『ずっと一緒に』



「とうとう私たちだけになっちゃったね」
「う」
卒業式は昨日終わり、今、学園の寮にいるのはウルリカとそのマナ、うりゅだけだった。
1年の間に溜まった荷物を整理しているうちにみな帰ってしまい、最後に片づけが大の苦手なウルリカだけが残された。
アトリエのメンバーもゴトーは卒業式後すぐに約束があるからと出て行き、夕方には迎えに来た親と共にクロエとエナが帰り、ペペロン も二人を見送った後師匠のところへ行ってしまった。
「うりゅいか、さびしい?」
「全然! 私にはうりゅがいるもの」
よいしょとまとめた荷物を背負い、部屋を出る。
だれもいない寮はとても広く感じた。
「なんか、全然別の場所みたい」
月が変わる頃には新しい学生たちがまたここで生活を始める。
彼らにも自分たちのような波乱万丈な学園生活が待っているのだろう。
「最後に、アトリエに寄ろうっか」
うりゅを連れ、ウルリカは一番思い出の多いアトリエにゆっくりと歩を進めた。




「やっぱりここも静かね〜〜」
いつも誰かしら居て、何かしら騒ぎを起こしていたアトリエ。
すべての始まりはここからだった。
荷物を置き、床に直に座るとうりゅを抱っこする。
「あんたが生まれたのもここだもんね」
「うりゅ、ここでうまれた?」
抱っこされたままうりゅが見上げてくる。
「そうよ。覚えてない?」
「わからない」
「そっか」
うりゅが生まれたときの喜びと感動は今でも思い出せばそのときのまま蘇る。
10年信じて待ったのだ。
その後、いろいろ問題も起こったが手に入れた大切な存在に比べればたいしたことじゃない。
「ここでみんなで騒いで、遊んで、いっぱい馬鹿をして……」
(そう、みんなここにいた)
クロエも、ペペロンも、エナもゴトーも1年間ずっと一緒だった。
「でも、もういないんだね……」
(やば、泣きそう)
寮と違い、アトリエの仲間全員の思い出の詰まったこの場所はひとりでいるには寂しすぎる。
「うりゅいか?」
頭の上にぽつりと水滴が落ちてきて、再びうりゅが下から見上げる。
「ん。なんでもない。なんでもないのよ」
これからどこか大きな街で自分のアトリエを開き、ひとりでがんばっていかなければならない。
それなのにすでにこれでは先が思いやられる。
(大丈夫、今だけだもん。ちょっとだけ)
寂しいのはきっと今だけ。すぐに忘れる。
ぎゅっとうりゅを抱きしめ、それでもなかなか立ち上がれずに居ると、突然大きな音を立てて後ろの扉が開かれた。
「おねえさん!!」
「ひゃっ!!」
心臓が止まりそうなほど驚いて、ウルリカは声を上げる。
振り向くとペペロンが息を切らせて立っていた。
「よ、良かった。おいらを置いて帰っちゃったのかと思ったよ」
「ペペロン?」
昨日師匠の下へ帰ったはずのペペロンがなぜここにいるのだろう。
「本当はもっと早く戻ってくるつもりだったんだけど、ちょっと寝過ごしちゃって……」
申し訳なさそうにもじもじししていたペペロンは、事態を把握できず不思議そうにぽかんと自分を見るウルリカの目が赤いことに気づいた。
「お、おねえさんどうしたんだい!! なんで泣いてるの!?」
「泣いてないわよっ!!」
いつもならここで手近にあるものを投げつけるのだが、あいにく今は何も無い。
「でも、目が赤……」
「赤くないの!」
寂しくて泣いていたなんて知られたくない。
すぐに前を向き、見られないように顔を隠すとペペロンは察したのかそれ以上突っ込んでは来なかった。
「さっき、戻ってくるとき門番さんがね、もうすぐ門閉めるって言ってたよ」
学園は今日から新学期まで閉鎖される。
日が暮れる前に出て行かなければならなかった。
「見送りならいらないわよ。私一人で帰れるし」
せっかく昨日笑顔で送り出せたのに、なんで今更戻ってきたりなどしたのか。
今はもう、笑ってさよならなんて言えない。
別れは二度も経験したくなかった。
「えぇ! おいらはもう用済みなのかい!?」
しかしペペロンは予想外の反応をした。
「だってあんた、師匠の下に帰るって」
「うん。ここを離れるから当分師匠に会いに来れなくなるって言ってきたんだ」
そしたら「じゃあ、今晩は付き合え」ということになり無理やり酒を飲まされ、気がつけば日は完全に昇っているどころか傾きかけている。
慌てて寮へ戻るとすでにだれもいなくなっており、本気で置いていかれたのではないかと慌てて探したのだ。
(なんて紛らわしい)
すっかりペペロンは帰ってしまってもう戻ってこないものと思い込んでいたウルリカはだんだん腹が立ってくる。
「さ、早く行こう。荷物はそれで全部だよね」
門が閉まる前にとペペロンが急かすが、ウルリカは座り込んだまま、まったく動く気配を見せなかった。
「おねえさん?」
「立てない」
「え?」
「疲れて立てない!」
なんだかすごく八つ当たりしたい気分になって、ウルリカはそう怒鳴った。
しかしペペロンは相変わらず怒りもせず、その我が侭を受け入れる。
「仕方ないなぁ」
歩み寄ると軽々と片腕にウルリカをうりゅごと抱き上げ、もう片方の手に荷物を持つ。
「これで良し」
あっさりと問題を解決をされてしまう。
(なんでいつもペペロンはこう……)
当たり前のように側に来て、自然と自分の心の隙間を埋めていくのだろう。
初めて出会って、一緒に来いと言ったその日からずっと支え、助けてくれている。
同じくらい迷惑もかけられたが、そこはまぁ、お互い様の部分も大きい。
(こんな気持ちになってるのは私だけなのが、悔しい)
本当は、呼ばれたとき嬉しかった。
アトリエの入り口に立つペペロンを一瞬幻なんじゃないかと思うくらい信じられなかった。
自分のもとに戻って来て、これからまた一緒に行ってくれるというペペロンに、座っていなければ抱きついていたかもしれない。
あのでかくて役立たずな自称妖精が、今ではこんなにもかけがえの無い存在にまでなっていたのだ。
(でも、やっぱりムカツク!!)
それでも、涙が出るほど寂しい思いし、でも今だけだからと我慢しようとしていた自分を肩透かしさせたペペロンに対しての 理不尽な怒りは収まらなかった。
「じゃあ行こうか。まずどこに向かえばいいのかな」
「知らないっ」
拗ねたままのウルリカに、ペペロンは明るく笑いかける。
「それじゃとりあえず馬車乗り場へ行って近くの街に行こう! その頃にはきっとおねえさんの機嫌も直ってるよね?」
照れ隠しに怒っているのだと勘違いしたまま、「おねえさんはかわいいなぁ」などと能天気なことを言っているペペロンの頭を ウルリカはベシベシと叩く。
「イタタ、痛いよおねえさん」
両手がふさがっていて避けることも止めることも出来ず、訴えてみるも効果はゼロで叩かれ続ける。
「ペペロンの馬鹿」
「お、おねえさん?」
「あんたなんか、戻ってこなきゃよかったのよ」
「そ、そんなぁ」
ようやく叩く手を止めると、ウルリカは今度はその太い首に抱きついた。
「うぅ〜」
二人の間に挟まれたうりゅは苦しそうだ。
「もう、帰るって言っても帰さないんだからね」
顔は見えないが、もしかしたらまだ泣きそうな顔をしているのかもしれない。
ペペロンはその頭に一度頬を寄せてから歩き出した。
「もう、おいらの帰るところはおねえさんのところだよ」
そして今日の夕焼けは、やけに綺麗だなと思った。




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