窓口で聞いた番号の部屋の扉をそっと引く、日本独特の穏やかな風が白いカーテンを揺らす。
部屋の中心にあるベッドに蒼く光る黒を広げて寝息を立てる人がいた。

神楽ちづる…八咫ちづるといったほうがいいか。
オロチの封を護るもの、八咫の鏡を「持っていた人」
今、鏡を所持してるのは僕
何故今さら彼女の元に来たかなんて僕は知らない、
八咫の鏡が元の主を求めてるのか、八神庵の力も奪ったことを教えて彼女を絶望させるためか、
意識がごちゃごちゃになって分からない、取り敢えず僕の体は神楽ちづるの病室にいる。

既に包帯は取れて、黒い痕になっている。血色はいい。しかし彼女は震えていた。呼吸も荒い。
「姉さま…」
手が伸び、僕の手を掴んだ。それがきっかけか、彼女の意識がこちら側に戻ってきた。

「…だれ?」

言葉に窮した僕を見、彼女はそういった。
胸に穴の開いたような感覚を覚えながらも、言葉を出した。

「前の大会で会ったんですよ、お久しぶりです」
「前の?…ごめんなさい、よく覚えてないの」

困ったような顔するちづるに、笑って「いいですよ」と答える。
そういえば手を握ったまんまだ。
「…あ。ご、ごめんなさい」
彼女はあわてて手を離した。
そして申し訳無さそうにこう言うのだった。

「KOFにはもう出ないつもりなの」
「……」
「分からないだろうけど…聞いてくれる?
私、何とか束縛から逃れようとしたけど、結局は操られて、
大変なことしてしまったの。また封を施そうかと思ったらその権利を取られてしまったわ」

彼女の目は外を見る。泣くかと思った。
僕は彼女をよく知らない。彼女を取り巻く事件と環境は知っていても、
彼女がそれをどう感じ、どう受け止め、どう生きているかなど。

「疲れてそうですね。僕もそろそろ出ますからもう一回休んだらどうですか」
「そう…お見舞いありがとう」
席を立とうとすると左手が引っ張られた。ちづるがまた掴んでいた。
僕が困った顔でもしたのだろうか。彼女もまた困惑していたが。
「…あ、あの…」

「すいません…寝るまでの間でいいので、手、握っててもらえませんか」
僕は言葉に出せなかった。
そのまま座りなおしたことで承諾を得たと判断したちづるは目を閉じた。



「…そういえば…貴方の名前、聞いてなかったわね。なんていうの?」


「…僕は…」



長い沈黙の後、ちづるの寝息が聞こえてきた。手を解き、窓を開ける。
「僕はアッシュ。…アッシュ・クリムゾンだよ」
囁く様に言葉にすると、誰も居ない夕暮れの庭に飛び降りた。




>>BACK