贖罪 〜救われるのは彼か彼女か〜
| 庵の部屋を出たあと、ちづるは当ても無く歩いた。 病院も一人暮らしの部屋も、もう戻ることは出来ない。 かと言って頼る友人も居ない。 これ以上迷惑をかけるわけにはいかないと思って庵から離れたものの、実は怪我の悪化に伴って熱も上がってきており、立っているだけで も辛い状態だった。 どこへ行こうか…。 しばらくふらふら歩いていたちづるは、公衆電話を見つけると残っていた小銭を入れる。 呼び出しの時間がまどろっこしい。 『もしもし』 「私よ、迎えに来てちょうだい…」 ちづるは相手が名乗る前に一言告げると、受話器をもったまま座り込み、そして気を失った。 『京、ちづるさんの居場所がわかったぞ』 その電話がかかってきたのは、行方不明騒動の起きたさらに二日後だった。 「どこだっ?!」 落ち着いて話す紅丸とは対照的に京はイライラを隠せなかった。 ちづるが病院から姿を消して三日、夜もほとんど眠らず探してきた。 怪我が完全に治っていなかったからというのもあったが、最初の日の夜ちづるの実家で火事騒ぎがあり、それがちづるが火を付けたために 起きたものだとの噂を耳にして余計にいてもたってもいられなかったのだ。 「あの馬鹿、どこに行ってやがった!」 『言う、言うから少し落ち着け』 「これが落ち着いてられっか!!」 『京、俺たちはちづるさんがなんの理由も無しにこんなことをするとは思ってない。それはお前もそうだろう?きっと彼女にはどうしても 病院を出ていかなければ行けないなにかがあったんだ』 「そりゃあ…」 それは確かに京もちづるが気まぐれでだれも彼にも心配をかけるようなことをするはずが無いということはわかっている。 だが、理性と感情は別なのだ。 沈黙した京を肯定と受け取ったのか、紅丸は後を続けた。 『彼女は今、白川という人のところにいるらしい』 「白川?」 『俺たちも何度か顔を見ている。大会のときよくちづるさんの傍にいた髭の執事っぽい人だよ』 「あー…、いたな、そんなおっさん」 ちづるがKOF主催者の顔となるとき、隣には必ず白髪交じりの髪に同じ色の髭を生やした60前後の男がいた。 いかにも紳士といった感じのきっちりした服装に話し方だったのでどうにも苦手で、挨拶以外の会話を交わしたことはなかったが顔はよく 覚えている。 『病院に彼女の面倒はそこで見ると連絡があったらしい。強制的に退院手続きをとったそうだ』 「場所は?」 『一応聞いたけど…』 紅丸が言いよどむ。 「けどなんだよ」 『今の状態のお前に言うのもなぁ』 「うるせぇ!さっさと教えろ!」 ここで言わずに電話を切ったりしたら家まで乗り込んでくるだろう。どうせ黙っていてもそのうちバレることだし、あとで隠していたこと で八つ当たりをされるのも嫌で電話したのだから仕方が無い。 紅丸は相手に聞こえないよう電話先でため息をついた。 <俺、最近こんなんばっかだなぁ> 「で、どこにそいつの家はあるんだ」 ほぼ無理やり紅丸から住所を聞きだすと、京はすぐに家を飛び出した。 バイクにまたがると、ヘルメットをつけるのももどかしくエンジンをかけ、片手でフルフェイスメットの上がったバイザーをおろしなが ら発進させる。 「神楽の馬鹿、あんな怪我でなにやってんだ!!」 声に出して悪態をつきながら愛車を飛ばす。 まだ完全に癒えていない怪我をおして病院を抜け出し、その日の夜に実家が火事。しかも犯人はちづるという。 自分のしらないところで何かが起きている。 <なぜ俺を頼らない!!!> 必要とされない悔しさが怒りとなり、無意識にアクセルを強く握らせた。 教えられた白川の住んでいるマンションは、俗に言う億ションらしくかなりでかい。 建物そのものが彼の所有物で一番上の3つの階が彼の事務所兼住居、他は購入した人たちが住んでいる。 バイクを駐車場に止め、マンションの入り口に向かうが両開きのガラスドアはオートロックなので前に立ってもまったく開く気配が無い。 見るとすぐ脇の壁に暗証番号を押す機械が付いているがもちろん番号など知るわけも無く、とりあえず「呼出し」と書いてあるボタンを 押してみた。 『はい、こちら管理室です』 「あー、ここに住んでる白川隆って人に用があるんだけど」 『失礼ですがどちら様ですか?』 「草薙京ってもんだけど…」 『草薙様、ですか。少々お待ちください』 いったん通信が切れ、京はイライラしながらその場で待つ。 5分ほど経ちそろそろキレそうになったころインターホンから声がした。 『申し訳ありませんが、白川様からお会いになれないとの…』 「燃やすぞ!!」 とうとうぶち切れた京が怒鳴ると、しばらくしてガラス戸が音も無く開いた。 「なかなか乱暴な訪問ですね」 エスカレーターで表示された一番上の階まで上り、ドアが開くと目の前にスーツ姿の白川が立っていた。 「いらっしゃいませ、草薙様」 優雅な礼をするが、顔は笑っていなかった。 「そこどけよ」 出口をふさがれて、京はエスカレーターの中から凄んだ。 「申し訳ありませんが、そのままお帰りください」 「ざけんな、どけ」 「ちづる様は今、お怪我が悪化しどなたともお会いできる状態ではございません」 「しるか」 話しても無駄だとばかりに無理やり通ろうとするが、その見た目と違い、脇へどかそうとする京の力に白川はびくともしなかった。 <こいつできるな> 「わかった。だがな、俺も3時間もバイク飛ばしてここまできたんだ。茶の一杯くらい飲ましてもらってもバチはあたらんだろ?」 「お茶、ですか」 「ついでにあんたに聞きたいこともある」 「わかりました。私で答えられることでしたら。どうぞ」 京はおとなしく白川の後ろについて歩いたが、心の中は怒りで爆発しそうだった。 案内された先は壁が全面ガラス張りのオフィスで街が一望で見渡せる。今が夜ならさぞかし綺麗な夜景が見えるだろう。 「コーヒーと紅茶はどちらがよろしいですか?」 「緑茶」 「了解しました」 京のちょっとした仕返しに眉ひとつ動かさず室内電話で緑茶を持ってくるように言うとそのまま仕事用のデスクに座り、京には向かい側 にあるソファを勧めた。 遠慮なくどかっと腰を下ろすと単刀直入に聞く。 「で、神楽はなんで病院から抜け出したんだ?」 「お答えできません」 「例の神楽の実家の火事。あれ、神楽が火ぃつけたって本当なのか?」 「すみませんがそちらも…」 「答えられないってか」 「ちづる様からのご命令ですので」 一番苦手で嫌いなタイプの男だ。 やっぱり大会で会っても話さないでおいて正解だったぜと心の中で毒づく。 このまま帰る気はさらさらないのでどうするか迷っていると、コンコンとノックの音が響き部屋のドアから秘書らしい女性がお盆に緑茶を 二つ乗せて入ってきた。 「失礼します。お茶をお持ちいたしました」 <ナーイスタイミング> 「ごくろーさん、すっげー喉渇いてたんだ」 京はお茶を受け取ろうとするふりをして立ち上がり女性に向かうが、そのまま女性とすれ違い、ドアの外に駆け出した。 「草薙様!!!」 「神楽!どこだ!!!」 白川がとっさに京の後を追うが追いつけない。 「だれか、草薙様をお止めしろ!!」 京は手当たりしだいドアを開け、中を確認し、そのうち見つけた階段を登る。 途中何人か社員とおぼしき男や警備員らしき男たちが京を止めにかかったが、かたっぱしから吹っ飛ばされた。 最上階まで来たとき、これまでで一番屈強そうな男ふたりが守るようにドアの前に立っている部屋を見つけた。 直感がちづるがそこだと告げる。 「神楽っ!!」 駆け寄る京をその二人の男が体を張って止めた。さすがにこれまでのように簡単に突き放せないが、仕事でちづるを守っている一般人相手 にそこまで乱暴なことも出来ず、力だけで対抗し、叫ぶ。 「お前ふざけんな!!どんだけ周りに迷惑かけたかわかってんのか?!舞やキングもお前が行方不明って聞いて心配して日本まで来てた んだぞ!」 「草薙様、無茶はおやめください」 ようやく追いついた白川が多少息を乱しながらも京を咎める。 「うっせぇ!このまま帰れるか!神楽!」 ここで引き下がったらもう二度と建物にも入れてもらえないだろう。 「あいつらみんなに心配かけて、お前それでいいのかよ!」 すべて吐き出したとき、部屋の中から鈴を鳴らすような音が聞こえた。 「…山崎、本宮、草薙様を部屋へ」 山崎と本宮というのがこのごつい男たちの名前らしい。二人は音に反応するように京から身を離し、白川の指示を受けて部屋のドアを開け た。 「ふたりだけにしてちょうだい」 ちょっと掠れたようなちづるの声が中から聞こえ、3人はそこへ残り、京が部屋の中へ足を踏み入れると白川が頭を下げながら静かに外からドアを 閉めた。 「神楽…」 「草薙、ひさしぶりね」 ちづるがダブルサイズのベッドに上半身を起こしてこちらを見ていた。 その向こうの壁はさっきのオフィスと同様にガラス張りになっていて、高所恐怖症の人間ならひきつけを起こしかけない高さだ。 首には白い包帯が隙間無く巻かれ、浴衣のような服の胸元にも巻かれた包帯が見える。 怪我が悪化しているのは本当のようだ。 顔は熱があるらしく、少しだけ赤い。 「お前、なんで…」 「それで、舞さんやキングさんはまだ日本に?」 京の言葉をさえぎり、ちづるが質問する。 「え?あぁ、いや、昨日の夜お前がここに無事にいるってことがわかって、もう今朝の飛行機で帰ったはず…」 「そう…。申し訳ないことをしたわね」 ここでやっと、京はちづるがなにかこれまでと違うことに気づいた。 申し訳ないといいながら顔からはまったくそんな気配がうかがえなのだ。 「今回のことで迷惑をかけた皆さんに、私が謝っていたと。もう心配することはないと伝えてもらえる?あなたももう私のことは構わない でも大丈夫よ、ごめんなさいね」 ちづるは無表情で淡々と告げ、最後に口だけで笑った。 「この通り元気だから」 その冷たい目にぞっとする。 「神楽お前なにがあったんだ、おかしいぞ?」 おそるおそるベッドに近づき、ちづるに触れようとするが、直前で思いとどまりこぶしを握る。 すでに怒りは困惑へ変わっていた。 「病院を抜け出してまで何をしてたんだ」 「…」 質問を変える。 「お前の実家の火事騒ぎ、知っているか?」 「…知っているわ」 「火をつけたの、お前じゃないよな?」 「だれだっていいでしょ」 「なんだよ、その言い方」 かちんと来て思わず言葉がきつくなる。 「さすがにちょっとひでぇんじゃねーか?」 ちづるは片手で頭を抑えると、責める京を面倒そうに見上げた。 「ごめんなさい、疲れてるの。もう帰ってもらえないかしら」 「は?なに言ってんだ」 「お願いだから帰って」 「なにひとつ満足な答えもらえずに帰れるわけねーだろ」 「白川!」 ちづるは京を無視して外に呼びかけた。 名を呼ばれた白川はすぐにドアを開けてちづるの元へ駆けつける。 「草薙が帰るわ」 「かしこまりました」 京は驚いて白川に掴まれた腕を振り払う。 「神楽、お前!」 「さようなら、見舞いに来てくれてありがとう。じゃあね」 もう終わりとばかりにそのままベッドに横になり目をつぶるちづるを見て京はこれ以上なにを言ってもだめだと悟った。 なにを言っても通じない。 これまで言い合いをすることは腐るほどあったがこんなことは初めてだった。 むしろ、会話を途中で放棄していたのは自分の方だった。 今ここにいるのは本当にあの神楽ちづるだろうか。 「草薙様…」 再びとられた手を京は振り払い、ちづるに背を向けた。 「構うな、一人で帰れる」 「では、お気をつけて」 無言で部屋を出て行く京を見送ると、白川はちづるの傍へ寄った。 「ちづる様、よろしいのですか?」 寝たふりをしていたちづるは目を開けると、天井を見つめたまま言った。 「草薙の性格なら、これでもう来ることはないでしょう」 今は、なにも考えたくなかった。自分のことでいっぱいいっぱいで、誰かが心配するかも、迷惑をかけるかもと思うのもわずらわしい。 ある意味、オロチの存在がこれまでの生きる心の支えをなっていたのかもしれない。 自分の心が日に日に壊れていくのを感じながら、ちづるはそれを止めることはできなかった。 白川も今のちづるの状態は決してよくないとわかっていたが、彼女の下について助ける立場である自分にできることは怪我の治療を助 け身を守り、今ちづるを追い落とそうとしている連中に逆にこちらから制裁を加えること。彼女の心にまで立ち入ることは出来ない。 それは対等な立場に居るものでなければ…。 「では、失礼いたします」 白川は断ってから部屋を出ると、京の後を追うことにした。 「なんなんだ、くそっ」 乗ってきたエレベーターがいつのまにか一階まで下りてしまっていて、仕方なしにまた上ってくるのを京が待っていると後ろから声がかけら れる。 「草薙様、直通のエレベーターがありますのでそちらをお使いください」 そのころには京はすっかり白川のことが嫌いになってしまっていたが、少しでも早くここを出て行きたかったので言葉に従うことにした。 直通エレベーターは京が来たところからまた二つほど隣の部屋を出たところにあり、ボタンを押すとすぐに扉が開いた。 「もし……、もし本当にちづる様のことを心配してくださるのなら八神庵に話をお聞きなさい」 「は?」 京が乗り込み、ドアが閉まる直前に白川が突然言った。 「おい、ちょっ…」 聞き返そうとしても、発進してしまったエレベーターは直通なので途中で止まって引き返すこともできずそのまま降りるしかなかった。 一階で降りると急いでボタンを押したがうんともすんとも言わなくなっており、もう中へ戻れない。 「八神に聞けだ?」 正直、こんなことでちづるに関して話を聞くのを諦めてはいなかった。 むしろ余計に気になって仕方が無い。 ちづるは怒らせれば気の短い京は面倒になって放棄すると思っていたがまったくの逆効果だった。 <結局、笑ったこと謝ることできなかったし> 冷静になり、当初の目的を思い出す。 すでに暗くなっており、これから庵のところへ向かうとなるとかなり遅くなる。 だが、そんなことを気にしてはいられなかった。 <行くしかねーよな> 久しぶりに出会ったちづるの姿を思い出すと、心がざわつく。 行けばきっとなにかわかるはずだ。 再びバイクを走らせ頭が物理的にも冷えてくると、京はひとつおかしなことに気が付いた。 「そういえば、なんでドアの前に護衛なんか居たんだ?」 あの時は自分が暴れていたせいで違和感を感じなかったが、今日来ると宣告していたわけでもないのに護衛がいるということは、京が 無理やり病室へ入るのを食い止めるために雇われていたとは思えない。 ということは常時ちづるをなにか外敵から守るためにいるのだ。 しかし、いったいだれから…? 一時も早く庵に会って話を聞くしか今はこの疑問を解消する方法を見つけることは出来なかった。 築20年近くたっていそうな庵の住むアパートに着いたのはもう夜9時を回る頃だった。 これまで何度か訪ねたことがあったので特に迷うこともなかった。 居なかったらどうするか考えていなかった京は、庵の部屋の窓に明かりがついていることを確認してほっとする。 「八神、おい、開けろ」 名前を呼びながら乱暴にドアを叩く。 なぜこのアパートにはインターホンが無いのだろう。まぁ、ただ単に古いからかもしれない。 「やかましい、近所迷惑だ」 かなり嫌そうな顔の庵が乱暴に外開きのドアを開けて顔を出した。 「何しに来た」 「聞きたいことがあるんだ」 「俺には話すことなどない」 <相変わらずむかつく野郎だ> 庵の対応に思わずむっとするが、こんなことでキレてる場合じゃない。 「神楽のことについて聞きたい」 いつもと違う京の様子に庵も関心を示したようだった。 「…入れ」 部屋に上がるとすぐにコタツが見えたので、一日ずっとバイクで移動していてすっかり体の冷え切った京は遠慮なく潜りこんだ。 「あー、生き返る…」 「貴様、コタツに入りに来たわけではなかろう」 庵は向かい側に座り、京に話を促した。 「あー、そうそう…。お前、神楽についてなに知ってるんだ?」 「わけがわからん」 かなり唐突な話題ふりに庵は眉をひそめる。 どうもうまく説明できない。仕方ないので、京はなるべく簡単に自分がここまできた経緯を話すことにした。 「えっとまぁ、まずは三日くらい前に神楽が行方不明になったわけよ」 「行方不明…?」 「突然病院から姿消してなー。もう大騒ぎ」 いったん言葉を止めるが、庵が口を開く様子もないので話を続けた。 「んでまぁ、俺たちみんなで探したんだけど全然みつからんくて、その間に神楽の実家が火事になって、火をつけたのが神楽自身だとか 噂流れてくるしなにがなんだか。そしたら今朝、白川隆って大会んとき居た執事っぽいおっさんのところで治療してるってわかって俺が みんなの代表して神楽の様子を見に行った」 別に代表してとかそんなのではなく勝手に行動しただけなのだが、そこらへんは自分に都合よく記憶を置き換える。 「会ってみたものの神楽の様子がおかしかった。うまく言えないけどな。どうしたって変だった。したらその白川のおっさんが知りたきゃお前に 聞けっていうんで来たわけ。以上」 「相変わらず馬鹿っぽい話し方だな」 「うっせぇ」 コタツに入ってすっかり気の抜けた京は一日の疲れがどっと押し寄せ、庵の皮肉も効果がない。 「次はお前の番だ」 「ふむ…。まぁ、いいだろう。まず最初に、俺は神楽が行方不明であることを知らなかった」 「そりゃあ、普通あの状態で病院抜け出すなんて思わ…」 「違う。俺は神楽が何をしてどこにいるか知っていたからだ」 「は?」 「やつは病院を抜け出したその日、実家で母親を殺そうとした。結局そのときは失敗したが、たぶんまだ諦めていない」 「はぁ?!」 あまりにも突拍子も無い話に、京は信じることが出来ない。 当たり前だ、実の母親を娘が殺そうとするなんて、しかもあの神楽が! 「怪我が治ったら、またやるだろうな」 「んな馬鹿な話信じられるか!」 「信じる信じないはお前の勝手だ」 庵が鼻で笑う。 わざわざこんな作り話をするような男で無いのは知っている。しかしだからと言ってはいそうですかと素直に受け入れられる内容でもな かった。 「よし…、よしわかった。まずあれだ、最初から順序だてて全部話してくれ。お前がなんでそんなことを知っているのかも」 「面倒だな」 ため息をつきながらも、庵は仕方なく駅前でちづるを見かけたところから話し始めた。ただひとつ、庵が駆けつけたときちづるが 山南という男に暴行されそうになっていたことを除いて。 神楽家に火をつけたのはちづるではなく自分だという部分になると、京はそこだけはやけにあっさり納得したのだった。 話をすべて聞き放心状態で家に帰ったときはもう夜明けも近く、そのまま自室のベッドへ倒れこみ泥のように眠った。 その京を起こしたのは昼過ぎにあった紅丸からの電話だった。 『もしもし、京?』 「…あ?」 反射的に携帯を手にとったものの、寝ぼけている京は満足にしゃべれなかった。 『もしかして寝てたか?』 「ん…?あ、あぁ、紅丸か。もう起きるから大丈夫。どした」 目をこすりながらベッドの上に胡坐をかく。 ついでに大きなあくびがひとつでた。 『いや、ちづるさんの様子どうだったかと思ってさ。行ったんだろ?』 「あぁ、思ったより元気だったよ」 『なんか言ってたか?』 「みんなに迷惑かけて悪かったって。突然いなくなった事情までは聞けなかったけど、もう大丈夫みたいだったぜ」 『そうか、よかった』 本当のことなど、言えなかった。 紅丸が今回のことで連絡役として文字通り走り回っていたのを知っている。 しかし、ここから先はすべて自分が請け負うと京は決めた。 『じゃあ、他のみんなにも俺から伝えておくわ』 「よろしく」 ほっとしたような声で言うと、紅丸は電話を切った。 京は通話の切れた携帯を見つめ、思いを廻らす。 <神楽を止めなければ…> 人殺しになどさせるわけにはいかない。彼女が本当にそれを望んでいるとは思えない。 ちづるがどんな想いでいるのかを知るためには、どうすればいいのだろう。 自分は知らな過ぎるのだ、なにもかもを。 ───今度こそ俺は彼女を助けられるのだろうか…─── あの夜、月明かりに照らされた傷だらけのちづるの姿を心に刻むと、バイクの鍵を手に取り京は部屋を後にした。 |