しあわせのかたち
「あーもー、めんどくさい終わらないもうやだー!」
どたどたと大きな足音をさせながら少女は狭い工房の中を右往左往していた。
小さなマナがその後を追って一生懸命飛んでいる。
愚痴を言ってもなにもならないが言わずにはやってられない。
錬金術の学校、アルレビス学院を卒業してすぐ、ウルリカはある都市のはずれで自分の工房を開いた。
資金は学生時代に魔物討伐やアルバイトでかなり稼いだので十分あったのだが、新参者でしかも若い娘とあって仕事はまったく入らない。
そこで信用を得るために酒場でありったけ、依頼を受けてきたのだ。
もちろん自分で分かるもの、できるものを判断して選んできたのだがなにせ数が多すぎた。
作る物の品質には自信がある。しかし期日を守れなければ意味がない。
なので現在猛烈に忙しい時間を過ごしているのだった。
「ぎゃー!!ユウバナの水と光る花びらが足りないっ!!」
ウルリカは時間が無く、ろくに手入れ出来ていない頭をかきむしりながら錬金釜の前で叫んだ。
(ああああああああ、寝不足で頭全然働かなくなってる!)
依頼品に必要なものはすべて揃えていたと思い込んでいただけにダメージが大きい。
「ペペロンっ!」
「はいっ!」
名前を呼ばれ、部屋の隅でひたすら研磨剤を作っていた大男が体をびくっとさせる。
自称『妖精さん』の筋肉隆々大男、ペペロンだ。
卒業するとき、自分は人間を助ける妖精さんで、おねーさんについていくと決めて師匠のところを出てきたのだから一緒に行くと着いてきた。
いきなり一人で店を持つのも心細いので了承したのだが今はかなり感謝している。
まぁ、ペペロンは無茶なスケジュールについてきたことを後悔しているかもしれないが。
実際今、期日に追われピリピリしているウルリカの機嫌を損ねないようにとなるべく邪魔にならないように、端っこで作業をしていたのだった。
「あんた採取得意だったわよね。急ぎで取ってきてくれる?一応この依頼は締め切りまでまだあるけど出来るだけ早く」
足りないアイテムは二つとも片道2日ほど離れた山で取ることができる。
「おいらにまかせてよ!光る花びらでもドンケルハイトでも陽光のバラでも・・・」
この状況から逃げれるのならなんだって大歓迎だ。
「余計なものはいいの!光る花びらとユウバナの水を各10づつね」
「うー」
それまでウルリカについて動くだけでいっぱいいっぱいだったナマのうりゅが声を上げ、ペペロンに近づいていく。
「うりゅ?どうしたの?」
「うりゅ、いく」
「え?」
心のマナのうりゅは生まれて2年も経っていない言葉もうまく操れない子供。
まだ人見知りも激しいが、さすがに生まれてからずっと一緒にいるペペロンには慣れてきた。
「うりゅもいく」
「だ、だめよ!あぶないから」
ここ一週間は工房に篭ってただひたすら調合の毎日。
多忙なウルリカと違って何もすることが無く、遊んでももらえなかったうりゅはだいぶ欲求不満がたまっているようだった。
「やだ、うりゅもいく」
「だーめ、うりゅは私とお留守番」
もちろん、うりゅかわいさのあまり友人たちに呆れられるほど過保護なウルリカが許すはずも無い。
ふわふわ宙に浮くうりゅを両手でがっしと掴むと、外に出て行こうとするペペロンから自分のほうへ連れ戻そうとする。
「やー!」
それに必死で抵抗するうりゅ。
「お、おねーさん、あんまり強くひっぱったらかわいそうだよ」
ペペロンはどうしたらいいかわからずオロオロするばかり。
「いいからペペロン!あんたは早くい・き・な・さいー!」
「う、うん、わかった」
「いやー!」
とにかく外へ出てしまおうとペペロンがドアへ向かったとき。
「あっ」
ウルリカの手がはずれ、反動でうりゅが勢いよく後ろへ飛んでいった。
「あぁっ」
そしてちょうどペペロンのすぐ上をかすめ、その頭に乗っていた帽子を落とすとドアにぶつかる直前で止まる。
「よ、よかった」
ひとまずうりゅが無事なのを見てほっと息をつき、あたふたと帽子を拾い上げたペペロンに目を移す。
「お、お姉さん、見ちゃいやだよ」
付いた埃をはたくこともせずすぐに妖精さん帽子をかぶるが、その下の姿はばっちり見られていた。
「へー、あんた帽子の下ってそんな顔だったんだ」
全部見えたのは一瞬ではあったが、普段の言動からは想像つかない冷たく鋭い目。
べつに本物の妖精さんのように大きくてクリクリしたかわいい目をしていると思っていたわけではない。
全体的な見た目を考えれば釣り合いがとれているのだがそれでもちょっと意外だった。
「ぺぺ、ごめんさなさい」
なにか悪いことをしたと感じたのだろうか。うりゅはふよふよとペペロンのそばへ行くと謝った。
ウルリカはとりあえずおとなしくなったうりゅを捕まえて胸に抱くと、冷や汗をかいて帽子を押さえつけてるぺペロンを見上げる。
焦りすぎたせいか、かぶった帽子はズレていて頭を隠しきれてはいなかった。
「んでそれ、生えてんの?」
「え?……あぁっ!!」
言われてやっと帽子がきちんとかぶれていないことに気づいたらしくまたあわてて戻す。
ペペロンの目のすぐ上、額の辺りから木の根のようなものが頭の少し上まで全面にまさに「生えている」ように見えた。
「これは、生まれたときからあるから、わからない」
なぜか答えるペペロンは涙声だ。
「痛くないの?」
「う、うん、痛くないよ…?」
「ふーん。まぁ、行ってらっしゃい」
おどおどと答えるペペロンに背を向けるとすぐに錬金釜で調合を再開しようとする。
「あの、お、お姉さん?」
「なに?忙しいんだからさっさと材料とってくる!」
いつもならこの一言ですぐに動き出すペペロンだが今日は違った。
「あの、おいらのこと、怖くないの?」
これまでこの頭を見ると、皆気味悪がり逃げていった。「化け物」と恐れ、離れていった。
ただでさえ体が大きくごつく、見た目が怖いのに余計に人が寄り付かなくなる原因だった。
おそるおそる、それでも大好きなウルリカになんと思われたのかが気になって勇気を振り絞って聞いたのだ。
「別に。あんたがへたれで臆病でおっちょこちょいなの知ってるもの。今更怖がる理由も無いわよ」
「で、でも気持ち悪かったりとか…」
生まれて、親に捨てられて、これまで出会った人々の反応がまざまざと甦る。
ウルリカはそのだれとも違った。
違いすぎて逆にペペロンが混乱した。
「あーもう、しつこいわね!そりゃ確かに驚いたけどそれが生まれつきで、痛かったりもするんじゃなきゃいいでしょ?それよりそれ締め切りまであと六日無いんだから手伝ってもらわないと間に合わないの!わかったらさっさと動く!」
「は、はいっ!」
再び恫喝され、ペペロンはやっとトレードマークの帽子から手を離すと外へ駆け出した。
<嬉しい、なんか嬉しいよ!>
うまく言葉では言い表せない。
心が軽くて、あったかくて明るくて。
駆け出した足が思わずスキップになってしまう、そんな気持ち。
自然と涙がにじみ出てくるのも分かった。でもこれは悲しいときに出る涙ではない。
<いっぱい、いっぱいお姉さんの役に立とう>
街を出るまで、泣きながらスキップで走るペペロンの姿はやっと彼の姿を見慣れてきた住民の目を再び集めることとなった。
「うりゅ、もうあんなことしたらだめだからね」
「う!」
反省したうりゅをぐりぐりなでて、火のついた釜の中身を焦げ付かないようにかき混ぜる。
「それにしても、ペペロンのあの顔って…」
身長2メートルはある筋肉だるまのペペロンはあくまで「自称」妖精さんであって妖精さんでないのは当たり前のことだが、知っていた。
だからといって正体を気にしたことは無かったのだが、というか興味が無かったのだが、素顔を見て分かった気がした。
学生時代に起きた騒動の原因、マナがいなくなった理由。
人間とマナの間に生まれた子供。
「うりゅりか?」
黙り込んでしまったウルリカの顔をうりゅが不思議そうに覗き込む。
「あいつもいろいろ苦労してきたのかもね」
そんなうりゅににこっと笑うと今度は優しく頭をなで、止まってたかき混ぜる腕を再び動かした。
<たまった仕事が一段楽したらペペロンに少し優しくしてあげよう>
つまり仕事が詰まっている間はいつもどおりこき使うわけだが、そこはウルリカらしいところだ。
「うりゅ、テーブルの上の炎の土持ってきてくれる?」
少しでも早く終わらせようとうりゅにも手伝いを頼み、ウルリカはまたひたすら調合に没頭するのだった。
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