特別扱い |
その日は、少し忙しかった。 「ペペロン。剣を変えたんだ。試したいから、少し手合わせしてくれないか?」 「いいよ、おにいさん!」 ロゼに手合わせを申し込まれ、 「最近、体が鈍っている気がしてな」 「はっはっはぁ! それじゃあ、おいらと軽く汗を流そうか!」 ユンと数時間、戦い続けた。 その間、何故かウルリカは調合をほったらかし、じーっとそれを眺めていた。 (な、なんだろう?) ウルリカが静かにしていると、不安になってくる。 「おねえさん……」 「ペペロン」 話しかける前に、ウルリカが彼を呼んだ。 「は、はい!?」 不機嫌な声音だ。こちらを見る目も、睨んでいるに近い。 (何かしたっけ!?) 今日は物も壊していないし、ドジもやっていない。ウルリカを怒らせるようなことは、していない……はずだ、たぶん。 ウルリカは、つかつかペペロンに近づいてきた。 腰の魔法石が付いたストラップを握り、何を言われるのかとびくびくしているペペロンに、はっきりとした声で言う。 「わたしと勝負なさい」 「へ?」 意味が分からなかった。 「行くわよ!」 言うなり、ウルリカが襲い掛かってきた。 「うわぁ!?」 一直線に打ち出された光弾を、慌ててかわす。 体勢が崩れたそこを狙って、ストラップ――正確には、錬金術の粋を凝らした立派な凶器――が、鞭のようにしなって足を払う。 「ちょ、おねえさん!?」 片手で巨体を支え、側転の要領で立ち上がると、すでにウルリカは目の前に迫っていた。 「ふっ!」 「ぎゃっ!?」 素晴らしいハイキックが腕に入り、体を傾いたところを、魔法石で脳天から強打される。 叩き潰すようなその攻撃に、ペペロンはずっしり重い音を立てて、地面に倒れた。痛い、すごく痛い。 「ううっ……! いきなり酷いよ、おねえさん」 くらくらする頭を押さえながら、どうにか顔を上げると、仁王立ちのウルリカが、ペペロンを不機嫌に見下ろしていた。 「酷いのはどっちよ!」 「え?」 (百パーセント、おねえさんだと思うけど) いきなり攻撃され、頭を殴られたのだ。誰もがペペロンを被害者、ウルリカを加害者と言うに違いない。 しかし、加害者側のウルリカ本人は、違うと言う。 「何で反撃しないのよ!?」 「な、なんでって……」 ウルリカを殴れるはずがない。 彼女は、人間の女の子なのだ。ペペロンの怪力で攻撃すれば、必ず酷い怪我をさせてしまう。 (だいたい、そうじゃなくても、おいらがおねえさんを攻撃できるはずないじゃないか) 大切な大切な、ペペロンの雇い主。 守ってあげようと決めた、大事な女の子。 自分の守るべき者を傷つけるなど、あり得ない。 とても簡単なことなのに、肝心のウルリカにはそれが分からないらしい。さらに怒って、子供のように頬を膨らませた。 「どーしてわたしにだけ手加減するの!? ロゼとユンとは、ちゃんと戦ってたのに! わたしが女だから? それとも、わたしが弱いから!?」 「ええっ!?」 (ぜ、ぜんぜん違うよ、おねえさん!) 女だとか弱いとか、そういう問題ではないのだ。 いや、まあ、多少は、体型に関係してくるので、性別の問題はあるが――それにしたって、論点が違う。 「おねえさんを弱いなんて、思ったこともないよ!」 むしろ、ウルリカの強さは、日ごろから暴力に曝されているペペロンが、一番よく知っている。 「じゃあ、どうして!?」 ウルリカが両手を組んだ。 答えるまで、解放しないと目が言っている。 「どうしてって言われちゃうと……」 何と言えばいいのか、分からない。 傷つけたくないと言っても、きっと伝わらないだろう。大事だからと言ったって…… 「わたしだけ相手にしてくれないなんて、ずるい! ヤダ!」 また頬を膨らませたウルリカは、そう言ってぷいっと顔を背けた。 (あ、あれ……?) もしかして―― 「おねえさん、拗ねてるのかい?」 「そうよっ!」 自棄になったように、ウルリカが認めた。 (ほ、本当に、何で……) そんなことで拗ねるのか。ウルリカの思考は、ペペロンにとって永遠の謎だ。 ただ一つ分かったのは、ウルリカはロゼとユンに、妬いているということだ。どこが羨ましいのか、正直ぜんぜん分からないし、 むしろウルリカへの対応が、特別扱いなのだが―― (あ、そっか) ようやく、一番いい説明が見つかった。 「うりゅだよ、おねえさん」 「え?」 ウルリカが、きょとんとペペロンに顔を向ける。 「だから、おねえさんにとってのうりゅなんだよ! おいらにとっておねえさんは、一番大事で、絶対に怪我をさせたくない、守るべき相手なんだよ!」 ウルリカが、溺愛してうりゅを守るように。 ペペロンも、過保護に彼女を守りたい。 そう言うと、ようやくウルリカにも納得できたらしい。ぱちぱちと数回瞬きをして、睨むのをやめた。 「そ、そうなの……?」 何故か、その頬がぽっと赤くなる。 (あ、あれ?) どうしてそこで赤くなるのか、ペペロンにはまったく理解できない。 「う。なんか、そんな風に言われると……て、照れちゃうじゃない」 「ええええええっ!?」 ペペロンにしてみれば、理解不能だ。 これまでも、散々守ると言ってきたし、大切な人だと告げてきた。それなのに――何故、いまさらこれで!? (も、もしかして、実はぜんぜん伝わってなかった!?) ロゼの想いをあれだけスルーしていたので、鈍いのは重々承知していたが。(むしろロゼを不憫に思ってた) (おいらの決意も分かってなかったの!?) いつだって、ウルリカに守ると告げた時は、本気だった。ウルリカも、それを信頼して任せてくれていると思っていたのに。 (そ、それとももしかして、大切っていうほう!? 大事ってこと!?) 分からない。まったく分からないが―― 「伝わって、よかったよ……」 ペペロンはしみじみと頷いた。 ウルリカは直情型で、鈍くて、本人はとても分かりやすいのに、ところどころ、重要な部分が見えない。 特に、誰をどう解釈しているか、その部分が。 「もう一回、言うよ?」 だから、ちゃんと彼女に分かるように、地面に座って目を合わせ、ペペロンは言った。 「おねえさんがうりゅを好きなのと同じくらい、おいらは、おねえさんが大好きだよ」 ウルリカの顔がますます赤くなって、ペペロンは笑った。 特別扱い。今度こそ、伝わりましたか? |