『内に住む獣』



「おねえさん遅いなぁ」
夕飯を準備して待っているペペロンは、ひとりつぶやいた。
夕方までずっと調合をしていて、期限ギリギリで出来上がったアイテムを依頼主に届けに行くと行ってもう1刻。
同じ北街に住む相手なのに時間がかかり過ぎる。
「迎えに行った方がいいかな」
彼女は方向音痴ではないが集中力が無い。
なにかに気をとられればすぐにそちらに夢中になってしまい、ほかの事を忘れるのだ。
<なにかあったのかもしれないし>
我ながら過保護だとも思うが、天然で単純でお子様な彼女にはそれくらいでちょうどいい。
「確か、北門に近い雑貨屋さんだったっけ」
保存液の大量注文で、20個を袋に入れてガッチャガッチャと背負っていった。
ペペロンが持っていくと言うと、「それよりも夕飯作っておいて」といわれて従ったのだが、やはり引き下がらず自分が行けばよかった と後悔する。
<待つ身は辛いね>
そんなことを思いつつ、きちんと鍵を閉め、ペペロンはアトリエを出発した。


<えっと、こっち……>
記憶を頼りにウルリカが向かったはずの雑貨屋を探す。
北街の治安の悪さの理由のひとつに街灯の少なさがある。
一番人口の多い南街に最初に予算が回され、こちらには余った分しか来ないので路地のそこかしこが暗闇になり、犯罪を増長させてい るのだ。
(行った先の雑貨屋さんで足止めされてるならいいけど)
そうでないなら大変だ。心配が不安になり、ぺぺロンは歩く足を速めた。
「だーかーら、あんたたちの相手してる暇なんてないのよ!私お腹減ってるんだから」
「う〜〜!」
もうすぐ目的の雑貨店というところで、言い争う声が聞こえた。
「飯くらい俺たちが奢ってやるから、一緒に遊ぼうぜ」
「そんなでっかいお目めで睨みつけられてもなぁ。かわいいだけだし」
「いい加減にしないと殴るわよ」
ナンパして来た男ふたりに帰り道を塞がれ、頭にきたウルリカは腰に付けたチェーンとそれに繋がれたマナ石を手にとって構えた。
「めんどくせぇ女だな。もういいや、攫っちまおう」
「あぁ」
断り続けるウルリカに業を煮やした男たちは無理やり連れて行こうと手を伸ばす。
が、その手がウルリカに届くことはなかった。
「あれ?」
体が宙に浮いていることを不思議に思った男が間抜けな声を上げる。
「ぺぺロン!?」
後ろから二人の男の頭を片手でそれぞれ掴み、持ち上げていたのはアトリエで待っているはずのぺぺロンだった。
「なんだこりゃ!くそっ、離しやがれ!!」
背後から頭を鷲掴みにされた男たちにぺぺロンの姿は見えず、暴れるが大きな手でがっちりつかまれていて逃げることが出来ない。

<いっそこのまま潰しちゃったほうが……>

そうすればもう二度とウルリカに手を出せなくなる。
「ちょっと、ペペロン?」
ウルリカにもう一度名前を呼ばれた上、顔の前で手を振られやっと我に返る。
「大丈夫?」
頭を掴んだまま動かなくなったペペロンを心配して、今度は顔を覗き込んだ。
「畜生! 離せコラ!!」
「うっさい! 少し黙んなさい!!」
そして吊り下げられたまま怒鳴り散らす男に軽く蹴りを入れた。
<おいらは、今なにを考えてたんだ>
潰してしまえばいいなんてそんな残酷なこと、今まで考えたことなどなかったのに。
しかし、つい、男たちを掴む手に力が入ってしまいそうで、ぺぺロンはふたりを慌てて投げ捨てた。
「いてっ!」
「こっの……」
乱暴に放り投げられ、地面にしたたか背中と尻を打ち付けた男たちは、一瞬凄んだものの、ぺぺロンの姿を見て黙り込む。
「おにいさんたち、早くここから居なくなったほうがいいよ」
でないと、何をしてしまうか分からない。
言葉は優しいが、本気であることが伝わったのだろう。
「ひっ」
「化けもんだ!」
二人は悲鳴を上げると我先にと逃げていった。
「はー、まったくしつこいったらないんだから。ありがとう、ペペロン。助かったわ」
「ぺぺ、ありがと」
二人から感謝の言葉をもらえたが、ペペロンは複雑な気分だった。

<おいらは、本当に化け物なのかもしれない>

攫っちまおうという言葉が聞こえたとき、一瞬目の前が真っ赤になったかと思った。
薄暗い路地でウルリカに向かって手を伸ばす男を見つければ、激しい怒りが沸きあがった。
ウルリカが名前を呼んで、視線に入ってきてくれなければあのまま本当に二人の頭を握りつぶしていたかもしれない。
彼女を守るために、彼女の嫌いな殺生をする。
それは大きく矛盾していて、あくまで妖精さんを自称するペペロンの生き方にも反する。
盗賊団に拾われ、彼らの仕事を嫌々手伝っていた時だって、こんな感情を持ったことは一度もなかったのに。
<どうしちゃったんだ?!>
自分が怖い。
こんなことは初めてだ。
「ペペロン、どうしたの? 帰ろ?」
「え? あ、うん」
男たちの去ったあとを見つめたまま物思いにふけっていたペペロンは、ウルリカに促されてやっと歩き出す。
しかし、その間もさっきの黒い感情が頭について離れなかった。
「ペペロン、探しに来てくれてありがとうね」
様子のおかしいことに気づきながら、隣を歩くウルリカは肩にうりゅを乗せたまま、ペペロンの腕に抱きついた。
「さっき、ペペロンが助けに来てくれた瞬間、すごく嬉しかった」
自分を守ってくれた、その太い腕に軽く頬ずりをし、立ち止まったペペロンを見上げる。
「帰り、遅くなってごめんね」
「そ、そんなことないよ!」
大切な、大切なウルリカ。
彼女を傷つけるものを、ペペロンは許せない。
<もしかして……>
これが、恋をしているということだろうか。
この存在を守るためならどんなことでも出来る。してしまう。

「あれ、また黙っちゃった」

なにかよくわからないけど悩んでいるようだったので、少しでも元気付けられればと思ったのだが逆効果だったか。
「もう! なに暗くなってんの? 無事だったんだからいいじゃない。あんなのに捕まって悪かったってば!」
「違うよ、おねえさんは悪くない」
「わ!」
いきなり抱きしめられ、びっくりする。
「ねぇ、ほんとどうしたの?」
「違うんだ。おいらが……」
「さっき、ちょっと怒ってたのが原因?」
怒ったペペロンを初めて見た。
無言で男たちの頭を掴み、ただ立っているだけだったが、それだけでもものすごく怒っているのがウルリカにはわかった。
「あんたが怒ることなんて、めったにないもんね」
「おいらの中にはやっぱり化け物がいるんだ。凶暴で、どうしようもないやつが」
そしてついさっき、簡単に人を傷つけようとした。
ペペロンを抱き返し、ウルリカはゆっくり言う。
「私のために怒ってくれたんだよね。ありがとう」
でも、そのために彼を苦しめることになったのだったら申し訳ないと思う。
「大丈夫、怖がらないで。これからも、もしその凶暴なやつが出てきそうになったら必ず私が止めてあげるから」
「おねえさん……」
「それに私もっと強くなって、あんなやつら自分で蹴散らせるくらいになるわ!」
「え?」
錬金術師には錬金術師の戦い方がある。
自分の身を守るためには、常にレヘルンやフラムを持ち歩くくらいの気概が必要なのかもしれない。
「帰ったらさっそく爆弾作りね!!」
「え? おねえさんが爆弾なんて持ったら……」
鬼に金棒どころの騒ぎではない。
「うりゅも、がんばる!」
「そうね、一緒に修行しよっか!」
「いやいやいや」
がんばる方向が違う。
出来れば危険な目に合わないように努力してほしいのだが。
「そうよ、強くなればいいんだわ」
自分の提案を気に入ったのか、嬉しそうだ。
「それで、私があんたを守ってあげるの」
なんてウルリカらしい、単純な結論。
しかし、ペペロンはその言葉が嬉しくてたまらず、つい抱きしめる腕に力が入ってしまう。
「ちょ、ペペロン。く、くるしい」
ギブアップとばかりにウルリカがばしばしとペペロンの腕を叩く。
「おねえさんは、今のままでも十分強いよ!」
「きゃっ!!」
今度は片腕にウルリカを座らせるように抱き上げ、うりゅがまたその肩に止まる。
「よしっ! 帰ろうか。今日もおいしいご飯作ったんだよ」
「う、うん……?」
突然元気になったペペロンに少し戸惑うが、すぐにウルリカも笑顔になる。
「私、ペペロンの作るご飯好きよ」
「じゃあ、いっぱい食べてね!」

<気をしっかり持たなきゃ>
腕にウルリカを乗せたまま歩きながらペペロンは思った。
<おいらは、あくまで妖精さんなんだから>
自分を愛してくれる大切な人に、醜い、残酷な場面を見せるわけにはいかない。

<でも、いざとなったら……>

ペペロンはウルリカのために本物の化け物になることも厭わないだろう。




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