答えはすべて闇の中
答えはすべて闇の中



「ペペロン、わたし調合始めるから、テーブルの上片付けといて」
「はーい、おねえさん。まっかせて〜!」
ウルリカの卒業後、当たり前のように彼女について行ったペペロンは、今日も夜までタダ働き。
まったく家事をしないウルリカに代わって、食事の支度や洗濯、掃除を一切に引き受けている。
食後の汚れた食器やら食べ零し、正体不明の液体を片付けながら、ペペロンはウルリカを振り返る。彼女は錬金釜に火をつけて、何かを煮込み始めたようだった。
「そういえば、おねえさん。昨日ここに置いてあった空き瓶なんだけど、また中に薬が入ってるのがあったよ。
中身捨てちゃってよかったの?」
訊くと、ウルリカは振り返りもせず答えてきた。
「いいの。前にも言ったでしょ。わたしが捨てろって言ったものは、気にせず全部捨てなさい」
「とか言いながら、この前大事なアイテム捨てたーって、おいらを殴り飛ばしたじゃないか……」
ぼやくと、鋭い視線だけを寄越して睨まれた。
「何か言った?」
「何でもありません!」
「よろしい」
頷いて、ウルリカが調合に戻る。
ペペロンはほっと息を吐いた。
(相変わらず、おねえさんは怖いなぁ……)
気分屋で感情的で短気で手足がすぐに出る。
こういっては何だか、女の子というよりは、小さな子供の癇癪に付き合っている気がしてならない。
「うりゅ、ネコロ草取ってー」
「う!」
うりゅがコンテナへ飛んで行き、ネコロ草を取ってウルリカに差し出す。
「うりゅぃか、はい!」
「あ〜ん! もう、うりゅってば! 可愛い上にお手伝いまでできるなんて、なんていい子なの〜〜〜〜っっっ!!」
ウルリカはネコロ草ごと、うりゅを力いっぱい抱き締めた。
彼女の親バカは、今日も絶好調である。
「うりゅぃか、くぅちい!」
「可愛い! 可愛すぎる! もううりゅさえいれば、ペペロンなんかゴミ山に捨てていい!」
「酷いよ、おねえさん!」
抗議すると、冷たい視線が返ってきた。
「何がひどいのよ。昨日も調合の手伝いするーとか言って、貴重な材料をめちゃめちゃにしちゃったくせに」
「今日こそは! 今日こそはちゃんと役に立つよ、おねえさん! おいらに調合を手伝わせておくれよ!」
「え〜っ」
ウルリカが嫌そうに顔を顰める。
ペペロンは昨日の失敗を挽回しようと、必死で頼み込んだ。
「大丈夫だよ! 今日はちゃんと加減して持つから! 材料を力いっぱい握ったりしないさ! ね!?」
「うーん、正直、あんたは護衛と採取だけしてくれてればいいんだけど……」
家事を頼りっきりなのは、忘れているらしい。
ウルリカが、明らかに渋々といった表情で、ペペロンに命じた。
「じゃあ――コンテナから、マンドラの根を取って」
「分かったよ、おねえさん!」
コンテナを確認すると、マンドラの根は最後の一つだった。
「他の材料も減ってきてるなぁ。素材アイテムを補充しとかないといけないね、おねえさん」
「そうね。明日は採取に行きましょうか」
採取となれば、ペペロンも確実に役に立てる。
胸を張って請け負った。
「はっはっはぁ! 明日は、スペシャルなおいらをおねえさんにお見せするよぅ!」
「いいから、今は早くマンドラの根を寄越しなさい。力を入れないで、よ!」
「あ、はい」
うっかり握り潰しそうになっていたペペロンは、慌てて握力を加減した。
そろっとウルリカに、マンドラの根を差し出す――
「……あ」
次の瞬間、ペペロンはマンドラの根を握り潰していた。
「ああーっ!!」
ウルリカが叫ぶ。
ペペロンは、反射的に謝って頭を押さえた。
「ご、ごめんよぅ、おねえさん!」
「ごめんで済むかーっ!」
てっきり、昨日のように頭への攻撃がくるかと思ったら、今日は蹴りがボディーに入った。
的確に鳩尾に入り、ペペロンは九の字に体を折って、膝をつく。
「お、おねえさん……いつもながら、素晴らしい蹴りだね……」
彼女は錬金術よりも、実は武道の才があるに違いない。
確信するペペロンを、ウルリカが叱り飛ばす。
「うっさい! そのマンドラの根は、最後の一つだったのよ!? 何てことしてくれるのよーっ!!」
「す、すぐに採ってきます!」
ペペロンはウルリカの命令を待たず、アトリエを飛び出す。
「早く帰ってこないと、野生の腐肉代りにあんたを煮込むからね!」
せめて黄金の肉と言ってほしかったと、ペペロンは思った。


「ううっ……また、おねえさんの中でおいらの株が下がったよ」
がっくり肩を落としながら、ペペロンはとぼとぼ森に入った。
背の巨大ハンマーを手に取り、ため息を吐く。
「いい加減、勘弁してくれないかなぁ……これ以上評価を落とすと、おいら、本当に一生タダ働きだよ」
足を止めたペペロンの前に、火柱が立ち上る。
あんまりテンションを上げられると、山火事になりそうだとペペロンは危惧した。
(そんなことになったら、おねえさんに気づかれちゃうからねぇ)
同じ火のマナでも、ユンならば心配ないのだが。
ペペロンは挨拶代わりに、軽く武器を振って火柱を散らした。
火の粉が揺らぎ、中から竜の姿を持つマナが現れる。彼は蛇のように体をくねらせ、ペペロンの足に巻きつこうとしたが、その前に跳び退ったので、届かない。
『邪魔者め……!』
不明瞭な声で、火の竜が言った。
ペペロンは口を尖らせて反論する。
「それはこっちのセリフだよ〜。おいらとおねえさんの、愛のアトリエ生活を邪魔してくれちゃってさ。
何度追い払っても、君がしつこくおねえさんを襲いに来るから、その度にこうやって、抜け出してこないと行けないんだからね」
ペペロンは軽く肩を竦める。
彼はここ最近、しつこくウルリカを付け狙っているマナだった。
人間に深く恨みがあるようで、光のマナと同じく、人の世とマナの世界を切り離したいらしい。
そのために、うりゅのマスターであるウルリカを狙っているのだ。
「おねえさんはね、マナが大好きなんだよ。君があの光のマナさんみたいに、分かりやすい悪人ならいいんだけど。
そうじゃないマナとは、戦うのを嫌がるんだよねぇ……」
ましてや彼のように、人間に――錬金術士に直接的な恨みを持って、襲ってくるタイプは苦手だった。
うりゅが狙われたなら黙ってはいないが、自分が狙われた場合、ウルリカは躊躇する。
だからこそ、ペペロンは彼女に気づかせず、こうしてこっそり対処する必要があったのだ。
「おいらがいる限り、おねえさんには指一本触れさせないよ。もう諦めて、元の住処にお帰りよ。見逃してあげるから」
無益な戦闘は、ペペロンの望むところではない。
幾度か戦って、力量差ははっきりしているし、それは向こうも心得ているようだった。何とか不意を打てないかと、隙を窺っているのだ。
(ちょっと強めに脅したほうがいいのかな)
彼一人にそうそう関わってもいられない。ウルリカとうりゅを狙うのは、きっと彼だけではないのだから。
光のマナに賛同するモノ。
うりゅの力を狙うモノ。
あるいは、マナ持ちの錬金術士自体を狙うモノ。
強すぎるマナを持つウルリカは、一般の錬金術士よりも危険が大きい。本人が、隙のありそうなタイプに見えるから尚更だ。
(見かけは、ちょっとドジな可愛い女の子だしね)
実際は凶暴で短気、好戦的なんて、関わるまで誰も気づくまい。
勝気な性格だとはすぐに分かるだろうが、脅せば簡単に退くと考えるのだ。おそらく、光のマナもそうだったのだろう。だからこそ、ティトリに始めはそれほど強硬的な手段を取らせなかった。
(考えが甘すぎるんだよね、みんな)
普通の女の子ならそうだろうが。ウルリカはどう考えても、その適用外である。
(このマナ君も、どうやっておねえさんに、うりゅから手を引かせるつもりなんだろうねぇ)
うりゅを直接狙うことはできない。
無理やり攫ってウルリカから引き離す真似をすれば、また大暴走を起こしかねない。それは、大いなるタブーのはずだった。
「ねえ、君はいったい、おねえさんをどうするつもりなんだい?」
ちょっとした興味と今後の参考に、ペペロンは訊いただけだった。狙いが分かれば、その分ウルリカを守りやすくなる。
竜の姿を持つ火のマナは答えた。
『あの娘を殺す……! そうすれば、心のマナのマスターは消え、賭けは光のマナの勝ちとなる』
目深に被った帽子の下で、ペペロンは目を細めた。
「……へぇ」
冷たい声が出る。
ペペロンは武器を捨て、無造作に火のマナに近づいた。
間合いに入られた火のマナが、首を伸ばして炎の牙を閃かせる。
右腕を伸ばしたペペロンは、素手でその攻撃を受けた。牙が食い込み、肉の焼ける臭いがする。気にせず顎を掴んで振り回し、地面に頭から叩きつけた。
口を塞がれた火のマナは、炎も悲鳴も吐き出せず、長い体をくねらせる。
「そっかー。そうくるんじゃあ、仕方ないなぁ……」
ペペロンは口元に、薄く笑みを刻んだ。
左手でそっと帽子をずらし、その下の異形と双眸を彼に見せる。
「おねえさんを殺すって言うんなら、おいらは守護妖精さんだからねぇ。
君を、殺すしかないなぁ……」
赤いマナの体が、紫色に変わった。
ペペロンは顎を掴む手を解放し、見せ付けるようにゆっくりと、拳を握る。
「――さようなら」
告げて、拳を地面に叩きつけた。
地面が割れ、土埃が立つ。
そこから、竜の体をくねらせて、火のマナが凄い勢いで逃げ去っていく。
ペペロンは静かにそれを見送って――
「……ふぅ」
息を吐いた。
「これだけ怖がらせれば、しばらくは来ないかなぁ」
まったく、可愛い妖精さんには不得手な仕事だと、ペペロンは愚痴を零しながら帽子を被り直した。
地面に放り投げた、ハンマーを拾い上げる。
「あいたたた」
牙を受けた右手が痛んだ。
さすがに素手で受け止めるのは無理があったのだが、脅しを掛けるには、このほうが効果的だと思ったのだ。
新しい手袋をつけて、傷口を隠す。
ペペロンは頭を掻いて、わたわた森の奥へと走った。
「急がないと、おねえさんに遅いって叱られちゃうよ!」


マンドラの根を採取して戻ると、だいぶ遅くなってしまっていた。
ペペロンはそろりと、アトリエの扉を開ける。
「た、ただいま〜、おねえさん……」
「遅いっ!」
怒声と同時に、調合機材の小さなトンカチが飛んでくる。
トンカチは過たず眉間を直撃し、ペペロンは顔を押さえて悶絶した。
最近、彼女の攻撃を甘んじて受けているのか、本当に避けられないのか分からなくなってきた。
(おねえさんと戦ったら、三秒でKO負けする自信があるよ……)
一秒目で足を払われ、二秒目に蹴り、三秒目に魔法石の一撃が来て、はい、終了。 あまりにも鮮明な予想に、あるいは未来予知かと疑ってみたり。 腰に両手を当てて仁王立ちしているウルリカを、ペペロンは恐々見上げる。下手をすると今ここで、予知が現実になりかねない。
「採取一つに、いったい何時間かけてるのよ!?」
「いえあの、まだ一時間経ってませ……」
ウルリカの眉が跳ね上がったのを見て、ペペロンは反論をやめた。
「すみませんでしたぁああっっっ!!!」
床に顔と手をついて、平伏する。
ウルリカがふんっと鼻を鳴らした。
「もういいわよ。今日は調合終了。わたし、寝るからね!」
不機嫌そうに言った彼女は、足音荒く階段へ向かう。
うりゅは、先に寝てしまったらしかった。
(もしかして、待っててくれたのかなぁ……)
彼女には、こういうさり気ない優しさがある。
だからこそペペロンは、ウルリカを守りたいと思うし、その身も心も傷つかなければいいと願うのだ。
しかし――それはそれとして、怒っているウルリカは、恐怖の対象でもあった。
「あ、あのぉ〜、採取してきたマンドラの根は、どうすれば……」
「明日使うから、テーブルの上に置いといて。
それと、またそこら辺散らかしたから、片付けといてよね。瓶と錬金釜の中身は捨てていいから」
言われてアトリエを見回し、愕然とする。
(ど、どうやったら短時間でこんなに……!?)
錬金釜には粘液上の液体がこびりついているし、壁には煤が散っている。床は木屑とガラスの破片が満載だ。テーブルの上には横倒しになったシャリオミルクやら、中途半端に使った素材アイテムが残されている。
むしろ、悪意さえ感じるほどの散らかしっぷりに、ペペロンは肩を落とした。
(おいらは、お掃除妖精じゃないんですけど)
錬金術士は得てして掃除が苦手だと、師匠には聞いていたが。これはさすがに酷すぎるのではないだろうか。
とりあえず、テーブルの上から片付けようと、使用済みの瓶を流し台に運ぶ。
(……あれ?)
また、中身が入った瓶がある。
封こそ開いているが未使用で、中の液体はエクセリフュールのようだ。
「おねえさん、これ――」
アトリエを出ようとするウルリカを呼び止め、ペペロンは慌てて口を塞いだ。
(いけない! 気にせず全部捨てなさいって、言われたんだった!)
余計なことを言うと、また叱られる。
必要なものだった場合、それはそれでまた怒られることになるのだが、ウルリカの命令は絶対なので、従うしかない。
「何よ?」
足を止め、振り向く彼女はやっぱりまだ不機嫌そうだ。
ぶんぶん手を振って、ペペロンは就寝の挨拶に代えた。
「う、ううん。何でもないよ! おやすみなさ〜い!」
「? おやすみ」
怪訝そうに、ウルリカが挨拶を返して階段を昇っていく。
ペペロンはほっと息を吐いた。
(まあ、いっか。せっかくだし、怪我の治療に使わせてもらおう)
あのマナに噛まれた手の傷は、まだじくじく血を流し、火傷の引き攣れを起こしている。
実は、昨日も捨てろと言われた薬を、治療に使わせてもらったのだ。
(なんか、いっつもタイミングよく置いてあるんだよねぇ……)
何気なく考えて、ペペロンは足を止めた。
(……………………あ、あれ?)
階段を振り返る。
そこにウルリカの姿はなく、足音もすでに聞こえない。
「ぐ、偶然――だよ、ね……?」
汗を掻く。
当然ウルリカの返答はなく、その真相は今も謎のままである――



理想のペペロンがここに!!
そう、そうなんですよ!
ペペロンは見えないところでこうなんですよ!
でも見えないところでだけなのでなかなか書けないのですよ・・・・。
そんな彼の姿を見れて幸せです!!ありがとうございました!!




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