『たとえばこんなBirthDay』



「な、なんでこんなことに……」
乱れた呼吸を整えながら、ロゼはひとりつぶやく。
始まりはほんの数十分前。




今日は自分の誕生日のはずだった。
リリアにプレゼントがあると言われてアトリエに行くと、なぜか顔を赤くしてもじもじしている主が一人で居た。
「お嬢様、お呼びですか?」
リリアの様子がおかしいのはいつものことなので特に気にせずに聞く。
すると余計顔を赤くし、なにがそんな恥ずかしいのか聞き取りにくい小さな声でしゃべりだした。
「あのね、みんなで、その、ロゼのプレゼント会議して。それで、わたくしを……」
ただでさえ小さいのに俯いているせいで更に聞こえない。
「すみませんお嬢様。なにをおっしゃってるのかさっぱりなんですが」
「だから! 今日一日、あなたにわたくしをプレゼントと言っているの!」
冷静に、なんの感動も無く聞き返された言葉に逆切れ気味に返ってきたのは、知らない人間が聞けばとんでもない誤解を受けそうな内容だった。
「は? お嬢様なにを……」
「さぁ、今日はわたくしはあなたの主ではなく忠実なメイド。なんでも言ってちょうだい。その、私、ロゼならあんなことやこんなことも……」
(いやいやいや!!)
リリアはどこか常にずれているが、いきなりプレゼントでここまで大胆な発想が出来るほどではない。
(どこのどいつだ、お嬢様に妙なことを吹き込んだのは!!)
昨晩徹夜で『ロゼの誕生日になにをあげれば感動してそのまま告白してくれるか会議』をぷによ、クロエ、そして今回はエトを含めての メンバーで行い散々余計な知識を教え込まれ、徹夜のテンションも相まって今に至るのだが、もちろんロゼはそんなことはしらない。
「お嬢様。だれになにを言われたのかはわかりませんが、それはファンタジーです。現実にそんなものをプレゼントする人はいません」
静かに諭すが言い方が悪かった。
「そ、そんなもの!?」
「あ」
ショックで青ざめたリリアを見て「しまった」と思うがもちろん遅い。
「ロゼにとって私は『そんなもの』なの!?」
「違います、そうじゃなくて」
なんとか言いつくろうとするがもうどうにもならない。
「そう、そうよね。ロゼはまだ私の魅力に気づいてないってぷによさんが言ってたもの。本当だったんだわ」
「はい?」
「それなら納得できる。だって、わたくしはこれまで完璧な主としてロゼに接していたのだもの。やはりここは視点を変えることが 重要なのだわ」
「完璧な主って誰のことですか」
どうやら変な方向にスイッチが入ってしまったらしい。
「そうと決まったら時間がもったいないわ! ロゼ、さぁなんでも命令してちょうだい! わたくしの本気を見せてあげる!」
「いえ、遠慮しま……」
リリアの思いつきと、こういうときの行動に付き合うとろくなことが無いのは身をもって知っている。
即座に断り逃げようとすると、リリアの目がキラリと光った。
「エト、ロゼを捕まえなさい」
「はーい!」
「なっ!」
名を呼ばれ、ソファの後ろからやたら元気なエトが飛び出す。
そしてどうやってそんなところに全員隠れていられたのか、ぷに兄弟とクロエを含んだアトリエ女性陣が全員出てきた。
「お前ら、なんでっ!?」
「ロゼくん。覚悟を決めたほうがいい……」
「ぷに、ぷににぷに!」
「妹は思い出に残る誕生日になるだろうと意気込んでいます」
それぞれに勝手なことを言うが、みな揃って楽しそうだ。
(こいつら、お嬢様と俺で遊ぶ気だ!)
いつものことではあるが、なぜ自分の誕生日だというのにわざわざおもちゃになって連中を喜ばせないといけないのか。
「ロゼさん。お嬢様のためにお願いします」
常識人でありそうで、リリアが一番のマナ、ウィムも申し訳なさそうな顔をしながら言うことは一緒だ。
「御免こうむる!!」
エトが自分の武器であるチャクラの代わりに投げてきた捕獲用手錠を身を翻して避け、ロゼはアトリエを飛び出した。
そして今、寮エントランスの柱と柱の隙間に身を隠し息を潜めている。
(一応、『俺の』誕生日なんだぞ!?)
別にいい年をして祝ってもらいたいとかそういうことはないが、だからといってこの仕打ちは理不尽極まりない。
これならなにもなく、穏やかにひとりきりで一日を過ごした方が数十倍ましだった。
(捕まったらなにをさせられるかわからん)
リリア一人なら多少あしらい方を知っているが、今回は後ろに余計なアドバイザーがついている。特に隣のアトリエのメンバーである クロエが何を言い出すかわからず怖かった。
(捕まるものか!)
どうにか巻いたがここにもいつ追っ手が来るかわからない。
隠れたままどうしようか思案していると、突然声をかけられ心臓が飛び出しそうになった。
「嫌味男? そんなところでなにしてんの」
「うわっ!」
ひょいと身をかしげ覗いているのは金髪に緑の目の少女、ウルリカだ。
珍しく小さなマナを連れずに一人きりのようだった。
「あ、もしかして狭いところが落ち着くとか?」
「俺は猫か!!」
自分の現状を忘れて思わず突っ込んでしまう。
「なんだ違うの。そういえばエトたちがあんたのこと探してたわよ」
持った小さな紙袋から暢気にクッキーを取り出してさくさくと食べつつ、「あっちで」と中庭の方を指差す。
「そうかサンキュ。じゃあな」
どうやら近くまで迫っているらしい。
柱の間から出て去ろうとすると手を捕まれた。
「ちょっと、どこ行くのよ。エトたちはあっち……」
「見てわからないのか。俺はあいつらから逃げてるんだよ」
「あー! ロゼ見っけ!」
「げっ!! くそ、走るぞ!」
「え?」
とっさに捕まれた手を握り返し、ロゼはウルリカを連れたまま全速力で駆け出した。





「はぁ、はぁ。とりあえずここまでくればいいだろう」
「はぁ、はぁ、なんで、あたしまで……」
エト、そしてその後現れたぷによもどうにか引き離し、二人は図書館の建物の裏に回り込んだ。
「お前が俺の手を掴んでたからだ」
「違うわよ! あんたが私の手を握ってたの!!」
そしてお互い、まだ手を繋いだままのことに気が付きぱっと離す。
なぜか顔が赤くなった。
「と、とにかく! なにがなんだかわからないけど私関係ないから。かくれんぼなら勝手にやってて」
零れ落ちないように死守したクッキーを腰につけたポシェットにしまい、この気まずい空気から逃れようと踵を返す。
そんなウルリカに声をかけることも出来ず、熱くなった顔の理由もわからないままぬくもりの残った手のひらをぎゅっと握り閉めた ロゼの耳に、3度目の不吉な声が届いた。
「こーんなところで二人きりで、何をしていらっしゃるのかしらぁ?」
それは今一番会いたくない相手。
「っ! お嬢様!」
「高飛車女!?」
まるで仁王のように建物の角に立つリリアが鬼の形相で二人を睨み、その後ろにはやはり申し訳なさそうな表情のまま、ウィムが付き従っている。
「せっかく、わたくしが! あなたの誕生日に最高のプレゼントを用意したというのに、よりによってその女と一緒に手、手まで繋いで デートだなんてっ!!」
どこをどう見てデートだと誤解したのかはわからないが、ロゼは一応釈明した。
「違います! なりゆきで一緒に逃げただけで別になにも」
「なんで私がこんな嫌味でヘタレなだけの男とデートなんてしなきゃなんないのよ!」
同時にウルリカも心外だとばかりにリリアへ向かって怒鳴る。
「ちょっとまて。嫌味はとにかくヘタレとは聞き捨てならんな」
「ヘタレだからヘタレって言ったのよ。いつもみたくそこの高飛車女におとなしく従ったらいいじゃない。男のクセにいつもやる気なさそ うに言いなりなところがヘタレくさいのよあんた」
「食い気と暴力と自己中心的な思考しか持たない単細胞生物に言われたくない」
「なんですってえぇぇぇ!!!」
「ず・い・ぶ・ん・と、仲がよろしいですこと」
最終的に自分を無視して口げんかを始めた二人に、リリアは完全にキレた。
「ウィム、フリーズランス!!」
「えぇ!? お嬢様、そんな乱暴な」
「あの憎らしい二人を氷点下まで冷ましてあげなさい!!」
「は、はいぃ」
聞く耳を持たないリリアに逆らえず、ウィムはその手に大きな氷の槍を出現させた。
「ごめんなさいっ!」
「なに? やろうっての?」
ロゼはリリアのぶちきれた様子を見て逃げようとしたが、ウルリカは正反対の行動を取った。
入学当初からこの二人は永遠と犬猿の仲で、お互い見れば喧嘩を繰り返してきたので条件反射かもしれない。
「あんたがその気なら受けてたってやろうじゃない!」
「馬鹿っ!」
宙に飛び上がり、氷槍を構えたウィムを見て気合を入れるウルリカにロゼは横から飛びつき、その槍が地面に突き刺さり一帯を一瞬で 凍りつかせる前に、一緒に藪へ転がった。
「ちょ、なにすんのよ!」
「逃げろ馬鹿! お嬢様を本気にさせたら」
「グリューネブリッツ!!」
ドォン!!という大きな音と共に火球が二人の転がり込んだ藪の一部を焼く。
「え? なにこれ」
「お嬢様は普段は戦わないが、一応魔法は出来るんだ」
リリアは運動能力はからっきしで戦闘はすべてウィム任せだ。
しかし、一流の錬金術師らしく魔力は高いので魔法を唱えることだけは出来るのだ。
一応従者という立場上、ロゼは彼女に剣を向けたくはない。それはなんとなくウルリカも察していて、そうなると一人で二人を相手に ということになるが、そこまでの力が自分にはないこともわかっている。
「ネーベルディック!!」
リリアの詠唱の声と共に、今度は触れれば凍るようなダイヤモンドダストが二人の上を吹きぬけた。
「隠れても無駄よ、出てらっしゃい!」
「ロゼさーん。早く観念した方が傷は浅くて済みますよ〜〜」
怒り覚めやらぬ主の怒声と忠告にもならないウィムの無責任な声がロゼを追い立てる。
「ど、どうすんのよ!」
さすがに不利な立場を理解したウルリカが冷や汗をかいてロゼの胸倉を掴み揺さぶる。
逆に追い詰められすぎたロゼは冷静だった。
その手をそっと掴み、真顔で告げる。
「だから、逃げるんだろ?」
そしてまた、手と手を取り合って二人は全速力で駆けたのだった。




(本当に、なんでこんなことに)
本日二度目の自問。
気が付けば、ロゼは古い時計塔に迷い込んでいた。
中はまるで迷路のようで、ゴゥンゴゥンと大きな歯車の回る音が響く。
相変わらずウルリカとは手を繋いだままで、そのことが少し心の支えになってのが不思議だ。
いつもはひとりが好きなはずなのに、いまはひとりでないという安心感がある。
「も、もう無理。走れない……」
「俺もだ……」
結局あのあと、再びエトたちにも見つかってしまい、三人の猛攻から命からがら逃げてきたのだ。
後ろから投げられたエトのチャクラの刃が耳を掠めたときは、本気で肝が冷えた。
「ほんと、あんたと関わるとろくなことがないわ」
「……今日は返す言葉がないな」
ウルリカはずっと握っていたロゼの手をためらいも無く離し、その場に座り込む。
その躊躇の無さを少し寂しく感じたが何も言わず、ロゼもその隣に腰を下ろした。
「だいたい、あんた今日誕生日なの?」
「あぁ」
「それなのになんで狩られそうになってんの」
「俺が聞きたい」
追われているではなく『狩られる』という表現がぴったりなほど、後半は捕まえることよりも倒すことを目的に攻撃されていた気がする。
「まぁ、いいわ。私はここに隠れてるから、あんたどこでも好きなところ行きなさい」
リリアが追っ手にいるうちはウルリカも標的にされていたので一緒に逃げざるをえなかったが、すっかり巻いて来たので今なら戦線離脱 出来る。
やっと一息つき両手を地面について天井を見上げると、むき出しの歯車がゆっくりと回っていた。
「……もしかして迷子になった?」
「違う」
ロゼは動こうとせず、むすっとしたまま片膝を抱えている。
「じゃーあっち行ってよ。もう巻き込まれるのは御免よ」
冷たい物言いだが、怒りに燃えたリリアはちょっと怖かったので、本当にもう追われるのは嫌だった。
もしまた一緒に居るところを見つかれば、問答無用で攻撃されるだろう。
だいたいなんでリリアがあんなに怒っていたのか見当もつかないウルリカは、理解できないだけにその意味不明な怒りが不気味なのだ。
「今、どこへ言っても見つかりそうな気がする」
一歩外へ出たらすぐそこにだれかが待ち構えていそうな予感がする。
(別に、ひとりになるのが嫌なわけじゃない)
そう、自分に言い訳をするが、二人でずっと逃げてきたのに、ここへきてまたひとりにされるのが心細いというのは認めないわけには 行かなかった。
(俺は、なんで……)
ウルリカと離れたくないなどと思ってしまうのだろう。
隣に彼女がいるというだけで、暗い気分にならずに済むのだろう。
「いっそ捕まった方が楽になるんじゃない? 大丈夫、命まで取られやしないわよ。……タブン」
「本当にそう思うか?」
「ごめん、自信ないわ」
時計塔へ逃げ込む前の鬼気迫るリリアを思い出し、ウルリカはかくりと頭を落とす。
「んー……」
「どうした」
俯いたまま唸りだしたウルリカは顔を上げると、今度は満面の笑みになっていた。
「でもちょっと面白かったわね! 見た? 猫投げつけてやったときのあのぷに兄弟の顔!!」
「あれは、確かにひどかったな」
思い出してロゼもふっと笑う。
一度、ぷによたちとリリアに焼却炉前に追い詰められたとき、爪が苦手といっていた猫がすぐ近くにいたので焼け石に水でもいいからと 捕まえて、ロゼがぷに兄弟に投げたのだ。
すると威嚇したまま飛んでいく猫の鋭い爪を向けられた三郎がパニックになり、そのもち肌を傷つけられては大変とリリアが庇おうと し、その後着地した猫が暴れて大騒ぎになっている隙に逃げ出した。
(結局、なんでも前向きというか、楽しんでしまうんだな)
ウルリカの自分にはないこんなところが、心和む原因かもしれない。
他にもいくつかの場面を思い出して楽しそうに語るウルリカに、ロゼは微笑して相槌を打っていた。
が、その間にも、敵はふたりを追うことをやめていなかったのだ。
「団欒の場を邪魔して悪いが、そこまでだ」
「どうしてロゼくんとウルリカが一緒なのか、そこを問いたい……」
いつのまにか両脇にユンとクロエが立っていて、呆れた顔で二人を見下ろしていた。
「ユン!?」
「クロエ? なんであんたがここに?」
火のマナと魔法書を抱えたメガネの少女がきっちりと通路をふさぎ立っている。
「主からの命令だ。お前を連れ戻しにきた」
「……油断したところにこっそり近づく。それが正しい狩りの仕方……」
クロエの言葉はいつも危険だ。
「わ、私は関係ないわよ!? 本当に、ただ巻き込まれただけなんだからっ」
「お前、そんなあっさり裏切るか!?」
しかしこの場合のウルリカの判断は正しい。
ユンとクロエ。このふたりのタッグにはロゼでも死角は見つからなかった。
「ふむ。まぁいいだろう。お前は見逃してやる。主にはふたりとも捕まえるよう言われたがそれを実行しようとすると3対1になってしまうしな」
「?」
ユンの言っている意味がわからず首をかしげるウルリカの後ろでクロエがニヤリと笑った。
「さぁ、行くぞロゼ」
「俺のことは見逃してくれないのか?」
「もう十分楽しんだだろう。男らしく覚悟を決めて主のプレゼントを受け取れ。……ただ、当初とちょっと目的が違うものになっているかもしれないが」
「……」
どちらにしろこれ以上逃げ回る気力も無い。
諦めて立ち上がると、座ったままのウルリカにつんつんと服のすそを引っ張られた。
「嫌味男、これあげる」
見るとポシェットにしまっていた小袋をロゼに向かって差し出していた。
「誕生日、おめでとう」
「……ありがとう」
にっこり笑顔で言われ、力が抜けたように返事をする。
そして連行されていくロゼと、「ちょっとロゼくんで遊んでくる」と言い、その後に続くクロエをウルリカは手を振って見送った。





「疲れた……」
夜、ロゼは寮に戻るとすぐ、ばったりとベッドに倒れこんだ。
(結局、喜んでたのは俺以外のやつばっかりじゃないか)
ユンに連れられアトリエに戻るとまずお仕置きという名の拷問から始まり、その後、ロゼの願いを聞くといっていたにも関わらず、野次馬 どもの注文によって、リリアのメイド教室が開かれ、散々弄ばれてきた。
(誕生日なんて、もう一生来なくていい)
このまま眠ってしまいたかったが、動き回って埃っぽい服のまま布団の中に入るのも躊躇われたのでどうにか体を起こし、夜着に着替えることにした。
「ん?」
コートを脱ごうとして手をかけると、がさりとポケットの中で音がする。
「あぁ、そうか」
取り出すとそれは小さな紙の袋。
ウルリカがくれたクッキーだ。
開けると懐かしいレモンの香りがする。
(そういえば、今日まともにもらったプレゼントはこれだけだな)
さくっとしたクッキーはとても甘く、ささくれたロゼの心を少しだけ穏やかにしてくれた。


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