想い
会いたい。
ただ、それだけなんだ・・・。
携帯を握りしめる。
その画面には神楽ちづるの文字と電話番号。
あとボタンを一つ押せば、この電話は彼女へ繋がる。
そして、京はいつものごとく電源を切る。
頭をかかえ、勢いよくベッドへ腰を下ろすと大きくため息をついた。
「なにをやってるんだ、オレは・・・」
日はもう落ちて暗くなっていたが、部屋の電気はつけていなかった。
なんとなくそんな気分だったから。
こうして毎日、ちづるの電話番号を表示してはかけることもできず画面を睨みつけるだけの自分がいる。
会いたい。
顔を、姿を見て話をしたい。
なんでもいいんだ、その日の天気でもバイクの話しでも、なんの他愛もない世間話でも。
ただ、一緒にいられれば、それで・・・。
<重症だ>
そのままベッドに仰向けになり、電源の切れた携帯を頭の上に掲げる。
以前は毎日ちづるから電話がかかってきた。
KOFのメンバーの誘いとして。
京が承諾をしなければ諦めず、OKと言うまで幾度となく。彼女は京がわざと断っていたことに気づいてないだろう。
しかし、もうKOFは終わってしまった。
季節は秋、紅葉も見頃を迎え、気の早いものは散り始めている。
2ヶ月、会ってないだろうか。
もちろん、電話も来ない。
彼女にとって自分はそれだけの存在なのだから。
<つらいな>
本当に、つらい。
自分から接近して、オレの心に入り込んだくせに自覚無しかよ。
いくらすごんで見せても何処吹く風。思ったことをズバズバと言い、そしてふと表情に影を落とす。そんな彼女から目を離せなくなったのはいつからだろう・・。
「会いたいよ・・・」
この2ヶ月が永遠のようだ。
しばらくそのまま鬱々と時を過ごす。暗く静かな自分の部屋は落ち込む気分をさらにへこませてくれる。
でも、そうしてたからと言って何が変わるわけでもなく、気が済むまで浸ると勢いよくベッドを飛び起き部屋の電気と携帯の電源、両方を同時につけた。
<着替えてゲーセンでも行くかな>
こういうときは外に出て遊ぶのが一番いい気分転換になる。
とりあえず軽く顔を洗おうと部屋を一歩出たとき、携帯が鳴った。
まさかと思いつつ手に取るとそこには神楽ちづるの文字。
心臓が早鳴る。胃がぎゅうっと締め付けられる感じがしたが、京は努めて冷静に電話に出た。
「はい、もしもし」
「ちょっと草薙、どこにいるの?!その携帯電波悪いわよ!」
ちづるの第一声に面食らう。
「いくらかけてもつながらないんだもの、直接押し掛けてしまおうかと思ったわ」
やっと理解する。
あぁ、電源切ってたときに何度もかけてきてたのか。
切ったままにしとけば、会えたのかな。
ちょっと惜しかったかなと思いつつも、こうして声が聞けただけでも十分に嬉しかった。
「あぁ、悪かったよ。ちょっと携帯の調子悪くてな。で、なんの用事だ?」
またKOFかオロチ関連の内容かと思うと浮上した気分も沈む。
「あのね、今、峠の紅葉がすごく綺麗なのよ!」
「は?」
「明日日曜だし、暇ならツーリング行かない?きっと気持ちいいわよ」
「そりゃ、暇だけど・・」
「それじゃ決まりね!朝8時くらいに私が一度そっちに行くわ。それじゃ明日ね」
呆然としてる間に一方的にちづるは決めると、そのまま通話を切ってしまった。
紅葉を見にツーリング?
それは全然予想もしない誘いだった。
なんだ、いいのか。
そんな普通の会話もしていいのか。
オレは草薙の者としてだけ認識されていたわけじゃないのか。
その日、京はゲーセンをとりやめ、早めに寝ることにした。
そして、とても心安らかに眠りについた。
恋心
その日、京は街中をなにをするでもなくブラブラと歩いていた。
<学校って最大の暇つぶしだよな>
休みの日は寝てるか彼女とデートするかゲーセンあたりで遊ぶかこうして当てもなくぶらつくか。
行動パターンはだいたい決まっていた。
「ごめんなさい、待たせちゃったかしら」
突然耳に入った声にどきりとする。
とっさに振り返ると、少し先に人混みに紛れて予想道理の見知った横顔があった。
「かぐ・・」
「いや、そんなことないよ」
返事をする男の声。
「よかった、決して寝坊したわけじゃないのよ?服をなんにするか迷っちゃって」
「あはは、そういうことにしておくよ」
赤い膝まであるコートを着たちづるの隣に見知らぬ男。
<だれだ?!>
もちろんちづるは京の存在に気づくこともなくその相手とにこやかに話を続ける。
京はその場を離れることができなかった。
「信じてないわね?もう」
「そりゃあ、君がどれだけ睡眠を愛しているか知っているからさ。…んじゃ行こうか」
行ってしまう!
だが、声をかけるなど出来るわけもなく、京は二人をただ見送るしかなかった。
「くそっ!!」
あのあとすぐに家に帰った京はイライラする気分のままにジャケットを床へ投げつけた。
なんだ、この気分は。
気持ち悪い。ものすごく。
どうすればこの檻から解放される?
あんなもの、見たくはなかった!!
自分には彼女もいて、デートだってする。なのになぜあいつが男と一緒にいただけでこんな気持ちにならなくてはいけないんだ。
つらくて、苦しくて、京は胸を押さえた。
もう、こんな思いはイヤなんだ。
「助けてくれ・・・」
だれにでもなく、つぶやく。
わかってる。オレはオレだけを見てオレだけを特別扱いしてほしいのだと。
そんなのはエゴだ。
でも、それでも、
<オレはあんたを好きだよ、神楽>
一度火のついた思いは止まらない。
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