『もしもシリーズ』〜もしもキノコが惚れさせ薬だったらの巻〜



「だれも風邪ひかないわね」
ある日突然、ウルリカがぽつりとつぶやいた。
「なんだいきなり」
「まぁ基本、みんな必要以上に元気だからねぇ」
「そうよ、元気すぎるのよ!」
それのなにが不満なのか。
ウルリカはこぶしを握ると力説した。
「これじゃ、あのキノコの効果試せないじゃない!!」
「あー」
「あれか」
あれだけで通じるそのキノコとは、先日ペペロンが必死の思いでウルリカのために取ってきた「どんな病気もたちどころに治す伝説の霊芝」 という怪しすぎる代物だった。
ペペロンがぼろぼろになって帰ってきたときにはもう風邪は完治していたので使わず、とりあえずもったいないからと乾燥させてとっておい たのだが、どうやらそれがずっと気になっていたらしい。
「本当にそんな効果あったらめちゃめちゃ高く売れるのよ?! 試さないわけにはいかないじゃない!」
「試すったって、どうするんだ」
もっともな質問をロゼがすると、「うっ」とつまる。
「はっはっは、このままだと一度も使わずに終わっちゃいそうだね」
苦労をしてとってきた本人は、だれも使わずにすめばそれはそれでいいと思っているらしい。
だが、ウルリカは諦め切れなかった。
「考えたんだけど、本物かどうかわからないあれをいきなり病人に飲ませるってのもちょっと危険じゃない?」
「失礼だなぁ、あれは本物だよぅ。取ってきたおいらが言うんだから間違いないさ」
「取ってきたのがあんただから余計あやしいのよ」
あっさりと返され、ペペロンはしょげた。
「でも、その努力は買うわ。だから一応本物かどうか確かめたいわけ」
「で、どうするんだ」
ひとり落ち込むペペロンをスルーして話は進む。
「ぺぺ、がんばった」
うりゅだけが心配してペペロンの頭をその小さな手で撫でてあげていた。
「ま、最初は元気なやつに飲ませるのが妥当よね」
この一言に、ペペロンもロゼも嫌な予感を覚えたのは言うまでもない。
「俺は遠慮する」
「お、おいらもか弱い妖精さんだし」
「ちょっと、本物なんでしょ?なにいきなり腰引けてんの」

―――嵐が起きる―――

そのとき、だれもがそう思った。





「ってことで、取ってきたペペロンが飲むにケッテーイ!」
「えええええええええ、いきなりそれかい?!」
嬉々として発表したウルリカに、ペペロンは悲痛な声をあげた。
「ジャンケンとか、くじびきとかそういうのは……」
「いやよ。私が当たったらどうするの」
「ええええええええ」
相変わらず、すごい言い分だ。
「おにーさん、助けてくれよぅ」
「すまん、無理だ」
これまたあっさり否定される。
完全に傍観者を決め込んだロゼは自分さえ被害に合わなければ止める気も無いようだった。
「はーい、ペペロン。あーんして?」
前から使う用意はしてあったのだろう。ウルリカが乾燥させたキノコを擂って粉末状にしたものを乗せた薬包紙をペペロンに向かって飲ま せようとする。
なぜか満面の笑みだ。
「う。ど、どうしても飲まなきゃだめかい?」
「うん、どうしても」
自称妖精さんであるペペロンは人間の手伝いが一番の仕事。頼まれれば必ず引き受ける。
「はい、あーん」
その邪悪な笑みに恐怖を覚えながらも口をあけると、薬が容赦なく一気に流し込まれた。
「うっ!」
まずい。とてつもなくまずい。
酢とレモンを混ぜて、そこに苦みが合わさったような、なんともいえない味が口の中に広がり吐き出しそうになりながらどうにか飲み込んだ。
「どう?」
「ものすごく、まずいです……」
涙目になりながら答えるペペロンにふむふむとウルリカは言う。
「とりあえず、次使うことがあったらオブラートでも用意しないとだめっぽいわね」
そっとロゼが水の入ったコップをペペロンに差し出し、礼を言いながらもその優しさで代わって欲しかったと勝手なことを思う。
「それじゃしばらく様子を見ましょう」


〜数分後〜


「なにも起きないわね」
「なにか起きたらやばいんじゃないのか?」
「ほら、やっぱりおいらの選別眼は正しかったんだよぅ」
「なにも起きなかっただけで病気が治るかどうかはまた別よ」
ウルリカはなにを期待していたのか「ちぇ、つまんないの」ともう飽きてしまったようだった。
ロゼとペペロンは予感が外れたことにほっとする。
「じゃ、じゃあおいらちょっと買い物に出てくるね」
昨日、力の加減を間違えて割ってしまった乳鉢を買ってこなくてはならない。
「そういえばまた割ったんだっけ。次ぎ割ったら食事抜きだからね」
もう何度そう言われたかわからないほどペペロンは乳鉢を割っていたが、実際に食事を抜かれたことは今までなかった。
そんなところが、ちょっと優しいなと嬉しかったりする。
「うん、気をつけるよ。じゃあ、行って来ます」
足取り軽くアトリエを出ようとしたときだった。
「あ、ペペロン!」
「なんだい?」
ウルリカに呼ばれ、足を止める。
振り返るとなぜか顔を赤くしたウルリカがふいっと目をそらした。
「あ、その、気をつけてね」
その言葉に、言われたペペロンだけはなく聞いていたロゼまで目を見張る。

<雪が降るかもしれない>

初めてかけられた言葉に、ペペロンは感動よりも恐怖を覚えたのだった。



「ねぇ、ロゼ。聞きたいことがあるんだけど」
「なんだ?」
ペペロンの出て行ったドアを見つめたまま、そばで黙々と調合作業をしているロゼに確認をする。
「さっき一瞬、ペペロンがものすごくかっこよく見えたんだけど、私の気のせいよね?」
「奇遇だな、俺もだ」
実はロゼもなにも言わなかったが、出て行こうとするペペロンに「行かないでくれ」と声をかけそうになるほど目を奪われていた。
「「これは……」」

何かが確実に起きていた。




「いやー、おねーさんにあんなに心配されちゃうなんて。やっとおいらの魅力がわかってきたんだねぇ」
こんなかわいくて頼りになる有能な妖精さんの良さが今までわからなかったなんて、おねーさんは本当ににぶいなぁ。などと自分に都合の いいほうにばかり考えて歩いていたペペロンは、しばらくして異変に気づいた。
<なんか、すごく見られてる気がするよ?>
いつもは村の中を歩いていても皆目をそらし、なるべくぴちぴちのファンシーな服を着た筋肉隆々の大男を見ないようにしている。
ところが今日に限ってすれ違う人のみならず、離れている場所にいる村人までもがペペロンをじっと見つめていた。

<なんだか照れちゃうなぁ>

変なところでポジティブなペペロンは、これこそ自分の本当の人気なんだろうと気にせず雑貨屋に歩を進める。
すると突然、ペペロンの後ろを歩いていた一人の少女が大きな声をあげた。
「あぁっ、もう我慢できない!」
突然がしっと服のすそをつかまれ、さすがのペペロンも驚く。
「え?」
「ペペロン様! ずっと、ずっとお慕いしていました」
「えええええええええ?!」
今日何度目の驚愕の叫びだろう。
真剣な表情で訴えかけて来る少女にどう答えていいかわからず戸惑っている間に、少しづつペペロンの周囲に村人の輪が出来上がっていく。
「付き合ってくれますよね?」
「え、えっと、その……」
ペペロンは人の頼みを断れない。妖精としての教えだけではなく、もともと性格が優しいのだ。
だがこればっかりは「はい、わかりました」と言えるわけがない。
<ど、どどどど、どうしよう>
今まで体験したことの無いピンチだ。
すると、突然横から別の女性が飛び出してきてその少女を突き飛ばした。
「きゃあっ!」
「抜け駆けなんて許さないんだからっ!」
そしてペペロンに抱きつき、告白を始める。
「あぁ、この筋肉にずっと抱かれたいと思っていたの」
<ひいいいいいいいぃ!!>
声にならない悲鳴をあげて硬直する。
「お願い、私の事を好きと言って」
熱っぽい視線を向けられ、いくら思考が常人からかけ離れているペペロンでも気づかないわけにはいかなかった。
<いくらなんでも、これはおかしいよ!>
この状況はなにかに似ている。
そうだ、学園でエナがクロエに「モテるおまじない」をかけられたときもこんなふうだった。
やっと、この異常事態があの飲まされたキノコであると思い当たるも、だからといってなにができるわけでもない。
あまりのことにパニックになっていると、その厚い胸板に抱きついていた女性が今度は中年の男に力づくで引き剥がされる。
「ペペロン様から離れねぇか! このアマ!」
「ま、まさか……」
嫌な予感にペペロンは後ずさる。
「お、俺、男に生まれちまったけど、この出会いは運命だと思うんだ」
<あのときは女の人だけだったのにぃ!!>
息を荒くしたごつい中年男に告白され、背筋に寒気が走り、鳥肌が立った。
「い〜〜〜や〜〜〜〜!!」
女のような悲鳴を上げると、ペペロンは集まってきた人ごみを強引に掻き分け全速力で逃げたのだった。




「うっうっ」
家と家の間にある樽の隙間に大きな体を出来るだけ縮めて隠れながら、ペペロンは本気で泣いていた。
「こわいよぅ……」
あのあと、会う人会う人すべてがペペロンを見つけると目の色を変えて迫ってくる。
老若男女すべての村人が「好きです、一緒になってください!」「性別なんてこの愛には関係ない!」「あなたを誰かに渡すくらいな ら……!」と追いかけてくるのだ。
ペペロンはただ悲鳴をあげ、逃げ回るしかなかった。
「ペペロン様、ここにいたんですね」
「ひっ」
不意に声をかけられ見上げると、これまたいかにも力仕事をしていますといった風体のたくましい男が、樽の上に立って頬を染めてペペロ ンを見つめていた。
「ここは危険だ、俺と一緒に逃げましょう! どこまでも、ふたりきりになれるほど遠くへ!」
力強く言い放つが、それも危険だ。
「え、遠慮させていただきますぅ〜〜!!」
逃げなくては!と立ち上がった瞬間、男が前へふっとんだ。

「わっ!」

展開が急すぎてついていけない。
「さ、ペペロン、こっちよ!」
さっきまで男が立っていたところには魔力製のマジックハンマーを構えたウルリカが仁王立ちしていた。
「お、おねーさん!」
<なんて漢らしいんだ>
マジックハンマーで容赦なく殴り飛ばされた男は気絶して動かない。
だが、いざとなったらペペロン本人が殴って気絶させようと思っていたのでそれよりはマシだろう。
「随分探したんだから」
救世主のように現れたウルリカにペペロンは泣きついた。
「みんながおかしいんだ! おいら、ひとりですごく怖くて……」
「わかってる。大切なあんたをだれかに渡したりなんかしないわ」
周りに他に人が居ないか鋭く見回しながらウルリカが答える。
「おねーさん。やっと、やっとおいらの価値に気づいてくれたんだね!」
「何言ってるの、当然じゃない。あんたは私のものよ。他の奴には指一本触らせるものですか」
「お、おねーさん……?」
なにか変だ。
「こ、これまでだって。ほら、好きな子はいじめたくなるって言うじゃない……」
「やっぱりいいいいい!!!!!!」
「あ、ペペロン!!」
皆と同じように頬を染めたウルリカを見ていられなくて、ペペロンはそこからも脱兎のごとく逃げ出したのだった。



行く先行く先、こんなに村に人が住んでいたのかというほど誰かしら待ち構えていてなかなか脱出ができない。
<どうしよう、おいらこのままだれかにやられちゃうのかも!>
ペペロンはだんだん悲劇のヒロインの気分になってきていた。
「ペペロン様っ! 私あなたとならどこまででも堕ちて行きます!」
「うわあっ!」
今度は恰幅のいいおかんといった感じの女性に立ちふさがれ、立ち止まる。
「あぁ、ここまで人を好きになれるなんて。私、こんな気持ち初めて……」
告白されてもまったく嬉しくない。
「いや、あの、おいらは別に好きじゃ……」
「愛していますぅっ!」
まさに抱きつこうと女性が叫んだ瞬間、何者かに後ろから首筋へ手刀を打ち込まれ、昏倒する。
「あれ……?」
「よかった、無事だったか」
それはアトリエの良心、ロゼだった。
「お前が出て行くときキノコにおかしい成分が入ってるんじゃないかってわかって、心配してたんだ」
「おにーさんは、大丈夫なのかい?」
やっとまともな人が現れたのかとほっと息をつく。
「あぁ、大丈夫だ。もう俺が守ってやるから安心しろ」
<ん?>
ペペロンは違和感を感じ、ロゼのほうへ行こうとした足を止めた。
「誰にもお前を傷つけさせない。ずっと、俺が守るから」
もともと色男なだけにたちが悪い。
うっかりうなづきそうになったペペロンは、踵を返すと再び泣きながら全力で走ることとなった。


「旦那っ!」
「ペペロン様!」
「妖精さぁん!!」

「うわあぁぁん!」

村の中を逃げても逃げても終わりは見えない。
罪のない人を傷つけたくはないが、ここは多少手荒な真似をしてでも脱出しないことには自分の貞操にかかわる。
覚悟を決めて村の出口に向かうと、案の定、血走った目をした村人たちが数人待ち構えていた。
<ごめんなさいっ!>
心の中であやまりつつ拳を握り締めて突進する。
「あれ? なんで俺こんなところにいるんだ?」

「え?」

「やだ、私買い物してたはずなのに」
いざ!というときに前方に居た村人の様子が変わり、突っ込む勢いを止められないペペロンは頭から倒れ転ぶことでなんとか衝突する前に 自分を止めた。
「げ、もう夕方じゃねぇか」
農作業を途中で抜け出してきたのか、男が鍬を持って走り出す。
「夕飯つくらなきゃなのに!」
別の女性は買い物かごの中が空なのを見て慌てて店に向かう。
ペペロンは一日中追い掛け回され、今も地面でそこらじゅうをすりむき、すっかりボロボロで日常へ戻っていく人々を呆然と見るしかなかった。
<効果、切れたのかなぁ>
それは嬉しいことであるはずなのに、取り残された自分がとても寂しい。
「そうだ、乳鉢を買わなくちゃ……」
なのになぜだろう、立つ気力がまったくわかなかった。
「ほら、ペペロン」
そのとき、地面に座り込んだままのペペロンの肩に、優しく手が触れる。
「なにやってんの。帰るわよ」
ゆっくり見上げると、うりゅを頭に乗せたウルリカが、疲れた表情で立っていた。
「おねーさん。でも、買い物がまだで……」
「乳鉢ならもう買ってあるから大丈夫。帰ろう」
「……うん」
ペペロンがやっと重い腰をあげ立ち上がると、山の向こうに夕日が消えるところだった。
「ぺぺ、おつかれさま」
うりゅがウルリカの頭の上から、ペペロンの肩へ移動する。
「ロゼが夕飯用意して待ってるって」
「そっか。おにーさんの作るご飯はおいしいから楽しみだねぇ」
やっとペペロンに笑顔が戻る。
「そうね、楽しみね」
ウルリカも一緒に笑い、二人と一匹は夕暮れの中、アトリエへ帰っていった。



その後しばらく、冷たくされるとペペロンが「またあのキノコとってこようかな」と言い、ウルリカに殴り飛ばされる光景が何度か見られるのだった。


BACK