草原の決闘



「小僧、そこだ! 目潰し!」
「キンタマ蹴り上げちまえ!」
「うるせぇお前ら黙って見てろ! おわっ!」
外野に気を取られた隙に本当に急所に膝蹴りが飛んできて、ジェイクは慌てて交差した腕でブロックした。
「ロゼ、いい度胸してるじゃねえか……!」
「だれかさんの教えがいいもんでね」
拮抗した力で競り合いつつ、緊張感のある笑顔で言葉を交わす。

晴れた夏の午後、東の草原でロゼとジェイク、そしてその仲間たちが素手での仕合をしていた。
「俺様は、お前と違って使い物にならなくなったら泣く女がごまんといるんだ」
そう言って体をひねり、ロゼの側頭部を狙って放った蹴りは姿勢を低くすることで避けられた。
「口でいうだけなら数なんていくらでも水増しできるぞ!」
ロゼは一旦後ろに引き、距離をとる。
「はっは! 坊主の言う通りだぜジェイク!」
「潰れたほうが同情引けてモテるかもよ!」
楽しそうに野次を飛ばすのはジェイクと同じ酒場を根城にしている冒険者五人。
もともとはジェイクの友人で、出入りしているうちにロゼとも仲がよくなり時々こうして手合わせをしている。
今日は剣ではなく素手での真剣勝負だった。
「勝手なことばっか言いやがって」
以前はジェイクの圧勝だったが最近は油断出来なくなっている。
また急所を狙われてはたまらないので外野は無視することにした。
(さて、どうするかな)
ロゼは目も反射速度もいい。
本気で相手をすれば確かに勝てるが、それはなにかつまらない気がした。
(禁断のあの手を使うか)
「おいロゼ」
「なんだ。年のせいでギブアップしたいって言っても聞かないぞ」
「お前、今日はウルリカちゃん呼んだんだな」
「え!?」
後方に遠く見える東門をチラと見て、わざと少し嬉しそうな顔をして見せれば、単純なロゼは焦って振り向き確認した。
「隙あり!!」
「ぐあっ!」
ジェイクはその無防備な背中にタックルし押し倒すと、馬乗りになりわき腹を容赦なくくすぐる。
「やっ、やめ……! あはははは!」
「このヤロウ! ムスコの仇だ!」
「あ、当たってな」
い、とまで言い切れず、苦しそうに悶えながら笑い続ける。
「簡単に騙されすぎだ」
「女の尻にしかれてるとろくなことがないって証拠だな」
もちろん、野次と同じ軽薄な冒険者たちにくすぐり攻撃から必死に抜けようとするロゼを助けようとするものは居なかった。



「くそ、ひねりの無い嘘つきやがって」
「ひねった方が信じないだろ、お前」
二人の勝負が終わったあと、みんなで草地に輪になって座り雑談を始めた。
「俺はそろそろジェイクが負けて悔しがる姿が見たいなぁ」
「俺も俺も」
「がんばってくれよ坊主。そいつに土つけられそうなのはあとはお前くらいなんだからさ」
仲間たちは口々に勝手なことを言う。
それぞれ年齢が20台ということだけでバラバラな連中だが、長年その腕で食ってきているだけあって強かった。
それでもみんなジェイクには勝てなかったし、ここに来て成長の大きいロゼにも負けるようになってきていた。
「他力本願すぎだろ」
とロゼが呟けば、
「俺様が負けるなんて、お前らが女王に告白される以上にありえないね」
とジェイクがニシシと笑う。
(でも、確かに悔しいな)
いつも自信満々で、余裕こいている軽薄男に一泡吹かせてやりたいのはロゼも同じだ。
「ふむ。そうだな。他力本願ってのも、たまには悪くないかもな」
自分の言葉でいい案を思いついた。
もしかしたらこれをきっかけに内気な彼の交友関係を広めることも出来るかもしれない。
見た目で敬遠されてしまうが本当はとても優しく明るい同僚。
「お?」
「だれか勝てそうな奴知ってるのか?」
強い他人(ひと)の勝負を見るのはいい娯楽になる。
五人の仲間たちは嬉しそうに身を乗り出した。
「んー? なんだ、自分たちじゃ無理だと分かって用心棒探しか? いいぞいいぞ、矢でも鉄砲でも持って来い。まぁ、儚い夢で 終わるだろうけどな! はっはっは!」
すっかり上機嫌で舐めた態度をとれば、もちろん他のメンバーの怒りを買う。
「いいぞロゼ。心当たりあるなら誰でも連れて来い!」
「こうなりゃ数撃ってやろうぜ」
「わかった。少し待ってろ」
すっかり天狗のジェイクの鼻をへし折ってやろうと、ロゼはアトリエへ急行した。



「ペペロン! いるか」
「あれ? おにいさんお帰り。早かったね」
昼を食べてすぐに、いつも通り西街へ行ったロゼが突然帰ってきて、釜の前で中和剤を作っていたペペロンは目を丸くした。
「いつもみたいに夕方になると思ってたよ」
「あぁ、いや、違うんだ。ちょっとあんたに用事があって」
アトリエを見回してみるがウルリカの姿が無い。どうやら出かけているようだ。
居れば許可を取ってと思ったのだが居ないのなら仕方が無い。
「ちょっと付き合ってもらえるか?」
「え? でもおいら中和剤を作るように言われて……」
「それならあとで俺も手伝うから」
「え、そんな、ちょっと、おにいさん?」
珍しく強引なロゼに腕をがっしり捕まれ、ペペロンは引きずられるようにしてアトリエから連れ出されたのだった。



「さ、勝負してもらおうか」
「って、おい、ちょっとまてこら」
ペペロンを東の草原まで無理やり連れて行きそう宣言すると、驚きに固まっていたジェイクはやっと覚醒した。
ちなみにほかの五人はペペロンを見上げたまま未だ固まっている。
「え? え? どういうことだい?」
ペペロンはペペロンで急な展開に困惑していた。
「矢でも鉄砲でも持って来いって言ったのはあんただろう?」
「あぁ言った、言ったさ。だけどこりゃあお前、そういうレベルじゃないだろう!?」
その体つきを見れば、ふざけた格好をしていても大きいだけのウドの大木でないことがすぐに分かる。
「ロゼ、お前、この人の知り合いだったんか」
「すげえ奴連れてきたな」
他からも驚きから抜け出せないまま、いくつか声が上がる。
「あぁ、同じアトリエ所属だが、知ってるのか?」
「この街で知らない奴いたらもぐりだろう」
ペペロンはロックストンの、とりわけ冒険者の間で超のつく有名人だった。
まず、見た目が目立つ。
これはだれから見てもそうだったが、ロゼもそうなように強い奴には強い人間がわかるのだ。
特にペペロンは得体が知れない上にあまり街の人間とも接触が無く、謎だらけの存在だったので、皆口にしないまでも気になる存在と してペペロンを知っていた。
そしてジェイクもその一人だ。
「ロゼ、俺は聞いたことなかったぞ」
すっかり笑顔の消えたジェイクが恨みがましく言えば、ロゼはニヤリとする。
「聞かれなかったからな」
「えーっと、この空気はなにかなー?」
一気に張り詰めた空気に、ペペロンは気まずそうだ。
「ペペロン、その髭面の軽薄男を一発ふっ飛ばしてやってくれないか?」
「ちょ、お前!」
「えええ! おいら見も知らない人にそんな乱暴なこと出来ないよぅ」
ズバッと言い切ったロゼにジェイクは慌て、ペペロンは首を横に振る。
「知らなくはないぞ。その軽薄男はジェイクというんだ」
「あぁ、例の。どうも始めまして、おいら妖精さんのペペロンと言います」
「は、始めまして……?」
丁寧に自己紹介をされた上に頭まで下げられ、さすがのジェイクも戸惑う。
(なんか、調子狂うな……)
その後ろでは、見物を決め込んだ五人が「妖精ってあんなんだったっけ?」「俺、あんま詳しくないからわかんねぇわ」などと こそこそ言い合っている。
「よし、これで見も知らぬ相手じゃなくなったろう。それにジェイクはな……」
そこでロゼは言葉を止め、ペペロンにしゃがむよう手で指示するとその耳に何事かを吹き込んだ。
「そっか、それなら仕方が無いねぇ」
「待った! ロゼ、お前なに言った!!」
聞き終わり立ち上がったペペロンはついさっきまでの臆病っぽいおだやかな雰囲気とは異なり、しっかり好戦モードに入っている。
すでに出会った瞬間から負けを確信しているジェイクは楽しそうに笑うロゼに思わず噛み付いた。
「別に。前に討伐依頼に行ったときのあんたとウルリカのことをちょっとな」
ウルリカを調子よく口説いたこととか口説いたこととか口説いたこととか。
「嬢ちゃんのこと?」
「ペペロンはウルリカの守護妖精だ」
説明する横で、これ見よがしにペペロンが指を鳴らす。
すぐに密告された内容を理解したジェイクは冷や汗をかいて弁解した。
「誤解だっ! あれは挨拶みたいなもんで」
「うん。おねえさんはかわいいもんね」
「ジェイク、それは墓穴だぞ」
だんだんといろいろ白熱してきた。
「ジェイク、覚悟を決めろ!」
「男だろ!?」
「さっきまで自信まんまんだったじゃねぇか!」
囃し立てられればジェイクにもプライドがある。これ以上情けないことは言えない。
「わかったよ、やってやる!」
覚悟を決め、自分の倍もある体躯のペペロンに向かって構える。
が、
「じゃあいくよぅ!」
「うわっ!」
しかしすぐに、頭の上から振り下ろされた本当に目に見えない速さの岩のような拳を勘と本能だけで避け顔を白くした。
その拳はジェイクの足元に突き刺さり、周りに小さなクレーターを作ったのだ。
「「おおお」」と外野からどよめきが上がる。動じないのはロゼだけだ。
「えーい」
「ぎゃ!」
再び繰り出された拳をこれまた必死にぎりぎりで避け、ジェイクはあっさりプライドを捨てた。
(こんなん食らったら死ぬ! 確実に死ぬ!)
一応ペペロンも相手に当たらないギリギリのラインで攻めているのだが、されるほうには関係ない。
「無理! 俺が悪かった! 降参!」
普段人とあまり接触が無く、寂しかったペペロンは周りの「いいぞ! すげぇかっこいい!」だの「やっちまえ、あんたは俺たちの ヒーローだ!」との声に楽しくなってきたらしい。普段ならそう言われればすぐに手を止めるのだが今回は違った。
「ペペロン、俺の分も頼む」とロゼにも言われ、再び逃げの一方のジェイクに攻撃を繰り出す。
こうして人(しかも大人)と戯れるのは初めてだ。
知らない人が普通に声援を送ってくれて、賑やかで、相手も心なしか楽しそうだ。
(おいらにもとうとうこの街で友達が……!)
ジェイクはどうみても自分の打撃が通用しなさそうな相手に避けるしかないだけなのだが、それが少し余裕を持っているように 見えるらしい。
「お前らっ、自分がっ、やられてみろ!」
まるで打ち合わせての型をやっているかのようなふたりの動きに、周りはやんややんやと無責任に盛り上がっている。
しかし、そこでジェイクにとって、まさに救いの女神が現れた。
「ペーペーローンーーーー!!!」
「え?」
ドップラー効果のかかった声に振り返った瞬間、ペペロンの顔に走ってきた勢いままの鋭い飛び蹴りがクリーンヒットする。
「ぎゃん!」
奇妙な悲鳴を上げて、巨体がズシンと沈んだ。
「ったくもう、探したじゃないの! 中和剤100個作っておけって言ったでしょ!?」
「ぺ、ペペロン……!」
「嬢ちゃん?」
容赦の無い蹴りをペペロンに食らわせた突然の乱入者、ウルリカは一発で倒れたペペロンを見下ろしそう怒ったあと、あっけに取られる ロゼたちを見回した。
「ってことでペペロンは返してもらうわよ。続きはまた今度やってね」
そして口を挟む隙もなく、片手で襟首を掴み大男を引きずって帰っていく。
(ペペロン、すまん)
まさかこんな結果になるとは思っていなかった。
帰ってきっちり謝り仕事を手伝おうと決めたロゼの横で「これは、あれだな。結局嬢ちゃんが最強ってことだな」 とジェイクが結論づけ、まさに嵐のように過ぎていった二人を見送ってその日は終わった。



しかしその後、ペペロンはジェイクを初め、あの場にいた冒険者たちに街で「妖精の旦那!」と話しかけられるようになり、友達が 増えたと喜んだのだった。


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