岐路
力が欲しい。何度そう願ったことだろう。
しかし、願いとは肝心なときにこそかなわないものだ。
「懲りない女だな」
普段からあまり自分の部屋にいることのない庵を捕まえるためにちづるはライブハウスの外で出待ちを
することにした。
「一緒に組んでもらえるまで、何度でも」
大の男でも逃げ出すほどの鋭いまなざしで睨まれても、ちづるは庵から視線を逸らすことはない。
「無駄だ」
「関係ないわ、そんなこと」
庵は小さく溜め息をつく。
これは、確かになかなかあきらめそうもない。
「大会の主催者はお前だろう。そんなに勝ちたいのならいくらだって手があるはずだ」
「できるものなら私だってあなたに協力を頼んだりはしない」
いつも思っていた。
自分が払う者だったら、封じる者だったら、きっと今頃こんなことにはなっていなかっただろう。で
きるものならくだらない争いを繰り返しているだけの、自分から見れば子供としか言えない二人の力な
ど、最初からかりたくは無いのだ。
何も知らず、知ろうとさえせず、その力を持て余している二人に憎しみさえ抱いたこともある。
自分にあの力さえあれば・・・。
必要性がなければ誰が頭など下げるものか。
「やっと本音が出たな」
庵は意地の悪い笑みを浮かべる。
大会の申請期限を自分の権限でぎりぎりまで延ばしたものの、もう時間のないちづるには言葉を飾っ
ているよゆうなどありはしなかった。
「貴様はいつも、俺のことを仇でもみるような目で見る」
どこか面白がっているような言い方が気に障るが、ここで諍いを起こしても仕方がない。
庵の台詞は無視することにした。
「もう話すことはすべて話したわ。たとえ承諾が得られずとも選手登録はするつもりよ」
「ふん。やはり最初からそのつもりだったのか」
「でも、試合に出てもらわなければ意味がないのよ」
これまでの何度もの交渉でくどき文句はすべて使い果たした。残るは本音しかない。
「優勝するだけなら、あなたの力を借りずともできるわ。でも、私の敵は人じゃなくオロチ。封じる力
が必要なのよ」
「私怨か?」
これまでの「私たち」というくくりを無くした言い方を聞き、庵は自分の考えに確信を持った。
「何とでも言うがいいわ」
「いいだろう。暇つぶしくらいにはなる」
「え?」
思わぬ返答にちづるは目を丸くする。
「何を驚く。それが貴様の求めていた返答だろう」
「そ、それはそうだけれど・・・」
庵は自分の中に同じものがあると感じていた。それは自分のためではなくそれ以外の、何か一つのも
ののために生きているということだ。
そして、それを達成するためになら、自分の命を捨てることさえもためらわないだろうという点。
そんな人間が目的を達成したらどうなるかを見ておくのも悪くはない。
「それは、試合に出てくれるということ?」
「二度言わせるな」
やけにあっさりと承諾したことをいぶかしみながらも、ちづるは納得するしかなかった。
これまでかたくなに拒んできたのは何だったのかとか、それなら最初からOK出してくれればいいじ
ゃないとか、そういう言葉はすべて飲み込みただ一言。
「また」
そう言い残し、ちづるは踵を返す。
力はそろった。これで姉の平和への願いも叶う。
今更、遅い気もしなくはないが。いくら平和になっても姉さんが居なくては意味がない。
しかし、ちづるには他にやることが見つからなかった。
<姉さんの命を奪ったこと、後悔させてやるわ>
その気持ちだけが今、ちづるを生かしていた。
颯爽と歩いていくちづるを見送りながら、庵は唇の端だけを上げて笑う。
<結果が楽しみだ>
彼は今、草薙京以外の人間に初めて興味を持ったことに、自分でも気づいてはいなかった。
|