蚊 




ひょんな事から見つけた、首筋の、赤い跡。
そりゃ、お互いに大人なんだから、余計なことに口出しするのは良くないことなのかもしれないけれど、でも、やっぱり気になることは気になるんだよ。
神楽にそういうことする相手がいたって事は知らなかったし、居てもおかしくない。
居てもおかしくないのは分かっているのに、なんか胸の奥がもやもやして、すっきりしない。なんか、ヤだ。
俺の知らない神楽がいるのは、嫌だ。
子供じみた我儘だと自分でも分かってる。
でも、嫌なものは嫌なんだ。


「暑いわね〜」
神楽が日の光をきらきらと反射させて、黒く長い髪をかきあげたとき、細く白いうなじに見とれていたらそれを見つけてしまった。
薄紅色に近い、赤い印。
俺でも、滅多に目にすることの無い、長い髪に隠された場所についていたそれ。
ずっと、俺以外の人間が、見ることなんかないんだと思っていたのに、裏切られたような、寂しい気分に押し潰されそうだ。
さりげなさを装って、尋ねてみるべきなんだろうか。
でも、はっきり本人にとどめを刺されてしまうのが、怖い。
俺はこんなに臆病だったんだ。
昔聞いたアイドルの歌で、恋をすると臆病に鳴ると歌われていたのがあった。
俺は、臆病になっちゃったみたいだ。
たった一人の女にこんなに振り回されているなんて、ほんとに、どうしちゃったんだろ、俺。
でも、聞かずに離れていく方が、もっと怖い。
知らないうちに心を見失うほうが、ずっと怖い。


俺は思い切って、神楽の背中に近づいていった。
「神楽……」
「あ、草薙!丁度いいところに来たわね!そこにある塗り薬、取ってくれない?」
出鼻を挫かれて、こっそり溜め息を零しながら、俺は指し示された薬箱を漁る。
「それ、虫刺され用の薬があるでしょ?それ、ここに塗ってくれる?昨夜蚊に刺されて、もー、痒くって痒くって!」
そう言って指差した先は、俺が見つけた赤い印。
「……蚊?」
「そうなのよ!昨日、煩くてよく眠れなかったし、最悪だわ!」
こんなとこまで刺して、薬が塗れないじゃないと呟きながら患部を見せる神楽に、俺は沸きあがる笑いを抑えきれずに薬を塗ってやった。
良かった、と、本気で思う。
こうやって触れるのも、俺だけであってほしい。
しなやかできめの細かい神楽の肌に指先で触れながら、俺はそっと心の中で呟いた。



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