『捻くれ従者の言えない事情』



「たのもー!」

ある冬の日の午後、リリアのアトリエにウルリカが乱暴に扉を開けて現れた。

「な、田舎娘?! うちに何の用かしら?」

アトリエの主が嫌そうな顔で迎えるが、ウルリカはそちらには目もくれず中をきょろきょろ見回す。

「嫌味男居る?」

「俺か?」

彼女につけられた特殊なあだ名で呼ばれ、部屋の奥からロゼが顔を出す。

「あ、いたいた」

そのあまりにも自然なやり取りにリリアは餌を求める鯉のように口をパクパクさせ、お付のメイドであるウィムが慌ててとりなしていた。

「はいこれ。あの時のコートとお詫び」

ウルリカは自分のところまで来たロゼに、紙で包まれたものを押し付けるように渡す。

「あぁ、あの時のコートか。…って、侘び?」

意外な言葉にその場で紙を外すと、中からは綺麗に畳まれたロゼの黒いコートと、錬金アクセサリがひとつ。

(これは……)

「ドラゴングローブ?」

「うん。あんたの場合、そういうやつの方がいいかなぁって。ま、元手はタダだから使わないなら捨ててもいいし」

採取でアイテムを集め自分で作った。
金が無いのなら無いなりに一番役に立つものをと考えたのだ。

「じゃ、そゆことで」

そう言うと、ウルリカはなにか罠でもあるんじゃないかともらったドラゴングローブを矯めつ眇めつしているロゼを放置し、用は済んだとばかりにさっさとアトリエを出て行ってしまう。

「ちょっと、ろ、ロロロロゼ!!これはどういうこと?!あなた、まさか、あの田舎娘と……!!!」

再びバタンと音を立てて扉が閉まったと同時に固まっていたリリアが覚醒し、未だ手に持たされたものを信じられないように見ていた自分の従者に詰め寄った。

「こ、コートとか、そういえばこの間無くして帰ってきたことあったわよね?! あ、あの女と何が?!」

あらぬ妄想に脳を侵され興奮のあまりどもりまくる主人を片手で制し、ロゼはやっとウルリカが居なくなったことに気づいたようにハッと顔を上げた。

「すみません、ちょっと失礼します」

こちらにもすっかり無視をされてしまい、リリアは気絶せんばかりだ。

「ちょっと!! ロゼ?!!」

「行っちゃったねー」

なにが起きるのかワクワクして見ていたエトが、少し残念そうに早足で出て行くロゼを見送る。
これからいつものリリアの暴走と、それに一方的にやられる彼を少し見てみたかった。

「お、お嬢様! まだなにかあったと決まったわけではありませんし!」

必死にフォローするウィムの声と八つ当たりされる彼女の悲鳴が、その後アトリエに響いたのだった。




「おい。おい、待て!」

手にコートと貰ったグローブを持ったまま、ロゼはアトリエに戻ろうとするウルリカを追いかけた。

「なに? コートならきちんと洗ってあるわよ?」

引き止められ、まだなにかあるのかとウルリカは訝しげに答える。

「そうじゃない。お前、あの時の傷大丈夫なのか?」

その腹にはまだ白い包帯が巻いてあり、見た目に痛々しい。

「うん、一応保健室で見てもらってたから。まぁ、今はちょっとすごいことになってるけど」

内出血が痣になり、黄とオレンジと紫がまだらになったような気味の悪い色になっている。

「すごいことって」

「すぐ治るわよこんなの。慣れてるし」

「慣れるほど怪我をするな!」

「なによもう、うるさいわね。あの時は悪かったと思ってるし、もう探索に便乗したりしないからほっといてくれる?」

ウルリカは気が強く、基本的にだれかに説教をされるのが嫌いだ。
少し不機嫌になるとぷいっと顔を逸らし、そのままアトリエに入ってしまうとする。

「俺が言いたいのは…!!」

ロゼは思わず彼女の腕を掴み、自分の方を向かせると今度は気まずそうに顔を背けた。

「?」

「お前も一応女なんだから、あまり、無茶をするな…」

「……は?」

「あと、グローブはありがたく貰っとく」

そして掴んでいた手を離し、逃げるように寮の方へ行ってしまう。

「なにあれ? 相変わらず変な奴」

そう言いつつもなんだか嬉しくて、ウルリカの顔は少し笑ってしまっていた。




(何をやっているんだ俺は!!)
思わず追いかけてしまったあとの自分の行動が信じられない。
まさかこんな丁寧に礼を返されると思っていなかったのもあるが、あの包帯姿がまた実りの丘でのことを思い出させて彼の調子を狂わせた。
そして、あっさり帰ってしまおうとするウルリカを呼び止めたはいいものの、何を言えばいいのかわからず、だからといってそのまま帰す気にもなれなくてあんなことを口走ってしまった。
正気に戻った瞬間自分の行動の異常さを自覚し、アトリエに戻れば確実に主のお仕置きが待っていると寮へ戻ってきたはいいがすることがない。
おかげで悶々と今日の出来事を考えてしまうのだ。
「くそっ」
渡されたコートからは清潔な石鹸の香りがし、寂しいような切ないような、落ち着かない気持ちになった。
(なんで俺がこんな思いをしなきゃならないんだ!)
乱暴にコートを仕舞い、ベッドに身を投げ仰向けになる。
目の前に貰ったドラゴングローブを掲げると、その品質の良さについ見入ってしまう。
(あいつ、こんなの作れるのか)
ロゼは戦闘技術科、課題も戦闘に関するものが多いのでこういうものは助かる。
いつも馬鹿呼ばわりされているにも関わらず、彼女は自分のためになにがいいか最善の物を考えてくれたのだろう。
(こういうところが、わからないんだよ!)
喧嘩を売ってきたかと思えば、次の瞬間には笑顔で話しかけてくる。
無神経かと思えば借り物を守ろうと自分が怪我をし、今回のように予想以上の気の使い方をしてきたりもする。
いつだってウルリカの行動と考え方は読めなかったし、それがロゼを余計イラつかせた。
(こんなもの)
礼として渡された手前ありがたく貰っておくと言ったが、すでにロゼは主人であるリリアにもらった愛用のグローブがある。
(使わなくたって、いいんだ!)
もうあと少しで学園も卒業、探索で鉢合わせなんてこともないだろう。
使っていなくても本人にはわからない。

『今日は、ごめん』

しかしロゼの頭の中には、本当に悲しそうに、申し訳なさそうに謝り、イカロスの翼を掲げるウルリカの姿があった。




翌朝。
昨日は寮へ逃げたものの結局リリアに捕獲を依頼されたユンに捕まり、手痛い仕置きを受けてしまった。
なにがあったのかしつこく聞かれたが、まさか自分がついていながら彼女に怪我をさせたなどと情けないことは言えず、黙秘を通したのも彼女の怒りに触れたらしい。
それでも名誉はどうにか守り通したし、仕置きは慣れていたのでまぁ、いいだろう。
「さて、今日も探索に行くか」
やっとひとりきりになれる時間だ。
ロゼは機嫌よく寮の自分の部屋で出かける用意をする。
その手には真新しいドラゴングローブがはめられていた。


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