巡る愛の詩 「う、うぅっ、うああああああああ!!」 ひさびさの休みの夜。社はうなされて飛び起きた。 「はぁっ、はぁっ」 寝汗がすごい。布団がびしょ濡れで冷たくなっている。 「熱い」 暑いのではない、熱い。 「あああああ」 体が焼けるように熱い。 <なんだこれ、病気か? 死ぬのか?> 風の音が文字通りビュービューと絶え間なく鳴り、安いアパート全体をガタガタと激しく揺らし騒音を立てる。 社は体の中からの痛みを伴う熱にベッドの上で悶えた。 まるで血ではなく、溶岩が流れているようだ。 助けを呼ぶにも叫び声しか出ない。その叫び声さえも周囲の音に消されてしまっていた。 <熱い熱い熱い> どれだけ苦しんでるのだろうか、永遠に感じる時間も実際はほんの2,3分だったのかもしれない。 体を掻き毟るようにのけぞり、ベッドから落ちた瞬間、なにかの映像がフラッシュバックした。 <なんだっ?> 熱さは変わらないが、痛みが少し和らぐ。 同時にまた、部屋の黄ばんだ壁と床しかないはずの視界に見たことの無い風景、人が現れては消えていく。 時代劇でも見たことの無いような古い服装の人々、荒れた村、馬鹿でかい蛇の化け物。 <なんだこりゃ?> 殺しあう人間、飛び散る血、巻き上がる炎。 <なんなんだ?!> ノイズの入ったような地獄絵図の映像。 それがスクリーンに映される写真のように絶え間なく切れ代わり、さまざまな様子を見せてゆく。 『我、を、解放せよ』 突然、頭の中に声が響いた。 『我、を、解放せよ』 底冷えする、なんとも言いがたい太い声。 『その血を開放せよ!!』 「やめろおおぉ!」 ドクンッ と、心臓が一度大きく波打った。 そして突如理解した。 思い出したのではなく理解した。 自分の血を、そこに宿る力、定められた運命を。 「あ……!」 怒りが、怨みが身を包む。 これは自分の感情じゃない、呼びかける声の主、オロチのもの。 <そうだ、俺は……やらなきゃ……> この力をもってオロチをこの世に呼び出さなくては。 「わかったよ、やりゃあ、いいんだろ?」 やらなければ、この血の猛りは収まらないだろう。 心地よい闇が、自分の中に生まれ、広がってゆく。 「んで、おりゃあ何すりゃいいんだ」 ガンガンと痛む頭を抑え、うずくまったまま問いかけるとまた視界がゆがみ、知らない場所が映る。 夜の街を歩く髪を真っ赤に染めた少年。 『殺せ』 ゲームセンターで制服姿のまま格闘ゲームをしている中学生。 『殺せ!』 そして血だらけの姿で何かに立ち向かっている少女。 <ちぃ?!> 『殺せ!』 少女が傷つき、苦しみ、泣き叫ぶ姿。 「ちづる!」 見たことのない険しい表情、鋭い目つき。だがもちろん間違えるはずがない。 <あれはちづるだ!!> 大柄な男を睨みつけ叫び戦っている。 なぜ?!どうして彼女が? 助けなければ。 「ちづる!!」 助けなければ!! 名前を呼んでも届かず映像の少女が振り返ることもないが、社は何度も名前を呼び、自由の利かな い手足を懸命に動かし立ち上がると部屋の扉に向かって歩き出した。 その間にも目の前には3人の少年少女を順に透けるような映像で何度も映される。 そして同時に繰り返される言葉。 『コロセ!!』 「うるせええええええ!!」 叫ぶと同時に映像は消えた。 「ちづるは俺の大事な女だ!てめぇのことなんざ知るかボケ!!」 一瞬でもその声に、力に、勝手に背負わされた宿命に身を任せようと思っただなんて自分を殴り飛ばしたい。 多少体の自由を取り戻し、外へ出るドアに手をかける。 が…。… 『お前は私のモノだ』 今までで一番低い、響くような威圧のある声が言った途端、社の意識は混沌へ落ちた。 「う……、ぐ……」 サウナのような蒸し暑さと、カーテン越しに射す強い日差しに目を覚ます。 起き上がろうとすると関節がきしみ、頭が鉛が入っているように重い。 社はドアの前の床に倒れていた。 南の窓から射す日が、夜がとうに明けたことを教えてくれる。 「ばっ、かやろう……」 それは自分に向けた言葉だった。 助けられなかった。 あの時、あの瞬間、ちづるは本当に戦っていたのだろう。 あれは幻でも夢でもない。それは確かだ。 <昨日の俺と今の俺は違う> オロチ一族、八傑集、そして三種の神器。 これまで知らなかった名前や歴史がはっきりと脳に刻まれている。 もしかしたら、ほかにもなにか変化が起きているのかもしれない。 「行かなきゃ……」 彼女のところに行かなくては。 ちづるは生きている。生きていなくてはならない。 最悪の結末なんて認めない。 神社の前へ行くとすでにパトカーと人だかりで入れない状態になっていた。 「ちっ」 舌打ちしつつどこか忍び込める場所を探そうとしたとき、遠巻きに神社を見ていた中年女性のグループの声が耳に入った。 「なんかね、宮司の娘さんが亡くなったらしいわよ」 <え……?> 血が引く、というのはまさにこのことなのだろう。 目の前が真っ暗になり、体がずしんと重くなる。 <死ん……だ?> 「殺されたんですって」 膝を地面につきそうになる社をよそに囁くような、それでいて好奇心を押さえられないはっきりした口調で女性たちは会話を続けた。 「ほんとに?」 「それって二人とも? まきちゃん? ちづるちゃん?」 「夜中に救急車2台来てたから襲われたのは二人だと思うけど……」 「そう、それがね、うちの子中央の病院に勤めてるでしょ?昨日夜勤だったのよ。それで聞いたんだけど二人ともひどい状態だったんだ って。亡くなったのは一人みたい。でもほら、双子だからどっちの子かわからないって言ってたけど」 「それにしても怖いわねー」 「ふたりともかわいくていい子だったのに」 「なんで襲われたのかしら。だって神社よ?まさかお賽銭狙いとかじゃないわよね」 「娘さん狙いの変態とか?」 「ちょっと」 さすがにまずいと思ったのか一人がどんどん加速する噂話を咎める。 しかしそこでさらに声を潜め、もう一人が言った。 「でもなんか、前から噂あったじゃない?ここ、お偉いさん相手にあやしい商売してるって」 「あったあった! 私見たことあるもの、いかにも高そうな黒い車が止まってるの」 「もしかしたら……」 そこまで聞いたところで、どうにか体勢を立て直した社はふらふらと歩き出した。 「中央の、病院……」 『亡くなった』 『ひどい状態』 いやな言葉だけが頭の中で繰り返される。 「くそったれ!!!」 叫ぶと同時に近くの木の幹を思い切り殴りつける。 好き勝手に噂話をしていた女性たちの声はぴたりとやみ、社は思い切り駆け出した。 一度アパートに戻りバイクにまたがるとがむしゃらに飛ばす。 <ちぃは双子だったのか……?> 女たちは神社の娘は双子だと言っていた。 「まき」と「ちづる」であると。 だが、ちづる本人から聞いたことはなかったし、神社でそれらしい子にも会わなかった。 それに殺せと命じてきたあの映像にも出てこなかった。 ちづるがどうして双子の姉妹のことを話さなかったのかはわからない。単純に自分が家族のことを聞いたことがなかったからだ けなのかもしれない。 ただ、映像に出てこなかった理由はなんとなくわかる。 <あのときもう、もう一人は死んでたんだ> 会ったことのない、ちづると同じ顔をした少女のことを思うと、ずきりと胸が痛むのだった。 アクセルを踏み続け、真昼間の公道で捕まらなかったのが奇跡なほどの速さで病院に着くと、すぐに受付へ向かった。 が、ふと立ち止まる。 何かがいる。 <この感じは……> 血がざわついた。 これは昨日の夜、オロチによってもたらされた感覚。 「いる……」 オロチの宿敵、自分の愛する女が。 社は受付へ行くのをやめ、血の導くままに別の練の病室へ足を向けた。 「便利なもんだな」 進めば進むほどはっきりわかる。 嫌な感じというより、何か懐かしい、引き寄せられるような。 階段を使い三階まで上がると、目的の部屋はすぐにわかった。 <ちっ> 警官が二人、病室のドアの前で警護をしているのだ。 <殴り倒して…行ったら、あとが面倒だよな。外から入るにしても三階じゃ…。どっちにしろ窓閉まってる時点でアウトだろ> 警官を昏倒させて無理やり部屋に入ることは可能だろう。だがそんなことをしたら会えるのは今だけで、最悪彼女の入院先が移動になって しまうかもしれない。それでは余計な手間と時間が増えるだけだ。 それにどちらにしろ、彼女は重症であるだろうし、意識があるかどうかもわからない。もしあったとしても、自分が会うことで体に負担を かけてしまうことは避けたい、 <とりあえず生きてるのはわかったし、待つかな> 映像で見た場面が甦る。 思わず社は顔をくもらせると、そのまま踵を返した。 それから毎日、社は病院へ足を運んだ。 いつも病室前の警官の姿を見て帰るだけだったが、それでも一応健在であると確認できるだけで十分だった。 通い始めて2週間もたったころ、やっと警官が居なくなった。 <やべ、なんも持ってきてねぇ> 今日も部屋を見るだけだと思っていたので見舞いの品を何も持っていない。 <今からなにか買いに行って出直すかな> いや、でも……。 <すぐに会いたい> 社はナースステーションを素通りして、想いに忠実に病室へ入った。 運よくだれの目も向いていないときだったのか、止められることはなかった。 引き戸になっている扉の中へ入るとすぐに、洗面台とトイレの個室があり、その奥にベッドの足の方だけが見えた。 「どなたですか?」 人が入ってきた気配に気づいたのだろう。ちづるの問いかける声が聞こえる。 「ちぃ、俺だよ」 <やばい、泣きそうだ> もともと喜怒哀楽が激しく感動屋な社は、こみ上げてきそうになる涙をぐっとこらえた。 数歩前に出るとすぐ、ベッドの上にちづるの少しやつれた、白い顔を見ることが出来た。 ちょっと驚いたような、困ったような、そして自分と同じように泣きそうな、そんな表情だった。 「遅くなってごめんな」 「そんな、つい今朝方まで警護の警察官の方がいらしたから…。すごいタイミングです」 「あぁ、そうか、今朝までいたのか」 「え?」 「いやその、一応毎日来てた……から」 つい告白してしまったあと、社は激しく後悔した。 <毎日とかストーカーだろ俺!余計なこと言ってんじゃねぇ馬鹿!> 恥ずかしさに顔を伏せる。 「そうだったんですか。ありがとうございます、すごく、嬉しいです」 ちらりと目線を上げてみると、ちづるははにかむように笑っていた。 「心配、かけましたね。すみません」 「あやまるようなことじゃっ」 思わず大きな声を出してしまい、とっさに口を自分で塞ぐ。 <いかん、落ち着け> いろいろなことが起きすぎて、興奮しているのがわかる。 目を閉じ、二回深呼吸すると、社もちづるに笑いかけた。 「ちぃが謝ることじゃないさ。俺が会いたかったんだ」 「えっ」 途端にちづるはみるみる赤くなりうつむいてしまった。 「あ、あの、その、……私も、です」 <か、かわいすぎる> つい、今の自分たちの状況も忘れて抱きつきそうになるが我慢する。 こみ上げる気持ちを頭をなでることでごまかしながら、どうにか冷静を装うことに成功した。 「怪我、どうだ?大丈夫なのか?」 くすぐったそうに笑うちづるの着ている、病院で用意されたものであろう浴衣のような白い服の胸元や袖から、同じように白い包帯が見え隠れする。 あのとき見た映像から、決して浅い傷ではないはずだ。 それでもちづるは明るく笑った。 「大丈夫です。ちょっといろいろあって入院は長くなるかもしれないけれど、もともと体は丈夫なほうですし。傷もきっとすぐ塞がります」 「そっか」 言いたいこと、聞きたいことがたくさんあるはずなのに、まとまらず言葉になって出てこない。 ちづるの家のことや自分の身に起きたオロチの血のこと。話さなくてはいけないと思いつつも、そのことを言ってしまったらもう戻れないのがわかる。 <それは嫌だ> この笑顔が見れなくなるのは、辛すぎる。 「社さん?どうかしましたか」 「え、あ……」 突然黙り込んでしまった社を心配してちづるが顔を覗き込むようにして見る。 「なんだか、顔色悪いです?」 「気のせいだろ。大丈夫、俺は元気なのだけがとりえだからな。うん、大丈夫」 たぶん、話さなければならないときが必ず来る。だけど、もう少しだけ、このままの関係で…。 「俺なんかより、ちぃの方が断然重病人なんだからな。心配してる余裕なんかないだろ」 「いつだって私は社さんのことが心配です」 「うん、ありがとう」 ちづるに出会うまで、自分がこんなに優しい気持ちになれるなんて知らなかった。 こんなに心から気持ちよく笑うってことも知らなかった。 だからこそ失いたくない。守りたい。 そして……。 しばらく二人は無言のまま見つめあった。 <愛している> 自分はこの相手を愛している。 「っと、今日はそろそろ帰るわ。バイトの時間あるし」 先に口火を切ったのは社だった。 「……はい」 ガタッと音を立てて立ち上がると、ちづるが寂しそうな目で見上げてくる。 「……ふっ。そんな顔をするな」 社は笑いながら、今度は少し乱暴にちづるの頭をわしわしと撫でる。 「明日また来るから。明日もあさっても、退院するまで毎日!」 「毎日?!」 驚いたように繰り返すとちづるはあわてて首を横にふる。 「そ、そんなご迷惑はかけられません!確かにう、嬉しいです、嬉しいですけど………申し訳ないです」 「俺が会いたいんだ。ダメって言われたって来るさ。またな」 笑顔で手を振ると社は病室を出る。 <病室って殺風景なんだな〜。明日はとりあえず花でも持ってくるかな> 怪我の程度はわからないものの、元気そうで安心した。 最後の「申し訳ない」という言葉にどんな意味があるのか、社はまったく気づいていなかった。 それから社は花や菓子や雑誌を持って、言葉通り毎日病院へ見舞いに来た。 土産を渡し、社が毎日の他愛の無い出来事やなにかを話し帰る。 そんな中、ちづるにちょっとした異変が起きていた。 ほんの少しづつ、日を追うごとに笑顔や言葉数が減っていっているのだ。 表情も時々とても暗い、なにかを我慢しているような辛い表情が見え隠れするようになっていった。 ちづるが自分から話してくれるまではと、社はそれに気づかないふりをしていたが、このままでは逆に彼女を苦しめるだけかもしれないと 思い、ある日、直接聞くことにした。 「ちぃ、どうしたんだ?」 「え?」 「なにか、言いたいことがあるのか?」 「……」 ちづるはハッっとした顔をしたものの黙りこんでしまう。 「ちづる?」 いつも使ってる愛称ではなく、静かな声で名前を呼ぶとちづるはうつむいたまま話出した。 「ずっと、話そうと…思ってたんです」 「うん」 「でも、幸せで、幸せすぎて、この時間を手放したくなかった。社さんと一緒に居るときだけは普通の女の子でいられる」 言葉を詰まらせ、涙ぐんでいるのがわかった。 「ずっとこのままではいられないと、わかっていたのに」 そしてゆっくりと、ちづるは自分の家の事情や宿命のことを語った。 「……いきなりこんなことを言っても、信じられませんよね」 黙って聞いていた社に不安を感じたのか、悲しそうにそう話を結ぶ。 「いや、信じるよ」 社はちづるの手を両手で包み込むように握り、まっすぐ目を見ていった。 「俺はちづるを信じる」 「社さん……」 <だから、余計言えない> 自分がその、ちづるの宿命の敵「オロチ」の血筋の者であると。そしてあの夜、遭遇していたなどと。 「姉は、本当に優しい人でした。いつも私のことを想っていてくれていて、そして愛してくれていた」 殺されてしまった双子の姉、マキのことを語るとき、ちづるはとても優しい顔になる。 「ほんとはね、今度ねぇさんと一緒に社さんを驚かす計画立ててたんですよ。そのためにずっと話してなかったんです」 いい年して子供っぽいですよね。とクスクス笑う。 「でももう、そんなことも、できなくなってしまいました」 社はどう返事をすればいいのかわからなかった。 こんなとき、どう声をかければいいのだろう。 悲しいね? つらいね? 俺がついてる? どれも陳腐でつまらない、なんの意味もなさない言葉だ。 「あの日、姉は、私をかばって死にました。私の目の前で」 なにも言えずにいる社に気づかず、ちづるは覚悟を決めたようにはっきりと、怒りをたたえた目で訴えた。 「私、逃げるのをやめます。今更なのはわかってます。もう遅いことも。でもやらなければ」 「やるって、何を?」 「姉の仇を討ち、オロチを滅ぼします」 オロチを滅ぼす。 それは巡って、いつか自分と敵対することになる。 <そうか、俺も結局逃げられないんだな> 「だから、……だから、社さん。もうお見舞いはいいです」 「……え?」 「もう、会えません」 予想外の言葉に、思わず聞き返した社にちづるは答えた。 「すぐに会いに来てくれたときすごく嬉しかった。毎日お見舞いに来てくれるおかげで絶望からも這い上がることができた」 ちづるは苦笑して言った。 「ほんとはね、社さんが初めて部屋に来てくれたあの日、私も死んじゃおうかなって思ってたんです」 馬鹿ですよね。 笑いながら勤めて明るく言う。 「なんで、そんなこと……」 「そう考えてしまうくらい、これまでの私の人生には姉しかいなかったから」 「……」 「でも、社さんが来てくれた。私にはまだ、大切な人がいる。そう思ったら死ぬなんて出来なかった」 「それならならなんでっ!」 会わないなんて、そんなことを言うんだ! 「もう、失いたくないんです」 笑顔を作りながら、それでも涙が一筋こぼれるのを止められなかった。 「これからオロチを倒すまで、何度襲われるかわかりません。そのときもし社さんがいたら? 守れなかったら?」 「俺は……」 オロチ側の人間だ。 そう言ってしまえば彼女の不安は杞憂に終わる。けれど、その瞬間自分は仇となってしまう。 <こうなった以上、もう、だめなのか> 「もう、決めたんだな」 「はい」 社はちづるの涙を指で拭うと、そのまま立ち上がった。 「わかった、そうしよう。さよならだ」 「あ……」 自分から言い出したことなのに、いざ、社が自分のもとから去ろうとすると、ちづるはとまどった。 こんなにあっさり、社が受け入れたことがショックだったのかもしれない。 <わ、私の馬鹿!> これでいいのだ。 逆にイヤだと言われたら言われたで困るのだから。 社が病室を出て行きドアが閉まった後、ひとりになったちづるはベッドに泣き崩れた。 駐輪場に着き愛車に跨ると、社は上着のポケットから包装された小さな小箱を取り出した。 「結局、渡せなかったな」 今日、ちづるを少しでも元気付けようと思い用意したプレゼント。 中にはハートのチョーカーが入っていた。 「ま、いいさ」 おかげで決心がついた。 彼女が平穏に暮らせる日が来るように、自分に出来ることをしよう。 オロチの血を、逆に利用するのだ。 渡せなかったプレゼントをポケットに戻しこれから出る長旅へ向けて、社はバイクを発進させた。 |