急ぎすぎてうりゅをアトリエに置いてけぼりにしてしまったが、あちらは大丈夫だろうか。 「う〜。感触がまだ残ってる……」 強引に入って来ようとした、グンナルの暖かい舌の感触が、未だ生々しく残っていて、少しでも無くそうと手の甲でごしごしとこする。 何度も口をこする涙目のウルリカの手を空いている手でそっと押さえ、ペペロンはそのままチュッとついばむようなキスをした。 「忘れた?」 嫌なことを忘れさせるための優しいキスにウルリカはびっくりしたように固まり、次いでボッと一気に顔を赤く染めた。 お互いの気持ちを知って以来、自分からキスをすることは今まで何度もあったが、ペペロンからしてもらったことはほぼ無いのだ。 「……もう一回」 「続きは帰ってからね」 思惑通り、すっかり恐怖も感触も忘れたウルリカに微笑み、ペペロンはこの部屋で二度目のリターンゲートを発動させた。 三度目は無いようにと願いながら。 >>BACK |