『ときめきアルレビス学園』



☆一学期☆

「聞きたいことがある」
放課後、担任のロゼリュクスに呼び出され、心底嫌そうな顔をした金の髪の少女が、これまた心底嫌そうな声で「どうぞ」と言った。
「なぜお前は俺の授業中、最初から最後まで寝ているんだ」
「先生の授業じゃなくて、全部の授業で寝てるわよ、私」
呼び出された生徒はウルリカ・ミューベリ15歳。ロゼの教師歴三年の中、一番の問題児だった。
あっけらかんとまったく理由になってないことを言われ、ロゼはため息をつく。
「夜、眠れていないのか?」
「ううん、寝てるわよ。でも昼間も眠いの」
ウルリカは課題を一応クリアしてきているもののすべて、よく落ちなかったなと疑問なほどギリギリの成績で、このままいけば落第しかねない。 担任するものとしてそれだけは避けたかった。
「わかった。明日から一週間、期末前までお前は居残りだ」
「は?」
「みっちり俺がマンツーマンで教えてやる。寝る暇もないくらいな」
「鬼!」
鬼にさせたのは誰だと思いつつ、そんな抗議は無視をした。



翌日から始まった放課後の補習は、ウルリカにとってなんとも退屈なものだった。
(う……、ダメ、眠い)
ウルリカとロゼ以外誰もいない教室。
「わからないところがあったら聞くんだぞ」
最初にちょっとした復習の講義をしてから問題集を解き、最後に答え合わせをする。
講義の間はまだいいのだがそれが終わると、問題ではなく完全に睡魔との戦いになった。
静かでエアコンの効いた教室。
ロゼは教卓でなにやら作業中で、カリカリと書き物をする音が小さく響く。
そのすべてが、ウルリカを猛烈な眠気の元となって襲うのだった。
(も、無理……)
ひじを付いた腕で顎を支え、ペンを持ったまま目を閉じ睡魔に勝利を譲る。
しかし、そんな気持ちの良い時間はすぐに終わった。
「イタッ!」
ペシッと肩をなにか細いもので打たれたのだ。
「な、なに!?」
驚いて振り向くと、いつのまにやら教卓にいたはずのロゼが移動してきている。
そしてその手には細くしなやかな教鞭。
眠ってしまったウルリカを、これで叩いて起こしたのだ。
「先生、起こすならもっと優しく起こしてよ!」
「起こしたぞ。声をかけ、肩もゆすった。それでも起きないお前が悪い」
「ならもっとそれで粘ってよ! このサド教師ー!」
「生徒のためなら鬼にもサドにもなるのが良い教師なんだ。知らないのか? ほら、目が覚めたならとっととそのプリント終わらせろ」
ウルリカの非難にまったく心を動かされた様子もなく、スタスタと作業を続けるべく教卓に戻る。
(鬼でサドなんて最悪じゃない! その上なんかいちいち言うことが嫌味ったらしいのよね)
これまで、無表情で生真面目でつまらない先生という認識だけだったロゼは、この補習をきっかけにウルリカの中でどんどん評価が落ち ていった。
その後も寝ては叩かれて起こされるの毎日が続き、いよいよ明日から期末テストが始まる最終日。

「今日で先生とふたりっきりで顔を合わせるのも最後だと思うと清々するわ!」

やっとこの地獄の補習から開放されると、ウルリカはいつもと違い、満面の笑顔で席に着いた。
「言っておくが、同じようにギリギリの成績を続けるようだったら来学期もやるからな」
さっそくそんなさわやかな気分を台無しにするセリフを言われ、ウルリカはキッと担任を睨む。
「先生ってほんと空気読めないわよね。友達いないでしょ」
「お前だっていないだろ。さぁ、始めるぞ」
返される言葉はいちいちウルリカの神経を逆撫でする。
結局笑顔はすっかり消え、いつもと同じように撫すくれた顔のまま、最後の補習は始まったのだった。

(えーっと、ヒーリングのコモンスキルがつくアクセサリを3つ答えよ? 覚えてないわよそんなの)

品質値でころころ変わるコモンスキルなど、ひとつづつ覚えていられない。
「ねぇ、先生。この問題……」
ノートを参考に見ていいかと聞こうと顔を上げ、ウルリカはそのまま止まった。
(なによ。先生の方が寝ちゃってるじゃない)
いつものように教卓に座っているロゼが、背もたれに寄りかかって目を閉じている。
声をかけても起きなかったことから、どうやら完全に眠ってしまっているようだ。
錬金術科だけではなく他の学科の授業をし、課題も見て、期末試験のテスト問題も作っている。
その上放課後こうしてウルリカのためだけの補習までしているのだ。それは疲れも溜まるだろう。
「まぁ、少しくらい多目に見てあげないとね」
と、慈悲深さを演出しつつ、これまでの恨みも込めて顔に落書きしてやろうと油性ペンを持って近づく。
(ちょびヒゲはとりあえず定番よね。あと額に鬼も欠かせないわ)
クールなところがカッコイイと騒いでいる一部の女生徒たちに見られれば幻滅されるに違いない。
頬にナルトも書いてやるとニヤニヤしつつペンを構え、その寝顔を覗き込んだ。
(へー、睫毛ながーい)
間近で見るロゼの顔は女の敵と言いたくなるほど綺麗で、毟ってやりたくなるほどまつげが長い。
(これでしゃべらなければいいのに)
そんな無茶な注文をつけつつ、鬼を書くべくその額にかかる前髪を退けてやる。
(うわ、髪の毛さらさら!)
そして今度はその髪の感触に驚いた。
思わず目的も忘れ、青く鮮やかな髪を何度も撫でる。
ウルリカは動物の毛皮や鳥の羽など、手触りのいいものに弱いのだ。
(やばっ、これ気持ちいい!)
さらさらの上に柔らかな髪は、ウルリカの指の間をなんの抵抗もなく流れる。
「……何をしている」
「うわぁっ!!」
すっかり髪を触るのに夢中になっていたウルリカは、突然の低い声に驚いて悲鳴を上げた。
見ればロゼが冷めた視線でウルリカを見上げている。
「あ、あの、わからない問題があって、先生に聞こうと思って……」
「その手に持ってるのは?」
ちらりとキャップをはずし、スタンバイOKの極太ペンを見られ、さっと背中に隠す。
「これはあれよ! 問題解いてたペン!」
「お前は極太油性ペンで答えを書くのか?」
「う……」
「まぁ、だいたい何をしようとしていたのかはわかった」
状況からして単純なウルリカが何を考え、どうしようとしていたのか手に取るようにわかる。
ロゼは大きなため息をつくと教卓に手を着いて立ち上がった。
(怒られるっ!)
目の前に20cm近く身長の高いロゼが立ち上がり、威圧を感じてウルリカは思わず身を竦める。
しかし、予想した鉄拳制裁は降って来なかった。
「で、どの問題がわからないんだ」
「え?」
「わからない問題があるんだろう?」
「う、うん」
ロゼはきょとんとしたウルリカの頭を、一度だけポンと軽く叩いてやった。



「この問題なんだけど」
「なるほどな」
ウルリカの示した問題を見て、ロゼは納得したようだった。
「これはプリントミスで、次のページにつづきがあるんだ。説明するのを忘れていた」
そう言ってロゼがページを捲ると、次のページの一番上に、いくつかの選択肢が並べられていた。
「あー! なによこれ、こんなんじゃわかるわけないじゃない」
「まぁ、中にはわかるやつもいると思うが」
暗に勉強不足を指摘され、ウルリカは頬を膨らます。
「そう怒るな。そこまで難しい問題は俺も出さない。それと、眠って悪かったな」
ウルリカの居眠りが原因で始めた補習で自分が眠ってしまうとは情けないと、ロゼは素直に謝る。
「別にいいわよ。先生も居眠りするんだってわかったし」
してやったりと微笑むウルリカに、ロゼも見せたことの無い優しい笑顔を返した。
「そうだな。俺もこれからは無理に起こさず、その顔に落書きをしてやるとしよう」
その方が効果ありそうだしなと言われ、ウルリカはその微笑みに一瞬ドキッとしたことを心から悔やんだ。





☆夏休み☆

散々苦労させられた期末テストがなかなかの好成績で終わり、ウルリカは上機嫌で夏休みを迎えた。
アルレビス学園は全寮制で卒業まで帰ることは出来ないが、その代わり休み期間中は補習もなければ登校日も無い。
「あ、でも探索のスケジュールが入ってたっけ……」
所属しているアトリエの中で、必ず全員が探索か採取の任を課せられる。
課題をこなすためのアイテムはひとつのアトリエで一緒に使うので、協力して集めるのだ。
「さっさとやっちゃうかー」
確か、ウルリカに当てられたの探索場所は水の生きる森だ。
机に座ってする勉強と違い、体を動かしひとりで自由に出来る探索は好きだったので最初に終わらせてしまうことに決めた。
「えーっと、地図地図」
授業で作らされた森の地図と戦闘で使うための爆弾をいくつか袋に詰め、ウルリカは早速冒険へ出発したのだった。



「うー……暑い……」
そう遠くは無い水の生きる森に到着してしばらく、ウルリカはだれていた。
風の吹かない真夏の午後。
多少木陰に助けられはするものの、暑いものは暑い。
途中なんども魔物に遭遇しているが、すべてウルリカの暑さへの八つ当たりの対象となり散っていった。
森の奥にある水樹の実を探索ついでに持って帰ろうと思ったのだが、これではその前に倒れそうだ。
「あーつーいー。暑い暑いいいいいい!!」
イライラも頂点に達し思い切り叫ぶ。
それでももちろん涼しくなるわけではないので、ウルリカは歩くしかなかった。
「だいたい、周りは水だらけなんだからもうちょっと気温下がっても良くない?」
森を満たす清涼な水を、忌々しげに見る。
そして、ふと思った。
「そうだ、入っちゃおう」
今いる遊歩道のところは深すぎて無理だが、もう少し行けば降りれる浅い砂浜があったはずだ。
思いついた途端、俄然元気になり重かった足取りもスキップに変わった。



「あったあった!」
木で作られた遊歩道が途切れ、浅い砂浜が顔を出している場所に辿り着き、ウルリカは周りを見回した。
「よし、誰もいない」
来る途中だれとも会わなかったし、だいたい昨日やっと期末試験が終わり夏休みに入ったのだ。こんな早くから探索を開始しているのは 自分ぐらいだろうと、思い切り良く服を脱ぐ。
水着など持ってこなかったウルリカは、下着姿となって水に入っていった。
「あ〜、生き返るわ〜」
森の水はとても澄んでいて冷たい。
川から流れる水ではなく、森の奥から湧き出てくる水なので余計綺麗なのだ。
「ついでになんか無いかな」
水底にムッシェルでもあれば見つけものだ。
パシャパシャと泳ぎ潜ってを繰り返して、火照った頭と体を冷やした。
「まさか、ウルリカ、ウルリカ・ミューベリか!?」
10個目のムッシェルを見つけ息継ぎをするために顔を出したところで、聞き覚えのある声に名前を呼ばれる。
「だ、誰!?」
慌てて声のするほうを見ると、池にかかる桟橋の上に担任のロゼが目を見開いて立っていた。
「お前、そんなところで何やってるんだ!」
「先生!?」
驚いて立ち上がり、それを見たロゼはぎょっとして顔を手で覆い背ける。
「馬鹿っ! 水から出るな!」
足の付く浅瀬。
決して身長の高いウルリカではないが、それでも立ち上がれば上半身が水面から出てしまう。
「っぎゃーーー!!!」
やっと自分の今の格好を思い出したウルリカは顔を真っ赤にし悲鳴を上げた。
「先生の馬鹿! エッチ! 変態!! なに見てんのよ!」
「いいからとにかく服を着ろ!!」
珍しく焦ったふうのロゼの言葉に従い、池から上がると持っていたミニタオルで体を軽く拭き、服を着る。
「……着たか?」
「着た」
なぜこの教師はいつもタイミングが悪いのだろう。
第一なんでこんなところにいるのか。
見られたという羞恥心と怒り冷めやらぬまま、ウルリカは桟橋からこちらへ向かって歩いてくるロゼを睨んだ。
乾ききっていないのに服を着たため張り付いて気持ち悪いのも腹は立つ。
「先生のスケベ!」
改めて生徒からかけられた罵声に、ロゼは頭を抱えた。
「お前がこんなところであんな格好でいるのが悪いんだろう……」
教師としてそんな下心などないし、最初から生徒に興味など無いと断言すると、ウルリカはなぜか余計に怒ってしまった。
「聖職者だからってそんな言い訳通用するとでも思ってんの!? だいたい先生こそなんでこんなところにいるのよ!」
「俺は来期の教材を採りに来たんだ」
アルレビス学園は一時期かなりの経営難に陥っていた。
今はそんなことないのだが、そのときの名残で自分の授業に使うアイテムは教師自身が取りに行く決まりになっている。
ロゼはウルリカも採りにいこうとしていた水樹の実を採ってきた帰りだった。
試験終わったばかりで二学期の授業の用意を始めるというのはなんとも生真面目なロゼらしい。
だが、ウルリカにはもっと気になることがあった。

「で、どこまで見たの?」
「なんだ?」
「さっき、どこまで見えたのかって聞いてるの!!」

ウルリカ・ミューべリ花の15歳。
まったくの裸ではなかったとはいえ、それ同然の姿を見られておいて気にならないわけがない。
自棄気味に怒鳴られ、ロゼは先ほどのウルリカの水に濡れた姿を思い出してなにかを誤魔化すようにひとつ咳払いをした。

「安心しろ。若いんだ、胸はまだ育つ」
「死ねっ!!」

採ったばかりのムッシェルが、その顔目掛けて投げつけられた。





☆二学期☆

アルレビス学園の学生にとって、二学期一番の楽しみといえば学園祭だ。
「次はどこ行こうかな〜〜♪」
前日に配られた催し物のパンフレットを持って、ウルリカはウキウキ気分で廊下を歩いていた。
その手には綿飴が握られ、口の端にはソースが付いている。
朝から昼過ぎの今までに祭りのほとんどの食べ物を制覇していた。
「んー、あと残るはインヘルスパイスのカレー屋かぁ。微妙……」
その時、
『全校生徒に告ぐ!』
戦闘技術科顧問、グンナル教頭の声が学内放送で響いた。
『今から俺様企画、時計搭に囚われた姫の救出争奪戦を始める!!』
「は?」
放送に向かって、ウルリカはつい聞き返してしまう。
グンナルの普段からのめちゃくちゃさを知っているが、さすがにいきなりそんな企画を言われても意味がわからない。
大体、救出戦ならわかるが、なぜ争奪戦なのか。
『時計搭最上階に囚われている学園一の美姫を助けに行くがいい! そこまでの道のりを俺様子飼いの者たちが妨害するが、生徒同士で 争うのも自由だ!』
「……なんで助けに行く同士が争うのよ」
そんな小さな呟きに、どこかで聞いているのか、それとも単なる偶然か、放送のグンナルは答えた。
『なぜ自分たちが争わないといけないか教えてやろう! 姫を助けた者には彼女の接吻という祝福と豪華賞品が待っているからだ! さぁ、皆の者、戦え! そしてその手に勝利を奪い取るのだ!!』
教頭らしいなんともめちゃくちゃな内容。
普通なら相手にしないだろう。しかしウルリカは違った。
「豪華賞品!?」
同じ女として美姫の接吻などはどうでもいいが、豪華賞品にはかなり興味をそそられる。
赤貧で暇さえあれば学内アルバイトに明け暮れるウルリカとしてはそれを逃す手はなかった。
「普段から討伐と探索で鍛えられた腕、見てなさいよ!」
手に持った綿飴を一口で平らげ口を拭うと、制服の腰に常に装備されている専用の特殊な武器、長いチェーンの付いた魔法石を手に取った ウルリカはそう言って不敵に笑った。



「け、結構きつかったわね……」
グンナル子飼いの手下という名の魔物、そして学園一の美姫という言葉に惑わされ、色に目の眩んだ男子生徒たちを蹴散らし、ウルリカは ようやく時計搭最上階に辿り着いた。
ところどころあざが出来、息も荒い。
しかし、生活がかかっているウルリカにとってはこれくらい屁でもない。
(豪華賞品ってなんだろう。あの先生だし、賢者の石くらいの価値はあるものかも!)
すでに賞品を転売することしか頭に無いウルリカは、企画一番の目玉、囚われの美姫の存在をすっかり忘れていた。
「獲ったあああ!!」
勘違いした気合と共に最上階の部屋のドアを開け踏み込むと、狭い部屋にある向き出しのパイプに手錠で繋がれ、冷たい床に座っている 青く長い髪の白いドレスを着た美人と目が合った。
「あ、あれ?」
「……」
化粧を施し、赤く滑らかな唇の女性はたしかにこの学園一と言っても大げさではないほど美しい。
だが、ウルリカはその顔に見覚えがあった。
「もしかして、ロゼ……先生?」
ひきつったまま囁くように聞くと、囚われの美姫は無言でふいっと顔を背ける。
「先生って、女だったのおおおおおおおおお!?」
「そんなわけあるか!!!」
見当はずれの叫びに思わず突っ込んでしまってから、ロゼは「しまった」というように顔をしかめる。
「今朝、グンナル教頭に捕まって無理やりこんな格好をさせられたんだ。女であってたまるか」
さすがの鉄面皮も、女装姿では格好が付かない。
「あはは、そうよね。先生が女とか、あるわけないよね」
長髪のカツラと化粧のせいもあるが、言われなければ女と信じてしまいそうなほどドレスの似合っているロゼをまじまじと観察してしまう。
「でもいっそ、今の方が生徒に人気出るかもよ」
倒錯的な色気に、ウルリカでさえ息を飲む。
「気持ち悪いからやめてくれ。それより俺を助けに来てくれたんじゃないのか?」
「あ、そうだ。豪華賞品どこ!?」
「……そんなことだろうとは思ったよ……」
ここに一番に乗り込んでくるのは戦闘技術科の男子生徒だろうと思っていたので、ロゼは気合と共に勢いよく入ってきたウルリカの 姿を見て安堵をしたと同時に、なぜかちょっと嬉しかった。
(でもまぁ、こういう生徒だったよな)
人助けよりも金稼ぎ。
賞品を探して狭い部屋を漁り出したウルリカに、ロゼは仕方がないので教えてやった。
「賞品は俺を助けた後に講堂で開かれる祝勝会で教頭から手渡される」
つまり、ロゼを助けるのが先だ。
「なんだもう。それならさっさと言ってよね! ……この手錠はずせばいいんだよね」
やっと繋がれたままのロゼの元へ来て手錠をいじりだしたウルリカは「ちょっと、これ異様に硬いんだけど」と文句をつけた。
「この手錠は普通にやっても無理だ。出来るものなら俺だってとっくに逃げ出している。呪いがかかっていて、それを解かないと無ダメなんだ」
不本意ながら教頭にはまったく敵わずにこんな格好をさせられる羽目になったが、ロゼだって一流の錬金術師であり剣士だ。
武器がなくとも捕まった時用の縄抜けや手錠抜けの術くらい習得している。
しかし、教頭はあくまでも教頭。一筋縄ではいかなかった。
「どうやんの?」
「……教頭の放送は聞いていたろう」
「うん」
「ならわからないか?」
「わかんない」
ふるふると首を横に振るウルリカに、ロゼは諦めたように語った。
「姫が自分を助けに来てくれた勇者にキスをすると解けるんだそうだ」
「へ?」
そう、グンナルが言っていた一つ目の褒美、祝福のキス。
「勇者? 姫?」
そう言いながらウルリカは自分とロゼを順番に指差し、曰く学園一の美姫はうなづいた。
「そうだ」
「さようなら」
「って、おい! 待て!」
答えを聞いて去ろうとしたウルリカを、ロゼが必死で呼び止める。
「助けてくれれば俺からも礼はする!」
ピタとウルリカの足が止まる。
ロゼだって教師であるまえに一人の男だ。むさい男子生徒にキスをするなど虫唾が走る。
奇跡のように現れた、一応女に分類されるウルリカを、なんとしても逃したくはなかった。
「それとは別に、後夜祭で出る屋台の食い物を全部奢ってやる」
「のった!」
まんまと作戦は成功し、ウルリカはあっさりとロゼの元へ戻る。
そして、その前にちょこんと正座した。
「……」
「……」
しばらく、ふたりの間に沈黙が流れる。
「は、早くしなさいよ」
気まずそうに顔を赤くするウルリカに、ロゼは「あのな」と呆れて言った。
「せめて目を閉じるくらいしてくれ」
「そんなこと言って変なことしないでしょうね」
「するか」
まぁ、キスだけでもその『変なこと』に値してしまうし、細かいことをいちいち言ってたらきりが無い。
「わかった」
豪華賞品、後夜祭のご馳走と頭の中で唱えながら覚悟を決めて目を閉じる。
「来てくれたのがお前で、嬉しかったよ」
そんな礼の言葉と同時に、ウルリカの小さな額に祝福のキスが落とされたのだった。


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