『キスの罠』



採取に行き、お互いの過去の話をした夜から、もともと無防備だったウルリカのスキンシップが更にペペロンを困らすようになっていた。
椅子に座っていれば膝に乗ってきて、ベッドに寝ようとすれば付いてくる。
ペペロンならなにもしない、安全だという前提でやっているのだろうが、されるほうからすればもう苦行の域だった。
嫌なわけではない。むしろ好きだから困るのだ。

<でも、6歳からひとりだったらしいからなぁ>

うりゅのこともずっと、撫でたり抱っこしたりと溺愛しているのも今なら理由がわかる。
家族や人との触れ合いに餓えていたのだ。
そしてそれがわかるから余計にペペロンは扱いに困ってしまう。
拒絶は出来ないし、だからといってどうすればいいかもわからない。
その結果、いつも壊れ物を扱うような態度になってしまい、他人行儀だとウルリカを怒らせる。

「あ、ペペロン、おかえり!」

早朝、四日ぶりに採取から帰ってきてソファで休んでいると、ひとり起きたウルリカが階段から降りてきて、嬉しそうに言った。
「随分長かったけど、どこまで行ってたの?」
だれも居ないと思ったからだろうか、パジャマ姿のままでちょっと寝癖までついているウルリカは17歳にしてはかわいらしく、本当に 小さな子どものような無邪気な笑顔を浮かべた。
「うん、ちょっと廃坑の奥の方までもぐってきたんだ」
北門を出て一日のところにあるロッテン廃坑は、かなり前に閉鎖されたものの、個人が錬金術で使うには十分の鉱石が取れる。
また奥に行けば行くほど上質の輝石や宝石の原石などがあるので、ウルリカのためにとなればいくらでもがんばれてしまうペペロン は気がつけば一番奥まで行ってしまっていたのだった。
「相変わらずよくやるわね。お疲れ様」
そして当たり前のようにソファに座るペペロンの膝の上に乗る。
しかも向かい合わせで。
「あの、ちょっと、おねえさん?」
「なに?」
「顔、近いんですが」
「なんかいけない?」
「……いえ、いいです」
だめだ、なにを言っても通じそうに無い。
ウルリカの下で働くようになって、諦めが肝心ということをかなり早期に覚えたペペロンは、今回も早々に諦め、ウルリカの気の済むよ うにさせた。
「でもさー、今別にアイテム不足してないんだし、採取行かなくてもよかったのに」
「えっと、それはその……」
まさかウルリカのスキンシップ攻撃から逃げていたなんて言えるわけが無い。
出会って最初の方は自分からスキンシップを求めては思い切り拒否されていたペペロンだが、相手から来られると戸惑う。
ぶっちゃけ苦手だ。
拒否されるのが当然で、そういう反応が来ると思って求めるのと実際本当に相手が来るのでは勝手が違う。
今、昔のようにハグを求めればあっさり「いいわよ」とか言われそうで怖い。のですっかりやらなくなってしまった。
「あんたちょっと働きすぎ」
返事に困るペペロンの頭を小さな手でぽすぽす叩く。
もともと深くかぶっている帽子が押されて余計下に行き、前が見えなくなる。
「お、おいら働くの好きだから」
誤魔化しながら帽子を戻そうと手を上げると、ウルリカに押さえられてしまった。
「ダメ」
「だって、前が見えないよ?」
「いいの、採取のご褒美あげるから」
「え……?」
すると、不意に唇にやわらかいものが押し付けられる感触がする。
<え? これって> ぎこちなくされたキスは一瞬で、見えないためウルリカがどんな表情でいるかは分からなかったが、ペペロンのほうは頭が真っ白になった。
「はい! 終わり! 私二度寝するから!」
怒ったような声で言うと、ウルリカが膝から降りて階段を上がっていく音がする。

ご褒美は本当にご褒美だった。
しかし素直に喜ぶには、男心は複雑すぎて。

あとには帽子を鼻のあたりまで下げたまま、完全に硬直したペペロンだけが残された。




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