『彼と彼女の事情』
| ウルリカはよく、顔をペペロンに寄せる。 そして話しかけてみたり、見つめてみたり。 ただ、考えていることだけはいつも同じだ。 (キス、してくれないかな) いつも自分からばかりしているこの行為を好きな人からもしてもらいたいと思うのは、当然なことだろう。 もしかしたらペペロンは好きじゃないのかも、とか、本当に迷惑がってるだけかも、とか、こんな不安を消してほしい。 そんな思いを込めて、今日もウルリカはペペロンに近づき顔を寄せ、彼を見つめる。 ペペロンはよく、ウルリカに顔を寄せられる。 そして話しかけられたり、見つめられたり。 そんなとき、いつも同じことを考える。 (キス、したいな) でも、自分からそんなことをしたら怒らせてしまうのではないか。 ペペロンなら安全だと、なにもしないと、そう彼女が考えてこのような近いスキンシップをとってくるのなら、その信頼を裏切る訳にはいかない。 (だめだ、我慢しなきゃ) 今日もそう思いながら、彼女の目を見つめ返す。 「ねぇ、ペペロン」 「な、なんだい?」 鼻と鼻との距離が1cmもあいていない、それほど近くから話しかけられればその息がかかり、ペペロンはどきりとする。 椅子でもソファでもどこでも、座っているところを見つかると、すぐにウルリカが膝に乗ってくる。 いつまでたっても慣れない距離。 何度同じことを繰り返そうと、この心臓の高鳴りが収まることはないだろう。 「今、なに考えてる?」 「えっ!!」 心を読まれたのかと焦るが、もちろんそんなわけはない。 「と、とくに、なにも考えてないよ?」 「ふーん」 少し挙動不審になってしまうが、ウルリカが言いたいところは別にあったらしい。 「じゃあさ、今、私が何を考えてるかわかる?」 「え?えーっと」 わからない。まったくわからない。 むしろわかったらこんな精神的な苦労はしていない。 「わかりません…」 すぐに白旗を揚げる。 すると、ウルリカはペペロンの太い首に両手を回し抱きつくような格好になり、すねた顔をする。 「本当に?」 「本当に」 むっと口を尖らせる顔もかわいくて、だけど怒らせてしまったことに困ってしまい、ペペロンはじゃれつく子猫のようなウルリカに謝る。 「ご、ごめんよ」 「別に、怒っているわけじゃないわ」 そう言うが、ペペロンには怒っているようにしか見えない。 いや、そうではなくて、機嫌が悪くなったと言う方が正しいか。 「ペペロンが何を考えてるか、私が何を考えているか。どっちか言えば、機嫌直るかもよ?」 やはりまた、心を読んだようにいたずらっぽく言ってくる。 (うぅ、やっぱり意地悪だ) こうして毎回いいようにいじられているのは、惚れた弱みなのだと、今は思う。 昔はただ、本当にいじめられていただけだったが……。 「で、どっち?」 「お、おいらの考えていることなら」 だって仕方がない。 ウルリカの考えていることは本当にわからないし、いつまでもすねられてしまっては後が大変だ。 「じゃあ、今なに考えてる?」 なにかを期待しているような笑顔に、ペペロンは冷や汗をかく。 こんなことを言えば余計機嫌が悪くなってしまうかもしれない。 でも、嘘をつくことは出来ない。 「その、あの、キス、したいです……」 あまりの恥ずかしさと気まずさに目を見ていることが出来ず、うつむき気味に答える。 「せいかーい!」 「はい?」 明るく言われた言葉がよく理解できず、つい聞き返してしまう。 「それ、私も考えてた」 期待通りの答えだったらしく、満面の笑みだ。 「あんまりにもいつも反応ないから我慢できなくなって聞いたけど。そうかー。よかったぁ」 「えええ?」 事態を把握できず戸惑う。 (それってこれまでのも全部、キスしてほしくてやってたってこと??) どうしてこんなまどろっこしい手段をとっていたのかはわからないが、どうやらそういうことらしい。 (それって、ちょっと……) いくらなんでもかわいすぎる。 思わずにやけそうになる顔を自分の手で必死に押さえるが、嬉しさと愛しさからくる笑みは、こらえきれなかった。 「で、してくれるの?」 そう聞きながら首を傾げる仕草がたまらない。 邪魔とばかりに顔を押さえていた手を払いのけられ、ペペロンは覚悟をするしかなかった。 「あの、目、閉じていただけると、嬉しいかな?なんて」 たぶん、いや絶対、今の自分はにやけた変な顔をしている。 なのでそうお願いすると、ウルリカは素直に目を閉じた。 (ほんと、勝てないよなぁ) 別に勝ちたいとも思わないが、いつも手のひらで転がされている感が否めない。 (怒るかな?驚くかな?) 今なら、少しぐらいの復讐も許される気がする。 ペペロンは目を閉じるウルリカのあごに手をかけ、上を向かせるとまずはいつもされている唇を重ねるだけのキスをする。 (でも、本当はいつも、こうしたかったんだ) そして、舌をその柔らかい唇に這わせたあと、そのままウルリカの口内へ侵入させた。 「んっ」 少し驚いたように声を上げたが、嫌がる気配はない。 (好きだよ) この気持ちが、届くだろうか。 懐いて無防備にすり寄ってくる少女が愛しくて愛しくて、だからこそ手を出せない。その気持ちが。 どれくらいそうしていたかわからない。 とにかく、求めるままに深い深いキスをして、やっと満足して離れると、ウルリカは腰が抜けたように脱力してペペロンの胸に寄りかかり、大きく息をついた。 そして目を閉じたまま、反省するように言う。 「ごめん、もう無理に迫るのやめておくね」 「そうしてください」 このキスひとつで、余計な下心まで伝わってしまったらしかった。 >>BACK |