『恋の空回り』



「もう何回目かわからないロゼ恋愛会議〜」
「わー……」
「パチパチパチ」
リリアの言葉にやる気のなさそうなわざとらしい歓声と口での拍手が起こる。
「なんで俺まで……」
そんな女三人組を見て、エナはため息をついた。
「これまで数多くの失敗を重ね、男性の意見も必要と判断しました!」
「私の護衛がそんなに不満……?」
「わ、わかったよ」
一応自己主張してみたものの、リリアの意気込みとクロエの睨みにたじたじになる。
リリア、ウィム、クロエ、エナの四人は今、リリアの屋敷の一室に集まっていた。
事の発端はクロエのところへ届いた一通の手紙と馬車。
手紙の内容はリリアからクロエに相談したいことがあるというもので、馬車はそのための迎え。
特に用事があるわけでもないクロエはその手紙におもしろいことがありそうだと感じ、乗ることにした。
その際、一応野盗が出たりしたときの囮用にとエナを呼んだところ、彼も手紙をもらっていたのだった。
「でもなんで俺?」
「わたくしの知っている男性の中で、まともそうな人がロゼ以外だとあなたしかいなかったの」
「残りは着ぐるみさんと筋肉妖精さんと変態マナですからね……」
選択の余地は無い。
「俺だってあんま役に立てる気しねぇけど」
「男性としての立場から感想を言っていただければいいわ」
一応いつも本気だが、今回のリリアはいつも以上、かなり本気でこの会議に臨んでいる。
街に出てアトリエを開きたいというリリアに父親は許可をなかなか出してくれない。
もちろん諦めるつもりはないが、その間まったくロゼとの接点無しではいろいろ不安なのだ。
(少しでも私の存在を、良さをアピールしておかないと)
ロゼは今、交易都市で学園時代の同級生であるウルリカと一緒のアトリエに住んでいる。
どういう過程でそんなことになったのかは不明だが、このままなにもせずに放っておけば立場的に不利なのは間違いない。
「……それで、今回の目的は、何?」
四人のついているテーブルにはそれぞれ茶と茶菓子が用意されているが食べているのは傍観を決め込んだエナだけだ。
クロエの質問に、リリアは真剣な表情で答えた。
「ロゼに、わたくしの良さを再認識してもらいたいの」
きっとこれまでが近すぎてお互いのことがきちんと見えていなかったのだとリリアは思う。
その証拠に、自分は先日お見合いをした街で彼と出合った際、これまで気づかなかった男らしい魅力に心臓が爆発しそうだった。
「お嬢様のいいところというと……、なんでも顔に出てわかりやすいところですか?」
「ツンデレ属性……」
「あー、金持ちとか?」
まったく期待とは違うことを口々に言われ、リリアはいきり立った。
「違います!! そういうのじゃなくて――! ところでクロエさん、そのツンデレ属性ってなにかしら」
「気にしたらダメ……」
こだわると話が進まなくなりそうなので「そう?」と一言言ってから続ける。
「そうではなく、私個人の持つ女性としての魅力よ。美人だとか優しいとか気がきくとか、そういうことをね」
しかしそのセリフを聞いた三人は、今度は口々に反論した。
「お嬢様は顔はいいですがスタイルがちょっと」
「優しい人は、自分で優しいとは言わない……」
「周りに気を使わせるの間違いじゃね?」
「あ・ん・た・た・ち」
容赦ない突っ込みにリリアは拳を震わせる。隣に居るウィムはその拳で頭を叩かれた。
「真剣にわたくしの話を聞いてくださる!? ここで挽回を図らないと――」
「……私にひとつ、案がある……」
「え?」
リリアの言葉を遮って、片手を小さく上げたクロエが発言をした。
キラリとその眼鏡が光る。
「リリアさんから手紙をもらった時点で、なんの話なのか、だいたい見当はついたから……」
だからきちんと準備も整えてきたのだ。
用意の周到さは誰にも負けない。
「要は、ロゼくんがリリアさんに惚れ直せばいいんでしょ……?」
「えぇ、まぁそうね」
クロエのダークな空気に呑まれ、リリアとウィムは緊張し、エナは嫌な予感に冷や汗をかく。
「私の持つ情報だと、今ロゼくんは近くに討伐依頼に来てる……」
その後告げられた大胆な作戦に二人は喜び、一人は逃げ出したくなったのだった。



ロゼは今回、ジェイクと二人で久々のモンスター討伐に来ていた。
「こりゃあ手こずりそうだなぁ」
「あぁ、思ったより広い」
近くの村で手に入れた地図を見てジェイクは困ったように頭を掻き、ロゼは縮尺から森の広さの見当をつける。
依頼は近隣の畑を荒らす一角獣の討伐だったが、その標的が居る場所というのがこの森のどこかということで、 まず見つけるところから入らねばならない。
「通りで内容の割には値段高いと思ったぜ」
「まぁ請けてしまったものは仕方が無い。地道に探すぞ」
「おーう」
森の広さを知って明らかにやる気を無くした相棒を連れ、ロゼは鬱蒼と茂る森へ足を踏み入れた。
ただの討伐以上の困難が待ち受けるとも知らずに。



「本当に居た」
村の家の生垣から顔を出し、エナは驚いたように言った。
「すごいわ、クロエさんの言う通りね!」
いったいどこからどういう情報の仕入れ方をしているのか。
クロエが言った通りの村にロゼは居て、物資を仕入れると近くの森に入っていったのだ。
「でも、お一人ではなかったですね」
ロゼが親しげに話している相手を見て、ウィムは意外そうだった。
遠目でよくはわからなかったが髭面で小柄な中年男性。
人見知りする上に人付き合い自体も大してうまくなかったロゼとかなり仲が良さそうに見えた。
「そうね、ロゼのお友達かしら?」
「どっちにしろ、邪魔」
二人の疑問をクロエは一言で終わらせる。
作戦は単純だった。
討伐に来てモンスター相手に苦戦しているロゼを偶然居合わせたリリアが助け、自分の必要性をアピールするというもの。
『でもクロエさん。ロゼが苦戦するほどのモンスターなんてそうはいないと思うのだけれど』
大体討伐依頼として引き受けるのだから敵は彼でも十分倒せる程度のモンスターのはずだ。
だが、もちろんクロエに抜け目はなかった。
『だから、これ』
そう言って荷物から取り出したのはひとつの小瓶。
中には透明な液体が入っている。
『ねーちゃん、ロゼのにーちゃんを呪うのか!?』
『呪いじゃなくて、おまじない……』
いつだって効果抜群のクロエの呪、もといまじない。
過去の幾多の悲劇を思い出し、エナは青ざめる。
『それと、かけるのはロゼくんじゃなくて、敵のほう……』
曰くこのまじないをかけられた相手は普段の倍以上の力を発揮できるほど強くなるらしい。
『それでも、たぶんリリアさんが彼に協力すれば、勝てる程度だから』
二人で力を合わせて危機を乗り越え、高まる感情。
『あ、私それ知ってます! つり橋効果ってやつですね!』
『戦いが終わり手と手を取り合うわたくしとロゼ! いいわ、なんて美しい!』
戦うのはウィムだけどねとポツリと言ったクロエの突込みを聞いていたのはエナだけだった。
「でも、邪魔ったってどうすんだよ」
回想から戻り、エナは困り顔で聞く。
確かにふたりで居られるとリリアの出番はないかもしれないが、だからといって彼にどこか行ってくださいと頼むわけにもいかない。
「……仕方ない」
クロエには今回、リリアの頼みとは別の目的がある。
その達成のためには少しくらいの面倒も大目にみようというものだ。
「リリアさん、これ……」
まじないの入った小瓶をリリアに渡す。
「森で出会ったモンスターにかけて……。この森にいるのは、討伐対象のやつだけだから」
そして、リリアが先に敵を見つけられるかどうかにこの作戦はかかっているのだと念を押す。
「わかったわ! さ、行くわよウィム」
「あの、でも、クロエさんたちは?」
「私は……、エナくんと、ロゼくんからあのおっさんを引き離す……」
「どうやって?」
純粋に疑問を持ち聞いたウィムにクロエはニヤリと笑った。
「あの手の輩は好色って、昔から決まってるの……」
ただでさえ黒いオーラを身にまとうクロエから更に邪悪な気を感じ、エナは「ほ、ほどほどにな」というのが精一杯だった。
結局なにが起ころうとも、自分は彼女に逆らえないのだから。



「めんどくせー。キャンセルしちまうかぁ」
「馬鹿言うな。見つければ後は簡単なんだ。こんなつまらない仕事で信用を失う気は無い」
「だーってよぅ」
森入ってからも足元の落ち葉を蹴りつつぶちぶちジェイクが文句を言う。
派手好きの彼は、簡単で高値だと思って受けた仕事が実は地味で手間がかかるということが気に食わないのだ。
「いい年して子供みたいなこというな」
「まだ俺20台だしー」
「こういうときだけ若者ぶるのはやめろ」
「ちぇっ」
こうして話をしているとどちらが年上だかわからなくなる。
とにかく当ても無く森を探索していると、ピタリとジェイクが足を止めた。
「ん? どうした」
「ちっと小用」
「はぁ。さっさと行って来い」
ちょうど愚痴も聞き飽きたところだ。
額を押さえ、追い払うような仕草をされたジェイクは「すぐ戻るから探しといて」と声をかけ茂みに入る。
ロゼは相変わらずの気まぐれにもう一度ため息をつき、一角獣を探して森を進んだ。
「んで、お嬢ちゃん。こんなところで何してんの?」
ロゼと二人でいた獣道から少し逸れた低木の茂みに少女はいた。
なんとなく気配を感じて来たものの想像とは違い大人しそうな少女が蹲っているのを見つけ、ジェイクは軽く声をかける。
「道に、迷って。お腹が……」
「痛いのか?」
近づいたジェイクをちらりと見上げてくる眼鏡の少女は本当に辛そうだ。
レディファーストが信条のジェイクに放って置くという選択肢は無い。
「じゃあおじさんが森の外まで――」
(今だっ!!)
屈みこみ、手を貸そうとしたその時、背後の低木の中に隠れていたエナが絶妙のタイミングで勝手にきつく巻きつく生きている縄を放った。
これで彼を縛り上げてしまえばいいということだった。
しかし、縄は届く前に細かく散り散りになり地に落ちてしまう。
「んー? これはなんて遊び?」
クロエのほうを向いたまま、いつのまにか抜いた短剣で背後の縄を切り裂いたジェイクは面白そうに聞いた。
「げっ」
「チッ」
それを見たエナはうめき、クロエは舌打ちする。
「お嬢ちゃんみたいなかわいい子が舌打ちたぁ穏やかじゃないね」
退屈していたところに思わぬイレギュラーが現れ嬉しくなり、ジェイクは手の内で愛用の短剣を弄ぶ。
「エナくん。やっちゃって」
「って、俺か!!」
不意打ちを諦め立ち上がったクロエに命令され、エナは思わず突っ込む。
すでに居ることがばれていたので姿を隠すのはやめていた。
「なんだかよーわからんが、坊主が俺と遊んでくれるんか?」
「いやいやいや、無理だろねーちゃん。今の見なかったのかよ!」
ノリノリで振り向いたジェイクの手に二本目の短剣が握られているのを見てエナは焦った。
「大丈夫、エナくん。自信持って……?」
本を抱えたクロエは首をかしげてかわいらしく言ってくるが、長い付き合いでそれが罠だと知っている。
「そういう問題じゃねぇっつーの!」
剣を抜くのも縄を切るところもろくに見えなかった。
その上相手はなんの恨みも落ち度も無い赤の他人だ。もともと気が進まない。
「だいたい、ロゼのにーちゃんは先行ったみたいだし目的は果たせただろ?」
「ロゼ? なんだ、坊主たちはロゼの知り合いか?」
クロエの「殺れ」と言わんばかりの視線は怖いがエナだって命が惜しい。
「そ、そう。俺たちロゼのにーちゃんの仲間なんだ」
「んじゃ斬るわけにもいかんわな。でもこんなところで何してるんだ? おじさんに話してみ」
意外に気の良さそうな相手の反応にエナは目配せし、クロエは仕方なくうなづいた。
「あのさ、おっさんもにーちゃんの友達なんだろう? 協力して欲しいんだ」
事情を掻い摘んで聞かせ、二人はジェイクに協力を仰いだ。




「もう! ロゼに会うからと思って着てきたせっかくのお気に入りのスカートが破けてしまったわ!」
その頃、ウィムと二人でモンスターを探して歩いていたリリアは服を木の枝にひっかけ怒っていた。
「で、でもお嬢様。その姿でロゼさんの窮地にかけつければ自分のために服を気にせず急いで来てくれたと高感度UP間違い無しですよ!」
「そうかしら」
伊達に産まれる前からの付き合いではない。
ウィムはうまくリリアをとりなしつつ、なるべく彼女が枝に邪魔されないようにと前を歩くことにした。
魔物探しのために用意した妖精さんの道標はリリアが作った最高品質のものだ。示されるとおりに進めば間違いは無いだろう。
「あ! お嬢様、見つけました」
緑の中の目立つ白色。
額に長く鋭い一本角をもった赤目の白馬が少し開けた草地で休んでいる。
姿は美しいが牙を持ち獰猛な、れっきとした魔獣だ。
「えっと、最低5メートルは離れて……って、そんなに離れたら投げても届かないわよ!?」
「大丈夫です、私がやりますから」
ウィムも普段は天然メイドだが腐ってもマナ。それくらいの力はある。
「せーのっ!」
気合と共に投げつけられた蓋を開けた小瓶は、見事魔獣に命中した。
小さなそれが当たったことに気づかないのか、それとも気にしていないだけなのか一角獣はこちらを振り向きもしない。
「よくやったわウィム! これであとはロゼが――あ、あら?」
「お嬢様。ちょっとこれは、まずいかもですよ」
倍以上強くするというまじないは、一角獣の体をも倍以上にするらしい。
むくむくとみるみるうちに大きくなる魔獣はどう見てもたった二人で倒せるような代物には見えなかった。
さすがに自分の体の変化に気づいた一角獣が前足を挙げ嘶く。
その声は決して狭くは無い森中に響いた。
「どうしますか?」
「とにかくこんなのといきなりやりあってはロゼが危険だわ! 探すのよ!」
「はい!」
今度こそ本当に服の裾が破けることなど気にも留めず、リリアは全速力で駆け出した。



巨大化した魔獣の嘶きは、別の場所で話し合っているクロエたちの耳にも届いた。
「うおっ、なんだ?」
「どうやら、リリアさんたちは成功したみたい……」
尋常じゃない嘶きの声にエナは「これ、大丈夫なのか?」と息を飲む。
「まー、作戦としちゃあ悪くは無いが、そんなことしても無駄だと思うぜ?」
ジェイクにもその声は聞こえたはずなのにまったく動じず、頭の後ろに手を組んでそんな意見を言った。
「いいの、私の目的は違うから」
そう、クロエの本当の目的。
それはロゼ抹殺……とまではいかなくても、彼をウルリカから引き離すこと。
本当は自分が居るはずの場所に彼がいるのがどうにも我慢ならない。
一度アトリエに訪ねて行った後、ウルリカと文通を続けているのだがそこにちょくちょくロゼの話題が出てくるのも気に食わない。
今回、彼がこうしてこの場所へ仕事に来るのも手紙で知った。
これから先、クロエが一緒にウルリカとアトリエを経営することになる時にロゼは必要ないしいて欲しくも無い。
だから少し痛い思いをして、自分の力不足を痛感すればいいと思っている。
リリアにはきちんとピンチになってから出るように言っているし彼女は自分たちが助ければ問題は無いだろう。
「ねーちゃんの目的って――」
エナが真意を聞こうとした時、かなり近くで木の倒れる音が聞こえ落雷の轟音が響く。
「おい、嬢ちゃんたち。これ本当にロゼとそのおねえちゃんで倒せるのか?」
「……ギリギリ?」
「きゃあああ!」
「っ! 行くぞ坊主!!」
「え? あ、おう!」
再びバキバキと木が数本折れる音がして女性の悲鳴が響き、ジェイクは危険と即断してロゼの元へ向かうのだった。




「ったく。ジェイクのやつ逃げたな」
獣道を進みながらロゼはひとりごちた。
本当に小用ならとっくに追いついてきている頃だ。
(仕方ない。一人でやるか)
不測の事態を考えてふたりでここまで来たものの、一角獣程度の魔物ならロゼひとりで事足りる。
「その代わり、報酬はやらないからな。ん?」
馬の巨大な嘶きの声が耳に入り、ロゼは足を止めた。
「なんだ? 一角獣か?」
もう一度嘶き。
かなり近そうだ。
(場所がわかってよかったが、おかしい)
一角獣はこんな森中に響くような嘶きをするような魔物ではなかったはずだ。
すると今度はバキバキと太い木の折れる音がして、本格的におかしいとロゼは思い始めた。
(一角獣以外の大きな魔物? いや、それならそっちにも討伐依頼が出るはず)
しかし、この森に関する依頼はこの一件だけだったし、こんなに人の住む村に近い場所で強い魔物が出たら話題にならないはずがない。
(なにが起きてる)
再び木の倒される音。心なしかこちらへ近づいて来ている気がする。
その時、金の髪を振り乱した少女が藪を突っ切って自分の下へ走ってくるのに気がついた。
(まさか)
「お嬢様!?」
「ロゼ! あぁロゼ、だめよ、こっちに来てはいけないわ!」
後ろから追いついてきたメイド服のマナ、ウィムも大分テンパった様子でロゼに「逃げてください!」と叫ぶ。
「待て、待ってくれ。なんでこんなところにお嬢様が? というか逃げろとはどういうことです?」
焦り、ロゼを見つけてすがり付いてきたリリアを宥めながら聞くが「そんなのはあとででいいからとにかく逃げて!」と言うばかりで 話にならない。
「逃げてと言われても、俺はここの魔物を討伐に……」
「だめよ! とにかく今は無理なの!」
「そうですロゼさん。少し時間を置いてまたくれば……」
説得に応じないロゼをふたりはぐいぐい力づくで押し戻そうとするが、間に合わなかった。
「なっ……!」
その姿を見たロゼは一瞬固まる。
大きな体を森の木々に遮られ、それを押し倒しながら二人を追いかけて来た通常の三倍はある体躯の一角獣。
真っ赤な目を光らせ、鼻息荒く、突然三人に向かって鋭く長い角を突き出した。
「きゃああああ!」
「くっ!」
ロゼはとっさに二人を背に庇い、抜いた剣で角を弾く。
「なんだこいつは!!」
こんな大きな一角獣は見たこと無い。
(一人じゃ無理だ)
大きさに比例して力も強い上になぜかリリアとウィムがいる。
二人を危険に晒すわけにはいかないと判断したロゼは「逃げろ!」と叫んだ。
「お嬢様、ウィム! 村に行って応援を呼んできてください! あぁ、それよりも、たぶん酒場に髭面の軽薄男がいるからそいつを……」
「ロゼ、あなたも一緒に!」
話している間にも一角獣は嘶きと共に前足を挙げ、角に魔力を送る。
一角獣特有の雷の攻撃だ。
「俺はこいつの足止めをします」
ロゼは慌てず荷物からホーリーガードを取り出し掲げ、その雷を反射させる。
その対雷魔法用に持ってきたアイテム、ホーリーガードも予想以上の威力にすぐに壊れてしまいそうだった。
「ウィム、お嬢様を頼む。さぁ、早く!」
幸い一角獣は木々に遮られ、動きが鈍い。
角をフェンシングの剣のように使い攻撃してくるが、今のところ一人で応戦出来た。
しかし、今魔獣の体を押し止めている太い木もいつまでもつかわからない。
「お嬢様、行きましょう!」
ウィムも今自分たちがここにいては逆に足手まといになってしまうとリリアの腕を引いた。
「でも!」
こんなはずではなかった。
あまりの敵の変化に動転して逃げ際に音を立て、気づかれてしまったのが運のつきだ。
(わたくしが、馬鹿なことを考えたばっかりに……!!)
後悔の念に踏み出せないリリアに角の攻撃を防ぎながらロゼは頼む。
「髭男のジェイクです! 彼をここに呼んできてください!」
ふたりならばまだなんとかなるかもしれない。
「おう、呼ばれたぜ」
「ジェイク!?」
暢気な返事に思わずロゼが振り返ったとき、一角獣を押さえていた二本の木が音を立てて折れた。
「にーちゃん!!」
エナの撃ったランチャーが一角獣の顔面を直撃し、ひるんだ隙に駆けつけたジェイクがロゼに並び短剣を抜いた。
「言ったろ、小用だって。お前ひとり残して村に戻るもんか」
「そりゃすまなかったな。ってかなんでエナがあんたと? クロエも」
新しく登場した仲間たちにまったく今の状況が見えないロゼは戸惑いつつも安堵した。
(でも、これならいける!)
彼らの強さは知っている。このメンバーなら巨大一角獣も倒せるはずだ。
「さぁな。俺は偶然迷子を見つけただけだ。来るぞ!」
「お嬢様、下がっててください」
「やっぱ結局こうなるんだよな。ねーちゃんも下がってろよ」
男三人が前に出てそれぞれが武器を構える。
一角獣が嘶きロゼたち目掛けて雷を落としたがロゼのホーリーガードがそれを防ぎ、最後には砕け散った。
普通の一角獣相手にはひとつで十分なはずの物だったので他には持ってきていない。
「ホーリーガードは今ので終了だ。あとは自分で避けてくれ」
「了解」
怒ったように一角獣が頭を振り周りの木々をなぎ倒し、ガッガッと地を前足で掻く。
「行くぜ」
女性陣が十分下がったのを確認してジェイクが突っ込みロゼが剣を回転させ光刃を放つ。
「俺だって――!」
エナも負けじとばかりにロケットランチャーを撃ち込んだ。
一角獣が両足を同時に地面に打ち付けるたびに周囲に地震が起き、嘶けば雷が落ちる。
狂ったように頭を振り角での攻撃もするのでなかなか近づくことが出来ない。
ジェイクは最初に腹の下に潜り込み、剣を突き立て切り裂き大きな傷を負わせたが、暴れまわる足からは逃げることしか出来ずに 動きを止められなかった。
「まずいな……」
ロゼは小さく呟く。
巨大な分、角のリーチが長い上に威力の増した落雷が中々の曲者だ。地震も頻繁に起こしてくるので足場が安定しない。
おかげでダメージは着実に与えているが致命傷までは至っていなかった。
暴れ馬のごとく蹴り、突き、巨体と怪力に任せて周りのものをすべてをなぎ倒すため、戦地は障害物がほとんど排除され一角獣が 動きやすくなってしまっている。
ジェイクは撹乱役。あの短剣では傷を負わせられても急所には届かない。
エナは女たちに魔物を近づけないよう砲撃で牽制している。
(心臓を突かないと)
一角獣は見た目と同じようにすべてが強化されている。倒す方法はそれしかなかった。
「こんの、大人しくしろっての!!」
イラついたジェイクがスライディングするように魔物の足元に入り込み、すり抜けざまにその腱を斬る。
「よし!」
後ろ足の腱を斬られた一角獣の動きが鈍り、ロゼはチャンスを見逃さず地を蹴ろうとした。
が、危機を悟った一角獣が一際大きな声で嘶き、角から円を描くように広範囲に渡り、無数の雷が放たれたのだ。
「あぶないっ!」
「あぶねぇ!」
攻撃の前に守らなければいけないものがある。
ロゼがリリアを、エナがクロエを抱きかかえて奥へ飛んだ。
そして素早いジェイクはリリアを助けようとしていたウィムを無理やり抱えて避難させていた。
「あ、あの、私、こんななりですけど一応マナなんで助けてもらわなくても大丈夫ですよ?」
「マナだろうがなんだろうが関係ない。女性は男に守られるためにいるんだよお嬢さん」
「ジェイク! こんなときにナンパするな!」
「へーい」
ちょっとくらい役得あってもいいじゃねぇかと文句を言うジェイクを無視してロゼは再び剣を構える。
こっちも必死なら相手も必死だ。
今度は倒木を口に加え、首を振って投げつけてきたが、それはロゼによって一刀両断された。
「もう少しだ。ジェイク、行くぞ!」
「あいよ」
後ろ足が動かなくなり動きの鈍った一角獣にふたりは揃って斬りつける。
(くそ、俺も……)
エナの武器は近距離攻撃には向かない。
援護射撃しか出来ない自分に歯がゆさを覚えながら、剣で戦う二人を見ているしかなかった。
しかしそこで、ずっとじっとしていたクロエが動いた。
「クロエさん?」
ハラハラと戦いを見守っていたリリアが声をかけるが返事もせずに一角獣に近づく。
「クロエさん、危ないです!」
「ちょ、ねーちゃん、あぶねぇって!!」
ウィムの呼びかけを聞いて混戦の中スタスタと中心近くへ歩いてくるクロエに気づき、エナはランチャーを連射して牽制しつつその 背に庇う。
「エナくん。護衛よろしく……」
「そりゃ、頼まれなくてもやるけど、うぉ!」
クロエを踏み潰そうと下ろされた一角獣の前足をエナがすんでで受け止め、すぐにロゼが切り払う。
「おい、クロエ、下がって――」
「うるさい」
ロゼの注意もうっとおしそうに跳ね除けしゃがむとなにやら白いものを拾い上げる。
(本当はロゼくん用だけど)
作戦は失敗してしまった。
仕方ない、今回は諦めよう。
ロゼの剣で切り落とされた一角獣の鬣は、クロエの持ついかにも禍々しい藁人形に組み込まれた。
「……準備、出来た」
「え?」
物事は見極めが肝心なのだ。
「えい」
まったくやる気の無い声で藁人形を宙に投げ、クロエは本を開く。
「バイバイ……」 そして本から現れた黒い剣が人形の心臓部を貫いた時、暴れていた一角獣の動きが止まりそのままズシンと音を立てて倒れた。
クロエの呪いの人形の効果は、学園時代から数段上がっていた。





「すごいってかあっけねーっていうか」
ジェイクがつま先でつついてみるが魔獣はもうピクリとも動かない。
倒された一角獣は満身創痍でそこらじゅうから血が流れている。こんな状態でよく動いていたものだ。普通ならとっくに死んでいる量の 傷と出血だろう。
「こいつはなんだ? 突然変異か?」
説明のつかない姿とタフさにロゼは首を傾げたが、事情を知っているほか五人はその疑問に口を噤んだ。
(予想以上に効果あり……)
今回のまじないは、以前ペペロンを三日三晩止まらず走り続けさせたほど対象を元気にさせる効果のものに改良を加えたのだが、思った 以上に強力だったようだ。
「まぁなんだっていいじゃねぇか。倒しちまえば関係ねぇ。ロゼ、提出用にこいつの角斬ってくれ。そしたら村に戻るぞ。疲れたし」
「あぁ」
確かに考えたところで答えが出るわけでもない。
(ナイスおっさん)
エナも心の中でジェイクに感謝の手を合わせつつ、その会話に続いた。
「んじゃ俺たちも帰ろうぜ!」
「そ、そうね、そうしましょ!」
「はい!」
そうして六人は、激しい戦闘によって新しく出来た森の中の空き地を後にした。


かなりの返り血を浴びたのでジェイクと共になるべく集団から離れて歩きながら、ロゼはリリアに聞いた。
「それにしてもお嬢様、なんでこんなところに?」
「そ、それは、えっと」
「採取……」
小さくクロエが助言する。
「そ、そう、そうなのよ! 錬金術に使うアイテムの採取にね!」
「お嬢様自らですか?」
「えぇ、私も一応錬金術師だし。クロエさんたちが護衛についててくれてたし……」
「それはまた偶然ですね。で、なんで俺がこの森にいて、しかも一角獣を討伐に来たことを知っていたんです?」
「あっ!」
嘘がバレバレの正直な反応をしてしまったリリアに、全員が顔を逸らした。
「……いいですけどね、お嬢様のよくわからない行動は昔からですし」
ロゼからすれば理解不能な命令や企画などに振り回された日々を思い出す。
「ロゼ、怒ってる?」
恐る恐る様子を伺うリリアに、ロゼは苦笑した。
「いいえ、偶然みんながいて助かりましたよ。俺とジェイクだけであのでかぶつは無理でしたし。でも」
足を止め後ろをついて歩いているリリアを振り返り、少しだけ硬い表情で続ける。
「俺が逃げるよう言ったときは素直に逃げてください。昔も今も、お嬢様に怪我をさせたくないという思いは同じなんですから」
「ロゼ……」
もう自分の力不足で誰かが傷つくのは見たくない。
そんな気持ちから出た発言に、リリアは感動して目を潤ませた。
「うわくっさ。お前くっさ」
「黙れ」
ジェイクのちゃかしに軽くその胸を拳で突き、再び歩き出す。
ウィムは「お嬢様、よかったですね」と言い、それ以上ロゼが今回のことにつっこんでこなかったのでエナはほっとした。



村の宿兼酒場に着いてすぐ、ロゼとジェイクは着替えてくると借りている部屋に上がっていった。
その間に四人は酒場のテーブルで反省会をする。
「なにかいろいろ予定とは違ったけれど、わたくし、ロゼの中の自分の存在を確認出来た気がするわ」
まるで夢を見ているかのように嬉しそうなリリアを見て、ウィムも嬉しそうだ。
「そうですね。あんなに必死になってお嬢様のことを守ってくれて、私も感動しました!」
「あー、気に入ったならまぁ、良かったな」
へとへとのエナはテーブルに突っ伏し適当に相槌を打つ。
クロエだけは少し不満そうだったが、リリアに「クロエさん、ありがとう」と真っ直ぐな礼を言われ「うん……、よかったね」と頷いた。
そして今回もいかにロゼがかっこよかったかとリリアが熱弁をふるっていたところに汚れを落とした二人が降りてくる。
「えっと、お嬢様、ウィム。ふたりは近いんでこれから俺たちがお屋敷まで送ります。あ、そうそう、この髭はジェイク、俺の仕事の相棒 です」
「よろしく、お嬢さん方」
紹介されたジェイクが階段の上で手を上げて挨拶をする。
部屋で着替えているときジェイクがロゼに「お前の周りって刺激的でかわいい女の子ばっかでいいよな〜」と紹介しろオーラ全開だったの で仕方なく言うことにした。
どちらにしろ紹介はするつもりではあったのだが強制された感が否めない。
とくにジェイク的にはウィムが気に入ったらしく「あのメイド服のボインちゃん名前ウィムっていうの? お前あんな子と10年も一緒に暮らし てやがったのか!」と変に絡まれた。
「えぇ、こちらこそ」
メンバーを代表してリリアが笑顔で答える。
ロゼとジェイクも一緒のテーブルにつき、帰る予定を話した。
「それで、戻ったらエナとクロエも俺たちと一緒に帰ろう。リターンゲートでロックストンまで一気に帰れるしその方が早いだろう?」
「俺たちもそうしてもらうと助かるよ」
エナはうなづきクロエは無反応。
ロゼは以前からクロエに嫌われているらしいとわかっているので特に気にはしなかった。
「じゃあ、俺が馬借りてくっから、表で待っててくれ」
ジェイクがそういい残してさっさと宿を出て行き、ロゼたちも席を立つ。
エナ、クロエ、ウィムと続けて宿を出て行ったがリリアがなかなか動こうとしないので、ロゼは「お嬢様? どうかしましたか」と声を かけた。
「ねぇ、ロゼ」
「はい」
「やっぱり、屋敷に戻ってくる気はないの?」
俯き加減のリリアに、ロゼは困り顔になりつつもはっきりと言った。
「ありません」
「そう」
それは悲しかったけれどわかりきっていた答えで。
「そうよね」
「はい」
もう一度確認して、リリアもみんなのいる宿の外へ出た。



「おーい、馬借りて来たぞ」
宣言どおり馬を二頭引き連れて戻ってきたジェイクに、ロゼは驚いた。
確かに馬を借りてくると言っていたが、てっきり馬車だと思い込んでいたのだ。
「馬って……、馬車は無かったのか? 馬じゃ二人同時には乗せられないぞ」
リリアもウィムも自分では馬に乗ることができない。どうするんだと言うとジェイクは笑って答えた。
「大丈夫大丈夫。二頭借りてきたから。ほら、お前こいつ使え」
片方の手綱を渡されるが、合点が行かない。
「でもジェイク、あんた馬乗れないんじゃ」
「よっと」
「!!」
初めて出遭ったときに馬に乗れないと言い、それからも一緒に仕事を請けるたびにロゼの後ろに居座っていたジェイクが借りてきた馬に 軽快に跨り、ロゼは目を見開いた。
「はいお嬢さん、お手をどうぞ」
「ありがとうございます」
そして嬉しそうにウィムに手を差し出し、掴んで上に引き上げてやる。
「な!? 待てジェイク! あんた馬乗れたのか!?」
その仕草は明らかに慣れていて、これまで本人が言っていたような馬に乗れない人間にはまったく見えない。
それどころか玄人の安定感まである。
「あれ? 知らんかったか? 俺サーカス時代は馬の曲乗りもしてたんだ。お前さんよりかよっぽどうまいぜ」
気に入った女の前でいいところを見せたいのだろう。
後ろに乗せたウィムに向かって「俺の手綱捌きはプロだからね。安心して乗っててね」などと言っている。
「この、よくもぬけぬけと……!」
ジェイクの言うことを聞いて毎回後ろに乗せてやっていた自分が馬鹿みたいではないか。
言ってやりたいことはたくさんあったがそれは帰ってからだ。
「ジェイク、覚えてろよ」
恨みを込めて言い放ち、「お嬢様、俺たちも行きましょう」とリリアを自分の馬に乗せ、ロゼたちは村から数時間のリリアの屋敷へ向かった。


「行っちまったな。んじゃねーちゃん、俺らは酒場で待つか」
「うん……」
残されたエナとクロエはふたりが帰ってくるまで酒場に入ることにする。
昼食には遅く夕飯には早いこの時間、ほかに客はいない。
テーブルに戻ると「厄介者を退治してくれたサービスだ」とマスターがジュースを出してくれた。
「俺も武器、剣に変えようかなぁ」
オレンジジュースを飲みつつ、エナはつくづくとつぶやく。
小柄な体と非力さをカバーするために選んだ機械の小手。
しかし似たような身体的特徴を持ちながらそれでも両手に短剣を握り戦うジェイクの姿を見て、エナはうらやましいと思った。
男として同じように剣を取り、あんな風に最前線で戦えたらと思う。
「……エナくんには、似合わない」
刃を相手の体に直接突き立て、返り血を浴びるような戦い方はエナには似あわない。
だからクロエは言った。
「他人の二番煎じとか、ダサすぎ……」
「なっ! ねーちゃんは女だから俺の気持ちがわかんねーんだよ!」
「わかるよ……?」
男の心情など、女に比べたら単純明快だ。
「今日だって、私助けてくれたの、エナくんだし。十分、……役に立ってる」
「え?」
意外な褒め言葉に一瞬笑みが浮かびかけるが、すぐにそれは引きつったものに変わった。
「それに、前に出て行かれたら、いざというとき盾に出来ない……」
「そーだな。俺はそういう扱いだったな、うん」
それでもクロエが自分の力を認めてくれているのがわかるから、エナは脱力しつつも「にーちゃん早く戻ってこねーかな」と、もう 剣のことは口にしなかった。


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