『駄々っ子娘とクールガイ』



学園の敷地内の道を大股で歩きながら、ウルリカは歯を食いしばった。
(あー、ムカツク腹立つイライラする!!!)
ある二人の人物を思い出すだけでウルリカは怒りが頂点に達する。
今さっきやっと課題を提出してきたのだが、ギリギリすぎて教師に「こんなこと続けてると落第するぞ」と脅しをかけられたのだ。

(それもこれも全部、あいつらのせいよ!!)

すぐ隣のアトリエにいる貴族の娘、リリアとその従者ロゼ。
課題のたびにいつも自分の邪魔をして、高笑いと皮肉でウルリカの神経を逆なでする。
今回の課題もリリアたちが邪魔さえしなければもうとっくに提出出来ていたのだ。

(ただでさえうちは先生受け悪いのに、余計評価下がっちゃったじゃない!)

もともと低いのは自分が授業中ほとんど寝ているせいなのだが、そこらへんは都合よく頭から消えている。
すごい形相で歩くウルリカをすれ違う生徒たちはみんな避けて通った。

「あ!!」

怒りを持続させたままアトリエへ向かっていると、中庭で、一人歩くロゼを見つけた。
(チャーンス)

「そこの嫌味男! 止まりなさい!」

「ん?」

少し考え事をしながら歩いていたロゼは、聞き覚えのある声と呼び方につい、足を止めてしまった。
突然彼女の武器である魔法石の付いたストラップを突きつけられ、訝しげに睨み付けると、ウルリカは嬉々とした様子で宣言した。

「ここで会ったが百年目! 勝負よ!!」

「は?」

わけがわからず、ロゼは間の抜けた声をだしてしまう。
しかし、その返事をそれを聞いてまた馬鹿にされたと思ったウルリカの怒りが更にヒートアップした。

「日ごろの恨み、思い知りなさい!!」

「なっ!」

いきなり放たれた光球を寸前でかわす。

「なにをする!!」

「問答無用!!」

続けざまにスィングをした魔法石から数発の光球がロゼを襲うが、狙いが正確すぎて逆に避けるのが容易い。
すべての攻撃が無駄に地面をえぐるだけで終わったが、ウルリカは諦めなかった。

「ちょこざいな!」

更に魔法を発動しようとする。
が、ロゼもそれを黙ってみているほど間抜けではない。

「いい加減に、しろ!!」

男女の差以上に経験が違う。
ウルリカはロゼの手刀であっさり武器のチェーンつき魔法石を手から落とされ、そのままがくりと膝をついた。

「まったく。相変わらず無茶な女だな。オレが何をしたって……」

怒りよりも呆れの方が大きい。
というよりも、顔を合わせるたびに喧嘩を売られてきたので慣れてきてしまったのかもしれない。
魔法攻撃で舞い上がった埃のついたコートをはたき、ウルリカの落としたストラップを拾ってやって渡そうとすると、座り込んだ少女の大きな翡翠色の瞳からぽとりと大粒の涙が落ちた。

「う……」

「え? ちょ、ちょっとまっ……」

嫌な予感がする。

「悔しいいいぃぃ〜〜〜!!」

「やっぱり!!」

大声で人目も憚らず泣き出したウルリカに、さすがのロゼも焦る。
たださえ真昼間に人の多いところで戦闘を仕掛けられ注目を集めていたのに、余計人が集まって来てしまった。

「あああ! 馬鹿こらっ! 泣くな!!」

「おい、あいつ女泣かせてるぜ」
「なになに? 痴話げんか?」

野次馬からとんでもない誤解が聞こえてくる。
「くそっ」
とにかくこのままここに居ては見世物になるだけだ。

「おい、こっちにこい!」

子どものように無くウルリカは、ロゼに腕を掴まれ立たされると、そのまま無理やり引きずられていった。




ようやく人気の少ない木立までくると、ロゼはウルリカの手を離し草地の上に座らせる。
「いきなりあんなところで魔法ぶっ放すとか、どれだけ常識がないんだお前は」
初めて出会った頃から馬鹿だ馬鹿だとは思っていたが、ここまでとは。
少し説教臭く言うと、ウルリカは泣きながらも反論をした。
「だって、採取アイテムは踏み荒らされるし水樹の実争奪戦では負けるし、ぷにぷに玉もらうのは邪魔されるし!!」
最後のはともかく、最初の二つはウルリカが自分で招いた事態だったが、彼女の中ではすべてロゼたちのせいになっていた。
「お前、反省という言葉を知っているか?」
ロゼたちのアトリエに喧嘩を売っては負けてを繰り返しているのはいつもウルリカの方だ。
そのことを暗に指摘しても、興奮したままのウルリカには通じない。
「そんなのしらないもーん!!」
自棄になっているのか、わんわん泣きながら否定する。

「はぁ」

(だめだこりゃ)
ロゼはため息をつくとポケットをあさり、紙袋を取り出した。

「食え」

「むぐ!」

口に無理やりクッキーを突っ込まれ、ウルリカはやっと声を上げて泣くのをやめる。

「……おいしい」

ほのかにレモンの香りのするそれは、とても甘く、正直泣き疲れてきたウルリカの心を落ち着かせた。。

「ほら、残りもやるから」

リリアとのティータイムに出た茶菓子の残りをすべてウルリカに押し付ける。

「だからもう泣くな。―――八つ当たりもやめろよ?」

子どもはお菓子で釣るに限る。
念を押した後、ウルリカが口をもぐもぐしながら頷くのを見てほっとし、ロゼは立ち上がってその頭を一度軽く叩いてやると何事もなかったようにスタスタと去っていった。

(これ、どこで売ってるんだろう)

一通り暴れ、泣き、すっきりしたウルリカも、さっきまで倒す気まんまんだったロゼのことを忘れ、すっかりこのクッキーの虜になっていた。


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