『彼の秘め事』
| 朝会ったときから「顔色が悪いな」とは思っていた。 その日のマナの聖域探索メンバーは順にペペロン、ウルリカ、ユン、エト、エナ、クロエでこの聖域特有の宙に浮くように張り巡らされて いる細い通路を慎重に進んでいた。 (やっぱり、様子が変だ) ペペロンは後ろを歩くウルリカが気になって仕方が無かった。 いつもと同じようにみんなと話しているし戦闘も問題は無いが、何かが違う。 それは常にウルリカを気にかけ、そばについて見続けているペペロンにしかわからないウルリカの異変だった。 (今日はおねえさんは探索から外すべきだったのかもしれない) 貴重な回復要員として戦闘には欠かせない存在だが、それよりも彼女の身のほうが大切だ。 今日はもう帰ったほうがいい。そう思いペペロンは足を止めると振り返り提案をしようとした。 「あの、みんな。今日はおいら、ちょっと体調が悪いから戻―――」 「あ、やば……」 しかし、言い切る前にウルリカが眩暈を起こし足を滑らせ、とっさにそれをかばったペペロンも宙に身を躍らせ、ふたりは一緒に 声を上げることなく下へ落ちていってしまったのだった。 来るであろう惨劇を予想して目をぎゅっと閉じていたウルリカは、長い落下が轟音とほんの少しの衝撃とともに止まり、恐る恐る目 を開ける。 「お、おねえさん!大丈夫かい!?」 「ペペロン……?」 空中でウルリカを抱きとめ、膝を折り体を沈めるような体勢で着地したペペロンの足元にはちょっとしたクレーターが出来ていた。 まずペペロンを見、その後地面を確認したウルリカは呆気に取られる。 「……あんたの体、何で出来てんの?」 礼を言うべきだと分かってはいたが、まず最初に出たセリフはそれだった。 「大丈夫そうだねぇ」 ペペロンはペペロンで通常通りの彼女の言葉を聞いて安心したらしく、両腕に抱えた体勢からゆっくりと地面に降ろす。 「おねえさん、体調悪いときは言わないとだめだよ」 「別に悪かないわよ。ちょっとふらついただけ」 「それは悪いからなんじゃ……」 「違うの!」 ムキになって言い返したウルリカは再び眩暈を起こしたのかふらりと倒れそうになり、ペペロンが腕を差し出して支えた。 「ほら、やっぱり」 「う……」 さすがにここまで何度もペペロンに助けられては認めないわけにはいかない。 「確かに今回はちょっと重症かも。みんなが来るまで少し休むわ」 近くにあった支柱に寄りかかるように腰を下ろし、ふうと息をつく。 「ありがとうペペロン。私あんたがいなきゃ確実に死んでた」 「はっはっはぁ! やっとおいらの重要性がわかってもらえたようだねぇ」 「いなくてもいい時の方が多い気がするけど」 そして今度はにっこり笑って言う。 「でも、今回は本当にあんたが居てくれてよかったわ」 「おねえさんにそんな素直にお礼言われると、おいらなんだか調子が狂っちゃうなぁ」 その言葉に褒められ慣れてないぺペロンは照れ隠しに目を伏せ、頭を掻いた。 「とりあえずおいらが見張ってるからおねえさんは休んで……おねえさん?」 (あれ?寝ちゃったか) 視線を上げるとウルリカは支柱にもたれた格好のまま、すでに眠っていた。よほど体が疲れていたのだろうか。 (寝顔は、すごくかわいいんだけどなぁ) 起きていると手や足や口が出まくるので、悠長にかわいいなどという感想を持っていられない。 「さて、おいらとおねえさんの貴重なふたりきりの時間を邪魔するのは誰かな?」 魔物が近づいてくる気配を感じ振り返る。 数十メートル先に、獣の巨体が見えた。 (一本道だし、狙いはおいらたちだよね) そう都合よくことは運んではくれないようだ。 巨大な角を持つ魔獣、ジャイアントホーンを筆頭にした魔物の群れは仁王立ちするぺペロンの数メートル手前で止まり鼻息荒く 威嚇するように蹄を鳴らす。 (あんまり大きな音は立てないでほしいんだけど) そう思いつつ、一応声をかけてみる。 「おねえさんを寝かせておいてあげたいから、どこか他に行ってくれないかな」 と言ってももちろん相手が聞き入れるわけが無い。 魔物たちが臨戦態勢に入ったのを見て取り、ペペロンはため息をついた。 (うーん、あんまり大きな音立てたら、いくらおねえさんでも起きちゃうだろうしなぁ) ここはちょっと本気を出して、少しでも早く片付けなければならない。 手に持っていた愛用の普通の大人一人分くらいの大きさはある棍棒を静かに地面に置き、軽く肩を回した。 もともと棍棒は手加減するための武器だ。ペペロンの場合武器を使うよりも、本当は素手の方が遥かに動きやすいし戦いやすい。 「えーと。1、2……6匹か」 幸いここも細めの通路だ。叩き落としてしまえばいいだろう。 「さっさと終わらせないと、ね!!」 ペペロンは地を蹴り一気に間合いをつめると先頭にいたジャイアントホーンの巨体を拳一撃で吹っ飛ばし、その後ろにいたコボルト3体 を一回の回し蹴りでまとめて通路の外側に蹴り飛ばした。 そして残りのキルぷに2匹を両手で掴み上げ、同じように下に向かって投げ落とす。 それは本当に一瞬で、相手に反撃の余地を一切与えないどころかひと唸りの声さえも出させなかった。 「もしまた遭遇したら、そのときは普通に相手をしてあげるよ」 遥か下、もう見えない魔物たちに言うと、ペペロンは気持ち良さそうに寝るウルリカを守るべく、再びそのそばに寄り添ったのだった。 「おーい! ねーちゃん、ペペロン」 「大丈夫か!」 エナやユンたちがふたりを見つけたのはウルリカが足を滑らせ落ちてから3時間以上経ってからだった。 「ごめーん! なかなか下に行ける道が見つからなくて」 走って来る仲間を見つけ、ペペロンも立ち上がり手を振る。 「大丈夫だよぅ!」 「んー……」 熟睡していたウルリカもみんなの声で目を覚ましたらしく、一度伸びをすると何度も目をこすった。 「あれ……? 私寝ちゃってた?」 「おはよう、おねえさん。うん、少しだけ眠ってたよ」 寝ぼけ眼で見上げてくるウルリカに、ペペロンは笑いかけた。 「少しは休めたかい?」 「休めた……ってか、夢も見なかったわ。こんなところで寝るとか自殺行為じゃん私!」 次第に頭がはっきりしてきて、今自分の居る場所を思い出し青ざめる。 このマナの遺跡は最強の魔物たちの巣窟。こんな場所の記憶方陣以外の場所で寝るなどというのは危険すぎるとさすがのウルリカにも わかる。 一人だけマイペースなスピードで歩き、一番後方にいたクロエも追いつくと容赦なく突っ込みを入れた。 「ウルリカ、鈍くさすぎ……」 「ぐっ」 「まぁまぁ、魔物も出なかったし結果オーライさ!」 軽くぺペロンがとりなすと、まだ座ったままのウルリカにエトが勢い良く抱きつき、ウルリカは音を立てて後頭部を支柱に打ち付けた。 「痛っ!!」 「ウルリカちゃーん!心配したよ!!」 「わかったからエト、痛い、痛いって!!」 ぐりぐりと頬ずりされるたびに支柱にガンガンと押し付けられ、悲鳴をあげる。 「それにしても眩暈を起こして足を踏み外すとは。ここが危険な場所だということはお前も分かっているのだろう?」 「そうだよねーちゃん。具合悪いんなら最初に言ってもらわないと」 エトを無理やり引き剥がしつつ、見下ろして注意をしてくる二人にウルリカは噛み付いた。 「あーもー、うっさいわね! 大丈夫だと思ったのよ! なったときはいつも大体こんなんだし!」 そこまで言ってしまってから、「しまった!」というように自分の口を押さえる。 「なったとき?」 「いつも?」 男性陣には最初ピンと来なかったが、即座に同じ女性であるエトが反応をした。 「あー! そっか、ウルリカちゃんもしかして生……むぐ」 「あっはっはー! エト、あんた黙ってなさい」 「もう、遅い……」 慌ててエトの口を塞ぐもその一言で全員に原因がばれてしまったようだ。 苦い顔で注意した二人も気まずそうに顔を背ける。 「……あんたたち、今すぐ記憶を飛ばしてあげる」 つまりウルリカは今、毎月恒例のあれによって貧血になっていたのだ。 (女の子は大変だねぇ) さっそく有言実行でマジックハンマーを持ってユンやエナを追いかけ始めたウルリカに苦笑しつつ、ペペロンは帰るためのイカロスの翼を 取り出した。 >>BACK |