『危険な討伐依頼』



「よぅ!」

「ジェイク?珍しいな」

ウルリカとふたりで酒場へ依頼を見に来ていると、ジェイクが訪ねてきた。
ロゼがジェイクの行きつけの酒場へ顔を出すことはあっても彼のほうから出向いてくるということはまずない。

「おもしろそうな討伐依頼があってよ、一緒にどうかなと思ってな」

掲示板を見ていたロゼを空いているテーブルに誘い、依頼の紙を見せる。

「ネクロヒドラ?西の湿地帯なんかに出るのか」

過去にマナの聖域で戦ったことがある。とてもタフな上に攻撃力の高いドラゴンゾンビ。
地上にも一応生息することは知っていたが、出会ったことは無い。

「お、知ってるのか? すごいレアなやつで討伐の報酬もいいが、こいつの角自体も高く売れるんだ」
「以前戦ったことがある。だけどこれはふたりじゃきついんじゃないのか?」
「そうなんだよ、だれかあと一人、良さそうな奴知らないか?」

巨体を持つ魔獣に止めをさせることの出来るような火力を持つ者。
ロゼはすぐにある人物が思い浮かぶ。

「それなら―――」

心当たりがあるとペペロンの名を上げようとしたところ、後ろから突然元気のいい声が割って入ってきた。

「はいはーい!私やる!やらして!」
「ウルリカ!?」
「おー? お嬢ちゃんが?」

マスターと立ち話をしていたはずのウルリカがいつのまにかふたりのいるテーブルまで来て、依頼書を覗き込んで目を輝かせている。

「魔法なら任せて! 錬金術続けてると無駄に魔力だけは上がるから結構いけるわよ!」
「だめだ! 危険すぎ―――」
「魔法使いか! いいねぇ、ちょうど後衛が欲しかったんだよ」
「ジェイク?!」

即座に反対しようとしたロゼを片手で制して身を乗り出し、嬉しそうに同意するジェイクにウルリカは「よろしく」と手を差し出した。

「一度、西の酒場で会ったわよね?」
「覚えていてくれたか! 嬉しいねぇ。ジェイクだ、よろしく」
「ウルリカよ。一度討伐依頼ってやってみたかったの!」
「おう、がんばろうぜ、お嬢ちゃん」

(もう、完全にやる気だ……)
にこやかに握手を交わすふたりを見ながら、ロゼはこれから起きるであろう波乱を予想し頭が痛くなった。




「で、3人でその討伐に行くことになったのかい?」
「あぁ……」
「うん!!」
アトリエに戻り酒場での出来事を話すと、明らかにテンションの違うロゼとウルリカにペペロンは苦笑した。
「西の湿地帯かぁ。たぶん、あの奥にある遺跡から出てきたんだろうね」
「例の、鋼の心臓が取れる遺跡か?」
ペペロンしか行けない採取地のひとつに湿地帯を越えた先にある古代遺跡がある。
鋼の心臓を持つほどの凶悪な悪魔が出る場所で、たぶん、他にその遺跡に潜れる者はいないだろう。
ちなみに以前ペペロンが取ってきた鋼の心臓10個はすべて高値で売れ、ウルリカも、褒美として小遣いをもらえたペペロンも喜んでいた。
「うん。そんなに数は多くないけどあそこで何匹か遭遇したなぁ」
「やっぱり俺はあんたを誘いたかった……」
そうすればここまでいろいろな意味で不安になったりはしないだろう。
「なによ!私じゃ頼りないっていうの?」
皮袋にありったけの爆弾を詰め込みながら文句を言うウルリカにロゼは盛大なため息をつく。
「それ以前の問題だ」
「あんたは余計なこと考えすぎんのよ」
(考えたくもなる!)
まずジェイクとウルリカという組み合わせ。これが心配で仕方が無い。
特にジェイクはロゼの気持ちを知っている。あの悪ノリ大好きな男のことだ、なにを言い出すかわかったものではない。
次にウルリカを傷つけたくないという思い。
そこら辺の雑魚なら彼女は一人で一掃できるぐらいの戦闘スキルは持っているし心配するまでもないが、西のハゲ山、そして湿地帯は ペペロン情報で強い魔物がかなりの数いると知っている。
それでもジェイクと自分が揃っているのだからそうそう窮地に陥ることもないだろうが、万が一ということがあるかもしれない。
大切な人にはなるべく安全なところで平和にいて欲しいのだ。
「まぁ、ハゲ山は裾野を抜けていけばアポステルは出ないし、そのジェイクって人のことは知らないけれど今のおねえさんとおにいさん ならネクロヒドラの一匹ぐらい大丈夫だと思うよ」
慰めるようにポンと肩を叩き、「これ餞別」と山と湿地帯の地図を手渡す。
「明日出発だっけ。今日は用意が終わったら早めに休んだらどうだい?」
「……そうさせてもらう」
強いモンスターは久しぶりだと楽しそうにうりゅと頷き合っているウルリカを見て、ロゼはもう一度大きなため息をついた。




「おっはよーう!」
翌朝、二人が待ち合わせの西門へ行くとすでにジェイクが待っていた。
「おう、おはようさん」
「早いな」
「いやー、いろいろ楽しみでな! 珍しく目が覚めちまったよ!」
「あんたが上機嫌だと俺は不安になるよ……」
よからぬことを考えてそうな笑顔がとても嫌だ。
「まぁ、そう言うなって!」
ガハハと笑いつつロゼの肩をぽんぽん叩く。
「じゃあ行くか!」
「行こー!!」
「はぁ」
能天気な二人にため息をつき、ロゼもあとに続く。
ハゲ山直前までは街道を歩き、裾野の迂回路に入ってからもしばらくは何事も無く過ぎた。
「なーんも出ないわねー」
「いいことじゃないか」
不満そうに頬を膨らませるウルリカにロゼは答える。
このまま目的地に着くまで何も起きないということは無いだろうが、できるだけ敵に会わず過ごしたいと思うのが普通のことだ。
「刺激が足りないわ刺激が!」
「刺激! いいねぇ、人生には刺激ってすごく大事だもんな。嬢ちゃんわかってるねぇ」
「もちろん! 私はロゼみたいに枯れてないし」
「誰が枯れてるだ!!」
出発してからずっとウルリカとジェイクが気が合うように和気藹々と話し、そこにロゼが突っ込みを入れている。
(気が合いすぎだろ……)
どうもテンションなどが似通っているらしく、ふたりは初めてとは思えないほど仲がいい。
そういうことが無いとわかってはいても、ロゼは嫌な焦りを覚えるのだった。
「ん? おい、ちょっと止まれ」
先頭を飄々と歩いていたジェイクが足を止め、静かにしろとの合図に唇に人差し指を当てる。
「団体さんだ。近いぞ」
立ち止まって感覚を澄ませば気配だけでなく音も聞こえる。
風に揺れる木々のざわめきと共に、不自然な枝のはねる音。そして地面から伝わる微かな振動。
「どうする?」
どこかに身を隠してやり過ごすか。
そう思いジェイクに判断を仰ぐと、ニヤリとした笑みが帰ってきた。
「そりゃもちろん、やるしかないだろ」
「でも、これはちょっと数が多すぎるんじゃ……」
4体や5体ではない。ジェイクが最初に言ったとおり10体以上はいる本物の団体の気配がする。
「バッカお前、だからいいんじゃねぇか。この3人じゃ通常の数じゃ相手にならんだろ」
「そうよ。さっそくいい練習台が来たじゃない」
ジェイクが嬉しそうに言うと、ウルリカも待ってましたとばかりに武器を手に取る。
「アイテムの威力はやっぱり実際に確かめてみないとね!」
「なんでお前らはそんなノリノリなんだ!」
話している間にも気配と音は勢いを増してどんどん近づいてくる。
どうやらこちらの存在も敵に気取られたようだ。
「ふっふっふ、かわいい女の子が見てるとおっさんはやる気が沸いてくるんだよ」
「このところアトリエに篭りっきりだから暴れたくて仕方ないの!」
「あぁわかったよ! お前らと一緒で普通の対応を期待した俺が馬鹿だった」
酒場でウルリカが参加の意思を示したときからこういう苦労をするのはわかっていたことだった。
「じゃあせめて戦いやすい場所に行くぞ。地図によればもう少し先に開けた場所があるはずだ」
今使っている道も獣道のごとく細くて藪に囲まれ視界が悪い。
ペペロン直筆の地図に従い道を進み、右にそれると岩の露出した荒地が現れた。
と、同時に後ろから追ってきていたモンスターの群れも現れる。
「おい、10体どころじゃないぞ」
コボルトとドンケルハイドの混合集団で軽く20はいる。
「なんだよ、雑魚ばっかじゃねぇか」
この数を見てもジェイクはまったく引かず、それどころか質に愚痴をこぼした。
「叩き甲斐がありそうね〜。うりゅ、私から離れちゃだめよ」
「う!」
ウルリカも荷物を置くとレヘルンを取り出し両手に構える。
「まぁ、そうなるよな」
別にロゼとて弱気になったわけではないが、なんだか二人を見ていると自分が情けなく思えてきてしまう。
ふうとひとつ息をつき剣を構え呼吸を整える。
数秒後、一度止まった魔物たちが、一斉にうなり声を上げ突進してきた。
「んじゃ、はりきって行きますか!」
2本の剣を構えるとジェイクが一気に群れに突っ込んでいく。
(いつもながら、躊躇が無いな)
剣術体術、両方に自信があるからこその戦い方だ。
くるくると体全体を使い踊るように敵を倒していくジェイクの姿はウルリカをも虜にした。
「うわ、すごい。かっこいい」
「なんだと?」
これは負けていられない。
飛び掛ってきたドンケルハイトを一刀に切り伏せ、剣を回転させて光撃を放つ。
ウルリカはウルリカで、一度に数個放ったレヘルンで芯まで凍りついた魔物たちを愛用の武器で殴り、一気に砕いていく。
しかしいかんせん数が多い。
「ロゼ!!」
「まかせろ!」
ひとり、ジェイクが囮となって魔物をひきつけている間に、名前を呼ばれたロゼが詠唱を始めたウルリカをカバーするように 立ち位置を変えた。
「集え炎の精霊。その猛る炎をもって全てを焼き尽くし無と還せ」
「ジェイク! 下がれ!!」
「了解!!」
遅いかかってきた3体のコボルトを回し蹴り一撃で蹴散らすと、ジェイクはロゼの警告に従いすばやく敵の囲いから脱出する。
「ヘルウェイブ!!」
詠唱が終わると同時にジェイクの目の前ギリギリに竜巻のような炎が上がり、残っていた魔物を跡形も無く焼き尽くした。
「おお〜〜」
そのすさまじい威力にジェイクが感嘆の声をあげる。
ロゼさえも久しぶりにみたウルリカの魔力の上達に驚いたほどだった。
(密度が違うんだ)
同じ魔法でも違う魔法使いが使えばここまでの威力は出ないだろう。
自分の知らない間に彼女は強くなっていたのだ。
「お、思ったより燃えたわね」
最近魔法を使うほどの戦闘をしていなかったので、ここまで威力が上がっていたのは予想外だったらしい。
ちょっと顔を引きつらせるウルリカに、戻ってきたジェイクが素直に感心の言葉を述べた。
「いやー、すごいわ嬢ちゃん! 冒険者でもここまでのやつはそういないよ? これならネクロヒドラなんて一発だ!」
手放しの褒め言葉にやりすぎたと思っていたウルリカも気を良くしたようだ。
「ジェイクもすごい強いのね! かっこよかったわよ」
「いいねぇ。かわいい上に俺との相性もばっちり! いっそパートナーにならない? 大切にするよ?」
「……ジェイク、ちょっと来い」
予想に違わず調子に乗り出した軽薄男を捕まえると、そのまま少し離れた場所まで引きずっていく。
相変わらずすぐ他のものに気を取られるウルリカは、すでに焼け残ったドロップアイテムを嬉々として拾いに行っていた。
「あんたがあいつを口説いてどうする」
低い声ですごむように言うと、ジェイクはあははと笑った。
「すまん、つい。いつものクセでな」
「絶対『つい』じゃないだろ!」
幸い鈍いウルリカにはまったく通じていないどころか耳にも入っていなかったようだが、ロゼとしては心中穏やかにはいられない。
(俺だって戦ってるところをかっこいいなんて言われたことが無いのに!!)
ジェイクの強さは認めるが、それとこれとは話が別だ。
「そう怒るなって。かわいいやつめ」
胸倉をつかまれようと楽しそうに叩かれる軽口は止められそうもない。
「とにかく! ウルリカに変なことを言うなよ? あいつは本当にそういう方面の扱いが難しいんだ」
「OK。彼女には言わんどくよ」
彼女に『は』という言い方が気に食わなかったが、アイテムを拾い終えたウルリカが戻ってきてしまったのでそれ以上問い詰めること は出来なかった。


それを皮切りにその後、頻繁にモンスターに襲われたが三人のパワーバランスは良く、問題なく退けることが出来た。
ジェイクが敵に切り込み、ウルリカが魔法を詠唱し、それをロゼがカバーしつつジェイクを援護する。
そんな協力体制が出来上がりなかなかいいコンビネーションを見せていた。
「この調子で進めば今日の夕方には湿地帯につけるな」
街を出て翌日。順調に旅は進み、休憩時に地図を確認するとすでに山裾を抜けつつあった。
「いやー、俺ら最強? ここまで余裕だとちとスリルが足らんね」
「そぉう?私はすっごく楽しい!」
「う! たのしい」
「ふむ、まぁ嬢ちゃんたちが楽しめてるならいいか」
出番が無く、すっかりマスコットと化しているうりゅの頭を撫でてやり、ジェイクは笑う。
「でもあんまり無茶はするなよ。前衛は俺たちに任せてくれな」
時々ジェイクと一緒に突っ込みたがるウルリカにやんわりと忠告すると、いつもなら反発必死のはずのウルリカがおとなしくうなづいた。
「ネクロヒドラのことでしょ? あいつの強さはわかってる。自分の役割に専念するわ」
(こういうの、本当にうまいよな)
言い方、もしくはタイミングだろうか。
自分が言うと逆切れされるような注意事項もなぜかジェイクが言うとウルリカは素直に聞き入れる。
今日でたった二日目の旅なのにまるで親子のようだ。
(つまり、俺がまだお子様だってことなのか)
釈然としない思いを抱えつつ、日が落ちる直前に森を抜け、湿地帯手前まで来たのだった。
「もうすぐ暗くなるな。今日はここでキャンプして明日朝からネウロヒドラを探そう」
湿地帯は開けすぎて野営には向かない。
来た道を少し戻り森に入ると3人で薪を探し、一番星が出る前には火を起こして腰を落ち着けることが出来た。
「んー! やっぱハゲ山は人来ないだけあってモンスター多かったわね。さすがにちょっと疲れたかも」
伸びをしつつ言ったウルリカは、すでにあくびも出ている。
夜食は干し肉とチーズとデニッシュ、それに湯に溶かすだけのスープだったのですぐに食べ終えてしまった。
「じゃあ寝るといい。今夜も俺たちが見張りをするから」
通常、野営の見張りは全員が交代でするものだが、ロゼもジェイクもまだ少女といってもいい年でしかも冒険者ではなく錬金術士 のウルリカにやらせる気は無かった。
昨日の夜はそのことでウルリカが「私にも見張りくらいできる!」と文句を言ったが、ジェイクの「女性が夜の見張りをするってのは 一緒にいる俺たちが男として信用されてないってことになるんだ」というはったり話に「むぅ。それじゃ仕方ないわね」と引き下がった。
「うん。じゃあ、先に休ませてもらうね。おやすみ」
うりゅを抱き、近くの木の幹に寄りかかると毛布をかぶって目を閉じる。
程なくしてすぅすぅと小さな寝息が聞こえてきた。
「今日はかなりの数倒したからな。きつかったろ」
薪を一本焚き火に放り、ジェイクはウルリカの方を見て微笑む。
「かなりの活躍っぷりだったぞ。さすが坊主の彼女だな。度胸が据わってる」
「別に、俺の『彼女』じゃない」
その隣に片膝を立て座ったロゼは、ぶすくれた顔で返した。
「おっと、そうだった。まだ『彼女』じゃないんだよな」
「わざとか? わざとだな?」
明らかな悪意を感じ取って睨み付けると、ジェイクは今度はいたずらっぽく笑う。
「あ、わかる?」
「ネクロヒドラの前にあんたを討伐していいか?」
半ば本気で言っても、慣れた相手はまったく動じなかった。
「まぁ、でもよ。そろそろ告白してもいいんじゃないか? なんでそんなに好きなくせにただの同居人のままでいるんだ」
少しだけ真剣な表情で聞かれ、ロゼはふいと顔をそらす。
「告白なら、もうした」
「え? うそ、まぢで?」
予想しなかった答えにジェイクは驚き、身を乗り出す。
「じゃあ振られたのか!?」
「振られてはいない」
そう。たぶん、振られてはいないはずだ。
「でも、告白しといて彼女じゃないって……」
「告白はしたが、告白と受け止められ無かっただけだ」
「は? どういうことだ?」
「……」
あまり言いたくは無い。
かなり情けない話になるし、ロゼとしても不本意な出来事だったので口をつぐむとなぜか頭を撫でられた。
「そうかそうか。認めたくない気持ちはわかるが、きちんと振られた事実を受け止めないと先へは進めないぞ」
「だから違うって言ってるだろうが!」
「じゃあ言ってみ?」
「ぐ……」
やはり、こういうところではジェイクのほうが一枚上手だ。
仕方ないのでしぶしぶことの顛末を話すと、ジェイクは堪えきれないように口を押さえ、肩を振るわせた。
「坊主、お前、本当に面白すぎるわ……」
本当は大声で笑いたいところなのだろうがそんなことをすればウルリカが起きてしまう。
「俺は全然おもしろくない」
「やめろ……、とどめ刺す気か」
ロゼからするとなにがおかしいものかと思うが、ジェイクは本当に辛そうにハァハァと大きく息をし必死に爆笑するのを我慢している ようだった。
しばらくするとやっと落ち着いたのか目に涙をため、それを拭いながらぽんぽんとロゼの肩を叩く。
「とにかくあれだ、今時見ないぞ? そんな純真無垢な女の子は。すごい貴重だ。恋愛音痴にも程がある」
「それは褒めてるのか? 貶してるのか?」
「褒めてるのさ! まだたった二日しか一緒にいないがそんな俺にだって彼女の良さがわかるくらいだ」
たしかに猪突猛進ではあるが、憎めないかわいらしさと放っておけない危うさ。
そして癒される笑顔とこちらの心まで楽しくさせてくれる明るさが最高だとジェイクは思う。
すでにウルリカもロゼと同じように彼のお気に入りのひとりとなっていた。
「だから、この百戦錬磨の俺様がありがたい第二回の恋愛講座を開いてやろう」
「ありがたいってあたりがひっかかるが聞いてやる」
「素直じゃねぇなぁ」
笑われてすっかり拗ねてしまったロゼに、「お前はそういう素直じゃないところもいかん」と前置きをしてから本題に入る。
「こういう鈍い上に純粋な嬢ちゃんに恋の駆け引きなんてものは通用しない。お前のその自棄になった告白のごとくスルーされるのが オチだ。くっ!」
思い出し笑いをしそうになったのだろう。
噴出しそうになり一旦言葉を切る。
(ウルリカさえ寝てなければ即刻たたっ斬ってやる)
殺意を込めて睨みつけると、ジェイクは誤魔化すように数回咳払いをして話を続けた。
「あー、えーっとなんだっけ。そうそう、あれよ、一番いいのはな。誠実であることだ。下心ありありの俺ら男に一番難しいことかもしれねーけどな」
「あんたと違って俺はいつだって誠実だ」
「うそこけ。心配性でおせっかいなのと誠実なのは違うぞ」
「どういう意味だよ」
「必要なときは離れて見守るだけでいられるってのが必要なんだよ坊主」
「……」
まるでこれまでの出来事すべてを見透かしたように言われた一言に黙るしかない。
悔しそうに視線をはずしたロゼを見て、ジェイクは笑った。
「前の時も言ったが、何事も慣れだ。ま、がんばんな」
弱くなってきた焚き火に再び薪を投入し、立ち上がって伸びをすると首を鳴らす。
「ほら、そろそろ寝ちまえ。俺も一眠りしたいからな、夜明け前に起こすぞ」
「わかったよ」
荷物から毛布を引き出してウルリカと同じように木の幹に寄りかかって目を閉じるロゼを確認し、魔物の気配もしないので少し周りを見回ろうとそばを離れる。
キャンプ地のすぐ横の藪を越えれば湿地帯と一面の夜空が広がっていた。
「まー、星の綺麗なこと」
明かりの絶えない街では見れない満天の星空。
仕事に出てする野営で見るこの景色がジェイクは好きだった。

『ロゼ!!』
『まかせろ!』

最初の戦闘でのことを思い出す。
あぁいうのを阿吽の呼吸とでも言うのだろうか。
たった一言で通じ合い、視線を合わさずとも信頼しあっている二人の姿をジェイクはしっかり見ていた。

「俺にはもう、十分両思いに見えるんだがなぁ」

見上げる空で、星がひとつ流れた。




蓮花がところどころに咲く湿地は地平線の向こうまで続いている。
しっかり休んで体調も万全な3人はいざ今回の目的、ネクロヒドラを倒すべく湿地帯に足を踏み入れた。

「結構広いからな。見つけるまで時間がかかるかも……」

沼地に足を取られないように気をつけて歩きながらロゼはあたりを見回した。
天気もよくかなり見晴らしもいい。
ネクロヒドラを探すにはいい日和だ。

「そうでもないみたいよ」

歩き出して数分、ウルリカが緑の中に目立つ異色な存在を見つけた。

「おー、あれか。でけーなぁ」

ジェイクも同時に見つけ、片手をかざし遠くを眺める。
5メートルはあるであろう巨体を持ったネクロヒドラが湿地帯中央にいるのが見えた。

「やけにあっさり見つかったな。あぁそうか、目立つから討伐依頼が出るんだよな」
「まぁ、そうだわな」
「これなら今日は早く帰れそうね!」

このメンバーでいるとどうも緊張感に欠ける。
脱力しつつ「行くか」と声をかけ、3人は標的に近づいた。

(後ろから不意打ち……は無理だな)

相手を見つけやすい代わりに自分たちが隠れる場所も無い。
途中で旅用の荷物を置き、戦闘態勢に入るとジェイクはいつも通り、先手必勝とばかりに両手に剣を構えてヒドラへ向かっていった。

「俺も出る! ここまではやつを来させないからお前は最初から魔法を!!」
「オッケー!」

今回、ジェイクが一人で囮役をやるには相手が悪すぎる。
最初に遠距離で攻撃できる光剣を飛ばし、ロゼも続いた。
案の定敵はすぐに二人に気づき、うなり声と共に前足で最初に近づいて来たジェイクを薙いだ。

「ハッハー、遅すぎるぜ!」

しかしジェイクは自分に向かって繰り出された前足の爪を身を低くしてかわすと、そのままジャンプし脚に飛び乗り、駆け足で伝って ネクロヒドラの巨体に登ってしまう。

(身軽すぎだろ!!)

その動きに思わず目を見張ったが、すぐにフォッグブレスが襲って来た為ロゼも悠長に見ていることは出来なかった。

「少し、大人しくしとけ!!」

魔法を命中させるためには敵の動きをわずかでも止めなければならない。
ドラゴンゾンビであるヒドラは腐敗が始まっているためうろこの固さは普通のドラゴンには及ばないので刃が幾分通りやすい。
勢いをつけて胸元へ剣を突き刺し、横へ切り裂くと咆哮と共に噛み付いてきた牙をあえて受け止め、やわらかい地面に両足を踏ん張った。
するとその絶妙のタイミングでウルリカの詠唱の声が響く。

「グランドレイ!!」

隆起した岩が真下からヒドラを貫きどす黒い血が散った。
それでも、もともと死んだ体を魔力で蘇らせたモンスターであるヒドラは動きが鈍くなっただけで倒れない。

「嬢ちゃん、もういっちょ頼む!!」

上に乗ったままそう大声で言い、ジェイクはうろこを足がかりに自由自在にヒドラの上を移動し両目をつぶした後、翼を斬りつけ 衝撃波を防ぐようにする。自分の体の上で動き回り、いたるところを切りつけてくる存在に苛立ったヒドラがジェイクを振り落とそうと 後ろ足で立ち上がり、ロゼはその体の下へもぐりこんで支えていた足にレヘルンを投げつけ凍らせて地面へ縫いとめた。

「いっくわよー!」

後方からウルリカの気合の入った声が聞こえる。
しかし、落ちないように武器をヒドラの首のあたりに深く差し込んで体を支えていたジェイクはすぐに退くことが出来なかった。

「フラムレイン!!」

「あ! 馬鹿!!」

「ちょ、お嬢ちゃ―――」

剣を諦めて手を離し、飛び降りようとしたもののすでに遅く、頭上に現れた灼熱の火球を見てさすがのジェイクも青ざめる。

「うおおおおおおお?!」

そのまま無数の火球がネクロヒドラとジェイクの上に降り注ぎ、熱気と煙、そして噴煙にロゼは顔の前に腕をかざした。

「ジェイク!!」

すぐに自分の失敗を悟ったウルリカは目を見開き固まってしまっている。

「うそ……」

湧き上がる煙の中、肉の焼ける臭気と共に、ネクロヒドラのものであろう巨体の倒れる地響きが湿地帯に轟いた。

「そんな、うそでしょ? ジェイク!!」

「……うーい、呼んだかー」

「ジェイク!?」

悲鳴のようなウルリカの呼びかけに間の抜けた返事が返り、ロゼは思わず叫んだ。
「ジェイク!! 無事か!?」
「げほっ。まぁ、無事っちゃ無事」
ヒドラの焼ける炎と煙の中から咳き込みながら出てきたのは、五体満足のジェイクだ。
「よ、よかったぁ……」
へなへなと地面に座り込むウルリカを励ますようにうりゅが体を摺り寄せる。
「本当に良かった。てっきり巻き込まれたかと」
ロゼが剣を鞘に戻し歩み寄ると、助けは要らないと手を振られた。
「ちょいと焼けたが当たっちゃいない。こんなスリルは久しぶりに味わったぜ。なかなか楽しかったわ。はっはは!」
こんなときも軽口を叩けるところがジェイクのジェイクたる所以だと、ロゼは思う。
頭上から自分に向けて降り注ぐ火球をすべて避けきるような芸当が出来るのも彼だけだろう。
「嬢ちゃん、だからしっかり立ちな。俺様は丈夫に出来てんだ」
しっかりした足取りでウルリカの前まで行くと手を差し出し笑った。
「まさか俺もあそこで剣が抜けなくなるとはやっちまったなぁ」
「ごめんなさい、最後まで確認してから唱えなきゃだったのに」
「戦闘にはリズムってもんがある。それを崩したのは俺だ。気にするな」
ウィンクをしてウルリカを引っ張りあげたジェイクの髭も髪も服も、そこらじゅうが焦げてチリチリになっている。
そんな姿でもカッコをつけるジェイクに、ほっとしたのも手伝ってウルリカは笑った。
「じゃあ、次があればそのリズムを崩しても平気なくらい強くなっておくわ!」
「そういう前向きな子は大好きだよ」
今度はふたり一緒に笑いあうのを見て、ロゼもほっと息をついた。
「標的は倒したし、長居は無用だ。帰るぞ」
置いておいた荷物を持ってウルリカたちの下へ戻るとウエストポーチからミニチュアの扉を取り出し、声をかける。
「そうね、そうしましょ」
「なんだそれ」
ただ一人、その手のひら大のアイテムを初めて見るジェイクが疑問の声を上げた。

「錬金術アイテムでリターンゲート。使い捨てだがこれを使えばどこからでも一瞬で街に戻れる。座標は北門」
「へぇ、そりゃまた便利なもんだな」
「ほしければいつでも依頼受け付けてるわよ。ジェイクなら格安でやってあげる」
「そうか。じゃあ帰ったら頼むかな。おっとそうだ、帰る前にやつの角、いただいていくぞ」

最後はちょっとだけトラブルも起きたが、初めて受けた3人でのモンスター討伐依頼は無事終了し、報酬とちょっとした小遣いを 手に入れたのだった。




そして帰った翌日。

「うーん」

アトリエのテーブルで頬杖をついて難しい顔をしているウルリカに、自分で入れたお茶を飲みながらロゼは聞いた。

「どうした?」
「やっぱすっきりしない。もう一度謝ってくる」

昨日のことがどうにもひっかかるらしい。
ウルリカはうりゅを置いて立ち上がると扉に手をかけた。

「一緒に行こうか?」
「来なくていい!やめてよ、保護者つきなんて恥ずかしすぎること」

つい口を出してついて行こうとしたロゼを全力で拒否して飛び出していく。

「謝るって、例のジェイクって人にかな?」
「そうだろ。普通のやつだったら確実に一緒に燃やしてただろうしな」

武勇伝を一通り聞いていたペペロンが嬉しそうに笑った。

「おねえさんも友達が増えそうだね」

ロゼと違い基本、アトリエにこもってひたすらアイテムを作るのが仕事のウルリカはまだまだ交友関係が狭い。

「ちょっと失敗もあったみたいだけど、いい勉強と経験になったと思うよ」
「あぁ、そうだな」

いつだってペペロンはウルリカのことを一番に考えている。
そんな彼が今回の討伐の仕事に反対しなかったのはそこらへんにあるかもしれない。

「茶、飲むか?」
「うん」

保護者二人は少しはにかみつつ、午後のティータイムを過ごした。


数十分後―――。

「ただいま!!」
血相を変えて勢いよく飛び込んできたウルリカにロゼは思わず茶を噴きそうになった。
「なんだ、どうした? 早かったな」
「ペペロン、採取に行くわよ!!」
「え?今からかい?」
「そう、今すぐ!」
そんなロゼの質問には答えず、うりゅを肩に乗せるとコンテナを漁りだす。
(やっと昨日帰ってきたばかりなのに?)
「行き先は?」
疑問を抱きつつも訊ねると、振り返りもせず即答される。

「海よ!」

エアドロップをありったけ袋につっこみペペロンに早くしろと促すと自分の分の荷物を抱えてまた飛び出していく。

「お、おねえさん! ちょっと待っておくれよぅ!!」

ペペロンもわけがわからないまま、とにかくその後を追いかけ出て行った。

(なにがあったんだ?)

呆気に取られたまま見送ることしか出来なかったロゼはすぐに茶を片付け、ウルリカが焦っている原因があるはずの西街へ向かうことにした。




カランカランという鐘の音と共に酒場へ入ると、ジェイクがいるはずのテーブルを見る。

(……あれ?)

しかし、その定位置に彼の姿は無かった。
仕方ないので一番扉の近くに居た顔見知りの冒険者に聞いてみる。

「ジェイク、どっか行ったのか?」

「いるだろ。いつもの席に」

「え?でも……」

そこには見知らぬ青年がひとり、不機嫌な顔で酒を飲んでいるだけだ。
きょろきょろするロゼを見て、男が笑う。

「あれだよ、あ・れ」

(まさか……)

ぶすっくれた顔の青年はどう見ても20台前半にしか見えない。

「もしかして、ジェイクか……?」

すぐ隣まで行って声をかけても、まだ信じられない。
いつものむさくるしさも、軽薄さも無く、どんなしかめ面をしようとも目の前にいるのはさわやかな雰囲気の青年だ。

「あぁ、そうだよ」

「髭と髪、どこいったんだ?」

今のジェイクはトレードマークの髭を綺麗に剃り、適当に伸びていた髪もこれまた綺麗に短く切りそろえられている。

「昨日焦げてちりちりになっちまったから、切ったんだよ」

「そういえば―――」

確かに、ひどいことになっていた。
あれではすべて切ってしまうしかなかっただろう。

「あんた、30って嘘だろ」

「嘘じゃない、誕生日が来れば30だ」

ということは、実は今はまだ29ということか。
いや、今の問題はそこじゃない。
ロゼはやっと驚きが納まると、次は心の底からおかしさがこみ上げた。

「あっはっはっはっは!!ジェイク、もしかして童顔だからあんな髭と髪してたのか?!あっははははは!!」

「笑うんじゃねぇ!!面倒だから生やしてただけだ!」

そこへ常連から突込みが入る。

「嘘嘘、だってジェイクの奴、本当は相当髭薄いんだぜ。今度は生やすのにどんだけかかるんだかな」

3年前、最初にこの酒場に現れたときのジェイクは今の姿だった。
その見た目で舐められ、年齢まで間違えられて小僧扱いされるのに耐えられず無理やり髭を伸ばしたという経緯があるのだ。
ロゼの笑いは周りに伝染し、すでに散々からかった後だろうにまたみんながジェイクをいじりだした。

「最初のあだ名は坊ちゃんだったもんな!」
「改めて素顔見るとほんとすごいな! もうそりゃ詐欺だわ!」
「そっちの顔の方がモテるんだからもうそのままでいいじゃねえか」

ひとしきり笑ったロゼは、好き勝手なことをいう仲間に諦めたのか無言で酒を飲むジェイクの隣に座り、その肩を叩いた。

「そう拗ねるなよ。いつかは生えるんだからさ」
「……あそこまで生やすのに、半年かかったんだ」
「ぶふっ!!」

不貞腐れたように言う姿はいつものジェイクと比べたらかわいいとしか言いようが無く、再び堪えきれずに噴出してしまう。

「ははははは!!」
「くそっ! 笑いたきゃ笑え!!」

そして、酒場はその日笑いが絶えることがなかった。



数日後、急ぎの採取から帰ったウルリカが、調合した『育毛剤・種子』をお詫びの品としてこっそりジェイクにプレゼントしたことを 本人たちのほかに知る者はいない。




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