『矛盾だらけの恋心』



「ちょっと、落ち着かないんだけど」
テーブルで鉱石を磨く作業をしていたウルリカは、向かい側に座り頭にうりゅを乗せたままずっと自分を見つめるロゼに文句を言った。
「気にするな」
表情を変えず、ただ一言だけ返されて仕方なく作業を続ける。
が、数分で限界を迎えた。
「だー!!無理!集中できない!」
すぐ目の前でじーっと見られていては気にしないでいるなんて出来ない。
「もうなんなのよ!言いたいことあるなら言えば!?」
テーブルを叩いて立ち上がり怒鳴ると、ロゼはこれを否定した。
「別に言いたいことなんてないさ」
「じゃあなんでずっと見てるのよ」
「明日からまた長期の仕事だからな。補給してるんだ」
「何を?」
「お前を」
「はぁ?」
なにやらよく分からないことを言い出した。
「つまりだな」
立ち上がって露骨に眉根を寄せるウルリカに座るよう促し説明をする。
「目に焼き付けて置きたいんだ。お前の姿を」
「今生の別れじゃあるまいし、大げさなのよ」
理由を聞くと、「恥ずかしい奴ね」と一笑に付される。
それでもロゼはウルリカから視線を外すことはしなかった。
「だってほら、これが最後になるかもしれないだろ?」
「ならないわよ」
「旅先でなにがあるともわからないし」
「必ず生きて帰るって最初に約束したじゃない」
「もちろん、死ぬつもりはないが、どうしようもないことだって世の中にはある」
「いい加減にしないと怒るわよ」
不吉な言葉は聞きたくない。
それだけで何かが起こってしまいそうな不吉な予感に囚われるからだ。
「もし本当に俺が居なくなったら、どうする?」
「何言って―――」
「死んだら?」
「っ!!」
真顔で言うロゼに、とうとうウルリカはキレた。

「ロゼの馬鹿!意地悪!!変態!!」
「うりゅりか!」

耐え切れなくなりもう聞きたくないと耳をふさいで2階に駆け上がる。
やりとりを黙って見ていたうりゅも声をあげた。

「うー、ろぜ、よくない」
「ちょっと、言い過ぎたか」

頭から降り、顔を見て抗議をするうりゅにロゼは苦笑した。

「お前はここで待ってろ」
「うー」
「そう怒るな。ご主人様の機嫌、とってくるよ」

そして立ち上がると、ゆっくりとした足取りでウルリカの後を追った。




「入るぞ」
一応2回ほどノックをしてドアを開けると間髪入れず枕が飛んできた。
「おっと」
難なく受け止めると、頬を膨らまし睨みつけてくるウルリカに向かって枕を脇に抱えて降参とばかりに両手を挙げる。
「すまん、言い過ぎた。悪かったよ」
「……」
部屋の一番奥に立つウルリカは珍しく本気で怒っているらしく、無言のままだ。
刺激しないようにゆっくり近づき枕をベッドに戻す。
「ただそのちょっと、あれだ。聞いてみたくなったんだ」
「なにを?」
威嚇され、少し離れたまま答える。

「少しは、俺のことが心配になったか?」

今度は本当に呆れるしかなかった。
そんなことのために、自分をこんな怒らせるほど馬鹿げたことを言ってきたのか。

「いつだって心配してるわよ! ……言わないだけで」

だからいつだってどんなに早くても見送るし、どんなに遅くても帰りを待っている。
しかし、ロゼにはそれだけでは足りないらしい。

「毎回でなくてもいいから、もう少し別れを惜しんでほしいな」

例えば抱きしめてくれたり、ちょっと引き止められてみたり。
そうしたら、「あぁ、想われているんだな」と実感できそうな気がする。

「仕事だし、自ら望むこととはいえ、俺は一日だって離れたくないのに悔しいじゃないか」

自分からするのならいくらでも出来るがそうじゃなくて、ウルリカがしてくれるというところが重要なのだ。

「じゃあ、行かないでって言えば行かないの?」

拗ねたまま、やはり睨んで言われるがそこは否定する。

「それはまた別」
「わけわかんない!!」
「わからないかなぁ」

ロゼとしてはいつだって態度に出して、それとなく伝えてきたつもりなのだがどうやら失敗していたらしい。
(恋愛初心者としてはがんばってるんだが)
相手は恋愛無知者だ。
手ごわさは半端ではない。
直接伝えなければ、だめなようだ。
(わかってほしいけど、まだ無理か)

「俺はもうちょっと束縛して欲しいんだよ。自由すぎると不安になるんだ」

「なんで」

「逆に、なんとも思われてないんじゃないかとか、さ」

「それって、私のことが信じられないってこと?」

(うーん、難しい)
なぜか余計怒ってしまった。

「そうじゃなくて、俺のことが信じられないんだ。愛しているが愛される自信が無い。だから、確認したいんだ。こんな馬鹿げた方法ででも」

いくら好きだ愛していると言っても照れているのか本気でなんとも思われていないのか、ウルリカは反発したり逃げたりで同じように 返してくれることが無い。全く無い。
一度は自分も好きだと、付き合うと言ってくれたはずなのにそれっきりで態度も変わらず、ロゼはいつもウルリカの気持ちを考えずには いられなかった。

「ほんと馬鹿げてる。ありえない。口も聴きたくない」

結局真正直に話しても理解してもらえなかったのか、ウルリカはとうとう背を向けてしまった。

「ごめん」

悲しくなって、これ以上嫌われたくなくて、ロゼは謝罪した。

「謝ってもダメなんだから」

「すまなかった」

「許さない」

「申し訳ない」

「……」

とうとう黙りこまれてしまう。

「もう二度と、こんなこと言わないから……」
「もー!! あんたってほんと馬鹿で真面目で暗いんだからっ!!」
「え?」

ウルリカは突然振り返るとロゼに駆け寄り抱きついた。

「私もね、本当はロゼに護衛や討伐依頼の仕事なんかやめて私の護衛だけして欲しいって思ったこと、あるのよ。
それでも生活はしていけるし、いいじゃん!って」
「そうなのか?なら―――」

ウルリカに本当に自分だけの護衛でいてほしいと言われれば、ロゼはそうする。
迷うことは無い、今こうしてここにいて、たくさんの友人に囲まれ充実した日々をくれたのは全部ウルリカだ。

「でも、それは違うでしょ。それじゃロゼがここに来た意味が無くなっちゃう。それに、たぶん、心配して、だけどきちんと笑顔で 送り出せるっていうのが今の私に一番大切なことなんじゃないかって思うの」
「ウルリカ……」

鈍い鈍いとだれからも言われ、自他共に認める恋愛音痴のウルリカも彼女なりに考えているのだ。
どうすればロゼに一番いいか。役に立てるか。
いつもは我侭三昧だが、大切なところで自分がどうして欲しいより相手の本当に必要としていることを思いやれる。
これまで何度、そんな彼女に救われたのだろう。
(俺は本当に馬鹿だ)
知っていたはずなのにわかっていなかった。
形あるものにこだわりすぎて、その中身が見えていなかったのかもしれない。

「まぁ、今度から行くときハグぐらいしてあげるわよ。こういうの、嫌いじゃないし」
「ありがとう」

ロゼは優しくウルリカを抱き返す。
お互いのぬくもりが心にも伝わるようだ。

「もうひとつ追加して行ってらっしゃいのキスなんてどうだ?」
「調子に乗るな」
「ぐっ」

反射的に出たウルリカの突っ込みの拳がわき腹に入り、ロゼが痛みに身をよじる。
どうしても、落ちをつけずにいられないふたりだった。




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