りとるないと
りとるないと
「ほいこれ、頼まれてたやつ」
「……ありがとう」
その日、エナはクロエの元へ頼まれていた機械を届けに行った。
固い鉱石などを粉砕できる機械と注文を受けた物で、届け日まで指定されていたものだ。
「このスイッチを押せば動くから。止めるのはこっちな。鉱石専用だから、他の物入れるなよ」
使い方の説明を、クロエは黙って聞く。
それだけの事なのに、なぜ彼女には不気味さがつきまとうのか。
<黙ってる=次の犠牲者考えてるってイメージなんだよなぁ>
学園で知り合い、たった一年の間にさんざんな目に遭わされたエナは、彼女相手になるとつい心が構えてしまう。
「じゃ、俺はこれで」
なにも問題が起きないうちにさっさと立ち去るのが賢い方法だ。
だが、そうは問屋が降ろさなかった。
「まさか、ただで帰れるとは思ってないよね……」
「日にちが指定されてた時点でわかってたよね……?」と帰ろうとした襟首を捕まれ、エナは仕事とはいえ、のこのここの場所へ来た自分を呪った。
アルレビス学園卒業後、ウルリカとペペロンはアトリエ、クロエとエナは自分の実家、ゴトーはけじめを付けるため刑務所とそれぞれの道へ進んだ。
だがクロエは親の要望で一時的に実家に帰ったものの、いつかは家を出てウルリカのアトリエへ行く気だった。
<だって、つまんないし……>
小さい頃、療養のために田舎の村へ越してきてから腐れ縁のように続いていたウルリカとの仲だったが退屈することはなかった。
無理矢理錬金術の学校へ入学させられ、いろんな事件に巻き込まれもしたが、面倒だしうざかったし疲れたたものの、悪くはなかった。
その分、卒業して初めて袂を分かってからの毎日は退屈でつまらなく、なにより日々を生きている実感がわかない。
夢を見つけたウルリカが、この村に戻ってくるのは何十年も先だろう。
だから、自分が行くしかないのだ。屈辱だけど。
そのために少しは錬金術の腕を磨いて置いた方がいい。
あの天然台風娘の彼女より役に立たないなんてことはプライドが許さない。
なので、クロエは一人でもともと好きだったおまじないの他に錬金術も続けていた。
「言っとくけど俺はなんにも飲まないぞ! 粉を振りかけるのも液体を振りかけるのも却下だ! 俺まだ仕事残ってるから死ぬわけにはいかないんだよ!」
たとえこれまでの経験から逃げられないと分かっていても諦めることはできない。
<一応抵抗だけはしておかないと!>
襟首を捕まれたまま必死に訴えると、クロエは首を傾げた。
「……エナ君、なにか勘違いしてない……?」
「え?」
「今日、何の日か、知ってる……?」
「えーっと」
今日は7月23日。
特になにか記念日や祝日ではないはずだが。
「わ、わかりません」
「……今日は、日食の日」
「日食?」
そういえば、そんな気がする。
日食は決まった日とはいえ毎年あるものなので、気にしたことがなかった。
「採取、手伝ってほしい……」
滝のある崖に日食の夜にしか咲かない花。
今やっている調合に必要なのだが、レアすぎて売っていないうえ、周りに採取を頼めるような人間が居ないので自分で取りに行くしかない。
「な、な〜んだ。そんな事か。俺はてっきり」
「でも……希望あるなら、おまじないもしてあげる……」
ホッとしたのもつかの間一番恐れていることを言われ、エナは両手をぶんぶん振って断ったのだった。
「ねーちゃん、錬金術続けてたんだなぁ」
滝に向かう道中、エナは素直に感想を口にした。
「学園にいたときすっげー嫌そうだったし、卒業したらもうやってないと思ってたぜ」
「……私だって、しないと思ってた」
まさかウルリカが村を出て、自分を置いてどこかへ行くなんて思いもしなかった。
それほど彼女が隣にいるのが当然で、当たり前の事だと思いこんでいたのだ。
あっさり「私、街に出てアトリエ開くね!」などと言って出ていったときのことは忘れられない。
呆気にとられて絶句している間にさっさと「じゃーねー」と一言残して行ってしまったのだ。
思い出すだけで呪いを発動出来そうなほど、黒い怒りが燃え上がる。
しかし、そんな事を知らないエナはクロエの前を歩き藪をかき分け道を作りつつ聞いた。
「じゃあ、なんでやってるんだ?」
「それは……」
本当のことは言いたくない。
「錬金術でおまじないに使うアイテムも作れるから……」
「あぁ、やっぱりそこに繋がるんだな……」
そう言って疲れたように進むエナの後ろを、クロエは無言で着いていった。
<なんだかちょっと、大きくなった……?>
エナの後ろ姿を見ながらふと思う。
そういえば、彼ももう13歳。成長が始まる年齢だ。
永遠に小さいままのイメージがあるので、当たり前の事なのに意外でちょっと変な感じがした。
いつかはクロエも身長を抜かれてしまうのだろうか。
<エナ君のくせに、生意気……>
「まだ明るいからか、なんも出ないな」
滝に近づくにつれ、そんな理不尽な感想を持たれていると知らないエナは、少し緊張しつつも言った。
獣も魔物も水場に良く出ることが多いので油断はできない。
「このまま無事帰れればいいけど」
「……一緒にいるのがエナ君じゃ、頼りなさ過ぎるしね」
「自分で誘っといて、それはないんじゃねぇか?」
相変わらず容赦がない。
「他に選択肢がなかったから、仕方なかった……」
もうなにを言っても傷つく言葉が返ってくるのが分かっていたので、エナはそれ以上なにも言わなかった。
「ふぅ。ここか?」
「うん」
結局あのあともなにも危険な敵は出てこず、無事滝にたどり着く。
大量の水が滝壺に落ちる大きな音が響き、細かい飛沫が視界を曇らせる。
「あとは、日が暮れるのを待つだけ……」
クロエの小さい声は聞き取りづらく、エナは聞き返した。
「え? なんだって!?」
「……これなら、ひとりでもよかった」
ぼそりとつぶやかれた一言は、やはりエナの耳には届かなかった。
仕方ないので滝壺から距離を置き、クロエに採取の目的である花の位置を聞く。
「その銀なんとかって花、さっきのところにあったか?」
「うん……。手の届きそうなところに、いっぱい生えてたやつがそう……」
細かい水飛沫を浴びてキラキラ光っていた白いつぼみ。
あれが夜、真っ暗闇になると一斉に咲くのだ。
太陽はもう半分ほど山に沈み、空を赤く染めている。
「じゃあ、しばらくここで待って、暗くなったらまた行こう」
滝の周りは開けているので危険だ。
「たぶん、あと1刻くらいだと思う……」
暗くなるまで、まだ時間がありそうだ。
しばらく黙っていた二人だったが、そのうちエナが気まずさに耐えきれず口を開いた。
「なぁ、なんでウルリカのねーちゃんと一緒に行かなかったんだ?」
学生時代、なんだかんだで仲が良いように見えた。
卒業しても、ずっと一緒なんだろうなぁと、少し羨ましく思えたくらいに。
「……私が行かなかったんじゃなくて、ウルリカが勝手に行っただけ……」
だが、クロエは知っている。
ウルリカは、父親の猛烈な反対にあい一緒に行けないとわかっていたから、先手を打ち、クロエになにも言わせずに出ていったのだと。
アルレビス学園への入学は、身体の弱い自分でも手に職をつけて将来の役に立てることが出来るからとどうにか承諾を貰えた。
しかし、今度はウルリカと一緒に街でアトリエを開きたいと言えば、それならお膳立ては自分たちがするからお前は一人で店を開きなさいと言われるに決まっている。
というか、言われた。
ウルリカが出ていった後、親に自分も一緒に行くというとそう言われ、結局説き伏せることができなかった。
<ウルリカが、悪い訳じゃないのに……>
クロエの両親がウルリカを嫌う理由は二つある。
一つは病弱で静養のために村に来たクロエを何度も勝手に家から連れ出し、咳など悪化させたことがあること。
それまで友人のひとりも居なかったクロエは本気でうざいと思いながらも嬉しくて、そして楽しくて、「遊ぼう」と無邪気な笑顔で誘いに来る彼女を待っていた。
そしてウルリカが外へ何度も連れ出してくれたからこそ、生きる気力と元気が湧き、今の自分があるのだと思っている。
二つ目に彼女の両親のこと。
ある日突然、冒険に出ると言って姿を消してしまったウルリカの両親。
彼らをクロエの父親はとても嫌っていた。
大人としての責任を果たせない、いい加減な人間だと。
小さな村だ、彼らが居なくなるまでに短い期間だが何度か交流を持つ機会があったらしい。
そのたびに理解不能な奴らと立腹して帰ってきた記憶がある。
優しく、自分の事を心から想ってくれている父を大好きだが、ウルリカの事を言うたびに「親が親なら子も子だな」と付け足す時だけは嫌いだ。
「確かペペロンは一緒に行ったんだよなー。あいつ、絶対マゾだよな……」
「むしろ、妖精さんを一緒に連れて行くウルリカの方が、ある意味マゾいと思う……」
「確かに」
波瀾万丈だった1年間を思い出すと、たった半年前のことなのにとても懐かしくなる。
それからは、ぽつりぽつりと学生時代の話をしつつ、完全に暗くなるまでの1刻が過ぎるのを待った。
「そろそろかな」
自作の腕時計を見つつ、エナが立ち上がる。
一応ランプを持ってきたが、雲一つない空の星明かりで視界はそこまで悪くない。
「行くか」
「うん……」
さりげなく差し出された手を取りクロエも立ち上がると、大事なまじないの本をいつものように抱きかかえ、滝壺に向かった。
「で、いつ咲くんだ?」
真っ暗な滝壺で、大きな水音に邪魔されつつ聞く。
「夜としか、わからない」
その花は皆既日食の夜、一斉に咲く。
それだけの情報しか本には載っていなかった。
「まじかよ! じゃあ、咲くまで夜の森でずっと待機か?!」
「うん、だからエナ君を連れてきたの……」
「ねーちゃんも、実はかなり適当だよな」
自覚はないが、ウルリカとは似たもの同士だったのかもしれない。
「えへ。頼りにしてるよ……?」
「ぜってー嘘だ」
うさんくさく笑ってごまかそうとするクロエに「さっき頼りないとか言ってたくせに」などぶつぶつ言いつつも、エナはいざとなったらすぐ動けるようにランプを
地面に置き、戦闘用のギミックを装備した。
「少しでも早く咲くように祈っててくれよ 」
それほど、夜の水場は危険なのだ。
滝の、腹に響くようなドドドドという音が絶え間なく流れ、霧のように散る水飛沫が二人の身体を湿らせる。
夏なので寒いということは無かったが、あまり濡れるのは遠慮したかった。
「ねーちゃん、俺が見てるからどっか目立たないところに離れて隠れてろよ」
クロエの身体が余り丈夫でないことはエナも知っている。
濡れて張り付く前髪をかき上げるようにして告げると、クロエは首を横に振った。
「一応、誘ったのは、私だから……」
そう言うクロエもやはり前髪が濡れてうっとおしいらしく後ろにかき上げ、水滴で曇ったメガネを外した。
<あれ……?>
いつもは隠れている顔が星明かりに晒され、エナは目を奪われる。
無言で濡れたメガネを拭きだしたクロエから、目が離せなくなった。
<ねーちゃんってこんな顔だったっけ?>
トレードマークのメガネが無く、額が出ていると言うだけで別人のように大人っぽく全体的に濡れた姿と相まって妖艶にすら感じる。
<いやいやいや、騙されるな俺。黒いねーちゃんだぞ?>
散々酷い目に遭わされ、弱いヘタレだとバカにされ、今だっていいように利用されている。
それでも、こんな姿を見れるのなら悪くないかもと思えてしまうほど、クロエの姿は綺麗だった。
「……今度、滝を一瞬で凍らせるおまじない、考えようかな……」
拭いても拭いてもキリがないメガネに苛立ったのか不穏な空気を発しながらいつものようにぼそりと言う。
雰囲気ぶち壊しのこの言葉に、エナはハッ!と我に返った。
「おい、なんか聞こえないか?」
目と共に奪われた思考も戻ると同時に、異変に気づく。
滝の音だけではない何かが聞こえてくるのだ。
「……? 私には、わからないけど……」
とうとう諦めたのか、水滴のついたままのメガネをかけ、クロエも周りを見回すが特になにかが居る気配もない。
すると突然エナが叫んだ。
「上だ!!」
「……あ」
見上げると、星を背に魔物が足のかぎ爪を掲げて急降下してきている。
「ねーちゃん、ぼーっとしてんな!!」
怒鳴るとエナはクロエに飛びつき押し倒す。
さっきまで頭があった場所を、鋭い爪が音を立てて薙ぎ、避けきれなかったエナの頬を切りつける。
「シャドウガールか」
身体は人間の女性に近いが腕の変わりに黒い翼、足は獰猛な鷲のそれという魔物は空中で旋回すると再びこちらへ向かってくる。
「これでも食らえ!!」
腕にはめたギミックから魔物に向かってミサイルを射ち出す。
「くそ、結構動き速いな」
離れているところを狙っても、余裕があるので避けられてしまう。
特製の弾を装備して次の襲撃に備えると、クロエが地面にしゃがみ込みなにかぶつぶつ唱えていた。
「ねーちゃん? なにやってんだ?」
「良い物、見せてあげるから。エナ君は囮になってて……」
振り向かずにさらっと冷たいことを言い、クロエは続ける。
<ひでぇ>
必死に戦っているのが少し虚しくなってくる。
旋回と襲撃を繰り返す魔物をランチャーで牽制し、隙を狙ってライデンブローを繰り出す。
<一度、捕まえちまえばこっちのもんなのに!>
「あくまくまくま、あーくまくま。おいで、お腹を減らしたかわいいへびちゃん」
「なんだそりゃ!」
間抜けな呪文が聞こえ、思わず突っ込みを入れる。
「ヘルバーンゲート」
最後の一言と共にクロエの開いた本のページから羽の生えた大蛇が躍り出て、全ての生き物を恐怖に震わせる咆吼をあげる。
「……あれ、食べちゃって」
あくまで軽く放たれた言葉は、その瞬間、襲ってきていた魔物の運命を決めた。
「グオオオ!」
呼び出された大蛇は返事をするように吠えると宙に身をくねらせ、同じように空を飛ぶシャドウガールにあっと言う間に追いつき音を立てて食いつく。
バリバリと食べる光景はなんともえぐい。
「うわぁ」
「食べたら帰っていいよ……」
ほんの数口で魔物を食べ尽くし飲み込むと、大蛇はもう一度咆吼を上げ、そのまま姿を消す。
「俺、要らなかったんじゃないか?」
結局、自分の手で倒すことは出来なかった。
ただでさえ、男のくせに弱い事がコンプレックスのエナは、そう言うと肩を落とした。
「……そんなことないよ? 時間稼ぎの肉壁は、重要……」
「あぁ、そんなことだろうとは思ったよ」
とどめをさされ、余計凹む。
「……あ、咲きそう」
「え?」
クロエの視線を追って振り向くと、崖に生えている蕾が一斉に開き始めた。
「な……」
<すげぇ>
その花は開くと同時に炎のように揺らめく銀色の光を放ち、辺り一面を昼間のように明るくする。
「銀夜草……。この、燃えてるみたいなのが、花びら」
ゆっくりと崖に近づき、背伸びをして一番近くにある花を手に取る。
「お、おい、それ」
「大丈夫、熱くないから……」
調合用に3本ほど摘み戻ってくると、花の明かりに照らされたエナの顔を見てクロエは口を開いた。
「……顔、血が出てる」
最初にクロエをかばったときに魔物の爪に引っかけられた頬の傷から血が一筋垂れていた。
「え? あ、忘れてた」
思い出した途端、痛くなってくる。
手の甲で血を拭い、痛みに顔をしかめると、クロエはエナに摘んできた銀夜草を渡した。
「これ、持ってて……」
「あぁ、うん」
言われるままに受け取ると、不意にクロエの顔が近づき、傷口を小さな舌で舐められる。
「なっ! なななな、なにを?!」
「痛みが飛んでく、おまじない……」
心臓が飛び出そうなほど驚き、顔に血が上る。
「効いた……?」
首を傾げながら聞かれれば、さっきの見とれてしまった姿も重なりパニックになる。
確かに傷の痛みなど一瞬で吹っ飛んだ。
「こ、こんなんもともと怪我のうちにはいんねーし! 次の魔物が来る前にさっさと帰るぞ!」
銀色に咲き乱れるたくさんの花を背にしたクロエを再び綺麗だと思ってしまったのは気のせいだと言い聞かせながら、エナは足早に帰路についた。
「……かわいくない」
クロエのぽつりとつぶやかれたセリフを無視して。
帰り道も特になにごともなく、クロエの屋敷に到着したのは9の刻を少し廻った頃だった。
「ありがとう、これ、謝礼……」
依頼した機械の代金に護衛の報酬も付けたものをエナに渡す。
「さんきゅ」
袋を受け取り、手荷物の入ったバッグに突っ込むと伸びをして笑う。
「採取なんてひさびさだったから、結構楽しかった。俺でよければまた手伝うぜ」
今度はただの囮ではなく、戦力として数えられたい。
「うん、また、こき使わせてもらう……」
<まぁ、ねーちゃんの中の俺の認識ってそんなもんだよな……>
期待はしていなかったが、はっきり言われれば少し悲しい。
「今から帰るの……? 泊まれる部屋くらい、あるよ……?」
「いや、まだ夜馬車も出てるし、今日は帰るわ」
そしてエナは手を振り、見送るクロエを残して屋敷を後にした。
<こんな情けない気分で、一緒に居たくないしな>
帰ったら、機械整備だけではなくて、鉱石採取などにも出るようにしよう。
新たな決意を胸に、エナは夜の道を踏みしめた。
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