『Signs』



いよいよ明日、光のマナとの決戦という夜。
ロゼは興奮して眠れず、夜の学園に散歩に出ることにした。

「明かりがついている?」

ついいつもの習慣で足がアトリエに向いてしまい、来てみると深夜にも関わらずウルリカのアトリエから光がもれている。

「だれかいるのか?」

「きゃっ!」

鍵のかかっていない扉を開け、呼びかけると釜の前に立って中身をかき混ぜていたウルリカがびくっとはねた。

「な、なんだあんたか。驚かさないでよ」

本当にびっくりしたようで、振り返ると心臓を押さえながら言う。

「なにをやってるんだ?」

今日は夕方、早めに帰り、みんなで「明日に備えて早めに休もう」ということで解散した。
今頃他の連中は皆、夢の中だろう。

「明日やっとすべての元凶のやつのところにいけそうでしょ? だから回復薬をちょっとね」

そしてウルリカはまた釜に向かって棒を手に取りかき混ぜだす。

「あそこまでいくだけでも大変だし、今日もみんな魔力尽きかけてたから」

聖域に入り、光のマナのところにたどり着くにはいくつもの封印を守る魔物を倒し、ワープする床板を使い、かなりの時間をかけて最奥まで行かなければならなかった。
最後までずっと戦闘の連続になるので魔法で回復できる体力はともかく、精神力や魔力そのものの消耗だけはいかんともしがたい。
ロゼもその点は問題だと考えていた。
「明日、聖域に雪でも降りそうだな」
ウルリカは猪突猛進で行き当たりばったりの性格だ。先のことを考えてアイテムを作っていることに意外を通り越して驚きを感じる。
「あんたその一言多い性格なんとかならないの?」
ここ数日朝から晩まで行動を共にすることが増えたので、これくらいの皮肉は慣れたもの。
「一応あんたと共同とはいえリーダーを任されているんだし、これくらい私だってやるわよ」
釜から顔を上げず、軽く反論をするだけにした。



マナの聖域に出入りするようになってから、今はこの二人でみんなを引っ張っている。
ロゼとウルリカのアトリエメンバーが共同で学園の騒動の原因、光のマナをしばきに行くと決まったとき、もともと険悪な関係だった両者はお互い自分のアトリエからリーダーを出すと譲らなかった。
そして話し合いは平行線のまま、最終的に各アトリエの代表としてロゼとウルリカをリーダーに据えるということで合意したのだった。
その後、メンバーの選択や戦闘スタイルなどで何度か揉めはしたものの比較的うまくやってきている。
(あのクセのある連中に信頼されているだけあって、責任感はあるよな)
課題や学園祭などでたびたび衝突し、馬鹿で単純で手に負えないお子様だと思っていたが、三学期期末前からこっち、それが彼女の長所でもあるということを知った。
つまり純粋で無邪気で、いつでも本人は本気で一途なのだ。
多少方向性は間違っているが。

「なにか俺にも手伝えることはあるか?」

今回に関しては、珍しくまともな意見なのでロゼも乗ることにした。
仮にも自分だってリーダーだ。このままなにもせずに寮には戻れない。

「あ、じゃあその壷に入ってるネクタル、小瓶に移してもらえる?」

「わかった」

テーブルが無いので床に座り込むと、後でやるつもりだったのだろう。用意してあったロートを使い、ひと瓶づつ丁寧に入れていく。

「なぁ」

「ん?」

作業の手を止めず、ウルリカに話しかけた。
ウルリカもアイテムを入れるタイミングを見はかりつつ調合を続けている。

「オレもさ、お前に謝りたいと思ってたんだ」

「え?あんたに謝ってもらうようなことってあったっけ」

ウルリカ側から喧嘩を売ったりしたことはあっても、ロゼから何かをされたという覚えはない。

「学園祭のとき、変なこと言ってわるかったな」

「んー? あっ! 思い出した!!」

『あのマナを倒してしまえば、
 こいつも大人しくなるんじゃないですかね』

地下下水道で言った言葉。
マナを狩る指輪と心の属性を持つうりゅの影響で、ロゼはマナを憎む気持ちを増幅されていた。

「おかしくなっていたとはいえ、すまなかった。お前も、あの小さなマナも、なにも悪いことはなかったのに」

心の呪縛が解かれ、やっと少し素直になれる。
これまでの自分の行動を思い出すと後悔ばかりだ。

「あんときのあんた、最低だったわよねぇ」

「うっ」
ぐうの音も出ない。

「でもま、よかったじゃない。正気に戻れて。一応なんとなく事情はわかったし、許してあげるわ」

(正気に戻してくれたのは、お前なんだけどな)

彼女のこだわらなさとわかりにくい優しさが、いつだってロゼの心を軽くする。

「それにしても楽しいわよねー」

釜の前で、ウルリカは本当に楽しそうに笑いながら言った。

「なにがだ?」
「今よ! みんなでマナの聖域で戦ってるの、すごく楽しい!」

「楽しいって……」

マナの聖域は異世界だけあって、見たことの無い魔物ばかりたくさんいる。
そのどれもが強く、タフで容赦が無く、はっきり言えば命がけだ。
(それが楽しいって、おかしくないか?)
一応彼女も生物学上は女で、恐怖を感じてもおかしくはないのに。

「なんかさー。ほら、あんたのとことはいい思い出なかったじゃない? 嫌味男と高飛車女っていう最悪の組み合わせだったし」

「それはお前が勝手に名づけたんだろう」

初めて会ったときから呼ばれ続けたあだ名。
そういえば、いまだに一度もお互いの名前をまともに呼んだことがない気がする。

「だって、実際あんたは嫌味だしあの女は『田舎娘は相手にしてられない』とかもういかにも女王様!って感じでお高くとまってて。
これ以上分かりやすい呼び方ないじゃない」

「それ、オレはともかくお嬢様には言うなよ……」

微妙に否定できない。

「まぁ、でもさ、やっぱり嫌いあうよりこうやって協力して戦える方がいいと思うのよ。だから教頭には感謝してるわ。卒業前に、 きちんとあんたたちと話が出来て、誤解が解けてよかった。せっかく出会えたんだもの、嫌な思い出のままじゃもったいないじゃない!」

「……そうだな」

自然と顔が綻ぶ。

(オレも、確かに楽しんでいる)

ウルリカのアトリエの面々は、自分たちのアトリエメンバーよりも遥かに特殊な人間(?)が多い。
筋肉妖精とか着ぐるみとか、悪魔を召還して戦う少女とか。
そしてその強さがまた、何度見ても飽きさせず、学ぶところも多いのだ。

「明日、必ず勝つわよ! 一発どころかもうぼっこぼこにしてやるんだから!!」

光のマナはうりゅを怖がらせ、泣かせたのだ。それだけのお仕置きをしてやらなければ気がすまない。

「あぁ、二度と変な気を起こさないくらいにな」

自業自得の面が多い上に、直接の相手である銀髪の騎士、ルゥリッヒは自分の手でもう決着をつけ終えた。
この戦いは自分たちよりもウルリカたちのほうがより、意味のある戦いになる。
それを手伝えれば、少しでも罪滅ぼしになるだろうか。



最初は嫌々ながら始めた学園生活だった。
いざ入学してみればトラブルだらけで、過去の思い出にまで縛られろくなものではなかった。

でも、今は不思議と感謝している。

この、ひたすら前向きで明るい彼女たちとの奇跡の出会いに。


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