飴と鞭
「あ!黄金アップル!」
深い森の中、ウルリカが高い木の上で輝く実を見つけ、はしゃいだ声を上げた。
「ぺぺロン、早く!」
「う、うん」
今日は久しぶりに2人と一匹で採取に来ていた。
普段は一人で遠慮なく暴れているので、少し気を使う。
「はい、ここに立って」
木の下まで来ると、ウルリカはぺぺロンに指示をする。
言われるままにその場所へ行くと、あとをついてまわるうりゅに待っているよう念を押してから今度は笑顔で両腕を差し出した。
「?」
「私を一番近くの枝まで持ち上げるの」
つまり、自分が木に登ってアップルを取ってくるということらしい。
「危ないよぅ、おねえさん」
「大丈夫大丈夫。小さい頃から木登りは得意なんだから」
自信たっぷりに答える。
「ほらっ、早く」
仕方なく、その細い腰を両手で掴み掲げるように持ち上げると、ウルリカは一番太い枝に掴まり逆上がりの要領で身軽に登る。
「よっし!採るわよ〜」
黄金アップルは調合材料にも使えるが、火を通す料理、例えばアップルパイなどにするととても甘くておいしい。
<ロゼが帰って来たら作ってもらおう>
もちろん自分で作る気はない。
器用にひょいひょいとどんどん高い枝へ登って行くウルリカを、ぺぺロンはハラハラしながら見守っていた。
<おねえさんは肝心なところで失敗するからなぁ>
そんなぺぺロンの心配をよそに、実の生っている頂上付近の枝にたどり着くと嬉々として叫ぶ。
「うりゅ、ぺぺローン!落とすからちゃんと受け止めるのよ!」
「はーい」
「うー!」
返事をすると同時に上からぼとぼとと連続で実を落とされる。
「あわわわわ」
取り落として台無しにしたらどんなお仕置きを受けるかわからない。
上を見上げながら必死に右往左往していると、突然バキッと不吉な音がした。
「あ」
「あぁっ!」
ウルリカが足をかけていた枝が重さに耐えきれず折れたのだ。
「おねーさん!!」
直前に受け止めていたアップルを放り出し、それをすかさずうりゅがキャッチする。
「っと!」
そしてとっさに伸ばした腕の中へどすんとウルリカが落ちてきた。
「あう。いったーい」
なるべく衝撃を和らげるようにしたが、落ちてくる途中の枝でそこ彼処を擦りむいたようだ。
「うりゅりか、だいじょぶ?」
「ありがと、うりゅ。大丈夫よ」
ほっと息を付くぺぺロンの両腕の中に収まったまま、飛んで来た小さなマナを撫でて苦笑いをした。
「ちょっと油断したわね」
アハハと頭をかく。
「おねえさんは、いつも油断しすぎのような気が……」
怒られるのが怖いのでぼそりと言う。
ぺぺロンからすれば、こんな華奢な体でいつも無鉄砲にどこにでも突っ込んでいくウルリカから一時も目が離せない。
「あれよ、降りてくる手間が省けたって事で!」
どこまでも前向きだ。
「それに、落ちてもこうやってあんたが受け止めてくれると思ってたしね。終わりよければすべて良し、よ!」
にっこり笑って「良くやった」とペペロンの頭をぽんぽんと叩く。
これだけで嬉しくなってしまう自分はお手軽すぎるかも知れない。
「じゃあ、もうちょっと奥まで行きましょうか。確か、この奥には水珠の木が……」
「いいけど、今度はおいらが取ってくるよぅ」
さっそくウルリカが次の木にも登る気まんまんなのを察し、止めようとする。
「あんた、その図体で登れるわけないじゃない」
「でも、木を揺らしたりすれば……」
「だめよ、それじゃ実が全部落ちちゃうもの」
お姫様抱っこの状態から丁寧に地面に降ろされ、体に着いた木っ端をはたきながら当然のように続けた。
「また、私が失敗してもあんたが受け止めてくれるんでしょ?」
「え?」
ウルリカから向けられる純粋な信頼。
この真っ直ぐで疑いの気持ちのこれっぽっちもない言葉が、いつのときもペペロンの心を鷲掴みにして支配してしまうのだ。
「ね?」
そう言って胸を叩かれれば返事はひとつしかない。
「もちろんさぁ! おいらにまかせておくれよ!」
<うん、どんなにおねえさんが無茶をしてもおいらがフォローすれば大丈夫だよね!>
それが一緒にいる自分の役割なら、これほど名誉なことはない。
そうやっていつも良いように使われてしまうのだが、ペペロンは満足していたし、ずっとこうであって欲しいと願っていた。
「うー、うりゅもがんばる!」
「うりゅはもういるだけで十分だからいいの」
腕を組んではっはっはと笑うペペロンを無視して、ウルリカはさっさとうりゅと一緒に進んでしまう。
「あぁ! おねえさん、待ってくれよう」
この飴と鞭加減が快感になってきたのは、きっと気のせいではない。
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