格闘技が好きで。
なんとなくつけたTV番組。
そこで見た人が忘れられなくなった。

綺麗でとても強い。
にこやかな笑みを浮かべるその人のCMに入る前だけにちょっとだけ見せた、陰のある表情が強く心に残った。
その後ずっと番組を見ていてもその表情はかかけらも見えなかったけど。
あれは見間違いなんかじゃない。
あの表情の奥が知りたい。
強く、強く思った。

KOFに出ればあの人に会える?

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「草薙さ〜ん」
パンを抱えて駆け寄るとちょっと嬉しそうな顔で草薙さんが出迎えてくれた。
この人は草薙京。俺の格闘技の師匠(だと思いたい)だ。
「ちゃんとコーヒーも買ってきたんだろうな」
しまった、自分の分のジュースに夢中で忘れた。
そんな俺の表情を読み取ったのか呆れたような声で
「しかたねーな。そのジュースで我慢してやらんでもない」
許してくれるのかと思いきや、ジュース取られた。
まあいいや。慣れてるし。
今日は飲み物なしで我慢するか、と草薙さんに気づかれないように嘆息しつつジュースを手渡す。
「なんだよ、普通のグレープフルーツじゃねえのな」
「最近ピンクグレープフルーツのジュースに凝ってるんですよ〜。美味いですって!」
自分の好きなものに関しては譲れない。
これ俺の心情。
「なんか甘そうだな…」
「大丈夫です美味いです!普通のグレープフルーツジュースとどこが違うって言われても美味く説明できな いスけどなんか違うんですよ〜。飲みませんか?いや、飲んでくださいって」
みんな俺に対して結構誤解してるみたいだけど、草薙さんにいつもヘコヘコしてるだけってわけじゃない。
好きなものを好きだと熱く語ることだってあるのだ。
「わかった。わぁーったから。そんなに好きならお前飲んでいいって」
ぽい、と投げられたジュースのパックを慌てて掴む。
「えぇっ?!美味しいのに…」
「好きなら飲めって。ジュースも美味しく飲んでもらえたほうが喜ぶ」
…こういう表現をくそまじめな顔で言えるってすごいよな…
と新たに草薙さんを尊敬。
「じゃ、飲んじゃいますよ」
ストローを袋から出してストロー口に差し込みながら草薙さんの脇に座り込む。

んぼけ〜っとしたまったり空気が流れる。
そろそろ初夏。
さわやかな陽気だ。

「なあ、真吾」
「なんですか?」
ジュースをじゅるるるるる、と音を立てて飲みながら聞き返すと、音たてんな!と拳固をいっぱつ俺の頭に叩き 込んみながら話がつづいた。
「お前今年のKOFどうする?」
KOF、どきりとした。
出れば会える?
「怖いならやめとくか?書類提出もうすぐだから決めとけよ」
その言葉に俺はすっくと立ち上がりわめくように言った。
「出ます!出ます出ます出ますって!!!うっひょ〜嬉しいなあ。憧れのKOF!!」
ちょっと嘘だ。
俺が憧れているのはKOFではなくKOFに出ていたあの人。
「そっか、なら紅丸に頼んでお前の分も出しといてもらうぞ」
「あ、お願いしま……?」
急に草薙さんの顔がこわばった。
俺なんかまずいこといったかな。
「あの…草薙さ…」
「お前…」
草薙さんの視線は俺を通り越してさらに後ろをまっすぐ射抜いていた。
「え?」
振り返るとそこに。
彼女がいた。

「草薙…」
かさりと草を踏みしめて近づいてくる。
ゆっくりと、まるで見えない壁があるかのように重い足取りで。
「お願い、一緒にKOFに出てくれない?私と、やが…」
「しつこい!!」
怒気を孕んだ草薙さんの声で彼女の言葉は途絶えた。
紙のような顔色の彼女がゆっくりと下を向いた。
「何なんだよ?こんなとこまで来やがって。宿命だの運命だの前世だの分けわかんねーこと並べ立てて。
俺は戦いたいから戦うだけだ。八神とも組まねえ。わかったらとっとと帰れ!」

周りの音が一気に引いたみたいな沈黙。

それぐらい苛烈だった。

沈黙を破ったのは彼女の声だった。
「お願い」
あれだけ草薙さんに言われても引かない。
なにか理由があるんだ。
一緒に草薙さんと戦わなければならない理由。
草薙さんでなければならない理由。
そう考えたとき胸がチクリと痛かった。
「お願いよ草薙。今回だけでいいの。今回のKOFで片をつける…だからっ」
表面上はなるべく冷静に話そうとう仮面をつけているが、つめが手のひらに食い込むほど握り締められたこぶし を見て俺は思わず言ってしまった。
「草薙さん、なんで話くらい聞いてあげないんですか?困っているなら助けてあげればいいじゃないですか。 きっと紅丸さんたちだって理由があれば草薙さんが、ち…神楽さんと組んでも怒ったりしないんじゃ…」
「真吾…」
ボソリと俺の名前を呼んだ草薙さんの声は、普段から考えられないぐらい低かった。
その一言だけで俺は硬直してしまう。
「お前いつからそんなでかい口たたくようになったんだ?」
イラついたような口調に身がすくむ。
怖い。
こわばった俺の表情を見たのかちづるさんがやんわりと草薙さんを制した。
「草薙。これは私たちの問題で彼には関係ないわ。八つ当たりはやめなさい」
ちづるさんは好意でそう言ってくれたんだろうけど、俺にとってかなりキツい一言だった。
関係ないのはわかってる。
わかってるんだよ、ちづるさん。
俺は『関わりたい』んだ!!
心の中で叫んだところで誰にも聞こえるはずはない。
馬鹿だ、俺。
格好つけて口はさんで邪魔者扱いされて。

「チッ…」
草薙さんが立ち上がる。
「真吾。そのパン食っていいぞ」
そう言って背を向けて歩き出す。
「どこへ行くの、草薙」
ちづるさんの声に歩いていた足がぴたりと止まる。
「アンタのいないとこだよ」
再び歩き出した草薙さんの背中には『ついてくんじゃねえ』という不機嫌なオーラが漂っていたので声をかけられなかった。

「ふぅ…」
微かなため息が聞こえ慌てて振り返る。
沈痛な面持ちのちづるさんは…こんな場面でなんだけど綺麗だった。
ぼんやり見つめている俺の視線に気づいてちづるさんがかすかに笑った。
「あーあ、あせっても駄目ね。草薙にごめんなさい、って伝えておいてくれるかしら」
なんでも無さそうにちょっと明るい声で言うちづるさん。
でも俺気づいてるんだよ。
かすかに声が震えてるの。

俺は思わず「嫌です」ときっぱり言っていた。
目を丸くするちづるさんに慌てて付け足した。
「俺、草薙さんに頼みます。ちづるさんの話をきちんと聞くように。
なんか…駄目ですよ。一方的に話を聞かないでどこかに行くなんて。
いつもなら俺がどんなにめちゃくちゃなこと言っても聞いてくれる人なのに。
気持ちが落ち着いたらもう少し考えてくれると思うし。
それに…謝ったらきっと草薙さんヘソ曲げます」
最後の言葉にちづるさんが小さく吹き出した。
「じゃあ、お願い。しちゃおうかな」
「まっまかせてください!!!絶対説得します!!!!」
どんと思い切りこぶしで胸をたたいて……むせた。
かっこわりぃ…

と、むせている俺を見てくすくす笑うちづるさんがやけに可愛く見えた。

あ、やばい。
やばいやばい。
思わず好きですって言いそうになっちまった。

目を白黒させて動揺している俺に軽く会釈をして
「またね、シンゴくん。KOFで会いましょう」

晴れやかな笑顔でちづるさんは帰っていった。
俺の台風みたいな人だな…。
思い切り脱力してしゃがみこむ。

『KOFで会いましょう』

やみくもにKOFに出れば会えるかもしれない、と思い込んでKOFを目指してきたけど まさか本人から会おうと言ってもらえるとは思わなかったな。

俺はちづるさんに好きですって胸を張っていえるような人間じゃないし。
弱いし年下だし。

好きになって欲しいとかもう思わないでいいや。
さっきの笑顔が見られるだけで満足だ。
もう望まない。

でも、恋することぐらいは許されるよな。
きっとこの恋は叶わない伝わることもないけれど。
ちづるさんに恋して、ちづるさんが幸せになることを祈って。
それが今の俺の幸せ。


END

草薙を真吾が説得できたかどうかとか、草薙の性格が悪いとか
真吾はこんな性格じゃないとか
そういうつっこみは無しね(笑


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