『紙一重の告白』



「おねえさん。爆弾そんなに持ってどこに行くんだい?」
「決闘!!」
「え?」
アトリエにある作り置きの爆弾を袋に詰め込み、ウルリカは気合いを入れてそれを肩に担いだ。
「決闘って、だれと?」
「決まってるじゃない。隣の嫌味男よ」
「ロゼおにいさんと?」
そんな様子を疑問に思ったペペロンの質問には意外な答えが返ってきた。
卒業間近の決闘。
ウルリカならいかにもありそうだが、あるとすればリリアあたりだと思っていた。
「一緒に行こうか?」
「いらない。私ひとりで十分だわ」
「うーん……」
相手がロゼということは決闘は間違いだろう。
彼は仲間内でも一番冷めた性格をしていて、そんな熱い展開とはほど遠い。
危険はないと判断して、ペペロンは放って置くことにした。
「うん、わかった。いってらっしゃーい」
「勝つ!!」
鼻息荒く出ていくウルリカを、忠実な僕の妖精は笑顔で見送った。



「……なんだそれは」
「なにって、爆弾」
「見れば分かる」
「じゃあ、聞かないでよ」
呼び出された図書館裏には、見慣れた黒のコートを着て、すでにロゼが待っていた。
到着してすぐに持ってきた荷物を広げたウルリカを見てロゼは変な顔をする。
「なんで爆弾なんて持ってきたんだ?」
「私にとって戦いの必需品なの」
朝目を覚まし、着替えて部屋を出ようとするとドアに一枚の紙が挟んであった。
差出人の名前はロゼリュクス。
今日の放課後、図書館裏で待っているから来いという。
それを見た途端ピンと来たのだ。
これまであったいろいろなことに決着を付ける気なのだと。
入学以来、ロゼのアトリエとは何度も揉めてきた。
表向きアトリエを仕切っているリリアとはまったく気が合わないし、その従者であるロゼとはマナの聖域で多少のわだかまりが解けたものの口を開けば嫌味の応酬になる。
確かにこのまま卒業ではウルリカもすっきりしない。
なので手紙を読み終えて、嬉しさに顔が笑ってしまったくらいだ。
「さぁ、どこからでもかかってきなさい。どっちが勝っても恨みっこ無しだからね。まぁ、私が勝つけど!」
満面の笑みで爆弾を両手に構えるウルリカを見て、頭痛がしてきたロゼは額を押さえた。
「なんでそうなる……」
「なによ。来ないの? じゃあ、こっちから行くわよ」
「待て。お前がなにをどう誤解しているのかはわからないが、とりあえずあれだ。今日が何の日かわかるか?」
やる気満々のウルリカは今にも爆弾を投げて来そうだ。
ここで怒らせたら確実に自分めがけて大量の爆弾が飛んでくるので、ロゼはなるべく慎重に話し始めた。
「何の日って、卒業式三日前の日」
「それは間違っていないが、違う」
なにが違うのかわからないウルリカはきょとんとして首を傾げる。
その仕草にちょっとかわいいなと思いつつも、ロゼは「説明してやるからまず爆弾を降ろせ」と言った。
「あ! そんなこと言って油断させる気でしょ!」
「俺はそんな小さい男じゃない」
疑いのセリフにため息を付きつつ否定すると、それは納得してくれたらしく渋々と爆弾類を足下に置いた。
「で、決闘じゃないならなんなのよ」
腰に両手を当て、仁王立ちで問いただしてくるウルリカに、なるべく丁寧に答える。
「今日は、3月14日だ」
「そうね」
「世の中ではその日をホワイトデーと呼ぶ」
「ホワイトデー?」
「バレンタインデーにもらったチョコのお返しを、男がする日だ」
「……あー」
やっと思い出したらしい。
ぽんっと手を叩いて、でもやっぱり分からないと首を傾げた。
「それが私たちになんの関係があるのよ」
(やっぱり、覚えてないのか)
自ら記憶から抹消したのか、それともあの時具合が悪かったため本当に記憶が抜け落ちてしまったのか。
しかし、覚悟はしていたので、これも最初から説明することにした。
「じゃあ、2月14日のことは覚えているか?」
「思い出したくないけど。義理チョコ作りすぎて吐きそうになったのなんて初めてだから忘れたくても忘れられないわよ」
バレンタインデーにウルリカ達がやった義理チョコ代理制作の秘密のアルバイトは、もうロゼのアトリエのメンバーにも知られているので隠さずに答える。
「その後、俺と会ったことは?」
「は?」
「義理チョコを作り終えて、酔い醒ましに来た時計塔で俺と会ったことは?」
やっと核心に迫り、ロゼは少し緊張をした。
どんな反応をされるのか。
他人の自分に対する評価を気にするのは初めてだ。
「え? あれ? いや、だって、あれは夢で……」
忘れてはいなかった。
みるみるウルリカの顔が赤くなり、否定するように首を横に振る。
しかし、ロゼは真剣な顔で肯定した。
「俺がお前にキスをしたことなら、夢じゃない」
一度は心の中だけに留めておこうとした想い。
けれど、卒業を目の前にしてやっぱり諦められないとわかった。
「あの時俺はお前に……、お前にその気がなくても、チョコをもらったんだ」
「嫌味男の、馬鹿ーーーーーー!!!」
怒鳴り声とも悲鳴ともつかない叫びと共に、ウルリカは足下にあった爆弾を両手に拾い上げロゼに向かって投げつける。
ロゼは居合いの要領で剣を抜き、一刀でその全ての導火線を断ち切った。
ぼとぼとと音を立てて、火薬の固まりが地面に落ちる。
「あ、あんたなにしたかわかってんの!? あれ、あれ、私初めてだったんだからっ!!」
一応ウルリカだって年頃の女の子だ。
普段意識していなくたって、ファーストキスに多少の夢くらいあるような気がしなくもない。
はっきり理想が出来る前にあっさりロゼに奪われて、でも目が覚めたら自分の部屋のベッドだったから「夢だったんだ」で片づけられたのに、わざわざ実は現実でしたと言いに来るとはウルリカにとって嫌がらせ以外の何者でもなかった。
「どんだけ私が嫌いなわけ!? 聖域で少しは仲直り出来たと思ってたのに!」
強気な性格上なかなか言い出せなかった謝罪を、光のマナという共通の大敵を前にしてやっと果たせた。
そのときロゼは笑って許してくれたし、今回の決闘の申し込みだって(結局勘違いではあったが)これで本当に全てをすっきりさせて終わったら握手という熱血マンガ並の展開を期待していたのだ。
裏切られた怒りと悲しみとで、高ぶった感情に涙が滲む。
「なんでそこで『嫌い』という言葉が出てくるのかはわからないが言っておく。俺だって初めてだ」
単純なようでいつもずれているウルリカの思考回路の中で、今の話がどう理解されているのかわからないが、どうやらロゼの思惑とはまったく逆の解釈をされてしまっているらしい。
(というか、もしかして俺は泣くほど嫌われているのか?)
最近は笑顔を見せてくれるようになったし、ケンカせずに会話も成立するようになったので多少の希望を持っていたのだが。
抜いた剣を収め、これ以上刺激しないようにと軽く両手を上げて謝った。
「すまなかった。泣くほど嫌われるとは思っていなかったんだ。ただ、あの時の、いや、あの時からの気持ちを伝えようと」
ウルリカはまだ睨んでいる。
予想以上の拒絶にかなりのショックを受けたが、これは自業自得だ。
「お前の事が好きで、同意も得ずにキスをした。すまない」
「え?」
それはウルリカにとって予想外の言葉だったようだ。
心から驚いたような表情に、ロゼは少し悲しくなる。
(こいつの中で、俺は嫌がらせでキスをするような男なんだな……)
そして本当は謝る為ではなく、告白の為に用意したプレゼントをそっと地面に置いた。
手渡しをしたがったが、とても近づける雰囲気ではない。
「これは、バレンタインのお返しだ。けれどその理由が嫌なら、これまでの、俺がお前を傷つけた行為の謝罪として受け取ってほしい」
図書室でいろいろレシピを調べ、自分で選び、作った物だ。
きっとウルリカに似合うだろうと思ったのだが、これをつけた彼女を見れる日はもう来ないだろう。
「じゃあな」
自惚れてた訳じゃない。
実際なってみると相当きついが、振られるという結果ももちろん考えていた。
まぁ、振られるというのとはまた違った展開ではあるが、仕方がない。
後ろ髪を引かれる思いをしつつ、これ以上嫌われたくないので背を向けると「ちょっと、待ちなさいよ」と怒った声でウルリカが呼び止めた。
「なんだ?」
立ち止まったものの、ロゼは振り向かなかった。
精一杯、溢れそうな思いを我慢して背を向けたのだ。またウルリカを前にしたらもう一度諦められる自信がない。
「バレンタインデー、あんた、私からチョコが欲しかったの?」
(そこからか!!!)
思わずいつもの調子で突っ込みそうになったが、今、口げんかをすれば本当に修正が効かなくなってしまうので堪える。
「あぁ、そうらしい」
ここで去るべきなのだろうが、未練がましく足を動かすことが出来なかった。
するとウルリカが更に声をかけてくる。
「じゃあなんでそう素直に言わなかったのよ」
「言えばくれたのか?」
「チョコくらいあげるわ。私そこまで心狭い女じゃないし」
「俺は、お前のことが好きなんだぞ?」
「それは、なんかまだよくわかんないけど……。ってか、真面目に話ししてるんだからこっち向きなさい!」
ずっと後ろを向いたままのロゼに業を煮やしたウルリカが、イラついたようにロゼに近づきその腕を引く。
「好きって言うのは……」
もう、逆らえなかった。
振り向けば、涙の後を残したウルリカの顔が目の前にある。
ロゼはすぐさまウルリカを抱きしめ、その頬の濡れた場所にキスをした。
「こういうことだ」
抱きしめたまま顔だけを離し、ウルリカの反応を確認すると、やっぱり目を見開いて言葉を失っている。
(だから自分からこの場を去ろうとしたのに)
たぶん、ウルリカにとってロゼから逃れる最後のチャンスだった。
(あぁ、やっぱり柔らかくて暖かいな)
腕の中のその感触に、もう嫌われようがなにしようがどうでも良くなってくる。
バレンタインデーに無自覚にキスをしてしまってからずっと、あの瞬間の事が忘れられなかったように、一度覚えてしまったこの温もりもまた手放せなくなってしまった。
開き直って抱きしめたままのロゼに、ウルリカはわなわなと震え出す。
「わ・か・る・かあああああ!!!」
一度ならず二度までも不意打ちのキスを食らい、ウルリカは暴れようとするが、どんなに力を入れて踏ん張ってもがっちり背中に回された腕ははずせない。
「離せ、このむっつりスケベ! 世の女の子のために今この場で息の根止めてやるから!」
「離さない。それに心配しなくても、他の女にこんなことはしないから大丈夫だ」
「今大丈夫じゃないっつーの!!」
ぎゃーぎゃーとわめきながらせめて腕だけでも引き抜こうとするが、力では敵わないのでどうにもならない。
飽きもせずずっと抱きしめてくるロゼの腕の中で、とうとうウルリカは力つきた。
「ハァ、ハァ……。なんなのよあんた。こんなキャラだったっけ」
まるで寂しがり屋の子供にすがりつかれているような気分になってきた。
実際今、そう不快ではないし、いっそ頭を撫でてあげたらいいのかも?なんて思えてしまう。
ウルリカがそんな事を考えているとは露とも知らず、ロゼは逃がさぬよう抱く腕に力を込め、もう一度告白をした。
「やっぱり諦めるなんて出来そうもない。好きだ。離れたくない。俺とつき合ってくれ。……でないとずっとこのままだぞ」
「それ、脅しって言うの知ってる?」
「なんとでも言え」
感情をさらけ出すのは意外と気持ちがいい。
今までずっとそういうのは面倒だと思っていたが、一度開き直ってしまえばなんとも清々しいものだ。
だんだん楽しくなってきて、ロゼは笑いを堪えられなくなった。
「どうする? 俺はどっちでもいいぞ」
「なんでそんな楽しそうなのよ」
くつくつと笑い出したロゼに怒りを通り越してウルリカは呆れる。
「これまで、こんな楽しそうなあんたを見たこと無いわ」
自分の肩に顔をのせ、心から楽しそうに笑うロゼを半眼で見下ろす。
ロゼは今までたまに笑顔を見せることもあったが、力のないというか、薄く、つき合いで笑っているという感じだった。
いや、一度だけ。聖域でウルリカが謝ったとき「変な奴だな」と笑った。あの時だけは違ったかも知れない。
「そうだな。なんでかわからないが、こんなに楽しいのは俺も初めてだ」
「いつもそうやって笑えばいいのに」
そしたらきっと、もっと早く仲良くなれた。
それはともかく、いつまでもこの体勢でいるわけにもいかない。
ウルリカは妥協案を出すことにした。
「このままは無理だし、つき合うってのも無理。だけど、まぁ、考えといてあげるってのなら出来るわよ」
「考えるだけか?」
「……卒業後、職見つからなくて宿無しになったらうちのアトリエに雇ってあげる。今答えられるのはそこまで」
どうせリリアと共に屋敷に戻るだろうから後者は半分口から出任せのようなものだが、少しは好意的な発言に聞こえるだろう。
すると、やっと束縛していた力が緩んでウルリカはほっとした。
「それでOK?」
「あぁ、忘れるなよ」
すかさず腕から抜け出したウルリカに、ロゼはちょっと残念そうな顔をしたが、追いかけはしなかった。
そして、地面に置かれたままの小箱を拾い差し出す。
「これは受け取って貰えるのか?」
きちんと包装し、水色のリボンで飾られたそれをウルリカは笑顔で受け取る。
「謝罪の品としてね」
「まぁ、仕方ないな」
いきなりの告白にYESと言えというのはさすがに無茶だと頭ではわかっている。
バレンタインのことも、今日、その話をしたことも傷つけようとしてやったことじゃない。それを信じて貰えるだけでも本当は満足しなくてはいけないのだから。
「開けていい?」
「どうぞ」
実はちょっと気になっていた箱の中身を確かめるべく、ウルリカはいそいそとリボンを外し紙をはがす。
白い小さな箱から出てきたのは、プラチナで作られた銀色に輝く三日月の形をした髪飾りだった。
「うわ、超意外」
アクセサリを女性に贈るのは初めてだったが、嬉しそうに箱から取り出した様子を見るとどうやら喜んでもらえたようだ。
「……約束したからな。雇ってくれるって」
ロゼは何度も髪飾りの裏表を確認しているウルリカを笑顔で見守ったあと、そう言葉を残して寮へ帰ろうとする。
「え? ちょっとどういう意味……。こら! 待ちなさい!」
不穏な響きを感じ取ったウルリカが引き留めるが、今度はロゼも立ち止まらなかった。
ウルリカの開いたアトリエに、「首になってきた」とロゼがほぼ身ひとつでやってきたのは、卒業後、一週間ほど経ってからだった。


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