『幸せの連鎖』



アトリエの片付けを終え、部屋に戻ると先に寝たはずのウルリカが突撃してきた。
「ぺぺロン、一緒に寝よ!」
「ダメ!絶対ダメ!」
狭い入り口に立ちはだかると、ぷぅと頬を膨らませる。
「なによ。いいじゃない、減るもんじゃないし」
「減りますから!」
理性とか忍耐とか見えないところで色々磨り減るのだ。
「だってもう、今日はぺぺロンと一緒に寝るって決めたんだもの。だから寝るの」
「ええっ!」
しかしどんなに抵抗してもすでに決定事項らしい。
「ほら、奥に横になって」
両手で急かすように追いやられ、ぺぺロンは渋々ベッドに入る。出会ってからこっち、一度だってまともに逆らえた試しがない。
横向きに寝かされると腕を引っ張られ、それを枕にウルリカはもぞもぞとぺぺロンの胸にすり寄った。
(うぅ、かわいい……)
この小動物のような動きに、いつもメロメロになってしまう。
「やっぱり一緒だとあったかいね」
嬉しそうに言うが、それはウルリカのせいでぺぺロンの体温が余計に上がっているからだ。
そして更に甘えるように体をぴたっとぺぺロンに密着させてくる。
(保つかな……)
案の定、理性がガリガリと削り取られていく。
「ねぇ、なにかお話しして」
「え?」
「ぺぺロンの話。聞きたいな」
少しは気が紛れるかもしれない。ぺぺロンは要望に応えて口を開いた。
「昔、まだ師匠たちと出会う前、長く放浪してた時期があって」
「うん」
「あの頃すでに光のマナの方針で野良マナは激減していて出逢えることが無かったから、おいらは人の仲間に入れてもらおうと必死だった」
「うん」
「人里を見つけては降りて行ったけど、みんなおいらを一目見るなり怯えて、石を投げられたり得物を持って追いやられるの繰り返しで。
その時もある村で同じように拒否をされて森へ逃げ込んで、堪えきれずに泣いてたんだ」
ぺぺロンは今も昔も涙もろい。寂しくて悲しくて、木の根元に座り込んで膝を抱えて泣いた。
「うん…」
ウルリカは三度目の変わらぬ相づちをうち、優しくぺぺロンの頬を撫でる。ぺぺロンはそのやわらかな手を空いている方の手でそっと掴み、 目を閉じて自らも頬を擦り寄せた。
「でも、その日は違った」
以前ならこうして思い出すだけでも辛かったことが、今では話して聞かせることも出来る。それはすべて、自ら側にいて懐いてくれてい るウルリカのおかげだ。
「なにがあったの」
話しを促すように聞かれ、ぺぺロンは答える。
「小さい女の子が、おいらのところへ来たんだ」
まだ少し危なっかしげに歩き、少女と言うにもまだ幼いその女の子は泣いている自分を見つけると舌っ足らずな声で「さがしたよ」と言った。
「おにーちゃん、ないてるの?」
こんな小さな子どもにまともに話しかけられたのは初めてで、ぺぺロンは嬉しいよりも戸惑った。
「ごめんなさい、いたくして」
大人たちが乱暴に無抵抗のぺぺロンを追いやるのを見てかわいそうだと思った女の子はこうして謝るために探していたのだ。
「だ、大丈夫だ。オレ、慣れてるから」
そう言って慌てて涙をごしごしと拭うがもちろん女の子は誤魔化され無かった。
「でも、ないてる。いっぱい、いたかった?」
座っていても、ぺぺロンはその女の子より大きい。顔を覗き込まれ、ぺぺロンは頭をボロ布を巻いて隠してはいるものの、見られまいと大き な手で顔を更に隠した。
「本当に、大丈夫なんだ。オレ、体は丈夫だから…」
そう、いつだって痛むのは弱い心。今も体には傷一つ無いが心がズタズタで、涙を堪えるのがやっとだ。
「おにーちゃん、これ」
「?」
差し出された小さな手に握られていたのは小さな飴玉。
「あげる。だからなかないで」
「ありが…とう」
話しかけられたのも初めてなら物を貰うのも初めてだった。泣かないでと言われたばかりなのに、ぺぺロンは再び涙を流す。
「やっぱりどっかいたい? とんでけする?」
また泣き出してしまったぺぺロンを見てオロオロとする女の子に、もう一度ありがとうと礼を言い、痛い訳じゃないのだと手を振った。
「もう帰ったほうがいい。きっと、親が心配してるよ」
この子を探しているのだろう。村人たちの声が聞こえてきた。女の子も気づいたらしく、自分の何倍もあるぺぺロンの手を掴むとその上 に飴玉を乗せた。
「わたしはおにーちゃんのこと、こわくなかったよ。ばいばい」
最後にそう言って女の子は去っていった。
「あの飴はほんと甘くておいしかったなぁ」
散々酷い目には合ってきたけど、人を嫌いにならずにすんだのは彼女のお陰かもしれない。あの小さな、金の髪の女の子。
(そういえば、ちょっとおねえさんに似てたかも)
まっすぐに自分を見つめてきた緑の瞳がウルリカと重なる。
「それでペペロンは今も甘いものが好きなのかもね」
最後は報われて終わった話にほっとして、ウルリカは微笑んだ。
「あ、そうだね。それは思いつかなかったなぁ」
ペペロンの好物は甘いアイスやケーキなのだ。
「明日」
「ん?」
「明日、マスカットアイス作ってあげる」
「本当かい? 嬉しいなぁ」
喜ぶペペロンの頭をウルリカは優しく撫でる。
「がんばったご褒美」
「え?」
「そういうのがあって今のペペロンがいて、おかげで私はこんなに幸せなんだもの」
一人ではない幸せ、自分を思ってくれる人がいる幸せ、こうして寒い夜に暖めあえる幸せ。
「諦めないでいてくれて、ありがとう」
どんな目にあっても人と仲良くなれると信じ、妖精さんになろうとまで思ってくれた。
毎日、幸せだなと思って過ごせるようになったのはそんなペペロンと出会ってから。
「でも、おねえさんもおいらを幸せにしてくれてるよ」
必要とされる幸せをウルリカはくれた。
「いいの、私がそうしたいんだから」
そして再びペペロンの頭を撫でた後、布団を深くかぶり顔まで埋まる。
「もしそのころに出会ったとしても、私はきっと、ペペロンのことを好きになってたと思うけどね。おやすみっ!」
「おねえさん……」
どうやらウルリカもこのセリフを言うのは恥ずかしかったらしい。
顔を隠したままわざとらしく寝息まで立て始めた。
「おやすみなさい、おねえさん」
(おいらもきっと、同じだよ)
隠れ損ねていた小さな額にキスをして、ペペロンも目を閉じる。
どんなに理性を削られようが、心を乱されようが、逆らえない理由はこれだよなと思いながら。




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