『魔性のうさぎ』



夏の夜、ウルリカは酒場のマスターの依頼で店の手伝いに行っていた。
(遅いな)
夜中を過ぎ、ペペロンもうりゅももう寝てしまっている。
(遅すぎる)
目覚ましに濃いお茶を入れ、椅子に座る。
人手が足りないとのことで一番混む夕飯時の手伝いをマスターに頼まれたので、そろそろ帰ってきてもいいはずの時間だ。
(またなにかやらかしたんじゃないだろうな)
ウルリカは気が強く短気で結構などじっ子だ。心配は尽きない。
いっそ酒場まで迎えに行こうかと焦れつつも熱いお茶を冷ましていると、突然勢いよくアトリエの扉が開かれウルリカが飛び込むよう に帰って来た。

「ただいま!」
「おかえり……って、おい」

ウルリカはそのまま起きて待っていたロゼのことをろくに見もせず、二階の自分の部屋へ駆け上がって行ってしまう。
(それはないだろ)
礼の言葉までは要らなくても、もう少しなにか反応が欲しかった。
(まぁ、確かに俺が勝手に待っていただけだが……)
仕方なくすでに入れてしまった茶を、ちびちびすする。
(飲んだら寝るか)
すると今度はまた勢いよく階段を降りてくる音がした。

「ロゼ!!」
「ぶっ!」

満面の笑顔でアトリエに戻って来たウルリカの姿を見て、ロゼは思わず飲みかけのお茶を噴く。
「な、なんだお前その格好!!」
ピンクのウエイトレス服にひらひらのミニスカート。頭にはうさみみのカチューシャを付けている。
「これね、尻尾もあるの!」
ジャンプをして振り返って見せればスカートの後ろに可愛らしいほわ毛の尻尾が揺れていた。
(な、な、な)
言葉にならないなにかがロゼの頭を駆け巡る。
「どう?この服かわいいでしょ」
無邪気な笑顔で聞かれる。
「かわいいもなにも」
もろ好みだ。
「それはあれか?俺に襲ってもいいという合図か?」
「へ?」
やっと告白を果たし、どうにか受け入れられ恋人同士になってからもウルリカの態度はまったく変わらず、常に欲求不満だったロゼは ウサギ姿を見てすっかり理性が崩壊してしまった。
「かわいいよすごく。食べてしまいたいくらいだ」
「ちょっとロゼ、目が据わってるわよ?」
ロゼに少しでも喜んでもらえればと貰ってきた今日の仕事服だったが、効果がありすぎたようだった。
ゆっくりと近づいてくるロゼに、ウルリカは恐怖を覚える。
「ちょっと、待っ……」
「ウルリカ、もう、限界だ」
愛する恋人のこんな姿を見て正気でいられるほうがおかしい。
愛しさのあまり手を伸ばすのと、ウルリカがどこに持っていたのか愛用の武器を構えるのは同時だった。
「ダメー!!」
「ぐふっ!」
スィングされた魔法石がロゼの腹に食い込む。
「おねえさん、帰ってきたのかい?」
そしてそのまま倒れこむと、大きなドアの開閉の音で起きてきたペペロンがアトリエに降りてきた。

「ロゼの馬鹿っ!変態!!」
「え?あれ?どうしたの?」

うさみみ姿で顔を真っ赤にしたウルリカがペペロンの横を駆け抜け部屋へ戻っていく。

「あー、えっと、もしかしてまずいところに来ちゃったかな」

なんとなくなにがあったのか察したペペロンは頭を掻いた。

「……いいんだ。どうせ、結果は変わらない…」

ロゼは膝をつき、腹を抱えたまま答える。
(こうなる予感は、してた)
付き合うということがどういうことか、一度真剣に話し合わなければいけない。
(絶対あいつは意味分かってないだろ)
あんな格好で挑発しておいて、指一本触れさせないとはどういうことなのか。
ウルリカの容赦が無さ過ぎる攻撃に動けないでいると、ペペロンが困ったように静かに言った。

「とりあえず、湿布だしておくね……」

その優しい気遣いが、今のロゼの心に沁みた。




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