『雪夜のプレゼント』

「わぁ、雪だ」
寒さに身震いをして目を覚まし、窓の外を確認すると雪が降っていた。
ウルリカの寮の部屋は中庭に面していて、中央に立っている外灯に照らされた雪が良く見える。
「こりゃ寒いわー」
寝相が悪く、掛け布団を剥いでしまっていたので起きてしまったわけだ。
すぅすぅと気持ちよさそうに寝ているうりゅに布団をかけなおしてやってから洋服棚を漁る。
（たしか、カーディガンが……）
部屋着なので外に出るには少し寒いが無いよりはマシだ。
白い毛糸で編まれたカーディガンを羽織ると、ウルリカは２階の高さの自分の部屋の窓を開け、飛び降りた。
「うっ！　さむっ！！」
想像以上に寒いが、それ以上になんだかこの空気の冷たさが身に心地いい。
（うっふっふー！　雪景色独り占めー！）
夜明け前の中庭には当然のように人がいない。
うっすらと積もった雪に自分の足跡を残すのはとても楽しい。
「うちの田舎にはめったに降らなかったからなー！　きもちいー！」
くるくると回りながら降ってくる小さな雪に食いついてみたり掴まえようとしてみたり一通りはしゃいだ。
動いていると、体が多少温まるのか寒さもだんだん麻痺してくる。
少し落ち着き、中央の唯一の外灯の真下へ行くと空を見上げた。
（うわぁ）
次から次へ落ちてくる雪の結晶が自分へ迫ってくるようで、とても不思議な気分になる。
「キレイ……」
「おい」
「うひゃあ！」
突然声をかけられ、完全にひとりと思い込んでいたウルリカは文字通り飛び上がった。
「なにやってるんだお前。そんな薄着で馬鹿か？」
「い、嫌味男！！」
（見られた？！）
よりによって一番苦手で一番嫌いな男が、外灯の明かりの外側に立って、呆れたような顔をしている。
いつからそこにいたのか。
ひとりで遊んでいるところを見られたのなら相当はずかしい。
「うるさいわねっ！私の勝手でしょ！それよりも、なんであんたがここにいるのよ！寝てなさいよ！！」
「俺が寝てようが起きてようが、それこそ俺の勝手だろ」
あぁ言えばこう言う。なんでこの男はいつも口が減らないのだろう。
「俺の部屋も中庭側でな。寒いんで目が覚めたら窓の外で馬鹿みたいにくるくる回ってるお前が見えたんだ」
「あんたも布団剥いだの？」
「……なんだそりゃ」
ウルリカと違いロゼは厚手のトレンチコートを着て、きっちり前も閉めて隙の無い格好をしている。
「とにかく、これ着ろ」
ロゼが手に持っていた塊を投げてよこし、ウルリカは反射的にそれを受け取る。
「なにこれ」
「お前見てるとこっちまで寒くなるんだよ」
「見なきゃいいじゃない」
「いいから着ろ」
「相変わらずいちいちうるさいわね」
文句を言いながら渡された布の塊を広げると今来ているカーディガンと似たような薄いピンク色のフードコートだった。
「……あんた、こんなの着るの？　ちょっと似合わないんじゃない？」
桃色のコートを着たロゼ。
想像するに、かなり怖そうだ。いろんな意味で。
「だれが着るかっ！」
「でも……」
なにを考えているのか嫌そうな顔をして自分の方を見るウルリカに、ロゼは我慢できなくなったように詰め寄ると掲げていたコートを奪って無理やりその肩にかけた。
「俺のコートと同じ生地でお前用に作ったフードコートだ！変な勘違いをするな！」
「へ？　私用？」
意味が分からず聞き返す。
とりあえず冷えてきたので袖を通すとサイズはぴったりで暖かかった。
なぜ隣のアトリエの嫌味ばかりしか言わないこの男が自分用にコートなどを作るのか。
「ドラゴングローブの、返しに作って持ってたんだよ」
「ドラゴングローブって、あの？」
以前採取地で偶然出会い、いろいろ迷惑をかけたお詫びの品として先日ロゼに錬金アクセサリのドラゴングローブを作って渡した。
が、あくまであれは詫びの品であるのでお返しをされるようなものではない。
「そうだ」
「でも、謝るために渡したものにこんなの貰ったら意味無い……」
「いいんだよ、俺だってあんな品貰うほどのことはしてない。だからこれでチャラだ」
ムキになるように言い返してくるロゼにウルリカは首をかしげる。
「もしかして、あのあとこれ作ってずっと持ってたの？」
「―――っ！！」
あれはもう２週間は前のことだ。
素直に疑問を口にするとロゼは顔を真っ赤にし、怒ったように口ごもった。
「知るか！」
怒鳴ると頭に積もり始めた雪を払い、用は済んだとばかりに踵を返す。
「あ、ちょっと、待ちなさいよ！」
ウルリカは反射的に去ろうとしたロゼの手を取る。
怒っているせいか、ロゼの手はウルリカよりも暖かかった。
驚いたように振り返るロゼにウルリカは笑う。
「ありがとう。さすがにちょっと寒かったのよ」
動き回って誤魔化してはいたが、雪が降るほどの気温だ。まったく寒くなくなるわけがない。
「当たり前だ！最初見つけたときは目を疑ったぞ。いくらお前が馬鹿でもそんな格好で出たら風邪をひくだろう」
手をつかまれたまま、いつもの皮肉は忘れない。
(なんてにくったらしい奴なの！)
その手は暖かくて嫌いじゃないが、言うことはいつも冷たすぎる。
「馬鹿馬鹿言わないでくれる！？　一応カーディガンは着てたんだから！」
「それで済まそうってところが馬鹿なんだよ……」
再び呆れたように言われ、ウルリカは掴んでいたロゼの手を離すと腕を組み、拗ねたように顔を背けた。
「私はもともと丈夫なの！！　こんなの屁でもないんだから。もういいわよ、さっさと部屋に帰れば？」
「お前は帰らないのか？」
「帰らない。頭に来たから冷えるまで雪見てく」
「そうか」
ふんっと鼻を鳴らし、ロゼに背を向けまだ降り続く雪を見上げる。少し、大粒になってきていた。
（えーっと、こういうの、ぼたん雪っていうんだっけ）
細かい雪もキレイだが、こういう大粒な雪もかわいくていい。
「………部屋に帰るんじゃないの？」
一向に去ろうとしない後ろの気配に声をかけると、やはり嫌味が返ってきた。
「お前をひとりでおいてったら、朝にはここで倒れてそうだからな」
「そこまで馬鹿じゃないわよ！！」
思わず怒鳴り返すと、なぜか笑っているロゼと目が合う。
「俺も、少し雪が見たくなった」
「風邪引くわよ」
「丈夫なんだ」
「馬鹿じゃない？」
「お前よりマシだ」
この男は、なにを考えているかさっぱり分からない。
しかし、少し、このわくわくするような気持ちを共有したいとも思った。
「ね、こうやって外灯下で雪見上げるとね、すごいわよ。なんか迫ってくる感じが」
「へぇ？」
さっきからなにを見ているのか気になっていたロゼはウルリカの隣に立つと同じように空を見上げる。
「……ほんとだ」
「でしょ？すごい、キレイよね」
「そうだな、キレイだ」
最後の言葉は空ではなくウルリカを見て言われたのが、当のウルリカは雪に夢中で気がつかない。
そのままウルリカが小さなくしゃみをするまで、ふたりはしばらく雪の降る空を見上げていた。

そして翌日ふたりそろって見事に風邪を引き、寮のベッドでの絶対安静を強いられたのだった。

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