『安全地帯』



ぺぺロンの部屋のベッドは体のサイズに合わせてダブルになっている。
セミダブルだと少し狭く、ダブルだと少し大きいのだが、寝やすいようにとこちらを選んだ。

「ん……?」

その夜、いつものように自分のベッドの真ん中で両手足を広げ豪快に寝ていると、誰かが体を押しやろうとしている感触で目を覚ました。
「おねえさん…?」
この家に、自分を両手で押しやれるなんて人物はひとりしか居ない。
目をこすりつつ起きあがると、やはりパジャマ姿のウルリカが立っていた。
「どうしたんだい…?」
「もっとあっち行って」
「え? うん」
寝ぼけているぺぺロンはその言葉に素直に従ってしまう。すると、無言でウルリカが空いたスペースに寝転がった。
「ちょっ!」
そこで一気に目が覚め、やっと事態を把握したぺぺロンは焦って手を振る。
「だ、だだだめだよおねえさん!ちゃんと自分の部屋で寝ないと」
「やだ」
ベッドに丸くなってふてくされたように答えるウルリカに頭を抱える。
「やだってそんな」
仮にもぺぺロンは成人もとっくに過ぎたひとりの男だ。一緒に寝るわけにはいかない。
「じゃ、じゃあおいらが別の部屋に……」
空き部屋はまだふたつある。床に寝ることになってしまうが、野宿に慣れたぺぺロンには問題なかった。

「って、おねえさん。掴まれたら動けないんですが」

ベッドから出ようとしたところ、ウルリカに服を掴んで引き止められる。
「ここで寝ればいいじゃない」
部屋を出るとき一緒に持って来たのであろう自分の枕を抱え、そこに顔をうずめたまま言う。
<なにかあったのかな>
少し様子が変だ。
これまでも何度か突然の夜の訪問をうけたが、それのどれもぺぺロンの戸惑う様子を楽しむもので、いつも笑っていた。
「おねえさん、なにかあったのかい?」
結局ウルリカに全面的に弱いぺぺロンは、服の裾を掴む手を優しく握り返し聞いてみた。
「怖い、夢を見た」
むっつりと答えて顔を上げた目には、涙のあとが残っている。
本当に怖い夢だったのだろう。
まだ少しこぼれている涙をその大きな指で不器用に拭ってあげると、ウルリカは更にペペロンの服を掴み、体を寄せた。
「どんな夢?」
いつもならここで女としての慎みを説くところだが、今回はそんな気にはなれない。
「……言いたくない。言っちゃうと、本当になるような気がする、から」
そう言いながら思い出したのか、一度は止まっていた涙がまた流れてきた。
「ああああああああ、おねえさん、泣かないで!」
ウルリカに泣かれるともう、ペペロンはどうすればいいかわからない。
とりあえず、頭を軽く撫でてみるが、あまり効果は無いようだった。
「生きてる、よね?」
「え?」
「父さんと母さん、生きてるよね?」
<あ、そうか……>
小さい頃にウルリカを置いて旅に出てしまったという両親。
冒険者である彼らが旅先で会う危険は多いわけで、きっとそういう夢を見てしまったのだろう。

<なんだかんだで、やっぱ恋しいんだね>

いつも強気で両親のことだってどうでもいいなんて言っているが、やっぱり17歳の少女、弱くなるときだってある。
そんなときに頼られるのが自分だなんて、幸せじゃないか。
「大丈夫、元気でやってるさ。おねえさんの親だもの、強いに決まってる!」
ペペロンなりの励ましの言葉は、ウルリカの心に別の意味で響いたようだ。
「……それ、どういう意味?」
「おねえさんのパンチやキックを何度も受けているおいらが言うんだから間違いないね。きっとすごく強いよ!」
「……」
墓穴を掘っていることにまったく気づかない。
「実際、おねえさんもドラゴンとか一撃で倒せちゃうんじゃないかなぁ?」
「余計なお世話よ!」
「ごふっ?!」
熱弁をふるっていると鳩尾にウルリカの怒りの拳がめり込む。
<まさに、これのことを言ってるんだけど……>
小さな拳がクリーンヒットし、数回咳き込んだ。
「でも、ありがと。なんだかそんな気がしてきた」
いつも明るく能天気なペペロンは居るだけでウルリカの心をリラックスさせてくれる。
やっと気持ちが落ち着くと、次は急激な眠気が襲ってきた。
「ほら、さっさと寝よ。私もう眠いし」
「え?部屋に戻らないのかい?」
「なんで?」
「なんでって……」
「また見たら嫌だもの」
ペペロンが隣にいればそんな夢は見ない。
安心して眠れる。
そんな確信がウルリカにはあった。
「あんたがいれば、そんな夢は見ずにすむから、一緒に寝よ?」
最後だけかわいらしく首をかしげて言われれば、もうペペロンは逆らえない。
「はい、寝ます……」
そうだ、何事も諦めが肝心だ。真っ先に学んだことではないか。
もそもそとベッドの端に出来る限り寄り、横になると今度は腕を掴まれた。
「こ、今度はなんだい?」
「枕」
一言言うと、掴んだペペロンの腕を枕にして寝ようとする。
「ちょ、ちょっと待って! その手に持ってるものは?!」
抱えている白い枕を指差せば「これは抱き枕」という返事が返ってきた。
<そんなんありですか?!>
隣に寝るだけでも大変なのに、腕枕まで要求されればさすがに辛い。
「あのー、やっぱり部屋で寝ません?」
「却下」
<ひどいっ!>
ウルリカはもう少し、男心というものを分かった方がいい。
こっちは手を出せない大好物が目の前にぶら下げてあるような状態で、寝れるはずがないのだ。
「やっぱり、ペペロンと一緒だとあったかいね」
にこりと笑われ、結局なにも言えなくなる。

<天然って、こわい>

これを計算無しでやってのけるウルリカは、かなりの危険人物だ。

「それに、ここが一番安全だから……」

余程眠かったのだろう、最後まで言う前に寝てしまった。
「これは、喜ぶべきなの、かな?」
頼りにされるのは嬉しい。
けれど男として意識されていないのなら困る。
自分の腕を枕に気持ちよさそうに眠る子猫のような少女を、ペペロンは仕方なく抱き寄せ、少しでも休めるように目を閉じた。

<でもま、いっか>

こんなところも好きなのだから。




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